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回避性パーソナリティ③
- 2006/06/01(Thu) -

カーンバーグのパーソナリティ障害概念から考えた時
私の10代を通じてのパーソナリティ構造は
明らかに精神病性パーソナリティ構造(非定型精神病)か
「低位の」境界性パーソナリティ構造(反社会性・境界性)
に属していたと思う。


それが自分の病理性を少しずつ自覚するようになってからは
次第に「高位の」境界性パーソナリティ構造(依存型・自己愛型)
へと変化していき、
現在では、神経症性パーソナリティ構造(強迫性・回避性)
が最も自覚的に感じられる状態にいる。
勿論根底には常に「自己愛の傷つき」という病理を抱えてはいるが。
で、しばしば「過剰適応」に陥りやすく、
数々の症状を多発させているのかもしれない。


でも・・変化していくものなんだ人間って・・捨てたもんじゃないな・・


だからと言って、「バリバリ元気、何の問題もない」
とはいかない。
それでも自分の努力の跡を、
自分の中に客観的に感じることができるのは
本当に大きな喜びだ。


世間一般でいうところの「幸せ」とは
全く縁のない、隔絶された人生だったけれど
それでも、自分の生きてきた証を、
こんな風にでも感じることができるのは
「生きる意味」の再発見に繋がる大きな喜びなのだ。


「子どもによる親殺し」が頻発している。
私だって同じ様な子どもだった。
私がそうしなかったのは
たまたま激しい自傷行為という形で、
自分の中でマグマのように沸騰する情動や攻撃性が
自分自身の内的世界に向かっていったということだけだろうと思う。


こんなこと、何度も自殺企図や未遂を繰返してきた私が言うのは
本当に、本当に、おこがましいんだけど
「死ぬな!!」「殺すな!!」と
私はいつも、そう心の中で叫びながら
彼ら彼女らに呼びかけている・・


 

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少しだけ聞いて欲しいこと
- 2006/06/05(Mon) -
ぼくは2人の人間を殺した。

AK47と呼ばれる小型武器で。

小型武器とは、

ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。

でも、この武器は僕らの国では作っていない。

ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。

ぼくらのことを

チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。

小型武器を持って戦う兵士だからだ。

でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。

家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。

ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。

ぼくはその日から兵士になった。

ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。

逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。

ぼくの目の前で友達が殺されていった。

女の子は大人の兵士に乱暴された。

怖かった。

家に帰りたかった。

お母さんに会いたかった。


運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに

軍隊から逃げ出すことができた。

村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。

ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ

学校ではいじめられた。

家族や親戚からも怖がられ

前みたいな幸せは戻ってこなかった。

悲しかった。

寂しかった。

あるのは絶望だけだった・・・。

ぼくは何度も死のうと思った。

そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。

ぼくは何のために生まれてきたのか?

ぼくはなぜ生きているのか?

ぼくは生きる価値がはあるのか?

ぼくにできることはあるのか?


「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」

ぼくはそう思った。

ぼくに何ができるか?


「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」

ぼくはそう思った。

ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。

ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。

ぼくには、ぼくにしかできないことがある。


今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。

ぼくの夢は学校の先生になること。

むずかしいかもしれないけど

あきらめずに夢を追っていきたい。

                     ぼくは13歳 職業、兵士。の本の
                         ウガンダの子ども兵からのメッセージより

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ドキドキ・・
- 2006/06/07(Wed) -

このところ、新しい仕事を探してあちこち面接に行ったり、
履歴書を送ったり、履歴書用の証明写真を撮りに行ったり、
忙しく動いていた。


そして、今日、大・本命の会社の面接・・


ドキドキして、今ごろから目が覚めて(朝の3時・・)


私は、若い頃から「仕事」が超苦手だった。
毎日決まった時間に家を出て、8時間働いて、
そんな生活をすると、1ヶ月に2~3日は
原因不明の高熱を出してしまう。


中学生の頃不登校になって以来
もしかしたら、ずっとそうだ。
対人関係での過度の緊張と、気遣いと、過敏な反応と
そんなことで
クタクタになってしまうんだろう。


大きな病院に検査に行ったことも何度もあったが
所謂「原因不明」
いろんな検査をしても結局「原因不明」
精神的なものから来る身体症状。


だから大変な苦痛と爆弾を抱えて働く事になってしまう。


正直、恐いです・・
どうなってしまうんだろうと、
凄く不安です・・


そんな自分が情けなくて
そんな自分が大嫌いで
人間として一人前じゃない気がして
随分そのことで落ち込んで
それでもなんとか這うようにして仕事をしてきた。
働く事を諦めたら
そこで自分の成長もストップしてしまうと思って。



「個人」としての自分
「家族」の中での自分
「社会」との関わりの中での自分


何もたいしたことはできなくてもいい。
この「個人」「家族」「社会」という相互のつながりの中で
葛藤し苦しみ悩みながら
そこから逃げないで
少しづつでも自分が変っていけたらと思うから。


諦めたらそこでお終い・・
何度でも挑戦する・・
たとえ生きてる間にできなくても・・




諦めて家にこもってしまったら
そこで私の成長は止まったままになってしまって
自家中毒のようになって
酷い毒を吐くようになる気がするから・・


眠い・・


家族の朝食&お弁当を作る時間まで
あと30分ほどだけど、2度寝できそうかな・・




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E・キューブラー・ロス博士の言葉⑦
- 2006/06/11(Sun) -

「どうしてこんなに幼くてかわいい子どもたちが
死ななくてはならないの?」
と聞く人がありますが、
答えは至って簡単です。




それは彼らは学ぶべきことを
ごく短期間に身につけたからです。



学ぶべきことが何かは人それぞれに違います。
しかし、戻る前に一つだけ
すべての人が共通して学び取るべきことがあります。



何だかお分かりですか?



それは、無条件の愛です。



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徒然・・
- 2006/06/11(Sun) -

無事、面接をクリアしてバイト生活が始っている。
数日行っただけで、
肩から背中にかけてバリバリに凝ってしまって
湿布を4枚貼って凌いでいる(苦笑)
何がそんなに緊張するんだか、全く意味不明だなあ。


昨日は1日中ダウンしていた。
今日は少し元気を取り戻し、ブログに向かうものの
頭はボーッとしたまま・・


流れていく日々に輪郭を持たせたい。
そんな気持ちで書いているけど
日常のしんどさに泣きたくなる時
やっぱり「フランクルのメッセージ」が1番いい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


他のいつでもない今・この時代・この時
ほかのどこでもないこの国・この場所に
この「私」が置き与えられているということは
それだけで意味がある。
人生にはどんな時も意味がある。
実現すべき「意味」が与えられている。
私はただこの世に生きているだけで
「なすべきこと」「実現すべき意味」を与えられ
それを発見し実現するのを求められている存在なのだ。
どこまでも続この果てしない宇宙の中で。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そんな思いにさせてくれる。


実際、どんなに自分を分析してみても
それじゃあ何にも元気になんてなれないもんなあ・・







 

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1日のこと
- 2006/06/12(Mon) -

私が朝起きて一番最初にすること
PCで今日のお天気をチェック!


「今日夜遅くから明日にかけて、雷の発生するおそれがあります。
南海上にある梅雨前線や上空の寒気の影響で、雲が広がっています。
今夜は、南海上にある梅雨前線や上空の寒気の影響で、
雲が広がり雨や雷雨の所があるでしょう。
明日は、南海上にある梅雨前線や上空の寒気の影響で、
雲が広がりやすく、雨や雷雨の所があるでしょう。」


そっか・・・
いよいよ梅雨入りみたいだ。
1日中曇りで、3時ごろに弱い雨がふりそう・・か
最高気温26度、最低は朝の6時で19度・・か


で、洗濯を家の中に干すか外に干すかの決定をする(笑)
パート主婦にとってはこれは大きな問題
 
大人4人分の洗濯は、毎日結構な量があって
それらが出かけている間に濡れるなんて・・
うう・・とてもとても悲しくてめんどいから・・


で、次にすることはというと
今お気に入りの「某お料理サイト」で
買ってある食材を使った
何か目新しくて美味しい調理法はないものかと
材料名で検索。


あったあった!


鶏肉モモのお料理で
「鶏肉の辛子みそ焼き」


う~ん、うまそ!
蒸し鶏もちょっと厭きてるし
今日はこれに決定!


で、今が5時5分前
5時から洗濯・朝食・お弁当3個
猫と熱帯魚のえさ&小規模畑の水撒き
そしていそいそと、今日の収穫物をいただき!


今はキュウリがわんさかさ
昨日はお隣さんにもおすそ分けしたほどで
多分今夜は、モロ胡も食卓に並ぶこととなるだろう。
無駄にせず厭きない調理で食するのも
これまた結構大変なんだ・・


おっと!
時間だ時間だ!

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V.E..フランクルの言葉⑦
- 2006/06/13(Tue) -

「人生が出す問いは具体的である」

私たちは、人生が出した問いに答えることによって、
その瞬間の意味を実現することができます。


ところで、人生が私たちに出す問いは、たんに、
そのときどきに応じてちがったものになるだけではありません。
その人に応じてもまたちがったものになるのです。


人生が出す問いは、瞬問瞬間、その人その人によって、
まったくちがっています。


ですから、生きる意味の問題は、
まったく具体的に問われるのでなければ、
誤った取り上げかたをしていることになるということもわかります。

つまり、それは、
具体的なここと今において問われるのでなければなりません。


一般的に人生「というもの」の意味「というもの」を問題にする
などということは、こういうものの見方からすると、
どうしてもとんちんかんなものに思われます。


それはたとえば、
チェスの世界チャンピオンにインタビューして、
「ところで、先生、どういう手が一番いい手だとお考えでしょうか」
と尋ねるようなレポーターの質問が、とんちんかんなのとおなじです。


そもそも、
まったく特定の、具体的な勝負の局面、
具体的な駒の配置をはなれて、
特定のいい手、
そればかりか
一番いい唯一の手というものがありうるでしょうか。

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眠れなくて・・・
- 2006/06/14(Wed) -

長い間、
本当に長い間、
自分を見つめるために続けてきた勉強が
今日、本当に、全て終わった。


その長い年月
どれ程多くの気づきを得たことか・・
そして、どれ程多くの悲しみと出会い続けたことか・・


何も形になるものを得ることはできなかったけれど
ここでの学習がなかったら
今の私も
今の家族も
全てを失っていたことだろう。


感謝、とまでは、今は、言えない・・


辛く、悲しく、傷ついて
何度も何度も立ち上がって
それでも再び傷ついて・・


今はまだ傷つきの最中にいるから
感謝の言葉は出て来ない。


それでも・・・
胸に熱いものが込み上げてきて
今夜はとても眠れそうにない・・


長い長い私の戦いの日々
これからもずっと続くだろう私の戦いの日々


1つだけ、
言葉に出して言えることがあるとすれば・・


『これからの私は、
これまでのように
私だけを見つめるのではなく
私の出来得ること、ただそれだけでも
今、私の目の前にいる
あなたのために、またあなたのためにも
ささやかな力を尽くして生きていきたい。
心からそう思う』

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BADRUN様へ
- 2006/06/15(Thu) -


「BADRUN」様


ここに閲覧に来てくださってありがとうございました。


私も貴方のブログを見せて頂きました。


そして、とても綺麗な写真と素敵な言葉の数々に
すっかり魅せられてしまいました。


リンクフリーとのことでしたので
さっそくリンクさせて頂きました。


コメント受け付けておられないようでしたので
この場をかりてご報告いたします。


これからも拝見させて頂きますので
どうかよろしくお願い致します。


 


http://yas520he.blog2.fc2.com/

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マザーテレサの言葉⑦
- 2006/06/16(Fri) -

「けさ、私は、
この豊かな美しい国で孤独な人を見ました。
この豊かな国の大きな心の貧困を見ました。」




「カルカッタやその他の土地に比べれば、
貧しさの度合いは違います。
また、日本には貧しい人は少ないでしょう。」



「でも、一人でもいたら、
その人はなぜ倒れ、なぜ救われず、
その人に日本人は手をさしのべないのでしょうか。
その人が飲んだくれだから!
でも、彼もわたしたちも兄弟です。
本人はきっと孤独でしょう。
みなから無視されての……。
やけ酒かもしれません。」



「私は、短い間しか日本に滞在しないので
手を貸してあげるのは、せんえつだと思い、
何もしませんでしたが、
もし、女の人が路上に倒れていたら
その場で、語りかけたり、助けていたと思います。
豊かそうに見えるこの日本で、
心の飢えはないでしょうか。
だれからも必要とされず、
だれからも愛されていないという心の貧しさ。
物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。
心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、
もっともっと貧しいことだと思います。
日本のみなさん、
豊かさの中で貧しさを忘れないでください。」


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3ヶ月ぶりのカウンセリング
- 2006/06/18(Sun) -

3ヶ月ぶりにカウンセリングを受けに行った。
というか、全て終了した報告、かな?


前回は2月に起こした強烈な退行現象の影響がまだ残っていて
腰痛で歩くこともままならない状態だったから。
でも、それから行けなくて・・
新学期で子どもにお金がかかって・・
授業料やら講座料やら模擬テスト料やら
考えられないほど一気にお金がいるのが新学期。
「心配させたまま行けなくて、ごめんね」と伝える。


カウンセラーの先生とは4年越しのお付き合い。
いろんなことがあったな・・


殆ど、私が一方的に話す。
先生は鏡のように映し出してくれるだけ。
そんなカウンセラーの強い忍耐があったから
こんな私でも長年カウンセリングを続けることが出来たと思う。


そう、感謝を伝える。


先生は、私が全く転移を起さないことに
一時期大変にじれて
「私の存在はあなたにとって何?」と
問い詰められたこともあった。


私は
「ずっと独りでこんな自分の面倒を見てきたから
ずっと独りで戦ってきたから
こんな風にしか生きられなかったから
寂しい思いをさせてゴメンね」
そう答えた。


先生とのカウンセリングで
ここでの様々な理論の学習で
ここでの数十人のクライエントとの出会いで
それら全てが見事に置き与えられていたことによって
どれほど多くの気づきがあったことか。


それが自分を変え
家族を変え
人生を変えた。


今改めて


ありがとうございました。

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そうそう・・
- 2006/06/18(Sun) -

ブログの名前もデザインも変えてみました。
ふと思いついて。


なんだか凄く気分が変わっちゃって。
ただそれだけ(笑)


写真とかって凄くいいな・・


BADRUNさんのブログ見てから・・憧れてます。


ところが・・お馬鹿の私は
どうやったら写真載せられるのか
分からんのだ・・


だからいろんな人のところへ
ひたすら見せてもらいに行ってます。


みんな天才じゃあなかろうか!
感動の連続なのだ!!

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E・キューブラー・ロス博士の言葉⑧
- 2006/06/19(Mon) -

みなさんはこの地上での人生を振り返る際、
自分の運命を神のせいにしたりはしません。


むしろ、自分自身を成長させるための
たくさんの機会を見過ごしてきたことで自分を責め、
自分自身が最強の敵であったことに気づくでしょう。


何年も昔に家が全焼したことや、
子供が死んだこと、
あるいはご主人がけがをしたこと、
自分自身が心臓発作で苦しんだことなど、
致命的なショックのすべては、
単に自分自身を成長させる可能性の一つに過ぎなかったのです。


理解すること、愛することなど、
私たちがまだまだ学ばなくてならないことで成長するためです。

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回避性パーソナリティ④
- 2006/06/20(Tue) -

回避性パーソナリティの対人関係の特徴は
本当は人との触れ合いをもの凄く求めているのに
自分に自信がなくて
「どうせ自分なんか人に愛してもらえるはずがない」と
強く強く思い込んでしまっているため
人から拒否されたり否定されたりして傷つくことを怖れて
人との深い対人関係を持つことを避けてしまう。
本当は対人関係を求めているし必要としている点が
悲劇的な特徴と言えるだろう。


寂しくなってきて・・
こんなブログ書いてたって
だあれも見てもいない、知りもしない。
ただっ広い空中に向かって
エへラエへラと
書いてるような
いや~な気持になってくる。
人に読まれることがとても怖いくせに・・


で、またブログランキングとアクセスカウンターを
設定してみたりして(笑)
で、またある日急に怖くなって
削除するんだろうな。
いつのも対人関係のパターンと
同じことをやっぱりここでもしてるんだ。


でもまあ良いや~
何でも良いや~
好きなように書いていこう~



 

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V.E..フランクルの言葉⑧
- 2006/06/21(Wed) -

大学で科学を包んでいる包装は、
だいたいにおいて還元主義という包装です。
私たちが売っているのは、
生物学や心理学や社会学だけではありません。
私たちは、生物学主義や心理学主義や社会学主義を
人々に売っています。
つまり、私たちは人々にこう教えこんでいるのです 


人間はコンピュータにほかならない、
人間は突然変異の結果にほかならない、
人間は遺伝と環境とのたんなる産物にほかならない、
環境の産物、社会経済的条件の産物にほかならない、と。


こうこう、こういうことさえすれば、
経済的基盤さえきちんとすれば、
君たちは幸せになれるのだ、というわけです。
そして人々はそのとおりにします。
こうして、人々は、豊かな社会の中、福祉国家の中で、
より不幸になります。


現代社会が欲求を満足させ、
さらには欲求を生み出すことを追求していることこそが、
実存的空虚さの、無意味感の社会学的背景になっているのです。


けれども、そのような欲求追求の中にあって、
一つの欲求だけは、
しかも人間の根本欲求であるものだけは、
満たされないままなのです。
社会によって顧みられないままなのです。


その欲求とは
意味欲求であります。
言いかえると、
ある程度の物質的な豊かさに並行して、
実存的な窮乏があらわれるのです。

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心の病って何?
- 2006/06/21(Wed) -

心の病って何?
そう聞かれて「これこれこうがこういう病気です」
そう答えることのできる医者は多分いないだろう。
もしいたとしたら、そいつは限りなくヤブに近き怪しい奴か
ボンボンのクワセモノだと思う(笑)



それぐらい心の病を定義付けることは難しい。
健康状態との境界も明確ではない。


苦悩、不安、抑鬱、怒り等‥
いろんな精神的な苦しみ。
それらを受け止めることが出来なくなった状態
としか言いようがない。


こうした精神的困難な状態に圧倒されてしまって
人生、苦悩や不安があっても当たり前と思えなくなる。


日常生活や対人関係が保てなくなってくる


夜眠れなくなり食欲が異常に減退したり、
逆に
過食に陥ったりといった身体的な異常が起きてくる。


なぜこんなになってるのか、その原因がさっぱりわからない。


だからどう対処したらいいのかもさっぱり分からない。


もうそうなるとお手上げで、自分だけではどんどん悪循環を起こす。


そして、こうした困難な出来事を
人生を深め、自分自身が成長していくための価値的な出来事として
絶対に受け止められない。


こうした状態まで何度も行った私は
やっぱり心の病だったんだろう


(続く)

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心の病②初めて精神科へ行った時のこと
- 2006/06/22(Thu) -

で、初めて精神科へ行った時
病名は告げられなかったけどいろんな身体的な検査して
お薬もらって家に帰ってそれ飲んで、
寝たわ寝たわ、実に寝ること20時間!
途中でトイレにも行かず昏々と眠り続けた。
希望どうり死んじゃったみたいに(笑)


要するに、長い間苦しんで、疲れ切っていたということだろう。


医者に行って良かった点は、
まずは治療が受けられたこと。
病気と気づかずに「ダメな奴」と自分を責めて、
自殺してしまううつ病患者はもの凄く多いと聞く。


あと、もう休むしかない状態に(薬の力は大きい)なってしまうので
大きな荷物も一旦降ろして、自分の疲れに素直に従って休めたこと。
スカスカにガス欠状態だったみたいで、休むと少しはガソリンも補給できたのか
微かに気持も持ち直した感じ。


更に、回りに精神科へ行っていることを知られるのは凄い抵抗あったけど、
結局、偏見か何かは分からないけど、回りの対応がやや変わって感じられた。
「まあ、病気なら仕方ないね」みたいな。
責められてる感じが微妙に軽減して結構ホッとしたこと。


それから、これが1番大きかったのは
「自分を見つめるきっかけになった」点。
病気の原因を考えた・・
自分のこれまでの生き方を振り返った・・
自分の傾向を知ろうと思った・・
無茶苦茶に生きてきたこと・・
なのに周囲に過度に合わせ過ぎていたり・・
実に偏ったパーソナリティだなあ、などと自分を思った・・


(続く)

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心の病③精神科医との決別
- 2006/06/23(Fri) -

でも、
一息ついたのも束の間でした。
精神科への通院はたった8ヶ月ほどで終わりを告げました。
決して良くなっていた訳ではありません。
長い年月をかけて深く深く刻み込まれ、大きな愛の欠損によって
異形のものになってしまったパーソナリティが
そんなに簡単に変容するはずがありません。


治療者への恐怖と不信感・・
到底、続けることはできませんでした。


いろんなことを言われました。
「傲慢だ」
「人を見下している」
「なんて愚かな!」
等々・・(確かに私は愚かでしたが・・)


その先生は女医だったので、なおさらこうした治療場面での出来事は
幼い頃から味わってきた
母から受けてきた罵倒と嘲笑・軽蔑といった
外傷体験の再現以外の何物でもなかったのです。


医者からの帰り道、泣きながらどこまでも歩き続け
「このまま死のう」と
何度、陸橋から線路を見つめ立ち尽くしたことか・・


思い出すのも辛い・・


以来、1度も精神科の門をくぐったことはありません。


精神科へ行くことのメリットは確かにあると思います。
その反面
精神科医に言われた一言一言で
「自分はもう廃人になってしまうんだ」といった
大変な思い込みや恐怖を引き起こすこともあります。
「自分は精神異常者なんだ」
「だからもう人間扱いされないんだ」
などの強い自己否定感をもつ場合もあります。


こうした患者の思いに「勝ち組」の先生方は
思い至らない場合が多いので
事態は更に悪循環を起こします。


それと、以前書いた治療を契機に「自分を振り返る」
といった良い点もあった反面、
意識的・無意識的にも
これまでの重荷や責任から逃げたいという気持が
いつもどこかにあるものなので
病気であることを何かにつけ利用しようと
してしまっていたところもあったように思います。


治療場面で医者に散々なことを言われても
何一つ抗議できない自分・・
繰返される外傷体験のフラッシュバック・・
その上、日常生活もままならない自分・・
全人格を、これまでの人生の全てを
完璧に否定された思い・・


今なら、その精神科医がどんなにろくでもない奴か
はっきり理解できるし、抗議もできる。
そんな奴、こっちからお払い箱にしてやることもできる。
でも、当時の私には、
そんな力もそんな自分自身への誇りも
な--んにもなかった・・な--んにも・・


こうして私の中で、
自己否定感・屈辱感・敗北感・挫折感・絶望感・激しい後悔などが
日を追ってどんどん強まっていってしまったのです。



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心の病④心の病の原因は?
- 2006/06/24(Sat) -

「なぜ、こんなことになったんだろう・・」
だれでもまずはそう考えると思います。
私もそうでした。
でも、心の病を引き起こす原因はたいへん複雑で
医者ならすぐに解るだろうと思いがちですが
多くの要因が複雑に絡み合っていますから
たとえ医者でもそう簡単にはいきません。


個人的な要因・社会的状況・身体的な要因・性格的な要因・・
ざっと考えてみてもこれだけの要因があり、
それらが互いに複雑に関連しあって遂に病気へと至る。
どれもこれもが複雑に連鎖しているのです。


たとえば性格的な要因ひとつを取り上げてみても
こうした性格が形成された理由を考えてみると
私の生育歴や親の育て方、親の性格、もっと考えていくと
親の性格がなぜそんなふうに形成されたのかという
親の歴史にまで遡って行きます。


こうやって考え始めると
私という1人の人間の心の病には
何代にもわたって連綿と続いてきた
無数の人間の歴史や、無数の人間の様々な要因が
どこまでもどこまでも続いていて
それらが複雑に
積み重なってできあがった
「悲しい
結果」としか言いようがなくなるのです。


(続く)
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心の病⑤原因続き
- 2006/06/25(Sun) -

精神科医と決別してから
私は私のことを
せめて私だけは、
心から理解してあげたい、とだんだんに思うようになりました。

そして、私に関わる1番目の人として
まずは愛しても憎んでも余りある我が母のこと。
母の生い立ちのこと、その両親の生い立ちのこと。

次に、生まれてたった2ヶ月で死んでいった父のこと、
父の両親のこと(私の祖父母)やその生い立ち。

もっと言うと、それら1人1人の兄弟・姉妹やその子ども達についてまでも
私に関わるすべての人たちのことを聞き取ろうとして
私の切ない行動は長い年月続いていきました。


勿論、自分の見たくない部分、触れられたくない面も
白日のもとに曝け出していくという過酷な作業もありました。
強い否認という封印を解いていくのですから
激しい感情の嵐に翻弄され続けてきた年月だったようにも思います。


何十人もの人たちの、「何十もの人生という物語」を
長い年月をかけて、自分自身で
「たった一つの私のためだけの物語」へと
書き換えるための試み・・だったのかもしれません。


たとえそれらが単なる仮説であり
幻想や妄想にしか過ぎなかったとしても
それでも、自分で自分の苦しみの在り処を
「こうであるのかもしれない」と、かりそめにも悟ることができてこそ、
初めてこんな自分の人生にも、確かな「意味」を感じられたのだから
それ以上に何を望むことがあるでしょうか。


こうした試みと、今を生きている自分のナマの人生とが
常に同時進行的に重なり合うようにして生きてきて
しだいに
「自分も人も、ともに許し受け入れるしかない・・」
「たとえどんなに理不尽な運命であっても、
あえて受苦し、あえてそこを生きるしかない・・」
そんな大きな心の変化が私の中で起こり始めました。


今だって、原因の全貌が解ったわけではありません。

でも、もう、それでいいのです・・

私はそんな自分の人生を
最後まで全うして生きたいと今は思っているのです。

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心の病⑥それで私は治ったと言えるのか?
- 2006/06/26(Mon) -

フロイトは『終わりある分析と終わりなき分析』(著作集第6巻)
のなかで「自己理解のルートを開いた人」という言葉を使っていました。


精神分析の目的は、
「無意識の内容を意識化して整理すること」
と言えるのではないでしょうか。
ということは、
「無意識の内容が完全に意識化される」という様なことは
どう考えてもあり得ませんから
「終わり」(完治)もまた
どこまで行ってもあり得ないことになってしまいます。
それではそれこそ「終わりなき迷路」に迷い込んだようなものです。


そこで、さっきのフロイトの言葉が大きなヒントになりました。


それは言葉を変えれば
「自分で自分を理解するルートが開かれてくる」
「真っ直ぐに自分と向き合う姿勢ができてくる」
「自分の無意識に対してよく感受できるようになる」
「そうしてずっと自己の深みを見つめ続けていける」
そんな様なことでしょうか。


例えば、対人関係で「何かおかしいぞ」と感じた時に
「あれは一体なんだったんだろう?」と
自分の内奥を探索し見つめ続けて理解していこうとする姿勢で向き合い
その結果、
たとえ自分の中に好ましくない新たな何ものかを発見してしまっても
それを「良し」として肯定し、苦笑いしながらも受け入れていけるようになる。
そういったことでしょうか。


そうであれば、症状が少々残っていようが別にかまいはしない。
日常生活がなんとか送れていれば、それでいいのではないのか。


「完治」という概念こそが幻想であり
人間は健康的な部分と病的な部分を常に合わせ持って生きていて
ある状況下で、ある一定のラインを、ある瞬間踏み超えてしまった時に
病的状態とみなされるだけのこと。


今の私はそう考えていて、
「完治」とか「適応」とかの言葉に強迫されることなく
ありのままの自分を受け入れつつ生きていくようにしています。


(心の病・一応終わり)


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マザーテレサの言葉⑧
- 2006/06/27(Tue) -

与えることを学ばなければなりません。


でも、与えることを義務と考えるのではなく、
与えたいという願いとすることが大切です。



一緒に働いている人たちにいつも言っていること。


「余った物、残り物はいりません。
私たちが仕えている貧しい人たちは、
あなた方からの憐れみも、
見下すような態度も必要としていないのです。
彼らが必要としているのは、
あなた方の愛と親切なのです。」

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私の外傷体験①ホスピタリズム
- 2006/06/27(Tue) -

ホスピタリズム-hospitalism,institutionalism-(施設病)は
乳児院、孤児院などの施設に収容されて育った乳幼児が
高い死亡率、特有の発達遅滞現象、後遺症的な人格障害
などを示すことを指します。


20世紀の初めに、アメリカの精神科医D.シャピンによって
施設児の罹患率・死亡率が異常に高いことが報告されてから
急速に注目を集めるようになりました。


施設児は、風邪から肺炎を起こして死亡するケースが多かったため
風邪を予防するあらゆる医学的な措置をしましたが、あまり効果がなく
一部の病院や乳児院で、個人的接触や愛撫などの看護をしたところ
顕著に死亡率が減少したのです。


このことは、乳幼児の心身の発達にとって
養育者との暖かい情緒的接触が
どれほど大切なものであるかを教えてくれています。

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私は、生後7ヶ月頃、生死の淵を彷徨いました。
私が母のお腹にいたとき、既に父は死に瀕していて
生後2ヶ月で亡くなりました。
まだ1才少しの姉と生まれたばかりの私。
私の誕生は歓迎されるものではなかったのです。


そして、私は離れの2階の物置に放置されました。
1日数回、ミルクを与えに誰かがくる。ついでにオシメをかえる。
それだけです。


「泣いたことのない赤ちゃんだったのに」
後に問題行動を頻発するようになったとき
よくそう言われました。


泣かない赤ちゃんっているんでしょうか?


原因不明の高熱が続き、医者も匙を投げ
「死ぬ前に好きなだけミルクをやりなさい」と言われて
母が初めて私にミルクを飲ませてくれたのをきっかけに
急速に回復して命をとりとめたのです。


母はよく言いました。
「お父さんが、生まれたばかりのお前を置いては
とても死ねないと思って、一緒に連れて行こうとしたのに」と。


あの時死んで欲しかったの?


私だって、あの時死んでいたら、
こんなに過酷な人生を生きずにすんだのに。
生まれる前に戻りたい、よくそう思ったものでした。


物心ついた頃には不眠症で(笑)
夜中に真っ暗な天井を見つめながら
激しい恐怖に襲われて、いつも泣いている子どもでした。


赤ちゃんの頃の恐怖を覚えていたのかな・・

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私の外傷体験②マターナル・デプリべーション
- 2006/06/28(Wed) -

マターナル・デプリべーション-maternal deprivation-(母性的養育の剥奪)は
イギリスの児童精神医学者ボールビーが、
1951年にWHOの委託を受けて行った
施設児に関する研究の報告書の中で示された概念です。


彼は、
「乳幼児と母親、またはそれに代わる母性的養育者との人間関係が
親密かつ継続的で、しかも、
両者が満足と幸福感によって充たされるような状態が
精神的健康の基本である」として、
こうした関係が欠如した状態を
「マターナル・デプリべーション」と呼びました。


こうした剥奪を早期の乳幼児期に受けた子どもは
時によって
精神発達の遅滞・成長の障害・性格障害・非行・深刻な悲痛反応といった
いろんな心身の発達障害を残す可能性を示したのです。


親や養育者が乳幼児に与える母性的な愛撫や世話は
愛情だけではなくて、
乳幼児の中枢神経系の発達を促すような感覚や認知への刺激や
母親の情緒的応答性(母親と乳幼児の間のパターン化された情緒の信号システム)や
抱いたり、揺すったりするような、深部感覚的な交流が
乳幼児の集中力や意欲、言語能力や認知能力の発達にとても重要なのです。


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母は、徹底して私を嫌いました。


1度も、抱き上げたこともないそうです。(母みずからの自慢?の言葉)
おそらくは、
私が死にかけた生後7ヶ月のあの時以外には
ないのでしょう。
少なくとも、私の記憶には、一切ありませんから。


私の髪の毛から足の爪の形まで
全身を、ひとつひとつを、こと細かに取り上げては
徹底的に侮蔑しました。


ある時は笑いものにしながら
またある時は、嫌悪をあからさまに見せながら
私の存在そのものを、徹底的に否定したのです。


身体が、皮膚が、すべてが、痛い。


深い深い、やり場のない寂しさを感じるとき、
身体が、皮膚が、すべてが、本当に痛むのです。
小さい時から、ずっと、痛むのです。


暖かなものが欲しい
何でもいい、ぬくもりが欲しい
この身体の痛みを、どうか止めて欲しい


こうして私は
愚かな行動をするようになったのかもしれません。

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私の外傷体験③そして・・愛着障害-Ⅰ
- 2006/06/29(Thu) -

子どもと養育者との二者間に形成される情緒的な結びつきを、
ボールビー(1969)は愛着-attachment-と名づけました。


乳児にも、特定の対象との関係を作ろうとする欲求やパターンが
生まれながらに備わっているとしたのです。


知覚能力も運動能力も未熟な幼児が生き延びるためには、
他からの保護を引き出さなければなりません。


それを引き出す子供の愛着行動には、
微笑や発声などの発信行動や、注視や接近するなどの定位行動、
しがみついたり抱きついたりする能動的な身体接触行動があります。


また母親も、微笑を返したり抱き上げたりするだけではなく
乳児が泣くと母親の胸部の温度が上がり、母乳の出が良くなるといった
身体レベルでの相互作用も生じます。


こうした母子関係を通して乳児は
エリクソンのいうところの「基本的信頼感-basic trust-
」を形成していきます。
これは、サリヴァンのいう「安全感-security-
」とも共通する概念です。


そして、それらが障害(例:母性的養育の剥奪)されたとき
愛着障害が起きるのです。


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【DSM-IV 診断基準】から


313.89 Reactive Attachment Disorder
     of Infancy or Early Childhood


■幼児期又は小児早期の反応性愛着障害


5歳未満に始まり、ほとんどの状況において著しく障害され
  十分に発達していない対人関係で、以下の(1)又は(2)によって示される


(1)  対人的相互作用のほとんどで、
       発達的に適切な形で開始したり反応したり 出来ない事が持続しており、
    それは過度に抑制された、非常に警戒した、
   又は非常に両価的で矛盾した反応という形で明らかになる。
   (例えば、子どもは世話人に対して接近、回避及び気楽にさせることへの
   抵抗の混合で反応する、または固く緊張した警戒を示すかもしれない)


 (2)  拡散した愛着で、
   それは適切に選択的な愛着を示す能力の著しい欠如
   (例えば、あまりよく知らない人Tに対しての過度のなれなれしさ、
   または愛着の対象人物選びにおける選択力の欠如)を伴う
   
無分別な社交性という形で明らかになる。


B:  基準Aの障害は発達の遅れ(精神遅滞のような)
    のみではうまく説明されず、広汎性発達障害の診断基準も満たさない。


C : 以下の少なくとも1つによって示される病的な養育


(1)  安楽、刺激および愛着に対する
   子どもの基本的な情緒的欲求の持続的無視


(2)  子どもの基本的な身体的欲求の無視


(3)  第1次世話人が繰り返しかわることによる安定した愛着形勢の阻害
   (例えば、養父母が頻繁にかわること)


 基準Cにあげた養育が、
    基準Aにあげた行動障害の原因であると見なされる
    (例えば、基準Aにあげた障害が
    基準Cにあげた病的な養育に続いて始まった)


病型を特定すること


抑制型     基準1Aが臨床像で優勢な場合
脱抑制型    基準2Aが臨床像で優勢な場合


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私の外傷体験④愛着障害-Ⅱ私はどうなっていったのか
- 2006/06/30(Fri) -

ここからは、もっぱら「社会福祉学博士・へネシー・澄子氏」
教えにもとづいて、まとめていきたいと思う。


自分のことを具体的に書くのは、やはりとても辛すぎて
多分書けないかもしれない・・


でも、自分を再度振り返るために、まとめておこうと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「愛着の絆」が絶たれたり「愛着欠如」の状態になると人はどうなるのか?
まず、人格形成の主な2箇所に障害が起こります。


(1)自制能力の欠如
   衝動の抑制、自分を癒す、自主性、忍耐力、持続力、自制心などの欠如


(2)人間関係の構成能力の欠如
   共感能力、信頼感、情愛、相互性、表現能力、人に対する尊敬心の欠如


そして・・・
問題行動が出てくるのです。


【集中力(愛着)欠如過激行動障害(AHDC)】


  衝動性、過激行動性、不注意、


  刺激を求め感情を行動に移す
 
  自己に否定的観念を持つ、


  反抗的・挑戦的、


  チョッカイをだし注目を集める、


  人を操る、


  触覚・感覚防御的(触れられたり目を見られるのを嫌がる)


  自責の念に欠け責任を転嫁する


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここまで書いただけで
「なんて変な子どもだろう」とつくづく悲しくなります。
まだまだ症状や傾向の話は続くけど、今日はこの辺で止めておきます・・


思い当たること、結構ある。


「人を操る」ということに気づくのはずっと後だった。
とても深い無意識に近いところで、私はそれをしていた。
既に3・4歳頃から、女であることを利用して、
自分の深層の欲望を充たしていた気がする。
身の安全を図ろうとする欲望かな?
そしてそれはフラッシュバックの恐怖といつも隣り合わせに存在してた・・


「自責の念に欠け責任を転嫁する」
これは未だにちょっと分からない。
何でも自分の愚かさのせいだとずっと思ってきた気がしてる。
でもまた、もうちょっと内奥へ進んだら、
とんでもないものが見えてくるのかもしれないな・・。


それ以外の項目はとても思い当たる。
全部あったと思う。
そんな子だったと思う。


「そりゃ、誰からも愛されっこないや~」と
自暴自棄な気持になります(笑)


でもね、誰もそうなりたくてなった訳じゃないんです。
これって、障害ゆえの症状なんです。


ただ、人の怒りや嫌悪の情を呼び覚ましやすいものだから
なかなか理解されない。


だから
せめて私だけは
幼い私を「精一杯だったんだよね」と言って
力一杯抱きしめてやりたいと今は思っています。


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