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回避性パーソナリティ①
- 2006/05/29(Mon) -

昨日の日曜日、長年の友人が遊びに来る。
「前に来てから8ヶ月ぶりだよ」と言われ、自分でも驚く。
忙しすぎて、そんなに経っていたとは全く気づかなかった。


いや、それほど精神的に追い詰められた日々を
送っていたということなのだろう。


昨年の7月、何でもない権威者からの一言で
外傷体験のフラッシュバックを起こし
「それがなんなのか」に気づくまで、
久しぶりにどうすることもできない苦しみを味わい続けた。

日常生活にまで支障が出始めて、
「もうダメだ」というところまでいって
今年の2月、激しい身体症状とともに退行し、
そして、やっと原因に気づいたのだけれど。

それは新たな自分自身の
問題点の再発見でしかなかったけれど。


回避性パーソナリティが原因。
「社会的制止、不全感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式で、
成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。」

対人関係で傷つくことを極度に怖れていて、
自分に対する否定的な思いが強い。

散々否定的なことを言われ続けてきたので
それらの言葉を連想させる一言で
何十年分もの否定の歴史が一気に蘇ってしまうのだ。

回避という行動パターンが成立するプロセスを考えた場合、
直接的な原因となっているのは、やはり慢性的な外傷体験だろう。
長期間にわたる、逃げ場のない、苦しい体験をすれば
人は、意識的、無意識的に、同じ状況を避けるようになる。


回避は、トラウマ体験や持続的なストレスに対する反応として
自分自身を守るための自然な行動なのだ。


何しろ、一時的に休養し、ストレス源から離れ
自然の回復力が働き、元に戻るのを待つしかない。
休むことが第一か。


久しぶりの友人の訪問で
一緒に近くの公園へ、菖蒲の花を見に行ってきた。


自然は美しい。


自然は心を癒してくれる。


で、カウンターもランキングも削除した。
全くもって、馬鹿なことをしたものだと思う(笑)


 


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回避性パーソナリティ②
- 2006/05/31(Wed) -

【DSM-Ⅳ-TR精神疾患の分類と診断の手引き】より
以下のうち4つ(またはそれ以上)によって示される。


(1)批判、否認、または拒絶に対する恐怖のために、
   
重要な対人接触のある職業的活動を避ける。


(2)好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたいと思わない。


(3)恥をかかされること、またはばかにされることを恐れるために、
   親密な関係の中でも遠慮を示す。


(4)社会的な状況では、批判されること、
  または拒絶されることに心がとらわれている。


(5)不全感のために、新しい対人関係状況で制止が起こる。


(6)自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、
   または他の人より劣っていると思っている。


(7)恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、
   個人的な危険をおかすこと、
   または何か新しい活動にとりかかることに、
   異常なほど引っ込み思案である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いつ頃からそうなっていったんだろう・・


自己修正を積み重ねていく過程では、
数え切れないほどの失敗やつまづきや、
必要以上の熱中状態にはまり込んだり、
所謂普通の人たちから
「囲まれてのイジメ」や「孤立」や「排除」も数々受けてきて、
(多分私の対人関係のあり方がヘンだったからだろうと思ってる・・)
そして、「普通」になるための努力と並行するように
どんどん怖さも増していった気がする。


以前は、良い悪いを別にすれば
行動化が激しくて激しくて、怖いも何も感じることさえなかった。


「普通」になりたい!「普通」ってなんなの!
どこをどう修正すれば「普通」になれるの!


そう心で叫びながら
迷い苦しみ葛藤し、
真っ暗な道をたった一人で、
手探りでもがきながら歩き続けてきて
「普通」の人たちの怖さがとことん染み込んじゃったのかなあ・・


最近はまた、恐怖や不適切感が倍増していて
ボランティア活動にも支障が出始めている。
ここにずっぽりはまり込むと
「うつ」と「引きこもり」の状態にまで行ってしまう。
何度も繰返してきているのでもう分かっている。


で、あえてまた新しいことへと飛び込む。
新しいボランティア活動を、
死にそう(死にはしないのに死にそう)になりながら開始している。


怖い、恐い、辛い、苦しい、
話せない、声がでない、輪には入れない、
自分だけが出来ない、自分だけが落ちこぼれていく、自分だけがダメだ


そんな自分に言い聞かす
戦いだ!戦いだ!戦うぞ!自分の中の恐怖という
無意識の仕掛けてくる罠になんか、やられてたまるか!」と。


日々、そう言い聞かせて暮らしている。


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回避性パーソナリティ③
- 2006/06/01(Thu) -

カーンバーグのパーソナリティ障害概念から考えた時
私の10代を通じてのパーソナリティ構造は
明らかに精神病性パーソナリティ構造(非定型精神病)か
「低位の」境界性パーソナリティ構造(反社会性・境界性)
に属していたと思う。


それが自分の病理性を少しずつ自覚するようになってからは
次第に「高位の」境界性パーソナリティ構造(依存型・自己愛型)
へと変化していき、
現在では、神経症性パーソナリティ構造(強迫性・回避性)
が最も自覚的に感じられる状態にいる。
勿論根底には常に「自己愛の傷つき」という病理を抱えてはいるが。
で、しばしば「過剰適応」に陥りやすく、
数々の症状を多発させているのかもしれない。


でも・・変化していくものなんだ人間って・・捨てたもんじゃないな・・


だからと言って、「バリバリ元気、何の問題もない」
とはいかない。
それでも自分の努力の跡を、
自分の中に客観的に感じることができるのは
本当に大きな喜びだ。


世間一般でいうところの「幸せ」とは
全く縁のない、隔絶された人生だったけれど
それでも、自分の生きてきた証を、
こんな風にでも感じることができるのは
「生きる意味」の再発見に繋がる大きな喜びなのだ。


「子どもによる親殺し」が頻発している。
私だって同じ様な子どもだった。
私がそうしなかったのは
たまたま激しい自傷行為という形で、
自分の中でマグマのように沸騰する情動や攻撃性が
自分自身の内的世界に向かっていったということだけだろうと思う。


こんなこと、何度も自殺企図や未遂を繰返してきた私が言うのは
本当に、本当に、おこがましいんだけど
「死ぬな!!」「殺すな!!」と
私はいつも、そう心の中で叫びながら
彼ら彼女らに呼びかけている・・


 

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回避性パーソナリティ④
- 2006/06/20(Tue) -

回避性パーソナリティの対人関係の特徴は
本当は人との触れ合いをもの凄く求めているのに
自分に自信がなくて
「どうせ自分なんか人に愛してもらえるはずがない」と
強く強く思い込んでしまっているため
人から拒否されたり否定されたりして傷つくことを怖れて
人との深い対人関係を持つことを避けてしまう。
本当は対人関係を求めているし必要としている点が
悲劇的な特徴と言えるだろう。


寂しくなってきて・・
こんなブログ書いてたって
だあれも見てもいない、知りもしない。
ただっ広い空中に向かって
エへラエへラと
書いてるような
いや~な気持になってくる。
人に読まれることがとても怖いくせに・・


で、またブログランキングとアクセスカウンターを
設定してみたりして(笑)
で、またある日急に怖くなって
削除するんだろうな。
いつのも対人関係のパターンと
同じことをやっぱりここでもしてるんだ。


でもまあ良いや~
何でも良いや~
好きなように書いていこう~



 

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