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「希望の構造」①
- 2007/07/20(Fri) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」から 


トラウマを受けて育った人というのは、
何らかの希望がないと生きていけなかったわけです。


「いつかお母さんは私を愛してくれる」
「いつかお父さんは殴るのをやめるだろう」
「いつか誰かが私を救ってくれるだろう」
「そのうち何とかなるのではないか」
「いつかこの家を飛び出して、素晴らしい人と出会って、結婚して、いい生活をするんだ」
というような、いろいろな夢があります。


それがなかったら生きていけなかったので
こういう希望を持ち続けて生きてきました。


そうして生きているうちに、その希望がだんだんふくらんで
その希望自体がなによりも大切になってしまうわけです。


虐待を受け続けることなど何でもなくなります。
希望さえ持っていれば生きられるということで
希望だけがふくらんで大きくなってしまって
虐待を受けているという事実はその人の中で小さくなっていきます。


希望を失ったら大変なので
それを持ち続けるためにはどんなことでもいといません。


たとえば虐待のある家庭で育った人が家を出たあと
虐待をする人と結婚してしまったりするのは
希望をなくしたくないからだといえます。


またそこで
「この人はいつか虐待をやめてくれるだろう」
「誰かが私を助けてくれるだろう」
「何とかなるだろう」
という希望を持ちながら生きていくわけです。


この希望は、最初のうちは
子どもが虐待のある家で生き延びていくための大切な手段でした。
自分の身を護るひとつの手段だったわけです。


ところが、この希望が独り歩きを始めて
それだけが何よりも大事になって現実が見えなくなってくる。


(続く・・・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私にとって、かつての信仰こそが唯一の希望であったのだ。
だからどんなことも耐え忍び、非情なまでの修行を自分に課していたのだ。


現実よりも希望が、信仰そのものが、命よりも大事になっていたのだ。

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「希望の構造」②
- 2007/07/21(Sat) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」から 


希望が一人歩きを始めて、それだけが何よりも大事になって
現実が見えなくなってくる。


大人になっても、引きこもりを続けながら
あるいは摂食障害をやりながら、何も力がないのに
「私はアメリカの大学に行くの」
「芸術大学に行って音楽家になるの」
「いつかすばらしい人に会って結婚するの」
といった大きな希望や夢を抱えている。


それでいて、実際は家の中に引きこもって何もしていない、
親に暴力をふるっていたりします。


こういうふうに、全然そこに近づいていないのに
希望を持ち続けることを「希望の構造」というわけですが
これは要するに幻想ですね。


幻想としての自分の夢と現実との間に
ものすごいギャップができています。


実際には、アルコールやギャンブルやセックスの依存症になっていたり
境界性人格障害におちいって感情の上下に苦しんでいたり
何の力もない状態です。


ところが、こういう人たちはますます自分の夢にとらわれていきます。


そうすると「こうなるはずだ
こうなるべきだ」と思うほうにどっとエネルギーが行って
実際に今何ができるかはお留守になってしまうのです。


希望の方にエネルギーが取られてしまって
今のことが何も見えなくなるのです。

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「希望の構造」③
- 2007/07/22(Sun) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」から


希望のほうにエネルギーを取られてしまって
今のことが何も見えなくなるのです。


子どもの時にはそれが生きる手段だったけれども
大人になった今では、
希望のほうに力を入れていても何も起こらないということです。


現実に注目しないと何の変化もありません。


問題を抱えている人たちは弱々しくなってしまいます。
自分は生きていてもしょうがない、
生きる価値がないと思っていますが
夢だけは大きいものですからますます焦ってくるわけです。


「こんなことをしていてはダメだ」
「私はダメだ」と焦ると、今度は自分を責めてきます。
「こんな私はダメだ」ということでどんどん苦しくなります。


自分を責めると、他人も責めますね。
まわりにいる人に八つ当たりしたり親がいれば家庭内暴力になる。
そういうことをしていると、症状はますますひどくなってきます。
家の中で何かフラストレーションがあるとボーンと殴るようになる。


このような人たちは、夢にとらわれて焦って
自分ができないことでますます苦しくなって
またその怒りを出す。


ーーーーそういう練習をしているわけです。
引きこもりの人は引きこもりになる練習
暴力をふるう人は暴力をふるう練習をしている。


「私はダメだ」「ダメだ」と何回言っても
その練習にしかならないわけです。


どこかで変えていかないと
同じことの繰り返しになってしまいます。

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まず身体から始める①
- 2007/07/23(Mon) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」より


引きこもりや依存症などの問題を抱えている人は
心の中にがあいています。


そういう問題行動のほうに力が行ってしまって
身体は大人になりますが
精神的な成長が追いつかなくて空洞ができています。


その空洞を少しでも埋めていかないと
いつまでたっても同じです。


身体は大きくなって暴力をふるう力がついてしまい
その練習ばかりして暴力的な行動だけが拡大して
心の空洞は埋まってきません。


ですから
「私はそういう家庭で育った」
「心の傷を持っている」ということに気がついて
「私は心の成長がどこかで止まっている」
「穴があいている。この穴を埋めなければいけないんだ」
ということをほんとうに自覚して
赤ちゃんに返った気持ちで第1歩からやらなくてはなりません。


大人の感覚でやっても回復しません。
大人の感覚でやると
「こうすべきだ」「ああすべきだ」
「あそこの大学院に入らなくちゃ」
という幻想のほうに行ってしまいます。


それはまず置いて
今、自分にできることは何か。
もう1度赤ちゃんになって
空洞を埋めるとしたら何ができるか。
そこに力を入れていきます。

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まず身体から始める②呼吸を変える
- 2007/07/25(Wed) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」より抜粋


まずベーシックなところから始める。
「呼吸を変える」「睡眠を変える」「食べ物を変える」
                   「運動をする」「感情の制御」


「呼吸を変える」
腹式呼吸をしてみる。
浅かった呼吸を深くしてみる。
呼吸をしながら少し身体を動かしてみる。
鼻から息を吸って口から出す練習をする。


その時、今までの不安、やりたくないこと、困ったこと
心配ごと、うつになる気持ち、パニック、
イヤなことを全部、
鼻から息を吸って口から出す時にフーッと放していく。
これを3回やってみる。


ちょっと感じが違ってくる。
なんとなくリラックスした様な気持ちになる。
それは、すでに脳の回路が変わってきたから。
同じことをしていると同じところで回路がつながるので
同じ感情や同じ思考が出てきたり同じ行動になったりするが
こうしたベーシックなことを変えるだけでも
脳の回路は変わってくる。


朝、1分でも2分でも心を静かにして呼吸をしてみる。
午後もう1度やる。
夜寝る前にやる。
瞑想とか祈りとか何でもいいが、
呼吸を変える方法をやってみる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


呼吸は、私自身とても大切にしている。


感情が昂ぶったり、
その反対にどんどん落ち込んだりする時
それらを手放すために、静かに横になり
もの凄く深ーい呼吸を、静かに何回か繰返す。


そうしながら、身体の芯の最もコアな部分を
ゆっくりゆっくり緩め、ほぐし、広げ、溶かしてゆく・・・・
指の先までそれらが伝わる頃、
空気が耳を圧するほどに
シーンと静まり返って透明になっていく。
そうすると、深い安堵感に包まれながら
自分自身も透明になって、空気に溶けるようにして消えていく。


後は静寂だけ・・・・
まるで・・・そう、
屍になったかのように、
横たわっているだけの自分がある。
真っ白な自分がある。
生まれたばかりのような自分がある。


一種のイメージトレーニングのようなものなんだろうか?


いつのまにか自然と身につけた、私だけの秘策、かな?(笑)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そうそう、いつのまにか10000アクセス越えてました(笑)
「10000越えたら引っ越そうか」とか思ったこともあったけど
やめました。


理由は「めんどくせー!!時間ないよ~!!」

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まず身体から始める③睡眠
- 2007/07/26(Thu) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」より抜粋


「睡眠」
睡眠は意外と大切。
うつの人はあまりにも寝すぎ、
そうでない人は睡眠不足という形で問題になる。


朝、目を覚ましたらすぐに窓の外を見る。
陽の光を目に当てる。
日光が目に入るとセロトニンが出てくる。
セロトニンは脳内の神経伝達物質のひとつで
抗うつ薬の作用がある。
セロトニンはふだん脳内で生成されている物質。
陽の光が目に入るとセロトニンが出てくる。
うつの人は是非朝のうちに起きること。


6時半とか7時とか、日が昇る頃には起きる。
昼まで寝ていることがないように。
苦しくても、1回起きて窓から外を見る。
そして、目を日光に当てる。


それから14時間ほどすると今度は脳内にメラトニンが出てくる。
メラトニンは眠りを誘う方の物質。
7時に起きたら夜9時頃これが出始める。
出始めてから2時間くらいで最高の量に達する。
その頃に寝るのが一番いい。


朝7時に起きて、夜9時頃には電気を暗くする。
音楽を聴いたり本を読んだりテレビを見たりして
日常の活動をだんだん弱くしてゆったりした気分になって
2時間以内に床に就く。
こうすると自然のリズムができてくる。


朝7時に起きて陽に当たるとその時点でこのリズムがリセットされる。
夜12時か1時頃まで起きていたとしても
7時になったら起きて朝の光を見る。
お昼まで寝ていることがないように。
こうして、生物学的な自然なリズムを取り戻す。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


これは私にとって、一番難しいことだった。
何しろ、物心ついた頃からの筋金入りの睡眠障害だったから(笑)


ここ半年ばかり、やっと全く薬を必要としなくなった。


なぜなのか?


思い当たることは唯一つ。


doingからbeingへ・・・・


自分に嘘をつかない。
無理をしない。
容量以上に頑張らない。
人と競わない。
自分以外のものになろうとしない。


doingからbeingへ・・・・

私の内なる価値観が180度ひっくりかえったからだと思う。


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まず身体から始める④運動・食事・感情の制御
- 2007/07/27(Fri) -

西尾和美氏「慢性的なトラウマからの回復と癒し」より抜粋


「運動」
一日30分~40分ぐらいは動かないと、身体は弱ってくる。
脳と身体の結びつきは強い。
何でもいいから動く。歩く。ストレッチでもいい。
30分か40分身体を動かすと
ノルエピネフリンという神経伝達物質が脳内に出てくる。
そこでうつが治ってきて気持ちもよくなってくるという循環になる。
ちょっと動いてみること。


「食事」
バランスのいいものを、規則正しく適度に食べる。
炭水化物や脂肪を控えて野菜などを種類豊富に食べる。
なるべくいいものを食べて、たくさん水を飲む。
一日にコップ7~8杯の水を飲むのがいいと言われている。
たくさん水を飲んで、身体のコンディションをよくしていく。


まずは体力。
体力がなかったら癒しもできない。
寝ているだけではとても癒しにならない。
座ることのできる力、立つことのできる力、
動くことのできる力がどうしても必要になってくる。


何があっても、まず身体。
「何をしたらいいんだろう」という人は
寝る、運動する、食べる、呼吸を変える、
まずベーシックな身体作りから始める。


その次に「感情の制御」
感情のコントロールができないと、普通の生活はできにくくなる。
何かあるとすぐドーンと落ち込んだり、カーッとなったり
気分の上下が激しかったり、怒りの爆発があったりしては
人間関係は上手くいかない。
「感情の制御」。
自分で自分をなだめる力が必要。


自然の摂理に従うと、パニックや不安感、強迫感は
5~15分くらい待てば消えていくと言われている。
パニックなどになった時に
ウワーッとそこにのめり込んでいくのではなく
「今パニックになっているから、深呼吸して15分くらい待ってみよう」
ーーーこれができるようになると
自分で自分をなだめる力がついてくる。


自分に褒め言葉を与えたり
好きな音楽を聞いたり
自分にできそうなものを書き出して貼っておく。
困った時やドーンと落ち込んだ時には
考えようとしてもなかなか考えられないので
前もって貼っておいて、
「これならできる」ということを、すぐやってみる。
毎日必ず見るところに貼っておくのもいいと思う。


                               以上


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


西尾氏の言っていることを実行することが、どれほど困難なことか。


記事にしていて溜息が出てくる・・・・


行きつ戻りつ、戻りつ、戻りつで
いつまでたっても何ひとつ、いっこうに前に進んでいると思えない。
そんな絶望的な気持ちで、生まれてきたこと自体を呪ったこともあった。


しかし、最近はちょっと考えが変った。


西尾氏は、「正常になること」「成長すること」を最高の目標と捉えて、
それに向かって忍耐強く努力することこそ
「正しい人間の生き方」と考えている節があるように思う。


私もかつてはそうだった、多分。
確かに身体を作ることは、自分が楽になるためには
大変有効だったと思っている。
緊張や不安感に支配されていると、身体が常に硬直状態で、
それが原因と思われるさまざまなトラブルに、
頻繁に遭遇していたから。


しかし、私を本当に苦しめていたのは
「普通であらねば」「正常であらねば」という、
その「捕われ」自体ではなかったのか?
今ではそう思っている。


いいではないか、こんなもんで。
だから、人のことも
いいではないか、そんなもんで、とそう
思う。


そう思ったとき
初めて自分の弱さが意味を持ち、人の弱さとつながっていける。


不必要な人などいないし、無意味な悩みや苦労もない。

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PTSDの治療①
- 2007/10/05(Fri) -

回復の3段階
      児童虐待によるPTSDの治療
            精神科医 斉藤学氏メッセージより要約



ASD、PTSDを問わず、
心的外傷にさらされたものは以下のような回復過程を辿るものである。
(Herman,Harvey)


(1)第1段階:安全と自己管理


この段階の治療テーマ
「症状の管理」「行動修正」「“犠牲者自己”の認知」


アダルト・サヴァイヴァーは
日々の生活からのさまざまな刺激を、自分を襲う刃のように感じている。


押し寄せる現実に巻き込まれて、生きる方向を見失い、
周囲の親密な他者からのケアでさえ、敵意に満ちた攻撃と考え、
自らの内なる攻撃性を肥大させてしまう。


その攻撃性は誰よりもまず自分に向けられ、自分を蔑み、憎む。


こうした人々にとっては、
ストレス刺激のない平安な時こそ、最も危険な時である。


こうした時、かれらは自己との対面を強いられ、
空虚感の苦しみにさらされ、
それを自殺念慮、自傷行為、自殺企図などの形で表現しがちだからである。


こうした状況で治療につながった人々に対する第一の処置は、
彼らの内面や記憶にいきなり立ち入ることではない。


まず当面の現実課題の処理に力を貸すことである。


それは例えば、
不眠や食欲不振の訴えに対処することであり、
パニック発作や予期不安を軽減することである。


薬物療法も、これのために用いられるものであるが、
初期の患者管理に欠かせないのは、
彼らの社会的コンテクストを慎重に把握して、
「危険な場所」から抜け出させ、
より安全な場所に移ることを勧めるというソシアル・ワークである。


親が自分を圧迫し、迫害すると信じている人が、
そうした親のもとにいつまでも留まっている場合、
夫からの暴力・暴言にさらされながら、
その関係をいつまでも断てないでいるという
再犠牲化(revictimization)が生じている場合などがこれに属する。


彼らは自分を取り巻く問題を整理して、
切迫した課題の処理についての優先順位を決めなければならないのだが、
こうした処理を彼らだけで行うのは難しい。


安全の確保のためには、どこに身を置き、
誰との関係を断つか
ということについて、
援助者・治療者は、患者の迷いに付き添い、
適切な解決に辿りつくのを見守るという仕事をしなければならない。


この種のソシアルワークの中で、
公的な援助資源についての情報を与えることが必要になる場合もあるし、
被虐待女性のためのシェルター(避難所)を
紹介しなければならない場合もある。


自助グループや代弁者・支援者(advocate)との接触は、
安全感を高める有効な資源であるが、
日本の社会では、今のところその数は限られている。


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PTSDの治療②
- 2007/10/09(Tue) -

 児童虐待によるPTSDの治療
            精神科医 斉藤学氏メッセージから要約


回復の3段階


2)第2段階:外傷体験の統合


ここでの治療テーマ
「過去の開示」「体験の統合」「“サヴァイヴァー自己”の獲得」


外傷体験にさらされた個体が、
そこからの回避を指向するようになることは
個体保存の原則にも合致することである。


しかし体験の心身にわたる記憶が、この回避を妨げる。


我々は回避するために
記憶しなければならないというパラドクスを生きるからである。


この矛盾を調停するために、我々の心は
抑制、抑圧、解離、分割(分裂)などの心的防衛機構を忙しく使い分ける。


これらは元来、合目的的なものであるが、
一方では我々を回避したいはずの外傷体験に支配された存在にする。


こうした矛盾からの解放(過去からの解放)こそ、
外傷体験後遺症の治療の基本である。


即ち、治療者は患者に、彼らの過去に直面させる機会を与えるのである。


彼を恐怖させ、それゆえに健忘したり、
解離したりしていた過去への直面を迫り、
結果として、患者を「彼自身の記憶の管理者」へと育てるわけである。


この、時に危険を伴う作業に入るためには
時期を選ばなければならない。


少なくとも、侵入的回想に伴うパニックが頻発しているような時期には、
この作業に入れない。


前段階で諸症状の抑制が“ある程度”行われ、
患者が「症状を用いて語る」という習慣が、
多少緩和していなければならない。


その時期に入ったか否かの指標となるのは、
患者の日常生活である。


彼らの安全がとりあえず確保され、
ある程度定期的に集団精神療法のミーティングに参加して、
その場に落ち着いて座って居られるようになり、
朝は起きて治療プログラムに参加し、
夜は寝ていられる(少なくとも自室で過ごせる)ように
なってからのことである。


この時期の患者は集中的に治療に専念するようになり、
積極的な(時には過剰にも見える)過去の探索に乗り出す。


郷里に戻って生まれ育った家を訪ねてみたり、
幼児期の自分を知っている人々を訪問したりして
自らの健忘を埋めようとする。


そして時に痛烈な心痛と怒りを過去の事実と関連させて語るようになる。


父親を恐れていたもの、母親をかばっていたものが、
父親を憎み、母親を怒るようになるのも、この時期である。


性的虐待からのサヴァイヴァーの場合、
この時期になって親(加害者)の告発に熱心になる場合があるが、
これは必ずしも親を破壊し、破滅させようとするためではない。


親(加害者)の嘘と仮面をはがそうと躍起になる場合もあるが、
その場合には、そのようにしないと自己の存在そのものを
患者が受け入れられなくなっているところまで追い込まれているのである。


より多くの場合、患者は
親(殆どの場合父親であるが、母親の例も少数ながらある)や
兄弟(被害者は女性とは限らない)からの愛を確認し、
関係を修復しようとする意図(無意識的であることが多い)
を持って加害者を責めるのである。


これらはいずれも、
自己の記憶に新たな「意味」を付与」し、
自己を生きやすいようにしようとする
健康で合理的な動
と捉えることができる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


何度も何度も、それは無限に続くかと思われるほどに


私もまた、自らの過去の探索をいつ果てるともなく続けていた・・・・


『自分の記憶に新たな「意味」を付与し、
         自己を生きやすくしようとする健康で合理的な試み・・・・』


そうであったのか・・・と思う。


自虐的とすら思われるほどに執拗に、繰り返してきた試みであった。


私としては、過去から自由になるためのただ一つの方法であった。


「生き抜いて、脱出して、更になおも、生き抜いていこうとしている自分」


それがこうした試みの中で発見した、私が愛することのできる唯一の「私」の姿。


「誇り」のようなものすら、生まれてきている・・・・


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PTSDの治療③
- 2007/10/11(Thu) -

児童虐待によるPTSDの治療
          精神科医 斉藤学氏メッセージから要約


3)第3段階:人間関係の再構築


この段階の治療テーマ「“サヴァイヴァー自己”の超越」
                         「親密性の獲得」
                         「“独自な人としての自己(個性的自己)”の獲得」


回復の最後の段階では、再び安全の問題が浮上する。


ただし、この段階での作業課題は治療開始以降に始まった
新たな人間関係の中での安全と受容の問題である。


患者の関心は再び現在の生活へと戻り、時には
“これからどうする”という未来の生活設計が話題になる。


前段階の過去の探索の中で、患者は多くのものを断念し悲嘆してきた。


それは「喪失という統合」であった。


この種の悲嘆は第3段階において更に深められる。


この喪失によって、
患者の現在生活には各種の空隙(空席)が生まれいる。


例えば、「愛する親」を求めては危険な異性と出会い、
良く似た自己破壊的関係を繰り返してきた患者であれば、
その断念は空虚や抑うつを生む


この空虚に耐える力(strength)としたたかさ(反発力 resilience)を、
患者は、治療スタッフたちを含む新たな人間関係、仲間との関係、
新たな趣味や職場の開拓と言った
生活そのものの中から探し続けなければならない。


やがて心の空席は、より適切な人間関係で埋められ、
患者は自己の力としたたかさに自覚的になり、
そのときに治療は終わる。


こうした治療的枠組みの中でアダルト・サヴァイヴァーは、
傷ついたという事実を含んだ記憶を持つ大人になる。


それなりに自己が受容できる「自己物語」を持つ人になると言うこともできる。


「傷つけられた私」という「犠牲者自己の物語」は、
新しい体験や解釈によって改訂され、
「傷つけられたこともあったが、何とか切り抜けた私」という
「個性的自己の物語」になる。


このとき問われるのは、
「私には固有の力としたたかさがある」という確信である。


この確信を持ったとき、元患者たちは、自らの個人史を、
症状としてではなく、言語によって他者に伝えることが出来る。


その語りを聴く他者は、もはや治療者ではない。


それは仲間
(集団療法の同席者から始まり、サヴァイヴァー自助グループのメンバーに至る)
となり、時には公衆へと変わっている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「前段階の過去の探索の中で、患者は多くのものを断念し悲嘆してきた」


そう・・・まずは親の愛・・・そして夫との結婚生活、
私たちを縛り付けていたかつて絶対的価値観であった宗教的信念、
こうして生きてきてしまった自分自身の苦悩に満ちた長い長い年月・・・・
断念、怒り、憎しみ、諦め、悲しみ、絶望、虚脱・・・・
納得までの長い長い道のり・・・・


「患者の現在生活には各種の空隙(空席)が生まれいる」


空虚なだけの自分・・・なんの生きる意欲も希望もなく
自分自身の感情も痛みさえもなく、
真っ白な空間をただ漂っているだけの自分・・・・
悲しみの涙さえ枯渇し、すべての音もただ通り過ぎて聴こえてはこない・・・
無重力の空間にポッカリと浮かんでいる物体のような自分・・・


「「愛する親」を求めては危険な異性と出会い、
良く似た自己破壊的関係を繰り返してきた患者であれば、
その断念は空虚や抑うつを生む」


ああ、この自己破壊の衝動は、
すでに容易く制御できるようになっていた。
長い不幸な夫婦生活の中で、
幸いにして私は、どれほど激しい衝動に突き動かされようとも
それらすべてを血が出るまで噛み殺し、押しとどめ、
あげくは自己さえも、捨て去ってしまうだけのコツを
命がけで身につけ覚えて、こうして生き延びてきたのだから。


「空虚に耐える力(strength)としたたかさ(反発力 resilience)」


今まさしく私は、この狭間を生きている。
この狭間に呻吟し、この狭間に歓喜し、この狭間に生の証を求めている。


そして、私は
「傷ついたという事実を含んだ記憶を持つ大人」になっていくのだろうか?
「個性的自己の物語」を持つ人になっていくのだろうか?


そして、ついには、
「私には固有の力としたたかさがある」という確かな確信をもち、
自らの個人史を、言語によって他者へと、仲間へと、公衆へと
語り伝えていくのであろうか?

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