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DV①
- 2007/09/23(Sun) -

DV(ドメスティックバイオレンス)はなぜ起こるのか?
 
ドメスティック・バイオレンスは、親密な二人の間に起こる。
加害者(バタラー)の多くは男性で、暴力をふるう理由は


 「お風呂をわかしていなかった」
 「自分より先に寝た」
 「食事がまずい」
 「家に帰ってくるのが遅い」
 「子どものしつけが悪い」
 「口答えした」
 「反抗的な態度を取った」


などなど・・・・きっかけは実にありふれた些細なこと。


バタラーには、
「妻(or彼女)を自分の思い通りにしたい」
「妻(or彼女)に劣等感があり、相手を落としいれたくなる」
「女性は男性に従うべき」
「男が女を養っている(経済的優位性)」といった、
強烈な甘えと依存、そこからくる支配ー被支配の考え方がある。


その支配の仕方が、暴力なのだ。


さらに、ドメスティック・バイオレンスの加害者は
多くの場合男性で、被害者は女性であることが多いため、
その両者の力の差異ゆえに、被害が大きくなる場合も多い。

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DV②
- 2007/09/24(Mon) -

深刻な暴力の実態。


「私の髪の毛を引っ張ってひきずり回したり、け飛ばしたり、
それで、私はもう動けなくなって警 察を呼ぶこともできなくて。
外にもひきずり出されたりして。
『このまま死ぬようなことをされて、それで死ぬんだ』と思いました」
「首に巻いていたスカーフで締められて、「その時、私も『終わった』と思った」
 
暴力の形態は身体的暴力や精神的暴力、性的暴力がある。
この分類は便宜的で、実際には何種類かの暴力が重 なって起こっている。
身体に加えられる暴力であっても精神的に深く傷つけられたということもある。


身体への影響は長期にわたるものもあり、
「長期にわたる身体的障害」として、直後のケガだけでなく、
その後の女性の健康にも影響を与える。
暴力による骨折やむち打ちが原因で、その後何年も身 体的不調を抱えている。
「首がむち打ち状態になって、何年も苦しめられている」


暴力が被害者の心身に多大な影響を与え、
「無力感」が出てきたり、暴力が繰り返される中で感情がなくなったり
身体的暴力を受けても痛みを感じなくなっていく。


あるいは
「自分がだんだんなくなっていく のがすごく辛い」
「自分の実体はあっても、
『こんなふうに言ったら叩かれるな』と思うとしゃべれ なくなっていく」、
「抑えつけられている中で、だんだん自分が小さくなって、
気持ちや感情がなくなり、ロボットになっていくような 感じです」


無力感、自己評価が低い、
セルフエスティームが低くて自信のない状況に置か れている。
逃げたり、誰かに相談する気力も失われていく。
これは被害の潜在につながり、逃げること自体が考えられなくなる。
「逃げる力も、なくしてしまっている」


相反する感情も被害者の中にはある。
「『その暴力が終わればいい人にな るんだ、
それが本当の彼なんだ』というふうに、とても思いたかったんです。
その前の、すごくいやな彼は見ないようにする」


加害者の暴力を顕在化しないように、暴力を外から隠すような行動をとる。
「見た目に傷が残るようなことをすると、
自分が暴力を振るっているのがわかってしまうので、
できるだけ避けていたよう です。人から見られても、
『絶対に暴力を振るってない』というような、言い逃れができるような暴力でした」


周囲の人や職務関係者は、
「暴力を振るわれる側にも原因があるのではないか」とか、
「女性が反抗したり 口ごたえしたら男性が叩くのは当たり前」という形で、
被害の訴えを聞かずに適切な対応がとられない。


自分の親であってもなかなか理解が得られない。
「親から理解を得られなくて、
 「『あなたの言い方が、怒らせるからいけないのよ』と言われました」
 
潜在する要因のもう一つは、
「経済的不安を感じている」ということがあり
女性1人または女性と子どもが自立することが難しいということがある。
これは構造的問題として把握しなければいけない問題で
固定的な性別役割意識が影響しており、
被害者も加害者も社会的・文化的に
つくられた役割の影響があることがうかがえる。


暴力を振るう夫やパートナーが、
女性を対等な社会の構成員として見ない、
女性は男性に従うべきである、
結婚したら妻は夫の 所有物であるという感覚、
女性は家で家事・育児・介護をやっている方がいいという感覚で、
暴力で自分に従わせることが見え てくる。


また対応する方においても、
被害者の支援に携わる関係者においても、
「夫から 暴力を振るわれても、妻なのだから、ある程度は耐えるべきである」
という考え方を持っている場合は、
支援を求 めてきた者を責めるような言動をしていたということもある。


社会のシステムにおいても問題であり、
背景にある男女不平等が社会において女性が男性に比べて
経済的に弱い立場に置かれていることが反映されている。
賃金格差や女性1人、、もしくは子どもを抱えて
自立 して生活していくことの困難さが影響しており、
構造的問題としての暴力、男女の固定的な役割分担、
経済力の格差、上下関係など、
男女が置かれている状況や、過去からの女性差別の意識の
残存に根ざすものであることが見えてくる。


加害者の状況は、
暴力を振るう加害者は「特定できない加害者 像」があり
家庭以外では外づらがよくて、
家庭においては暴力を振るっているタイプもあれば、
ふだん誰に対しても攻撃的で
見知らぬ人にも暴力を振るっている人もいる。


特定できない加害者像の中には
会社経営者等の社会的地位の高いと思われる者や、
教師や看護士といった職業に就いている者もおれば、無職の人 もおり、
社会的地位や経済力は様々である。
アルコール依存や薬物依存、精神障害が関係しているタイプもあり
さまざまなタイプがある。


暴力を振るうきっかけは非常に些細なものが多く、
ストレスの 発散であったり、
自分の思いどおりにいかないときに暴力を振る。
「リストラされて、それから暴力を振るい始めるようになりました」
「ストレスがたまったようです」
「今から考えると、暴力を振るう理由というのは、
私が、夫の言う通りに動かないから、
夫の思い通りの私じゃ ないからなのかな、と思います」
「自分の思い通りに動かしたかったのだろう、
してほしいと思うことを暴力を使ってやらせて いたのだ」


暴力を振るう要因は、
育った環境において暴力や不安定な人間関係の中に
置かれていたということがあり
また、女性は男性に従うべきだといった男尊女卑の価値観、
暴力を振るうことは男らしさである程度許さ れるという
社会通念の影響を受けていたということもある。
「相手は割と古風な、田舎で育っていたので、
『男が一番えらくて、女は男の言うことを聞いていたら
間違いない』というような感じでし た」
「男は女より強いんだ」
「俺が白と言ったら、黒いものも白なんだ」
こうした要因が育った環境や、
社会通念の影響が関連しているかどうか今後の調査研究が必要である。


諸外国の加害者研究では
暴力を振るう夫・パートナーの類型化の試みがなされているが、
日本におい ては十分な研究はなされていない。


いずれにしても暴力の被害が深刻であり、
女性に大きな影響を与えている。
そして、極限の中で生きていながら
暴力から逃げることが非常に難しいことはっきりと示されている。

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DV③
- 2007/09/26(Wed) -

webちくま・臨床心理士・信田さよ子氏
「ドメスティック・バイオレンス 」より


DV被害者は加害者意識に満ちている。


なぜなら、彼女たちは
「自分にも悪いところがあったのではないか」
「私の態度が夫をあのようにしむけたのではないか」
という問いかけに苦しんでいるからだ。


つまり「自分が夫に暴力をふるわせた加害者である」
「夫は寂しくて甘えたかったのだ、わかってやれなかった私が悪い」
という加害者意識、罪悪感が彼女たちを苦しめている。


よく聞くと、彼女たちの発言は、
暴力をふるったあとで
夫が自分に向かって語る言葉そのものである。


彼らは「お前のせいで暴力をふるわされた」
「お前が家事を完璧にこなせば、こんなに怒ることもなかった」
と主張する。


殴られた衝撃で呆然としている最中にそう言われれば、
妻たちはそういうものだと夫の言葉を内面化するだろう。


それは、体罰を通して生徒を教化する教師となんら変わりない方法に思える。 


暴力行為は選ばれている。
一回きりならまだしも、それは繰り返され、
中には20年30年と聞かされ続ける女性もいる。


それは洗脳と同じ効果をもたらす。
頭の中にこびりついてしまった
「私のせいで夫が・・」という加害者意識から、
彼女たちがすぐに離脱することは難しい。


それと十分に対抗できる新たな知識や考え方を、
グループで何度も何度も繰り返して説明する必要がある。


それは夫の言葉の解体そのものだ。

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DV④
- 2007/09/27(Thu) -

webちくま・臨床心理士・信田さよ子氏
「ドメスティック・バイオレンス 」より


バタラー(加害者)は、
「自分の暴力には理由があり、その理由は妻のせいだ」
「だから暴力は仕方がない」と主張する。


まるで妻の加害者意識と対であるかのように、
彼らは被害者意識に満ちている。


このようにDV問題では、被害者は加害者意識に苦しみ、
加害者は被害者意識に満ちて
暴力を正当化するという逆転現象が常識である。
 
彼らの主張の問題点は、
暴力行為とそこに至る動機のプロセスを一連のものとしているところだ。


妻が生意気な口答えをしたというきっかけがあったとしても、
だから暴力は不可避であることにはならない。


彼らはしばしば家庭外では、
やさしく穏やかなひととして暮らしている。
妻に対してだけ暴力をふるうという事実は、
そこに選択・判断が働いていることを表している。


「かっとして、頭の中が真っ白になって」と彼らは言うが、
上司に向かって暴力をふるうわけではない。
あまり暴力がひどいので110番通報した妻が驚くのは、
警察官が駆けつけると
「妻が精神的に不安定でして、ご迷惑をおかけしました」と
穏やかな口調で語る夫の姿だ。
 
どれほど妻の態度で腹が立ったとしても、
それを言葉にして穏やかに伝えることはできる。
だから彼らは暴力を選んでいるのだ。
そして暴力を選択した責任は100%夫にある。


こう伝えると、彼女たちは暴力・暴言の理由をつくったという
これまでの責任意識から解放され、
暴力という行為とそこに至るまでのプロセスの切り離しによって
夫の言葉は解体されてゆく。
 
「DVをふるう夫と別れたほうがいいのだろうか?」


これは参加者の女性たち全員が心の中に抱えている疑問だ。


教科書的な答えは
「暴力は止まりません、だから別れたほうがいいでしょう」
 
しかし、別れをためらう女性もいる。


さまざまな情報を提供され、暴力は夫の責任だと理解したとしても、
別れるには勇気が要る。


まして中年女性が夫と別れて
子どもを抱えて生きていけるほど日本の現状は甘くない。
離婚はつまるところお金の問題になる。


散々迷い、あらゆる可能性を探り、その結果夫との生活を選ぶ女性もいる。


最終的に彼女たち自身が
夫との関係を選択できるための援助が必要なのである。


たとえ夫の元にもどることを選択したとしても、
彼女の苦渋の決断を支持し、
できるだけ傷つかないように、できるだけ自尊心が崩れることがないように、
彼女の生活を側面から支える。


こうした綱渡りにも似た現実との微妙なバランスが求められている。


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DV⑤
- 2007/09/28(Fri) -

DVの本質


DVの本質は、パワーとコントロール(力と支配)であり、
ありとあらゆる手段を使って相手をコントロールする。


心理的暴力・・・・無視する、大切にしているものを壊す、
           大声で怒鳴る、脅す、ののしる)
経済的暴力・・・・生活費を渡さない、誰のおかげで食べられるんだと言う、
           お金を取り上げる、勝手に貯金をおろす
性的暴力・・・・・・無理やりポルノなどを見せる、性器の露出、
           性的な行為を強要する、暴力的なセックスをする


その他、子どもを利用した暴力・脅迫・強要・威嚇・男性の特権を振りかざす
過小評価・否認・責任転嫁・社会的隔絶・・・・


これらを支える主な手段であり最も表面に現れやすいものが
身体的暴力・・・・殴る、蹴る、引きずりまわす、突き飛ばす、首を絞める
などである。


また、DVにはサイクルがある。


開放期・・・・・・加害者は暴力を反省し、極端に優しくなり
         被害者は「今度こそ暴力がなくなるのでは」と期待する。
緊張形成期・・加害者が怒りっぽくなり、
         被害者はいつ暴力が起きるかと緊張する。
爆発期・・・・・・加害者は激しい暴力をふるい、被害者は外傷を受け
         強い恐怖、屈辱感を感じる。


こうした3つのステージを繰り返しながら徐々に暴力の程度が過激さを増していく。


1995年ー2005年の配偶者による殺人・傷害ならびに暴行事件の検挙件数
では


1995年では殺人155件のうち夫によるもの112件
        傷害325件のうち夫によるもの309件
       暴行44件のうち夫によるもの43件


       合計524件のうち夫によるもの464件。


さらに2005年では
     殺人218件のうち夫によるもの126件
     傷害1342件のうち夫によるもの1264件
     暴行379件のうち夫によるもの359件


     合計1939件のうち夫によるもの1749件


こうした数字からは、DVの恐るべき実態が示されており
また、女性の66.6%が、身体的、精神的、経済的、
性的、社会的、いずれかの暴力を経験し
20人に1人の女性が、治療が必要となるほどの暴行、
命の危険を感じるぐらいの暴行を受けたことがあるなどの結果も出ており
多くの女性が、危機的な被害を受けていることが明らかになっている。

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DV⑥
- 2007/09/29(Sat) -

DVが子どもに与える深刻な影響
 
ドメスティック・バイオレンスの被害者は、
配偶者である大人だけではない。
大人同様に、子どもが被害者になることも多い。


暴力に巻きこまれ、身体的ダメージを受ける


父親が母親に暴力を振るい、それを子どもが止めようとすることで
暴力に巻きこまれたり、突き飛ばされて怪我をすることもある。
直接的に子どもが被害者になることも少なくない。
暴力を受け続ける子どもは、精神的な成長も止まってしまい
一人で着替えやトイレに行けるほどに発達した子どもでも、
暴力を受けつづけることにより、一人で行動することができなくなり、
幼稚化してしまうこともある。


暴力を目撃し、精神的ダメージを受ける


暴力を目撃することによる心身のストレスは測りしれない。
DV被害を目の当たりにし続けることによって、
「自分は何もできないんだ」と自分を卑下し始めたり
家庭が崩壊していくことへの不安から、引きこもりや不登校になったり、
行動のコントロールが効かなくなるなど、心身に様々な影響が出る。


暴力を受けた母親から暴力を受ける


夫から暴力をうけることによって、
そのはけ口が子どもに向けられる場合もある。
夫から妻へ、妻から子どもへと、暴力の連鎖がおきる。
また、夫に暴力をふるわれることによって母親は精神的にダメージを受け、
子育てに支障がでる場合も多い。


暴力をふるうために利用される


子どもを利用した暴力もある。
自分が言いたいことを子どもを通して言わせたり、
子どもを取り上げると脅したり、子どもの目の前で非難したりする。


暴力をふるう大人になる


家庭内で暴力が当たり前である環境で育った子どもは、
大人になったときに家庭内で暴力をふるってしまう可能性が高くなりやすい。


アダルトチルドレン(AC)になる


子どもは、家庭内で起こっているひどい状況を
家庭の外では隠そうとする。
家庭がどんな状況でも、学校などでは楽しそうに振舞う。
子どもは「自分が良い子でいなければ」という思いから、
つねに周囲に気を遣い、頑張りつづけ、
「周りの人たちの期待に応えよう」
「自分を受け入れてもらえるように振舞おう」という態度を取りつづける。
こうして子どもは大人になっても、
周りの様子をうかがい、他人に受け入れてもらうために嘘をついたり、
心から人と打ち解けられなかったり、自己批判をするようになる。
そして次第に、その葛藤から
アルコール依存症や摂食障害で苦しんだりすることが多くある。


ドメスティック・バイオレンスが子どもに与える影響は非常に大きく重大で、
実際に、ドメスティック・バイオレンスを受けている事実を
被害者が誰かに相談したり打ち明けようと思うきっかけになるのは、
子どもへの影響が目に見え始めたからという人も少なくない。

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DV ⑦トラウマからの回復の三段階モデル
- 2007/10/01(Mon) -

『心的外傷と回復』(ジュディス・L・ハーマン著、中井久夫訳、みすず書房)より
       (子ども時代の虐待、性被害、DV、人生における喪失体験など)


・・・・・ハーマン(1994)のトラウマからの回復の三段階モデル・・・・・


回復の段階や回復力、レジリエンス(復元力)に応じた
トラウマからの回復には三つの段階がある。


第一段階の中心課題は安全の確立、
第二段階の中心課題は想起と服喪追悼、
第三段階の中心課題は通常の生活との再結合


これらは、本来複雑な渦を巻いている過程を単純化し整理したもので、
各段階を直接的に通過していくものではない。


回復の段階は螺旋的であり、やり直しがあったり、
すでに取り組んだ問題をもう一度見直すことがある。


しかし、順調な回復では、この方向に向かって段階的な移行が認められる。


1. 第一段階 安全の確立


トラウマは、人から力とセルフ・コントロールの感覚を奪う。
そのため、力とセルフ・コントロールを取り戻すことが最初の課題となる。


安全の確立は、まず、身体のセルフ・コントロールに焦点をあて、
次に次第に外に向けて環境のコントロールに重点を移していく。


セルフ・コントロールの課題には、
睡眠、食欲など身体機能のコントロール、身体運動、
PTSD症状のマネージメント、
自己破壊行動のコントロールなどがある。


環境的な課題には、安全な生活状況の樹立、経済的安定、
行動の自由、生活全般をカバーする自己防御計画がある。
いかなる人も独りだけで安全な環境を打ちたてることは不可能であり、
安全な環境をつくるには、家族や友人などからのサポートや
社会資源を利用するなど、社会側の支援が不可欠となる。


2. 第二段階 想起と服喪追悼


回復の第二段階はトラウマのストーリーを語る段階である。


この再構成の作業によってトラウマの記憶は実際に形を変え、
その人の生活史全体の中に統合されるようになっていく。
しかし、過去の体験と対決するかどうかの選択は本人にゆだねられる。


トラウマのストーリーを再構成する仕事は、
トラウマ以前の生活の概観から始め、トラウマの出来事に至る経緯と進む。
トラウマ以前の歴史を取り戻すことも重要である。


次の一歩は、トラウマとなった出来事を追って、
時間の前後関係と歴史的文脈との方向づけの
しっかりした物語を再構成していく。


トラウマによって失うものがあることは、どうしても避けられない。
喪失を悼むことは、回復のこの段階においてもっとも必要な作業であり、
これはとても辛い作業だが、癒しの重要な部分でもある。


失った一つ一つを悼むことを通じて、
不壊の内的生命をみつけることができるのだ。


児童期のトラウマサバイバーは、喪ったものを悲しみ悼む仕事だけでなく、
もともと持てなくて失いようがなかったものを、
悲しみ悼む作業をしなければならない。


トラウマの再構成は決してこれで終わりということはない。
ライフサイクルの新しい段階ごとに新しい葛藤が生じ、
新しいチャレンジを受け、それが必ずトラウマを再び目覚めさせ、
トラウマの新たな面を明るみに出すことになる。


しかし、第二段階は、自分の歴史を取り戻し、
人生にかかわる希望とエネルギーを、
新しくし得たと感じる時、主な作業を完了する。


3. 第三段階 再結合


過去との和解を達成した後、新しい自己を成長させ、
自分を支える信念を改めて発見し、新しい関係を育て、
未来を創造する段階が第三段階である。


第三段階の過程において、トラウマ以前の時期、トラウマ体験、
そして、回復の時期を振り返って、そこから自分が、
もっと高く評価する自分の面(複数)を改めて引き出してゆく。


これらの要素すべてを統合して、新しい自己を創り上げる。


理想的自己の再創造には、
イマジネーションやファンタジーを積極的に練磨することも必要となる。


この段階ともなれば、すでに適切な信頼の能力を取り戻し、
再び他者を信頼して、しかるべき時には信頼感を持ち、
信頼すべきでない時には信頼を撤回することができ、
さらにこの二つの状況をどうやって区別するかが分かってくる。


この段階では、アイデンティティ(自己規定)と
親密関係という二つの問題に集中する。

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DV⑧・・回復・レジリエンスの8次元の基準
- 2007/10/02(Tue) -

回復・レジリエンスの8次元の基準・・・・ハーベイ(1999)から


1. 記憶の再生への権限


トラウマからの回復の最初の兆しは、記憶に対して新たな権限を得ることである。
回復すると意識に侵入してきたものを、思い出すか、思い出さないか、
選択できるようになり、記憶喪失がなくなる。


思い出せなかった部分が思い出され、新しい意味が記憶に付け加えられる。
記憶と力のバランスが逆転し、自ら、
まとまり連続した記憶として記憶を呼び起こすことができる。


2. 記憶と感情の統合


単発のトラウマでも、慢性化した一連のトラウマでも、
記憶ははっきりとつながっているが、
思い出しても何も感じない、ほとんど感じない場合がある。


逆に、特定の刺激に反応して、恐怖や不安、怒りなどが押し寄せるが、
これらの感情が何と結びつくのかまったくわからない場合がある。


いずれも、記憶と感情が分離しており、その結果、心理的問題が生じている。


回復すると、記憶と感情が結びつき、感情を伴って過去が思い出せるようになる。


また、過去についての現在の感情も区別して理解できるようになる。


たとえば、レイプ被害者は、その時の恐怖を思い出し、感じると同時に
それを思い出している今、新たな怒りと悲しみをも感じる。


3. 感情への耐性


回復とは、トラウマと結びつく感情に、
もはや圧倒されたり脅かされたりしなくなることである。


トラウマと結びつく感情が、耐え難いほどの直接性と強烈さを失う。


防衛的な感覚麻痺や解離なしに、感情を受け入れ、名づけ、
耐えられるようになり、不適切な警報と危険信号から解放される。


感情がさまざまに分化し、記憶に一定の反応ができるようになり、
現在のストレスに対処する能力が増す。


4. 症状管理


特に持続していた症状が弱まり、管理可能になる。


回復したサバイバーでも症状が続くことがあるが、
うまく対処して、症状を減らし、ストレス管理ができるようになる。


重要なことは、すべての症状がなくなることではなく、
症状を予測し管理できるようになることなのだ。


5. 自己評価


自己の価値を感じられるようになる。


強迫的で自己批判的な考えがなくなり、現実的に自分を評価し、
肯定できるようになる。


自分はケアされるに値する人間であることに気づき、
自分で自分をなだめたり、自己実現していけるようになる。


6. 自己の凝集性


幼少期の慢性化し繰り返された被害は、アイデンティティに影響を与え、
自己を不連続で断片化したものにする。


回復すると自己評価や自己の凝集性の面で、これを修正し制御できるようになる。


自傷行為や自己破壊的な衝動がなくなり、健康で自己受容的になってくる。


断片化していた自己は、凝集性を持ち一貫した自己が体験される。


7. 安全な愛着関係


他者から孤立し、再び被害者となりやすい傾向はトラウマと密接に関わっている。


暴力や信頼の裏切りを伴うトラウマ体験は、
安全で支持的な人間関係を求め維持していく能力を危うくする。


トラウマからの回復は、対人関係能力の発達、あるいは改善と回復を含む。


孤独に固執していたのが、信頼や愛着関係をもてるようになる。


しかし、そこまでいくには、複雑な再交渉や重要な人への服喪が必要である。


8. 意味づけ


最後に、トラウマ、サバイバーとしての自己や
トラウマが起きた世界に新しい意味づけがなされる。


トラウマの意味づけは個人的なものであり、非常に個性的なプロセスである。


「損なわれた自己」という感覚がなくなると、
それまで不幸を背負ってきたと思い込んでいたものが、
「力と共感」を得たという新たな発見に変わる場合もある。


自分の体験を創造的に表現したり、確固たる社会活動へと変容させ、
サバイバーとしての使命を抱くことが回復のプロセスとなる人もいる。


「なぜ?」「なぜ私が?」という問いにスピリチュアルな答えを出す人もいる。


プロセスはさまざまだが、回復したサバイバーは、
トラウマに名をつけ、喪に服し、命を肯定し、自己を肯定するような意味づけを行う。

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DV殺人
- 2007/11/24(Sat) -

DVからやっと逃げ出した妻が、夫に殺される事件が続出しています。 

暴力行為の背景は本当に複雑で、
私の場合のように、夫の酒乱や借金もあれば
男女問題、子どもの養育問題など、
複雑な要因が絡んでいるので解決は困難を極めます。

仮に逃げ出すことができても、親族の支援が受けられなければ、
その生活苦は想像を絶するものになります。

一緒に暮らしてきても、苦しみは同じでしたが・・・

被害者が加害者と離れて暮らすことで解決するかといえば、
必ずしもそうではないことを、数々の事件が示しています。

内閣府の「配偶者からの暴力被害者の自立支援等に関する調査」によると、
配偶者や恋人から暴力被害を受け、離れて生活している被害者の
およそ55%が夫らの「追跡」を受けたことがあると答えています。

「電話やメール、手紙が来た」というのが一番多くて、
「実家や友人宅に現れた」「避難先や職場などに来たり待ち伏せされた」
などがそれに続くそうです。

怖いです。本当に怖いです。

私も殺されるくらいなら、まだ自ら死んだほうがましだと
そんなふうに自殺を思いつめたことも何度もありました。

泥酔して眠りこけている夫の枕元に座り込み、
包丁を振りかざしたまま 凍りついたよう身じろぎひとつせず
朝を迎えたことも何度もありました。

殺すしかない・・・そう思いつめていたのです。
でも、できませんでした。
なぜできなかったのか、今でもわかりません。

やっぱり子どものこと・・・だと思います。

離れて生活を始めたいと思っても
「当面の生活費がない」「体調や気持ちが回復しない」
「現住所を知られるので住民票を移せない」など、
多くの人がいっぱい悩みを抱えて、
どうすることもできなくなっている気持ちが本当によく分かります。

被害者の女性が新しい生き方を選択することが、
どれほど困難なことか・・・・

毎年十一月十二日から二十五日まで
全国で「女性に対する暴力をなくす運動」が展開されていて
各機関は連携して啓発活動を行っていて
私の「朗読劇」もその一環として行われるのです。

逃げた妻を夫が殺す・・・・
いったいどれほどの数になるのでしょうか?

夫が、シェルターに避難しているのにその妻を、
私立探偵を使ってまで探し出して殺す。 それも子どもの面前で。

あと5日ほどたったら逃げようと、
用意しているところを殺される、という事件もありました。

実の父親に母が殺されるなんて、
子どもにどれほどの影響を与えるのでしょうか?

実の父親に母が殺されるのですから 、DV殺人は、
子どもへの心理的虐待の上に 、さらに母を失い、そして父が殺人者という
壮絶な現実が子どもたちの人生にのしかかるのです。

被害者支援の動きが高まってきて、被害者が逃げられるようになったことや
被害者自身がさまざまな知識によって、逃げられるという可能性を知ったことは
どれだけ殴られて暴言を浴びせられても、がまんするしかなかった頃と比べれば
それは画期的なことだったと思います。

ところが、妻が逃げられるようになれば、独り取り残された夫は、
手負いの獣のようになって、狂ったように凶暴になる・・・・

怖いです。本当に怖いです。

暴力で思い通りに支配していると思い込んでいた妻に去られた衝撃。
やり場のない怒りや恨み。

被害者感しかない彼らの、激しい怒りの出口がないのです。
暴力的ではない関係の持ち方を学習していないのです。

DVは、現在も犯罪にはなっていません。
妻はひたすら逃げるしかないのです。
このひずみが、ここまでDV殺人を加速させているように思います。

残された多くの子どもたち・・・・
放置されたままの、残された子どもたちのことを思うと
胸が酷く痛みます・・・・

悲しくてたまりません・・・・ 

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阿闍世王の母親の悲劇
- 2007/11/25(Sun) -

「ヒューマン・マインド(小此木啓吾)」より
 
日本の過去の歴史には、間引きや子殺しを
男性たちが母親である妻に押し付けてきたという
暗くて悲しい歴史があります。


今の日本でも、まだまだ多くの場合、
作るときは男女共同なのに、いざ妊娠した途端に、
生理的事実への対処の責任も、精神的・肉体的負担も、
社会的に受けるリスクも
すべて女だけで背負うのが当然とみなされています。
 
もし不幸にして、中絶をしなければならなくなった時などには、
恋人であろうと、妻であろうと、女達は深い深い孤独を
たった一人で味わってきたことだろうと思います。
 
日本の精神分析の先駆者古沢平作氏(1932)によって
再構成された阿闍世王の物語は、
身ごもった子どもをおろしたり、間引いたりしなければならない
「母親の悲劇」をテーマにしています。
 
古代インド、王舎城の王妃であった
阿闍世王の母・葦提希夫人は、
自分の容色が衰え、夫の愛を失うことを恐れて、
早く子どもをほしいと願いました。


そして、予言者から
「森の仙人が三年たつと亡くなって、生まれ変わってあなたの胎内に宿る」
と告げられたのですが、
その三年を待つことができず、仙人を殺してしまうのです。
 
仙人は殺される際に
「お前の子どもに生まれ変わってこの恨みを晴らしてやる」
と言って息絶える。
 
この葦提希に殺された仙人が、
彼女の胎内に宿って生まれたのが阿闍世王なのです。
 
こうした出生の経緯を持った阿闍世王は、
生まれる前から仙人であった自分を殺害した母に対して
恨みを持っていたと言います。
 
それだけに、母はいざ身ごもってはみたものの
恐ろしい子どもが生まれることを恐れ、
今度は高い塔から産み落として、殺そうとします。
 
この物語は、子どもを持たなければ
「家」の中で自分の地位を保つことが出来ない女性の不安と
その子どもを殺したり、間引いたりしなければならない、
悲しい母の身の上を主題にしているのです。


しかも、この母親の背景には、
夫の支えを得ることができない夫婦の歪みがあります。


作るときは夫婦で作ったにもかかわらず、
いざその子どもが妻の体内に宿ってからは、
子どものことはすべて妻の責任とみなす。


そして、よく育てば自分の息子・娘として父権を主張し
間引いたり、堕ろしたりするときには、
その汚れ役は、全部妻に押し付ける。


こんな夫の仕打ちに耐えて、
わが子を産んだり殺したりしなければならない母の苦悩が
「阿闍世王コンプレックス」の主題の1つになっているのだそうです。


「鬼母」などと、誰が彼女達を非難できるでしょう。


はたして「自分には関係ない」物語だと、誰が言えるでしょう。

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