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世代間連鎖を考える①
- 2006/07/23(Sun) -

秋田の連続児童殺人事件は本当に悲しい事件でした。
連日、ワイドショーなどでコメンテーターが
「虐待の連鎖」という言葉を使っています。
私は「一体どこまで本当に理解されているのだろうか?」と
いつも辛い気持ちで聞いています。


当然、私にとっては
自分の問題以上に
最も恐れ続けてきた課題でもあったからです。


虐待はずーっと昔から
人間社会と共に存在した暗い闇の歴史です。
本来、大切に慈しんで育てられるはずの子どもが
最も身近な大人たちによって踏みにじられているという事実は
あまりに理不尽であり
理不尽であるからこそ否認され
闇から闇へと葬られてきた人間社会の事実です。


でも、現代社会の養育機能はどんどん低下を続け
虐待によって生命の危機に晒され
そのライフサイクルを通じて
重大な発達のリスクを抱えるであろう子ども達の増加を
とうとう無視できない状態にまで迫られてきました。


虐待は、人が自分では意識しにくい
深く激しい葛藤による現象であるため
これに関わる人間は押し並べて
深く複雑な情動を激しく揺さぶられてしまうのです。
ここに、適切な援助を困難にする要因があるといえます。


これまで虐待は
「虐待する人」個人の病理として問題にされ
「人でなし」としてその個人を糾弾することに
終始してきました。
最近になってようやく
子どもを取り巻く家族やその所属する小集団の
複雑な力関係や関係性の病理として
考えられ理解されるようになってきました。


その虐待の理解に欠かせないのが
「心の葛藤の世代間連鎖」であり
虐待の援助にも決して欠かせない重要な視点なのです。

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世代間連鎖を考える②
- 2006/07/24(Mon) -

「心の葛藤の世代間連鎖」とは
親自身の、未解決の心の傷や親子関係の葛藤が
誰にも理解されないまま深く抑圧され
なんでもない日常のなかで
突然、無意識に、子どもに伝わっていくことを言います。


この「葛藤の世代間連鎖」は
特に、第二次世界大戦で
ナチスのユダヤ人迫害から逃れて生き延びた人たちや
強制収容所から生還したユダヤ人の子どもや孫たちが
自分は知らないはずの親の迫害の恐怖に怯え
いろんな心理的な障害に陥っていった例として報告されました。
(Kestenberg,J.,Pines,D.,)


隠蔽されていたトラウマが
次の世代の心の病に繋がっていったのです。
心的外傷の長期的影響といえます。
親の苦悩がその子や孫の
精神病理や性格形成に連鎖していくのです。


外傷体験が癒されないまま心に埋もれていくと
長い年月にわたって、その人の人格形成や対人関係を歪め
偏狭で苦しい生き方にその人を追いやってしまいます。


また、虐待の精神病理が連鎖するのではなく
親自身が虐待を受けて愛着体験が歪み
その歪んだ愛着パターンが連鎖するという指摘もあります。


「我が子を愛したい・・」と願う気持とは裏腹に
不幸な自分の親との葛藤を
再び我が子に繰返してしまう。
虐待、未婚妊娠、アルコール依存などの背景に
こうした連鎖が作用しているとも言われています。


心のトラウマは、悲惨な体験をした本人にしか
本当のところは解からないだろうと思います。
内なる深層心理のどろどろとした激しい情念の現象です。
親が、どんなに自分の悲惨な体験を隠して子どもを守ろうとしても
真実はいつか必ず表面化します。


親の押し殺した葛藤を
その深く内在する無念や怨念を
親の顔からつぶさに読み取るのが我が子です。


親子ゆえの絆の深さが、たとえ無意識の情動であっても
堰き止めようもなく伝播させてしまうのです。

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世代間連鎖を考える③
- 2006/07/25(Tue) -

「世代間連鎖」
虐待などの深刻なものだけではなくても
しつけの方法や子どもとの遊び方
家事の取り組み方など
日常生活のすべての面での
良い特質も悪い特質も
親子関係全般が連鎖していきます。


その人らしさといった
性格などが形成されていくプロセスでも
ごく身近にいる
自分にとって重要な人間(親など)をお手本にして
無意識にその人の特徴を取り入れていきます。


それは行為だけではなく
価値観においても生じてきます。


その後の成長過程でいろんな事を学び
子育てのマニュアルなどもたくさん読んだなら
幼児期の学習がそのまま再現されることなど
ありえないように思えるかもしれません。


でも、そうではないのです。


日々がストレスに充ちた現代社会の中で
孤立し不安と焦りの中で行われる子育ては
理性などあっという間に吹き飛ばしてしまいます。


感情的・衝動的になってしまった時に
一気に古い記憶が蘇り
無意識のうちに再現してしまうものなのです。


「あの悲しみを、2度と味わいたくない」
心からそう願っているのに
容赦なく再現されていく悲劇・・


でも、その存在に気づいた時から
連鎖の鎖は弱めることが出来る。
自分が過去の親子関係に
操られていることに気付いた時から
呪縛の鎖を解き放ち
次の世代へと容赦なく攻撃を加えてしまう悲劇を
2度と繰返さなくてすむ。


私は
そのために
これまで自分が考え
学んできたいろいろなことを
もっと明確に言葉にして
深めていきたいと思っているのです。

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世代間連鎖を考える④赤ちゃんの世界
- 2006/07/26(Wed) -


「赤ん坊というものはない。
   赤ん坊は常に赤ん坊と母親という対として存在する」 
                        (Winnicott,D.W.)


胎児は、胎生期20週ころには
全身の感覚器官がほぼ完成していて
羊水の中で遊泳を楽しんだり
指しゃぶりをしたり
耳をすましたりして
安定した感覚体験を楽しんでいるそうです。
              (Kestenberg,J.ら)


この頃から
新生児期にかけての赤ちゃんの感覚体験は
「無様式知覚」と呼ばれる感覚体験で行われます。


「無様式知覚」とは
母親の声の音色の強さや弱さ、抑揚
眼差しの柔らかさや冷たさ
身体の緊張の強さや弱さなど
情緒の本質を感知するものです。


だからこそ
親の無意識の不安や緊張
苛立ちや焦り
敵意や抑うつ感情さえも
乳幼児は全身で感知してしまいます。


母親に不安や苛立ち
敵意などがあると
母親の乳幼児への応答の仕方に
微妙なテンポのずれや
機械的な冷たさなどの特徴としてあらわれ
乳幼児はそれを
「不快なもの」として感知するのです。


生後9ヶ月ころには
乳幼児は敏感に頼っている人の感情を見抜き
反応する力を持っているといわれます。


乳幼児は親の本音の苦悩まで
察知し吸収しているのです。


この「親と乳幼児の相互作用」の段階で
すでに親自身の親子関係の特徴やパターンは
乳幼児との間で反復され
「葛藤の世代間連鎖」を示す傾向が認められます。


親が乳児の行動や要求を
歪んでとらえて感情的に反応するので
乳児は偏った反応を強いられていきます。


すると、葛藤的な親と乳児の相互作用は
すぐに悪循環に陥ってしまいます。


乳児は
異常な行動や症状を示すようになり
このことがさらに
親と乳児の葛藤を高めていき
ついには危機的な状況にまで悪化し
親がとっさに
衝動的に
子どもを痛めつける行動にでてしまったりするのです・・


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世代間連鎖を考える⑤無意識の世界で起きていること
- 2006/07/27(Thu) -

「乳児期に個人の病理というものはない。
    あるのは赤ん坊と母親の
       (あるいは他の養育者)関係の病理である」
                   (Winnicott,D.W.)


虐待する親子関係の
深く激しいイメージは
無意識のものです。


養育者が
乳幼児によって誘発される原始的な情動は
かつて自分が乳児として感覚的に生きていた時の
不安、恐れ、怒りなどの
「原始的な身体感覚的記憶」であり
無意識のものです。


周産期や乳児期に
虐待や無視、見捨てられながら
耐えて生き延びた人に
湧きやすい情動といわれています。


特に乳児と2人きりのときに襲ってくるため
周囲にはなかなか理解されにくいのです。


母親は
要求の激しい乳幼児を
自分を苛める暴君のように感じたり
我が子に迫害されているように錯覚して
自己防衛的に乳幼児を拒絶し
負けまいとして危害を加え
障害や死に追いやる危険があります。


また
親に虐待を受けた子どもが成長して
今度は自分が加害者になっていくメカニズムは
「攻撃者への同一化」が有名です。


虐待を受けた人は
深い見捨てられ不安と
心身の苦痛に苛まれながら生きています。


被害者から加害者になることは
心に焼きついた
「心的外傷を逆転させる効果」があるのです。


自らが受けた虐待の痛手から
自分を守ろうとして
危害を加えた人に同一化し
自分もまた
加害者になっていくのです・・

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世代間連鎖を考える⑥無意識の世界ー「赤ちゃん部屋のおばけ」
- 2006/07/28(Fri) -

乳幼児精神医学の研究者である
フライバーグ(Fraiberg,S.,)は
「赤ちゃん部屋のおばけ(ghosts in the nursery)」
という現象を発見しました。


スラム街の乳児虐待の
早期介入を行ったフライバーグは
乳児が母親の深い記憶を蘇らせて
母親を脅かす現象を目撃し
その現象を
「赤ちゃん部屋のおばけ」と呼んだのです。


特に周産期に母親が乳児と2人きりでいる時に
不意に母親を襲う
言葉には言い表せない
不安、恐怖、苛立ちや嫌悪感などの
原始的な深い情動を指します。


例えば
自分が親にされたことを
意識的には「決してやるまい」
と思っていても
赤ちゃんが泣くたびに
かつて泣き叫んでいた
「赤ちゃんの自分」が感覚的に蘇り
赤ちゃんといることで
強い緊張と不安を生み出します。


特に
乳児のなんらかの特徴が
自分を虐待した人間の
イメージと結びついてしまうと
「いつも私を怒鳴りつけていたあの母のように恐ろしい子」
といった、ありえない、非現実的なイメージを
強く持つようになってしまいます。


すると
それが「無様式知覚」で赤ちゃんに伝わり
赤ちゃんはますます激しく泣き叫ぶ
という悪循環が起きてしまい
結果的には、赤ちゃんを拒絶し
虐待が起きてしまう・・


こうして
意識的には「決してやるまい」と
どれほど決心していても
「どうしても、・・・やってしまう」
という世代間連鎖のパターンは
虐待だけではなくて
他の心理的問題にも
数多く認められるものなのです。

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世代間連鎖を考える⑦無意識の世界ー「死んだ母親コンプレックス」
- 2006/07/29(Sat) -

「赤ちゃんを抱いていると、なぜか解らないけど
        気持が落ち着かなくて、怖い・・」



そんな深い不安を持つ母親は
自分自身の乳児期に
実母の抑うつや
次の赤ちゃんの死産などの
暗い出来事が起きている場合があります。


流産や死産
肉親の死の悲嘆や病気の不安
不幸な嫁姑や夫婦関係など
様々な葛藤で悩む母親が
育児をしながら
ふと、暗い気持に落ち込み
乳児の世話どころではなくなると
乳児はそれを敏感に察知します。


一生懸命声を出して笑いかけ
なんとか明るい母親を取り戻そうとします。


でも、それでも母親の暗さが長引くと
繊細な感受性の乳児は
「暗い死んだような母親の姿」を取り入れてしまい
精神病理のリスクにつながると言われています。


フランスの精神分析家グリーン(Green,A.)は
このような母親像を抱く乳児の状態を
「死んだ母親コンプレックス
(the dead mother complex)」
と呼びました。


母親の暗さや
母親との死んだような関係は
乳児の生き生きとした情動を抑え
無表情、緊張、視線回避などの
偏った防衛反応を誘発し
赤ちゃんは歪んだ精神発達や
愛情遮断症候群(注)を呈したりするのです。


また、母親自身が
実母の苦労や精神障害
親との離別や死別
自分自身が
親に甘えることができなかったなどの辛い体験で
「暗い母親像」を抱いていると
不安感に覆われた
不安定で緊張した育児を行いやすくなります。


親子心中などの深刻なもの以外にも
今の社会では
育児が母親中心で行われているため
赤ちゃんの言語発達や対象像・自己像の発達
また社会的スキルの発達など

多様な障害になることが明らかにされています。


(注)愛情遮断症候群


「愛情遮断性小人症」
「精神性・社会性小人症」ともいわれる。
母性的養育が剥奪されたことによって
子どもの心身両面にさまざまな発育障害が生じるもの。
不適切な養育(ネグレクトあるいは情緒的虐待)と
これに基づく愛着(アタッチメント)の形成不全にある。
成長ホルモンの出が少なくなることもあり
身長が伸びない等の身体発育遅延、
筋緊張低下、表情の乏しさや精神発達の遅れなど
様々な症状が出てくる。

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世代間連鎖を考える⑧親子の幸せのためにー「ドゥーラ」
- 2006/07/30(Sun) -

アメリカの医療文化人類学者
ラファエル女史は
   「自然界でも人間の歴史でも
   女性(雌)が妊娠・分娩・育児をするときは
   必ず女性どうしの助けあいが行なわれていた」
と言っています。


その「助け人」のことを
「ドゥーラ」と言います。
周産期に
いろんな身の回りの雑用を手伝ったり
母親を優しく勇気づけたりして
母親の緊張や不安を
緩和してくれる女性です。



動物の世界では
イルカは陣痛がはじまると
仲間の雌のイルカたちが
母親イルカをとり囲んで泳ぎ
赤ちゃんが生まれるのを助けます。


さらに生まれてきた赤ちゃんに
息をすわせるために赤ちゃんをつきあげて
海面に押し上げることもやるのです。


ゾウも陣痛がはじまると
ほかの雌のゾウたちが
母親ゾウをとり囲みます。
外敵に襲われないように
分娩中の母親ゾウを守るのです。
 
こうして母親は
安心して子どもを生むことができます。


生むのは母親ですが
周囲が心身ともに母親を支え
優しく勇気づけてあげるのです。


先進国にも
かつては「ドゥーラ」がいました。
現在でもアフリカや中近東といった
伝統文化の社会にはいます。


そのほとんどが女性です。
母親は
経験豊かな女性たちに囲まれて
安心して赤ちゃんを生んだのです。


「ドゥーラ」は
専門家である必要はなく
素朴で暖かく
信頼できる女性であれば
それで充分なのです。

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世代間連鎖を考える⑨親子の幸せのためにー「ドゥーラ効果」
- 2006/07/31(Mon) -

アメリカで発表された研究では
「ドゥーラ」がいたケースでは
分娩時間が大幅に短くてすみ
「ドゥーラ」がいなかったケースでは
その倍近くもかかっています。


また
帝王切開や難産・仮死状態の出産なども
「ドゥーラ」のいたケースのほうが
そのような事態が発生する頻度が
明らかに少なかったのです。


さらに
大量出血のような妊娠合併症の頻度も減り
産褥熱ばかりでなく
生まれた赤ちゃんの
感染合併症も少ないこともわかりました。


初めてのお産では
母親が強い不安をもつのは当然です。


不安やおそれが高まると
アドレナリンが大量に分泌されます。
それは血管を収縮させる働きがあるので
子宮に流れこむ血液の量をおさえ
子宮の収縮力をおさえてしまいます。
それで分娩時間が長びき
胎児が仮死状態になることもあるといえます。


産褥熱や新生児感染症などの
合併症が少なくなるのは
母親や新生児の免疫力(感染抵抗力)が
サポートされることで高まり
胎盤を通って赤ちゃんにも
移るからと考えられています。


心理的な面でも
信頼できる一人の人がそばにいて
母親を包み込み
母親が安心できる暖かい接し方で
母親の心細い気持を充分に受け止め
「それでいいんだよ」と支えることで
早期に葛藤をほぐすことができます。


母性的な存在が寄り添うことで
母親が心から安心することが
とても大切なのです。


それとは逆に
身近な女性であるはずの
助産師や看護師・保健師などが
指示的・権威的に
育児のあるべき姿を押し付けたりすると
母親は途端に自信を失って落ち込み
そこに母親自身の不幸な生い立ちが加わると
不必要な虐待が誘発されることになり易いと言えます。


母子のための場が
母子を傷つける場と
なってしまうこともあるのです・・

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世代間連鎖を考える⑩親子の幸せのために 「内省的自己」を育む
- 2006/08/01(Tue) -

イギリスの
アンナ・フロイト・センター所長の
フォナギー(Fonagy,P.)は
妊娠中の母親と父親に対して
その人の幼児期の
「母親イメージ」を調べました。


その一方で
その人たちの生まれた子どもに対して
生後1年目に
子どもの「愛着パターン」を調べました。


その結果
やはり、不安定で葛藤的な
養育体験を持つ母親の子どもは
不安定な愛着パターンを示しやすい
傾向があることが解りました。


ところが
逆境であったにもかかわらず
安定した子どもを育てる
母親もいたのです。


精神病理の連鎖を示さなかった
こうしたケースの特徴は
母親が自分自身の
虐待されてきた幼児期の辛さや葛藤を
正直に情緒的に
振り返る力を持っていました。


酷い自分の養育体験と
自分の受けた苦しみを
ありのままに
見つめることができていたのです。


こうしたことから
フォナギーは
親が自己のありのままの実態を
しみじみと振り返り見つめる機能を
「内省的自己(reflective self)」と呼びました。


この「内省的自己」には
精神病理の世代間連鎖を
防ぐ可能性があることが明らかになったのです。



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世代間連鎖を考える⑪親子の幸せのためにー「内省的自己」を育むとは?
- 2006/08/02(Wed) -

「内省的自己」を育むためには
専門家による精神療法などの治療を
受けられない場合でも
「日記」などによって自己を振り返り
自分の葛藤に正直に向き合う
習慣を身に付けることが有効です。


また
葛藤をありのままに吐き出せる
信頼できる「誰か1人の人」
(例えばドゥーラに)
出会うことができたら
それも同じ様に
精神病理の世代間連鎖を防ぐ
可能性を開くことができます。


母親が
安心して
愚痴や本音を出せる人。


暖かな包容力を持って
母親を決して責めず
心から優しく理解してくれる人。


でも、泣き叫ぶ赤ちゃんと
強く拒絶する母親に対した時
つい母親を責める気持が湧いてきて
知らず知らず感情的になってしまうのが
一般的な周囲の反応です。


それは
たとえ専門家であっても
例外ではありません。


子どもの問題を
親と子の「関係性の障害」として
捉えることができず
母親のせいにしがちな
日本社会の風潮
母親の不安感や挫折感
罪悪感や自信喪失を
さらに増幅させてしまいます。


虐待する親を責めずに
一緒に考え解決していくためには
何が必要なのでしょうか?

まず、なによりも
こうした問題に関わる1人1人が
お母さんと赤ちゃんがホッとできる
「普通のいい人(nice person)」であることです。


そして
乳幼児期に虐げられた人の
心の傷が如何に深いものなのか
その情動が如何に暗く激しいものなのか
強烈な依存欲求と攻撃性の内に秘められた
「底なしの絶望と怒り」を
心から理解する
深い人間としての思いやりと智慧
求められているのです。

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世代間連鎖を考える⑫「もっと複雑で根深い問題」
- 2006/08/03(Thu) -
虐待が成り立つ状況には
幾つもの要因が重なっています。
 
例えば・・

望まない結婚、妊娠、出産
夫婦間の不和
経済的な困窮の問題
親の身体的な病気
親の人格障害や精神疾患、アルコール依存
親自身が安定した依存関係を経験していない
親自身が被虐待体験がある
親が自分や周りへの要求水準が高い
攻撃的で、しかもそれをコントロールできない
相談できる人や信頼できる人を持たない
他にも手のかかる子どもがいる
子どもが未熟児や病気で育児が難しい
親子が早期の離別体験がある

                  等々・・


かつて
乳児の早期介入を行ったフライバーグは
病院には敷居が高すぎて来られない
一般社会から隔絶している
スラム街の家族の家庭訪問を実践して
台所での親身な相談活動を行いました。
 
虐待する親自身が
まずは心から安心して
自分の辛かった乳幼児期の被虐待体験を
しみじみと語れることが
何よりも大切だと考えたからです。
 
その活動を初めて知った時は
本当に素晴らしいと
心から感動したものでした。

育児相談や医者に行くことのできる方々には
「援助の手」はすぐにでも
差し伸べることはできます。

しかし
乳幼児検診にすら行くことなく
家の中で赤ちゃんと2人きりで閉じこもり
徹底して援助を拒否している方々こそ
本来、さらに
「援助の手」を必要としている方々なのですから。

私自身が現在行っている活動も
家庭訪問を主体とした
母子の援助を目指すものです。

謂わば
自らが「普通のいい人」として
困難を抱えた母親の
「ドゥーラ」になろうと
日々悪戦苦闘しているという訳です・・

閉ざされた心は
滅多なことでは開かれません・・

無駄足の繰り返しと言っても
過言ではありません・・

でも
もっと困難な壁を乗り越えて
母子を援助してきた先駆者がいて
確かな効果が証明されている。
そう思うことは大きな希望になっています。

しかし
フライバーグの後継者ともいえる
アメリカの臨床家
リーベルマン(A,Lieberman)は
虐待が起きるケースの実態は
「もっと複雑で根深い問題である」
と指摘しているのです。

 

 

 

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世代間連鎖を考える⑬「もっと複雑で根深い問題」
- 2006/08/04(Fri) -

リーベルマンの臨床の場は
フライバーグと同じ様に
麻薬、アルコール依存、虐待など
深刻な問題の巣くう
移民の住むスラム街でした。


南米の貧しい国
パラグアイで生まれ育った彼女は
虐げられた人たちの苦しみ、嘆き
破壊的な自暴自棄の気持を
よく理解できたのです。


彼女は
社会に見捨てられた人たちの家庭を訪問し
銃を突きつけられながらも

悲惨な家族の根深い病理に取り組み
心を閉ざす不信感の強い父母と
赤ちゃんのケアをしてきました。


リーベルマンは
こうした臨床経験から
虐待をする人々にとって
過去の乳幼児期の体験をめぐる
「怒りや絶望」は
未だ決して
過去のものにはなりきれてはいない
と言うのです。


親自身が
抑うつ、アルコールや薬物嗜癖
虐待などの精神病理を持ち
その生育歴には
家庭崩壊や複数の喪失体験を有しており
何よりも彼らは
日々の生活に著しく困窮していました。


乳幼児期に
母性的養育の剥奪を体験し
今、現在も
境界性人格障害構造の
病理に苦しむ彼らの世界は
もっと「複雑で根深い」と指摘するのです。


心のトラウマゆえに起きている
現在の悲惨な体験の
「絶望や怒りや不信」にあおられて
彼ら自身の原初的な「怒りや絶望」は
ますます勢いを得て
活動しているものである
と言うのです。


絶え間なく彼らの身に起きている
「悲惨」の
徹底した理解と援助。


そこに焦点を当てることを
粘り強く行わなければ
過去の葛藤を整理し
過去を過去として葬り
世代間連鎖を防いでいくことには
つながってはいかない
そう述べています。


「過去」だけではなく
「現在の悲惨」へ。


とても重要な視点です。


この地球上には
今この瞬間にも
戦火に追われ
塗炭の苦しみに喘ぐ家族がいます。
難民として
生命の危機に瀕して日々を送る母子がいます。
幼い兵士として
壮絶な殺戮に生きる子どもがいます。


彼らはもとより
多くの困窮する人たちや
深い病理に苦しむ親子の臨床に
リーベルマンの観点は
貴重な示唆を与えてくれています。




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世代間連鎖を考える⑭これからのために
- 2006/08/05(Sat) -

それでも
自分の未解決の葛藤に気付くことは
たとえそれらをすぐには
克服することができなくても
自分自身が葛藤の呪縛から
自由になることはできます。


これまで繰返してきた
欺瞞的な自己防衛
もう必要なくなっていくのです。


ふと
自分を振り返り
自らの生い立ちや
隠蔽されていた親との葛藤
次第に気付いていく。


子どもの頃の
自分の本当の気持ち
自分の親の本当の姿
引き付けられるように気付いていく。


1人の人間としての親の
「エゴ」や「弱さ」や「卑劣さ」や「醜さ」
否応なく気付いていく。


それは
長い間
無意識に抑圧し続けてきた
激しい「怒りや憎しみ」「恨み」の感情を伴う
とてつもなく苦しい
自分との格闘の日々でした。


けれども
静かに時は流れていき
自分の「弱さ」「愚かしさ」
「無力さ」や「卑劣さ」

自分自身が心から
受け入れることができるようになっていくに従って
いつしか
不思議なことに
自分の身近な人たちや
さらには
かつては激しく憎んだ母親に対してでさえも
同じ愚かさを抱えた存在として
同じ無力な人間存在として
深い寛容な気持ちで
静かに見つめている自分に
気付く時がやって来たのです。

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世代間連鎖を考える⑮これからのためにー「虐待と精神障害」ー終ー
- 2006/08/06(Sun) -

この20数年間
アメリカとカナダでは
「外傷性の精神障害」
それと深く関連した「解離性障害」
臨床経験が積み重ねられており
その理論や概念は
精神医学の世界に
大きなインパクトを与え続けています。


それは
「外傷と精神障害」の関連について考えることが
臨床観察、病態の把握や治療方針などに
これまでとは違った視点を提供している
からです。


また
精神疾患の原因として
虐待の影響が注目されています。


統合失調症のような原因不明の疾患群も含めて
精神症状のかなりの部分や神経症などが
実は「心的外傷(トラウマ)」によるのではないか

と考えられ始めているのです。


身体的な虐待はもとより
現代的な虐待といわれる
心理的虐待やネグレクト、性的虐待は
確実に増加してきています。


そして
「心的外傷」の原因として
乳幼児期の被虐待体験が
最も重要視されている
のです。


現在では
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は
広く知られるようになりました。


ただ一度の災害や事故・事件でも
これほどまでに大きな心的外傷を負うのに
乳幼児期を
生命の危険や自己の尊厳を破壊される
環境の中で生きることが
どれほど重大な影響をもたらすか
やっと理解され始めたばかりなのです。


フロイトに始まる分析的なものの見方は
人間が本来持つ
攻撃的・性的衝動の病理性について
深い洞察を与えてくれました。


しかし
「人間が最も脅威に感じるのは
自分自身の持つ衝動である」
という考えが常に優先され
そのことが
現実の外傷の持つ病理性を
軽視、ないしは無視する傾向

生んでしまっていたとも言えるのです。


ここからは
外傷としての虐待がもたらす精神障害や
こうした新しい視点での
新しい治療関係のあり方など

元患者としての自分の体験も含め
考えていきたいと思っています。



・・・・・・・・・・・・・「世代間連鎖を考える」ー終ー

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