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関係性の病理を考える「共依存」①
- 2006/07/09(Sun) -

共依存-co-dependency」という概念は
1970年代終わりのアメリカでアルコール依存症の治療にあたる
臨床の現場で生まれたと一般的に言われています。
そして、家族からの隔離と同じ依存症に苦しむ仲間との交流が
回復にとってとても効果的だということが分かってきました。


こうした過程で
「回復し始めた人が同じ家族関係の中に戻ると
また飲まずにはいられなくなる」
そんな状況が繰返されていることが分かってきたのです。


こうしてアルコール依存症は
「ただ個人の精神的な問題だけではなくその家族が深く関係している」
と認識されるようになりました。
特に、「イネイブラーenabler」(後押しする人)と名付けられた
「依存症者の依存心に依存して、この病気に巻き込まれながらも
病気に手を貸してしまっている人間の存在」が見えてきました。


これが私です。


依存症本人の回復には、このイネイブラーの変化が
とても重要だとされるようになったのです。


このことを知っただけでも、とてもショックでした。
「いったい私の何が悪いと言うのか!」と。
怒りと悲しみでいっぱいの気持でした。


長年アルコールに溺れ、毎日のように暴言暴力を繰り返し
凄まじい勢いで借金を繰返す夫。
私の毎日は絶望的であり、夫が帰宅する時間になると
立ってさえいられなくなるほどの恐怖に満ちたものでした。


そんな日々に耐え、
「必死に家庭を守ってきたのに!」
「その上まだこの私が悪いというのなら、
全てを投げ出して死んでしまいたい!!」
心の底からそう思いました。


これが私の回復への最初の絶望的な第一歩でした。

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関係性の病理を考える「共依存②」
- 2006/07/10(Mon) -

「イネイブラー」


依存症者の依存心に依存して
この病気に巻き込まれながらも
病気に手を貸してしまっている私という存在???


この、信じられない汚名を背負わされた私・・


「私の生活が、どれほどの苦痛と忍耐に満ちたものであるか
誰も知らないから、そんなひどいことが言えるのだ!!」
理解されない悲しみと怒り・・


でも、真実はそれどころではなかったのです。


この「イネイブラー」の回復は、とてつもなく困難らしくて
単なる「アルコール依存症者の支え手」としてだけではなく
イネイブラー自体が深刻な病理を抱えている」と言うのです。


しかも、こうした深刻な状態にある人間が、
アルコール依存症に限らず
様々な嗜癖者の周りに共通して存在している
という
信じられない事実まで明らかになるのです。


嗜癖者と関係を持って生きている結果として
「自分の生が手におえなくなってしまった人」という
「関係性の病理」をあらわす言葉として成立したのが
この「共依存」という概念だったのです。


それまでは、あくまでも「嗜癖者」の問題が先にあって
その「反応的なもの」として考えられていたものが
実は「共依存」こそが「病理の本質」であり
アルコール依存症などの物質嗜癖は
根源的な「関係性の病理」を示す
二次的な現象に過ぎなかった・・


私?
私が?
私が悪かったと言うの?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
こんなに耐えて
こんなに努力して
こんなに・・
こんなに命がけで生きてきたというのに・・


自分のすべてが
瞬時に崩れ落ちていくような衝撃でした。

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関係性の病理を考える「共依存③」
- 2006/07/11(Tue) -

「もうこれ以上、何も知りたくない・・」


それが正直な私の思いでした。


「これ以上真実を知ったら
崩れ落ちていく自分を支えきれないだろう・・」


そう感じながらも
私は、既に、
固く閉ざされていた封印を解く道へと
踏み込んでしまっていたのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「嗜癖行動とは?」


アルコールや薬物や食料のような物質を
身体に摂り入れる行為が嗜癖となって
身体を害してもやめられない飲み方をするアルコール依存症や
シンナー中毒、過食症などを内容とする「物質嗜癖」


物を買うことで店員に喜ばれ
受け入れられる快感によって生まれる買い物依存や
(着るために買うのではないので
手を通さない洋服が何着もあったり
サラ金の借金が払えなくても買い続けたりする)
セックスを提供することで相手が喜び
自分を受け入れてくれることから生まれるセックス依存。
(出会い系サイトなどを利用して
毎日違う相手を探してはセックスするが
必ずしもセックスが楽しくてしているわけではない)
その他、ギャンブルや仕事、宗教など
行為のプロセスを内容とする「過程(プロセス)嗜癖」


さらにこれらの嗜癖の基盤であり根底にある
人間関係の嗜癖である「関係嗜癖」
依存する相手を常に必要とし
依存しないではおられない状態。
人から受け入れられ「必要とされる必要」から
受け入れられるために一生懸命尽くし
その結果その行動が
嗜癖的(やめられない状態)となっている。


そして、この「関係嗜癖」の基本型が「共依存」なのです。


「共依存」は
「安全感とアイデンティティと自己価値観を得るための
強迫的な行動と承認探究に対する
苦痛をともなう依存のパターン」
と定義されています。


それはまさしく
人間関係のあり方の基礎をなすものとしての
「関係性の病理」
なのです。


関係性そのものが嗜癖の対象となってしまっているのです・・

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関係性の病理を考える「共依存④」
- 2006/07/12(Wed) -

「嗜癖-addiction」とは
強迫観念にとらわれて行うある種の強迫行為のことであり
特に「主体の快体験」のともなうものを指す。


「共依存-co-dependency」
他者あるいは他者の抱える問題への嗜癖
あるいはその問題と関係性への嗜癖である。


「共依存者」
愛や結婚によって嗜癖者との関係に取り込まれ
少なくともアルコール依存症の親や祖父母を持ち
感情障害的な家族の下で成長している。


「共依存者」は
生きる上での安心感を維持するために
自分が求めているものを明確にしてくれる相手を
1人ないし複数必要としている人間である。


「共依存者」は
相手の要求に一身を捧げていかなければ
みずからに自信を持つことが出来ない。


「共依存者」は
自分を価値の低いものと感じ
自分が他者にとって
なくてはならない者であろうと努力する。


「共依存者」は
他者からの好意を得ようとして
自己犠牲的な献身を強迫的に行う。


「共依存者」は
常に他者を第一に考え
みずからは犠牲になることを選択する。


「共依存者」は
他者の行為を自分に影響させる人であり
その他者の行為をコントロールすることに
取りつかれた人である。


「共依存者」は
奉仕心が強く
他者のために自分の身体的・感情的・精神的欲求を
抑える傾向が強い。


「共依存者」は
他者の世話をやくことによって
その他者が自分に依存するように導く。


「共依存者」は
強い向上心を持った完全主義者で
自分は物事を完璧にやれないからいい人間ではない。
方法さえ見出せば完璧にやり遂げられるはずだと信じている。


「共依存者」は
自分と他人の境界が曖昧で
他人の感情の起伏の原因が自分にあると思ってしまう。


「共依存者」は
他者に対して不誠実・支配的で、自己中心的である。


「共依存者」は
策略的な手段を用いる傾向があり
自分の気持ちを直視せず平気で嘘をつく。


そして
「共依存的関係性」
同じような類の
衝動的強迫性に活動が支配されている相手と
心理的に強く結びついている間柄なのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


こうして
激しい痛みと強烈な怒りをともないながらも
えぐり出すようにして
浮かび上がらせてきた共依存者の姿は
滅私的に他者尊重を行う、自己犠牲的な献身と
他者を支配しようとする、自己中心的な他者操作という
全く矛盾した二つの世界を
何物かに取り付かれたようにして強迫的に生きる
幽鬼そのもののような人間の姿でした・・

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関係性の病理を考える「共依存⑤」
- 2006/07/13(Thu) -

「共依存」の特徴を、どれだけ並べ立ててみても
自分の状態を自覚することは出来ませんでした。


自分が「どんな風に、どんな意識で、人と関わっているのか」
なんて
自分自身のことだけでも理解は難しいのに
相互作用的な関係性なんて

簡単には自覚できませんでした。


これまでは
自分のいろんな症状を理解することや
その原因を考えることや
そして
何よりも「症状を少しでも軽くしたい」といったことに
すべての意識を集中させて
生きてきてしまっていたのかなと思いました。


客観的な目線で見て
今の自分がどんな人間なのか
社会的な枠組みの中で
今の自分がどう人と関わっているのか等々・・
そんなことにまで
理解が及ぶことは到底なかったようにも思いました。


頭の中の堂々巡りが何ヶ月も続きました。
知識として知っていることと
実際の自分のあり方とが
どうしても結びついてこなかったのです。


そんな頃
私の前に一人の女性が現れました。
57歳、A子さん、結婚生活33年 女の子3人のお母さんでした。


ある日、彼女は
自分の結婚生活や子どもとの生活について
約1時間あまり私に向かって
実に赤裸々に
話してくれる機会がありました。


そこから私の自己理解への突破口が開かれていったのです。


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関係性の病理を考える「共依存⑥」
- 2006/07/14(Fri) -

A子さんが話してくれたその長い結婚生活は
本当に悲惨なものでした。


結婚当初から、何の前触れもなく始る
夫の強迫性の言動に怯えて、四六時中過剰に反応し
取り込まれ、巻き込まれ、振り回されて
自己破壊的強迫的同調を繰返して生きてきた
凄まじい悲惨さがありました。


子ども達にもいろんな症状が顕われていて
一番下の娘はもう10年以上も
転々としながら精神科にかかっているとのこと。


でも、その結婚生活の悲惨さ以上に
私の心を芯から凍りつかせたのは、A子さんが
「すべて自分の愛情ゆえに、なんとか家庭を守ってこれたのだ」
固い信念でそう思い込んでいる姿でした。


ああしなさい、こうしなさいと指図する。
問題行動の尻ぬぐいをする。
問題行動をやめなければ自殺する、別れると脅す。
問題行動のせいで不幸になっている自分を嘆いてみせる。
問題行動をやめさせよう相手を人前で辱める。
絶対に離れられない運命共同体であるかのように仄めかす。
ひたすら不幸に耐えている姿を見せ付ける。


こうした自分の言動を
「すべて愛情ゆえの行為」だと思い込んでいるのです。


何とかして相手を変えようとする彼女の強迫的言動。
でも、その奥底にあるのは
「それをやめてしまえば恐ろしい寂しさだけが残る」
という恐怖だったのではないか。


自分の中の空洞を埋めようとして
人の世話焼きに自己破壊的にまで嗜癖していく・・
でも、それは、
「家族を貪り尽くしてやまない愛の仮面をかぶった自己中心的支配」
でしかなかったのではないか。


私は、彼女の話を黙って聴きながら
何ヶ月間も堂々巡りして考えてきた
自分の本当の姿
まるで合わせ鏡で見せてもらっているような
不思議な安堵感を覚えていたのです。


ああ・・そうだったのか・・
やっと・・わかった・・と。

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関係性の病理を考える「共依存⑦」
- 2006/07/16(Sun) -

まるで私が「自分の本当の姿」に気付くのを
今か今かと待ち構えていたかのように
我が家は一気に転落の坂を転がりはじめました。


夫は、仕事の失敗が度重なり
借金とアルコール依存にますます拍車がかかっていきました。
家での暴言・暴力・奇行も、際限なくエスカレートしていき
いつ事件や事故が起こってもおかしくない程の状態でした。


でも、私はもう、以前の私ではありませんでした。
もう、私にはなにも為す術はなく
泣くことも喚くことも怒ることも怯えることも
何もかもを忘れてしまったかのように
子どもを守り、自分を守るためだけにひたすら働き続けました。
多分もう、何も感じる余裕すらなかったのでしょう。


母から得られなかった愛を求めて
地獄の底を這い回るような生活にまで落ちてしまって・・

死の淵で喘いでいる私を救い出してくれた人でした。
私にとって、母以上に大切な人でした。
私にとって、この世で出会った初めての肉親でした。
私を抱きとめてくれたただ1人の人でした。


今度こそ「愛」を得ようとして
今度こそ失敗は許されないと思って
命がけでしがみついて、しがみついて、しがみついて・・
そして、夫は壊れてしまいました。


荒れ狂う夫を見つめながら
「この人はもうこのまま死んでも仕方ないのかもしれない」
「もしそうなったとしたら・・
それはもう、どうすることも出来ない運命なんだ」
夫と出会って初めて、私はそう思いました。


そして
「でも私は生きよう。きっと生き延びよう。
生き延びてこの子を育てていこう」
そう深く深く決心したのです。


「どん底」が、本当の意味での「どん底」が
私の夫に対する自己破壊的献身が終わった時に
やっと私たちの前にも訪れてくれたのです。

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関係性の病理を考える「共依存⑧」
- 2006/07/17(Mon) -

夫は、車の中で寝泊りしているのか
何日も家に帰らず、ドロドロに汚れては戻ってきて
夜中にお風呂に入り、私が作っておいた食事を取って
一晩布団で休むと、また何処かへ行ってしまう・・
そんな状態が何ヶ月も続きました。


私には,ただ見守ることしか出来ませんでした。
夫の「事故死」や「自殺」さえ覚悟しなければなりませんでした。


それでも
「私は生きていくんだ」という
静かな深い決心は、揺らぐことはありませんでした。


「底を付いた」のです。
苦しみにも絶望にも、「底が在った」のです。


そんな状態が8ヶ月ほど続いたある日
ガリガリに痩せ、白髪だらけの髪をボサボサに伸ばし
殆どの歯が抜け落ちて、虚ろな目を泳がせた
幽霊のようになってしまった夫が戻ってきました。


そして、とうとう告白したのです。


「サラ金20数社に、返しきれない莫大な借金をしてしまった」と。


時を同じくして、離別から10数年ぶりに再会し
数年前から夫と共に商売をしたいといって
400万以上の借金を抱えたまま
家にやってきた前妻の次男も
夫との諍いからやけを起こして競馬に興じ
夫と同様にサラ金10数社に
返しきれない額の借金をしていることが分かりました。


私は2人に自己破産を進め、自分は働いて必死に貯めたお金で
なんとか暮らしを立てていけるよう、引越しの段取りを進めました。


子どもには
「今、家がちょっと大変なのは分かっていると思うけど
お母さんはどんなことがあっても
お前を守っていくから、安心して大丈夫なんだよ」


「いろんな我慢をして貰わなくちゃいけないかもしれないけど
1つだけ、どうしてもお前が叶えて欲しい願いがあったら
それだけはどんなことがあっても絶対守るから
こっそりお母さんに教えてくれる?」
と話し合いました。


子どもは思い切ったように
「転校だけはしたくない」と答えました。


「そうか!分かったよ!絶対転校だけはしないでおこうね!」


こうして、教育委員会や学校に何度も掛け合って
転校せずに済む「新たな家探し」が始まったのです。

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関係性の病理を考える「共依存⑨」
- 2006/07/20(Thu) -


・・・・・・・その家は
都心から普通電車で約40分
山々や大きな自然公園に囲まれた
県境の小さな田舎町にありました。


高架になっている駅のホームから町を見渡すと、
ビルは1つも見当たらず
空がまあるく弧を描いて
どこまでもどこまでも広がっていました。


信じられないほど安い家賃と2台の車が置ける駐車場
その上、4DKという広さに引かれて即決し
1週間で手作りの引越しを敢行。


気が付くと
夫も次男も、そして私までもが
毎日呆然と空を眺め
緑を濃く含ませた風に
傷ついた心身を晒しながら
漂うようにして
互いが何も語ることさえなく
静かに日々の暮らしを営んでいました。


「お母さん、ここは民宿みたいな家だね」


1階のリビングで2人寝っころがりながら
天高く冴え冴えと輝く満月を見上げ
娘が大きく息を吐いて
小さな声でそう呟きました。


「ホントだねぇ。なんだかみんながのんびりしているねぇ」


私達家族は
何年も続いたあらゆる苦しみを束の間忘れ
まるで「ただそこに在る」だけで満たされる
命の原形の姿に戻ったかのように
静かに日々の暮らしを営んでいました・・

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関係性の病理を考える「共依存⑩-終ー」
- 2006/07/21(Fri) -

私や、私の家族が
本当に回復したと言えるのかどうか
私にははっきりとはわかりません。


ただ
人生が次々と起きる問題解決の連続である以上
回復もまた
常にそこへと向かう過程の連続なのかもしれない。
そんな風に感じています。


刻み込まれてしまった思考や行動のパターンを
たとえ少しずつでも変えていくことができたなら
いつか、ふっと過去を振り返った時に
今みたいに
「ああ、そう言えばなんだか前より生きているのが楽しくなった」
そう思える日がまた来るような気がします。


そんな風に回復への道を1歩1歩と歩んで行けたら
それが私が生きた「真実の軌跡」なのだ
そう思っています。


これまで私が知ったこと、思ったことは
本当にたくさんありました。
今まではそれらすべてを
「大きな諦め」と名付けて
大切にしまってありました。


少しだけ、できるだけ
その思いを言葉にしてみて
この「共依存」を終わりにしようと思っています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ただ人が
「生まれること」も「死ぬこと」も
私の「意志の力」や「努力の力」などというものを
遥かに超えたところにあるのだということを知りました。


自分も人も
何か目に見えない大きな不可思議な力によって
導かれて生きている・・
そんな不思議な感動を知りました。


そして
どんなに頑張ってみても
どんなに執着してみても
どうにもならないことがある・・
当然「理不尽な死」さえも
決して避けることは出来ないのだと知りました。


自分の「無力さ」や「弱さ」
自分の「運命」を受け入れた時
私の奥底にいつもあった
捨てられ無視された赤ん坊の
「耐えがたい絶望や怒り」も
自分の大切な「弱さ」であり「感情」なんだ
と思えるようになりました。


私は私の思考を超えた
大きな不可思議な力の流れにそって
自然に生きるしかないのだと思うようになりました。


でも
だからこそ
与えられたこのわずかな人生を
暖かい気持ちで人に接し
すべての生き物を慈しみ
自分に出来ること1つ1つを大切に
行動を起こして生きていきたい
そう思うようになりました。


以上です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(終)

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