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結局、また眠れない
- 2006/04/23(Sun) -

ハルシオンを飲んで、2時間で目が覚める。
これじゃあ詐欺だわ・・とかいろいろ言ってみても、いつもいつもこんなもの。
そしてごそごそ冷蔵庫をあさって、缶酎ハイを持ってきて一杯やってる。
これじゃあ今度は私がアルコール依存になっちゃう。


長年、こんな風に、短時間睡眠で、寝ては起き、また寝ては起きしながらも
なんとか生きてきたのだから、それでもいいんだけど、
なんせ仕事が苦痛だ。
最近も新たに仕事を探し始めた途端、あちこち具合が悪くなってくる。
プレッシャーがかかるんだろう。


かつて一家を背負って働き通した時、胃潰瘍にぎっくり腰に喘息に・・
身体がボロボロになった。


でも、ここまで来るだけでも、相当の年月と努力と忍耐がかかってる。

釈迦曰く
「少欲知足」
・・・・・欲すること少なくして足ることを知る・・・・


これでも良い。
これが私。
こうやってでも生きていればそれで良い。


再度、眠りに挑戦・・

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E・キューブラー・ロス博士の言葉①
- 2006/04/23(Sun) -

ロス博士の言葉①
「強制収容所にいた最後の数週間、私はこう誓ったの。必ず生き延びて、ナチスと強制収容所の恐ろしさを世界中の人々に訴えようって。やがて解放軍がやってきて、その人たちを見たとき、私はこう思った。『いや、いけない。もしそんなことをしたら、ヒットラーと同じことになってしまう』だって、私がしようとしていたことは、マイナスの感情と憎しみの種を世界中にもっと蒔くこと以外の何物でもないでしょ。私は考えたの。人は背負いきれないほどの重荷を課されることはない。マイダネクの悲劇と悪夢をちゃんと見極めれば、それを過去のものにすることができるのだ。そうだ、このことを心から信じることさえできれば、そして、誰か一人でもいいから、人の世話をするような人間に変えることができたとしたら、それはとてもやりがいのあることだし、私も生きていたかいがある。そんなふうに考えたの。」
(ロス博士がマイダネクで出合ったユダヤ人少女の言葉)

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考えることをやめる
- 2006/04/24(Mon) -

もうすぐ4年が経つ。
20年以上も借金とアルコール依存とDVを繰返してきた夫と、その数年前から同居するようになった競馬狂いの義理の息子が、二人同時に自己破産してから・・

私は当時まだ中学生だった娘を守るため、必死に、それこそ1日12時間以上働いた。
働いて働いて働き倒して、何も思うことも考えることも出来なかった・・
そして、やっと貯めたなけなしのお金で、やっと今の安い文化住宅に家族で引っ越した。
勿論、呆けて廃人の様にようになった夫と、同じ様に呆然と空を見つめているだけの義理の息子と共に。
何で別れなかったのか・・それさえも解らない。
あれ以来私は考えることをやめて生きてきた。


考えると死にたくなるだけだった。自分探しも止めた。意味を求めることもやめた。
ただ毎日を必死に生きてきた。悲しくなるほど明るく・・だたひたすら娘の心を明るくしてやりたかったから。
怒涛の生活を送りながらも、我が家に笑い声が途絶えることはなかった。
毎日の夕食は必ず家族4人が揃い、質素な食卓を囲んでテレビを見ながら、みんなが大声で笑った。その時間だけが私の生きがいだった。

私が私を捨ててから、夫のアルコール依存もDVも、薄皮を剥ぐように治まって行った。
義理の息子も正社員になって働き始め、今は家を支える大事な働き手となっている。
娘は「うちら奇跡の家族や!」そう言って心から嬉しそうに苦しかった頃のことを誇らしげに語る。

私が私を捨てるためにはこれほどまでの長い苦難と忍耐が必要だった。

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V,E,フランクルの言葉①
- 2006/04/25(Tue) -

V.E.フランクル「死と愛」より


苦悩の意味


人間は苦悩の中に成熟し、苦悩において成長するのであり、恋愛の成功が彼に与えたであろうものよりもより多くのものを苦悩は人間に与えたのである。


人間を苦しめる運命は先ず…もし可能ならば…新たに形成され、そして次に…もし必要ならば…耐えられることによって意妹をもつのである。そしてその場合われわれは、この単に耐えることもなお内在的な意味をもっていることも忘れてはならない。


「行動や忍耐によって高貴化できないいかなる状態も存しない。」(ゲーテ)
そして耐えるということの中にも何らかの意味で或る「業績」が存するのであるといえるが、もとよりそれは避けえない運命に対する真の忍耐であらねばならず、その場合の苦悩は意味に充ちている。苦悩のこの道徳的な集積としての性質は普通の人間の直裁な感覚にとっても疎遠なものではないのである。


それまでその生涯を「形而上学的軽率」ハシエーラーの中にすごし、多くの可能性をやりすごしてしまった人間から、最後の高貴なものを取り出すことができたこともあるのである。
===すなわち全く生活に甘やかされた或る若い女性が、或る日思いがけずも強制収容所へ送られた。そこで彼女は病気になり、日に日に衰弱して行った。死の数日前に彼女は文字通り次のように述べた。「私にこんなに辛くあたった運命を私は今となっては感謝しております。以前のブルジョア的な生活で私は確かにあんまりだらしのない人間でした。私は閨秀作家気取りで真面目とはいえませんでした。」近づいてくる死を彼女はよく意識していた。彼女の横たわっていた病舎の寝台から窓を通して、ちょうど花の咲いているカスタニエンの樹を見ることができた。そして彼女の頭のところから二本の蝋燭のような花をつけた一本の枝が見えた。「この木は私の孤独における唯一の友です」と彼女は言った。「この木と私は話をするのです。」一体彼女は幻覚をもつているのであろうか。恐らく譫妄状態なのだろうか。彼女は樹が「答えてくれる」というのである。しかし彼女は譫妄状態ではなかった。それではこの奇妙な「対話」は何であっただろうか。花咲く樹は死につつある女性に向って何を「言った」のであろうか。「樹は言ったのです…私はここにいる…私はここにいる…私は生命だ、永遠の生命だ…」

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くだらない治療者たちへ
- 2006/04/26(Wed) -

今日は事例研究会。

くだらない治療者。
くだらないスーパーバイザーたち。

クライエントの蒙っている外傷の深さを
何一つ理解できないお気楽者達。


私は吐きそうになる。
そして密かに思う。
「ああ、本当に良かった。こんな奴らを信じなくて」


音もなく滴り落ちる雫が
長い長い時間を経て
頑強な岩に
あがない様もないほどの
深い空洞を刻み込んでいく。


現代の家庭は
外傷の場でしかないことに
まだ何一つ気付かない
大馬鹿者の治療者たち


そして、人々は静かに狂っていく
誰にも知られることもなく


そして、ある日突然
その復讐の牙を剥くのだ。




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ロス博士の言葉②
- 2006/04/27(Thu) -

ほとんどの人は、人生の中で直面するあらゆる苦しみ、あらゆる試練や困難、あらゆる悪夢、あらゆる喪失を、呪いであり、神からの罰であり、何か良くないことだと考えています。でも、自分の身に起こるものに悪いことなど何一つないことに気づかなくてはなりません。


本当に何一つないのです。どんな試練も困難も、最も辛い喪失も、また「もしそのことを知っていたら、とてもやってはこれなかった」と言わせるようなことも、全てあなたへの贈り物なのです。


たとえて言えば、鉄は誰かが鍛えなくてはならないのと同じです。
これはあなたが成長するために与えられた機会であって、この成長こそが、地球という惑星に存在することの唯一の目的です。


美しい花園に腰を下ろして、銀の大皿に盛られたごちそうを待っているだけでは、成長なんてありません。病んだり、苦しんだり、大切なものを失ったりを経験して、現実を回避することなく痛みを受け入れ、呪いや罰ではなく、非常に特別な目的のために与えられた贈り物なのだと考えることを学んだときに、成長することができるのです。

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再び、外傷と向き合う
- 2006/04/28(Fri) -

Amazonで本を注文する。


「心の傷を癒すカウンセリング・・今日1日のアファメーション」
        西尾和美


「子どもを生きればおとなになれる・・インナーアダルトの育て方」
        クラウディア・ブラック


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自分の中でじっと息を潜めている凶暴な赤ん坊
養育放棄され死の直前に生き返った命
母からの全否定と嘲笑と暴言を受け続けて生きてきた命

その時の恐怖と絶望と悲しみを覚えているのか
ある日突然フラッシュバックして
激しい身体症状とともに退行し
意識を失う


長い年月
絶えざる生き残りの努力を重ねてきたため
殆どその症状は息を潜めているのに


人間への恐怖・・
これだけはどうしても克服することが出来ずにここまで生きてきた
私の行動に、人生に、大きな影響を与えている恐怖


もう一度向き合ってみよう
もう一度戦ってみよう
もう一度本来の自分の人生を取り戻そう


もう一度


もう一度


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マザーテレサの言葉①
- 2006/04/29(Sat) -

私は皆さんが考えておられるようなノーベル平和賞の受賞者にはあたいしません。
 でも、だれからも見捨てられ、愛に飢え、死に瀕している世界のもっとも貧しい人びとにかわって賞を受けました。
 私には、受賞の晩餐会は不要です。
 どうか、その費用を貧しい人たちのためにおつかいください。
 私にあたえられるのは祈りの場だけしかないのですから。


私の白いサリーは、貧しい人のなかで、私も貧しい人のひとりだというしるし。
 私の身なりも生活も、病に倒れた人や、骨ばかりの子どもとひとつになるための糧。
 そして、不親切で冷淡でありながら奇蹟をおこなうよりは、むしろ親切と慈しみのうちに間違うほうを選びたい。



貧しい人にふれる時、わたしたちは、実際にキリストの身体にふれているのです。
 わたしたちが、食べ物をあげるのは、着物を着せるのは、住まいをあげるのは、飢えて、裸の、そして家なしのキリストに、なのです。

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