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世代間連鎖を考える⑩親子の幸せのために 「内省的自己」を育む
- 2006/08/01(Tue) -

イギリスの
アンナ・フロイト・センター所長の
フォナギー(Fonagy,P.)は
妊娠中の母親と父親に対して
その人の幼児期の
「母親イメージ」を調べました。


その一方で
その人たちの生まれた子どもに対して
生後1年目に
子どもの「愛着パターン」を調べました。


その結果
やはり、不安定で葛藤的な
養育体験を持つ母親の子どもは
不安定な愛着パターンを示しやすい
傾向があることが解りました。


ところが
逆境であったにもかかわらず
安定した子どもを育てる
母親もいたのです。


精神病理の連鎖を示さなかった
こうしたケースの特徴は
母親が自分自身の
虐待されてきた幼児期の辛さや葛藤を
正直に情緒的に
振り返る力を持っていました。


酷い自分の養育体験と
自分の受けた苦しみを
ありのままに
見つめることができていたのです。


こうしたことから
フォナギーは
親が自己のありのままの実態を
しみじみと振り返り見つめる機能を
「内省的自己(reflective self)」と呼びました。


この「内省的自己」には
精神病理の世代間連鎖を
防ぐ可能性があることが明らかになったのです。



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世代間連鎖を考える⑪親子の幸せのためにー「内省的自己」を育むとは?
- 2006/08/02(Wed) -

「内省的自己」を育むためには
専門家による精神療法などの治療を
受けられない場合でも
「日記」などによって自己を振り返り
自分の葛藤に正直に向き合う
習慣を身に付けることが有効です。


また
葛藤をありのままに吐き出せる
信頼できる「誰か1人の人」
(例えばドゥーラに)
出会うことができたら
それも同じ様に
精神病理の世代間連鎖を防ぐ
可能性を開くことができます。


母親が
安心して
愚痴や本音を出せる人。


暖かな包容力を持って
母親を決して責めず
心から優しく理解してくれる人。


でも、泣き叫ぶ赤ちゃんと
強く拒絶する母親に対した時
つい母親を責める気持が湧いてきて
知らず知らず感情的になってしまうのが
一般的な周囲の反応です。


それは
たとえ専門家であっても
例外ではありません。


子どもの問題を
親と子の「関係性の障害」として
捉えることができず
母親のせいにしがちな
日本社会の風潮
母親の不安感や挫折感
罪悪感や自信喪失を
さらに増幅させてしまいます。


虐待する親を責めずに
一緒に考え解決していくためには
何が必要なのでしょうか?

まず、なによりも
こうした問題に関わる1人1人が
お母さんと赤ちゃんがホッとできる
「普通のいい人(nice person)」であることです。


そして
乳幼児期に虐げられた人の
心の傷が如何に深いものなのか
その情動が如何に暗く激しいものなのか
強烈な依存欲求と攻撃性の内に秘められた
「底なしの絶望と怒り」を
心から理解する
深い人間としての思いやりと智慧
求められているのです。

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世代間連鎖を考える⑫「もっと複雑で根深い問題」
- 2006/08/03(Thu) -
虐待が成り立つ状況には
幾つもの要因が重なっています。
 
例えば・・

望まない結婚、妊娠、出産
夫婦間の不和
経済的な困窮の問題
親の身体的な病気
親の人格障害や精神疾患、アルコール依存
親自身が安定した依存関係を経験していない
親自身が被虐待体験がある
親が自分や周りへの要求水準が高い
攻撃的で、しかもそれをコントロールできない
相談できる人や信頼できる人を持たない
他にも手のかかる子どもがいる
子どもが未熟児や病気で育児が難しい
親子が早期の離別体験がある

                  等々・・


かつて
乳児の早期介入を行ったフライバーグは
病院には敷居が高すぎて来られない
一般社会から隔絶している
スラム街の家族の家庭訪問を実践して
台所での親身な相談活動を行いました。
 
虐待する親自身が
まずは心から安心して
自分の辛かった乳幼児期の被虐待体験を
しみじみと語れることが
何よりも大切だと考えたからです。
 
その活動を初めて知った時は
本当に素晴らしいと
心から感動したものでした。

育児相談や医者に行くことのできる方々には
「援助の手」はすぐにでも
差し伸べることはできます。

しかし
乳幼児検診にすら行くことなく
家の中で赤ちゃんと2人きりで閉じこもり
徹底して援助を拒否している方々こそ
本来、さらに
「援助の手」を必要としている方々なのですから。

私自身が現在行っている活動も
家庭訪問を主体とした
母子の援助を目指すものです。

謂わば
自らが「普通のいい人」として
困難を抱えた母親の
「ドゥーラ」になろうと
日々悪戦苦闘しているという訳です・・

閉ざされた心は
滅多なことでは開かれません・・

無駄足の繰り返しと言っても
過言ではありません・・

でも
もっと困難な壁を乗り越えて
母子を援助してきた先駆者がいて
確かな効果が証明されている。
そう思うことは大きな希望になっています。

しかし
フライバーグの後継者ともいえる
アメリカの臨床家
リーベルマン(A,Lieberman)は
虐待が起きるケースの実態は
「もっと複雑で根深い問題である」
と指摘しているのです。

 

 

 

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世代間連鎖を考える⑬「もっと複雑で根深い問題」
- 2006/08/04(Fri) -

リーベルマンの臨床の場は
フライバーグと同じ様に
麻薬、アルコール依存、虐待など
深刻な問題の巣くう
移民の住むスラム街でした。


南米の貧しい国
パラグアイで生まれ育った彼女は
虐げられた人たちの苦しみ、嘆き
破壊的な自暴自棄の気持を
よく理解できたのです。


彼女は
社会に見捨てられた人たちの家庭を訪問し
銃を突きつけられながらも

悲惨な家族の根深い病理に取り組み
心を閉ざす不信感の強い父母と
赤ちゃんのケアをしてきました。


リーベルマンは
こうした臨床経験から
虐待をする人々にとって
過去の乳幼児期の体験をめぐる
「怒りや絶望」は
未だ決して
過去のものにはなりきれてはいない
と言うのです。


親自身が
抑うつ、アルコールや薬物嗜癖
虐待などの精神病理を持ち
その生育歴には
家庭崩壊や複数の喪失体験を有しており
何よりも彼らは
日々の生活に著しく困窮していました。


乳幼児期に
母性的養育の剥奪を体験し
今、現在も
境界性人格障害構造の
病理に苦しむ彼らの世界は
もっと「複雑で根深い」と指摘するのです。


心のトラウマゆえに起きている
現在の悲惨な体験の
「絶望や怒りや不信」にあおられて
彼ら自身の原初的な「怒りや絶望」は
ますます勢いを得て
活動しているものである
と言うのです。


絶え間なく彼らの身に起きている
「悲惨」の
徹底した理解と援助。


そこに焦点を当てることを
粘り強く行わなければ
過去の葛藤を整理し
過去を過去として葬り
世代間連鎖を防いでいくことには
つながってはいかない
そう述べています。


「過去」だけではなく
「現在の悲惨」へ。


とても重要な視点です。


この地球上には
今この瞬間にも
戦火に追われ
塗炭の苦しみに喘ぐ家族がいます。
難民として
生命の危機に瀕して日々を送る母子がいます。
幼い兵士として
壮絶な殺戮に生きる子どもがいます。


彼らはもとより
多くの困窮する人たちや
深い病理に苦しむ親子の臨床に
リーベルマンの観点は
貴重な示唆を与えてくれています。




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世代間連鎖を考える⑭これからのために
- 2006/08/05(Sat) -

それでも
自分の未解決の葛藤に気付くことは
たとえそれらをすぐには
克服することができなくても
自分自身が葛藤の呪縛から
自由になることはできます。


これまで繰返してきた
欺瞞的な自己防衛
もう必要なくなっていくのです。


ふと
自分を振り返り
自らの生い立ちや
隠蔽されていた親との葛藤
次第に気付いていく。


子どもの頃の
自分の本当の気持ち
自分の親の本当の姿
引き付けられるように気付いていく。


1人の人間としての親の
「エゴ」や「弱さ」や「卑劣さ」や「醜さ」
否応なく気付いていく。


それは
長い間
無意識に抑圧し続けてきた
激しい「怒りや憎しみ」「恨み」の感情を伴う
とてつもなく苦しい
自分との格闘の日々でした。


けれども
静かに時は流れていき
自分の「弱さ」「愚かしさ」
「無力さ」や「卑劣さ」

自分自身が心から
受け入れることができるようになっていくに従って
いつしか
不思議なことに
自分の身近な人たちや
さらには
かつては激しく憎んだ母親に対してでさえも
同じ愚かさを抱えた存在として
同じ無力な人間存在として
深い寛容な気持ちで
静かに見つめている自分に
気付く時がやって来たのです。

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世代間連鎖を考える⑮これからのためにー「虐待と精神障害」ー終ー
- 2006/08/06(Sun) -

この20数年間
アメリカとカナダでは
「外傷性の精神障害」
それと深く関連した「解離性障害」
臨床経験が積み重ねられており
その理論や概念は
精神医学の世界に
大きなインパクトを与え続けています。


それは
「外傷と精神障害」の関連について考えることが
臨床観察、病態の把握や治療方針などに
これまでとは違った視点を提供している
からです。


また
精神疾患の原因として
虐待の影響が注目されています。


統合失調症のような原因不明の疾患群も含めて
精神症状のかなりの部分や神経症などが
実は「心的外傷(トラウマ)」によるのではないか

と考えられ始めているのです。


身体的な虐待はもとより
現代的な虐待といわれる
心理的虐待やネグレクト、性的虐待は
確実に増加してきています。


そして
「心的外傷」の原因として
乳幼児期の被虐待体験が
最も重要視されている
のです。


現在では
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は
広く知られるようになりました。


ただ一度の災害や事故・事件でも
これほどまでに大きな心的外傷を負うのに
乳幼児期を
生命の危険や自己の尊厳を破壊される
環境の中で生きることが
どれほど重大な影響をもたらすか
やっと理解され始めたばかりなのです。


フロイトに始まる分析的なものの見方は
人間が本来持つ
攻撃的・性的衝動の病理性について
深い洞察を与えてくれました。


しかし
「人間が最も脅威に感じるのは
自分自身の持つ衝動である」
という考えが常に優先され
そのことが
現実の外傷の持つ病理性を
軽視、ないしは無視する傾向

生んでしまっていたとも言えるのです。


ここからは
外傷としての虐待がもたらす精神障害や
こうした新しい視点での
新しい治療関係のあり方など

元患者としての自分の体験も含め
考えていきたいと思っています。



・・・・・・・・・・・・・「世代間連鎖を考える」ー終ー

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「外傷性精神障害を考える」①
- 2006/08/08(Tue) -

外傷性精神障害
(Traumatic Mental Disorder)」

基本的には「トラウマ」と呼ばれる
心の傷の後遺症で生じる
精神障害のことを言います。


この精神障害は
ベトナム戦争の帰還兵や
レイプの犠牲者などが
似たような心の後遺症を
訴えることで注目され
アメリカの精神科の診断基準である
「DSM-Ⅲ
(「精神障害のための診断と統計のマニュアル」第3版)」
で初めて「外傷後ストレス障害
(Posttraumatic Stress Disorder)
の診断名が与えられました。


そして、さらに
「心の傷」の精神的後遺症の研究が進み
児童虐待のように
長期的に繰り返されるトラウマ的体験
PTSDとはまた別の
様々な心の病が生じることがわかりました。


「人格障害」
「解離性同一性障害(多重人格)」
あるいは
「身体化障害」という
身体の訴えとして表される心の病などです。


現在では
これらの「長期反復性トラウマ」の後遺症を
「複雑性PTSD」や
「外傷性精神障害」と呼ぼうという考え方も
強まっていますが
まだ正式に診断基準上は認められていません。

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外傷性精神障害を考える②
- 2006/08/09(Wed) -

「心的外傷(トラウマ)」を生む出来事のことを
DSM-IV
(「精神障害のための診断と統計のマニュアル」第4版)では
「外傷的出来事(traumatic event)」と呼んでいます。


 PTSD(心的外傷後ストレス障害)は
この「外傷的出来事」を経験した人が
以下の3つのカテゴリーの症状を
同時に満たす際に
この診断を受けることになります。


1つ目は
フラッシュバックや悪夢や幻覚のような形での
外傷的な出来事を再体験することです。


2つ目は
想起不能や意欲の低下のような形で
(外傷に関連した)刺激に対する
持続的で全般的な反応性の麻痺です。


3つ目は
易刺激性や過度の警戒心
入眠困難という形の覚醒亢進状態です。


PTSDを診断する上では
この「過敏性と鈍麻という
相反する症状が同時にみられることが
きわめて重要な所見とされています。


一方、児童虐待などの後遺症である
「外傷性精神障害」
もっと幅広く、様々な形の精神障害が生じます。


多重人格(解離性同一性障害)、
境界性人格障害、自己愛性人格障害などの人格障害
身体化障害
大うつ病およびうつ状態
パニック障害
摂食障害(特に過食のあと嘔吐を繰り返す「ブリミア」と呼ばれるもの)
転換ヒステリー
などです。


子どもには選ぶことのできない
絶対的な生育環境である
親によって行われる虐待という悲劇が
いかに様々な症状を呼ぶかは
人間の想像を遥かに超えたものがあるのです。 

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外傷性精神障害を考える③
- 2006/08/10(Thu) -

「外傷性精神障害」は旧来の概念では
「神経症」の一つに分類されていました。


それゆえ、今のところ
「外傷性精神障害」の病理性に対する
認識や対処のあり方は
精神科医や臨床心理士にも
充分に浸透しているとは言えない状態です。


「外傷」はこれまでの概念では
「精神にとっての圧倒的な体験」であり
「人間の心がある強い衝撃を受けて
その心の働きに半ば不可逆的な
変化を被ってしまうこと」とされてきました。


しかし、こうした「典型的な外傷」
以外の「外傷」
にも
様々なものがあることが
理解されるようになってきたのです。


限られた期間にのみ起こった
身体的虐待による外傷よりも
さらに深刻な影響を及ぼす外傷体験。


それはたくさん考えられています。


他人から見れば
別に大したことないと
思えるような小さい出来事が
何度も繰り返し
積み重ねられてしまった
場合・・


単に「愛情をあまり掛けてもらえてなかった」とか
「構ってもらえなかった」というだけでなく
親が子どもの示す感情の波長に合わせられず
無神経な反応しかできないような生育環境や
子どもの愛情要求に応えることを
意図的に拒否し続けたり
慢性的な抑うつ状態
子どもの感情に対する応答
一切できなかったり・・


これらの外傷は
「典型的な外傷」に比べれば
確かに目には見えにくいものです。


しかし
人間の心の正常な発達にとって
最も必要な精神的な栄養ともいえる
愛情や関心、母性的養育が
徹底して欠けてしまっている
のです。

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外傷性精神障害を考える④
- 2006/08/11(Fri) -

PTSDは、単一の外傷体験でも発症します。
例えば事故や事件、災害などです。


これに対して、虐待やDV、いじめなどは
長期にわたり反復的に被害を受けます。
苦痛から逃れられない加害者との関係性が
単一のPTSDとは違う症状を生み出します。
また、被害にあった年齢によっても
トラウマに対する反応は違ってきます。


症状は実に多彩で
身体化、抑鬱、一般的不安、恐怖症的不安、
対人関係過敏性、パラノイアおよびサイコチシズム。
不眠、性的機能障害、解離、憤怒、自殺傾向、自傷、
薬物嗜癖、アルコール症・・
解離症状ー離人体験、健忘、遁走、解離性同一性障害
様々な身体的症状ー体の痛みや不調
対人関係におけるトラブル、対人恐怖症
脅迫性障害
感情のコントロールができない
慢性の抑鬱感
摂食障害
自殺願望
リストカッティング、処方薬の貯め飲みなどの自傷行為
危険な行為への耽溺
などなど・・いくらでも長くなります。


こうしたPTSDの診断基準に当てはまらない症状群を
『心的外傷と回復』の著者であるジュディス・L・ハーマン氏
「新しい診断名を提案する」として
「CPTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害
-Complex Posttraumatic Stress Disorder)」
呼んでいます。


精神科患者のうち
入院患者の50~60%
外来患者の40~60%
精神科救急部の患者の70%が
児童虐待経験者であると
言われているにもかかわらず
患者も治療者も現在訴えている症状と
慢性外傷の既往とのつながりに気付かずに
その多彩な症状から
長年、間違った診断を受け
精神科患者としても被害を経験してきているのです。

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外傷性精神障害を考える⑤ 
- 2006/08/12(Sat) -

アメリカ精神医学会の診断マニュアル
(DSM-IV 精神疾患の分類と手引き)
には記載されていませんが
ジュディス・L・ハーマン氏が提案する
CPTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害-
Complex Posttraumatic Stress Disorder)
症状群や診断基準を以下に引用します。


 全体主義的な支配下に長期間
  (月から年の単位)服属した生活史
    実例には人質、戦時捕虜、強制収容所生存者
    一部の宗教カルトの生存者を含む。
    実例にはまた、性生活および家庭内日常生活における
    全体主義的システムへの服属者をも含み
    その実例として家庭内殴打
    児童の身体的および性的虐待の被害者
    および組織による性的搾取を含む


2 感情制御変化であって以下を含むもの
  ・持続的不機嫌
  ・自殺念慮への慢性的没頭
  ・自傷
  ・爆発的あるいは極度に抑止された憤怒
   (両者は交代して現れることがあってよい)
  ・強迫的あるいは極度に抑止された性衝動
   (両者は交代して現れることがあってよい)


3 意識変化であって以下を含むもの
    ・外傷的事件の健忘あるいは過剰記憶
    ・一過性の解離エピソード
    ・離人症/非現実感
    ・再体験であって、侵入性外傷後ストレス障害の症状
   あるいは反芻的没頭のいずれかの形態をとるもの


4 自己感覚変化であって以下を含むもの
    ・孤立無援感あるいはイニシアティブ(主導性)の麻痺
    ・恥辱、罪業、自己非難
    ・汚辱感あるいはスティグマ感
    ・他者とは完全に違った人間であるという感覚
     (特殊感、全くの孤在感、
    わかってくれる人はいないという思い込み、
      自分は人間でなくなったという自己規定が含まれる)


5 加害者への感覚の変化であって以下を含むもの
    ・加害者との関係への没頭(復習への没頭を含む)
    ・加害者への全能性の非現実的付与
     (ただし被害者の力関係のアセスメントの現実性は
      臨床家よりも高いことがありうるのに注意)
    ・理想化または逆説的感謝
    ・特別あるいは超自然的関係の感覚
    ・信条体系の受容あるいは加害者を合理化すること


6 他者との関係の変化で以下を含むもの
    ・孤立と引きこもり
    ・親密な対人関係を打ち切ること
    ・反復的な救援者探索
      (孤立・引きこもりと交代して現れることがあってよい)
    ・持続的不信
    ・反復的な自己防衛失敗


7 意味体系の変化
    ・維持していた信仰の喪失
    ・希望喪失と絶望の感覚


・・・・引用:「心的外傷と回復」・・・・


その他の症状として
最近は「解離」と呼ばれる症状が
トラウマと深く関連しているといわれています。


回避や麻痺の反応が
「固着」してしまった状態ではないかと思われます。

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外傷性精神障害を考える⑥ 
- 2006/08/13(Sun) -

「外傷という視点」で見た時
現在の症状は
過去に体験した心の傷の
「繰り返しであり再現であり代償行為である」という
全く新しい患者像が見えてくるはずです。


これまで虐待経験者や外傷受傷者は
その多数の症状や対人関係の困難のために
「身体化障害」や「境界性人格障害」や
「多重人格障害」などとしばしば誤診され
間違った治療
バラバラで中途半端な治療
を受けてきました。


また
これらの診断を受けた患者に対して
精神科医やカウンセラーは
ネガティブな感情を持って接しがちなのです。


治らないとの思い込みや
信憑性が怪しいとか
人を振り回すとか
仮病を使うとか
嫌な奴などの理由から
入院や診察さえ拒否したり
人格の未熟と断じて
厳しい態度で臨めばいいと信じきっていて
他の患者と態度が一変したり・・と


本来
ケアの場であるべき関係性の中でさえ
外傷体験者は
安全と感じられる治療環境すら
用意されることなく
過去に受けた扱いと同じ扱いを受け
もう1度被害を受け
再び深く傷付いて
治療の継続すら困難な状況に
置かれていたと言えるのです。


こうした医療従事者が
正しい知識を理解し
誤解や偏見に基づいた認識を
新たにする
だけでも
どれほど患者をとりまく環境が
良くなっていくことか
その効果は計り知れないものがあると
私は心からそう思っています。

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外傷性精神障害を考える⑦誤認されやすい主たる障害
- 2006/08/14(Mon) -

多重人格障害の人は
非常な解離能力をもっていて
統合失調症症状と誤認されかねません。


境界性人格障害
高度の解離症状があり
身体化障害には
高度の被催眠性と心因性健忘とがあります。


また、これらの障害は
「親密関係」において特有の困難を持っています。


境界性人格障害の人は
独りでいることへの耐性がきわめて低く
同時に
他者に対する警戒心も極度に持っています。


見捨てられること支配されることへの恐怖
しがみつきと引きこもりの両極を
激しく揺れ動いています。


また、治療者を「理想化」して
「特別の関係」を結びたがり
通常の対人的境界がなくなってしまうのです。


多重人格障害にも
不安定な対人関係が見られます。


解離されている「交代」人格によって
極めて矛盾した
関係の持ち方のパターンが現れます。


身体化障害にも
親密関係の困難があります。


自己同一性形成の障害
境界性人格障害や
多重人格障害につきものの障害です。


自己が断裂し
解離された複数の交代人格となることが
多重人格障害の核心とも言えるのです。


境界性人格障害の人でも
自己の内的イメージは
「善と悪」との両極に分裂しています。


これらの障害は
児童期外傷に起源があるのです。


多重人格障害の場合
児童期外傷の既往が
病因となっていることはほぼ確定済ですし


境界性人格障害の場合も
多くが重症の児童期外傷の既往があり
虐待の開始が早いほど
また烈しいほど
発症する確率が高くなります。


身体化障害と
児童期外傷とのつながりの研究は
最近再開されたばかりです。



 (解離とは)
意識、記憶、同一性(アイデンティティー)あるいは知覚といった
通常は一貫性をもって体験されているものが
統合性を失ったり、一部が欠落した状態。
きわめて深刻な心的外傷を負ったときに、
心の一部を麻痺させることにより、それをやり過ごす。
(精神医学ハンドブック 創元社)

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外傷性精神障害を考える⑧診断平均年数は8年・・
- 2006/08/15(Tue) -

「外傷性精神障害」
ありとあらゆる症状を発症します。
 
鬱症状、情緒不安定
自殺企図、自傷行為、
離人症(解離症状の一つ)
解離性同一性障害
嗜癖(男性なら仕事依存、アルコール依存、
    女性なら対人依存、セックス依存)
躁状態、パニック発作、不潔恐怖、
自己臭恐怖、対人恐怖、広場恐怖、
視線恐怖、チック、書痙などの痙攣性症状、
被害妄念、自律神経失調症、摂食障害、不定愁訴、
 
こうしたあらゆる症状を
状況ごとに、年齢に応じて
カメレオンのようにその様相を変転
していきます。


アメリカ精神医学会で
「PTSDが確定的診断を得るのに要する平均年数は8年
という報告もあります。


発症のキッカケや、その時の年齢、
環境素因などによって
主たる病態として現れてくる症状は
様々である事が多い「外傷性精神障害」は
その時の顕現症状によって
「鬱」と診断されたり
「パニック障害(PD)」と診断されたり
「ヒステリー」と診断されたり
「自律神経失調症」と診断されたり・・


そして
これを数年繰り返した後に
初めて「外傷性精神障害」であると判断できる
病像の全貌が正体を現わします。


ここに至るのに要する平均年数が
8年である
という意味です。
私の実感としては、
もっともっと長くかかっていると思います。


その時々の医者によって
診断名がマチマチということは
むしろ当たり前になっているとさえ言えます。


長年精神科に係っても
一向に病状が快方に向かわず
また診断名が不明確な場合は
「外傷性精神障害」を疑ってみることが
必要ではないか
と思っています。

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外傷性精神障害を考える⑨ 治療関係での最高の保証
- 2006/08/16(Wed) -

こうした様々な障害を
もっとも適切に理解するには
それぞれを
「複雑性PTSD」の一種として
その個性は
外傷的環境への適応によるものとして
理解することができます。


例えば・・
PTSDの生理神経症=身体化障害
変性意識=多重人格障害
同一性と対人関係の障害=境界性人格障害
など・・


児童期外傷の既往
という視点で見れば
こうした障害の特徴の多くが
より理解できるものとなり
医療者の
被害経験者の過去に対する
共感の気持も向けられやすく
なによりも
被害経験者が
自分自身で納得できるようになります。


困難
自分の生まれながらの欠陥のせいにする
必要はなくなるのです。


児童期外傷の役割を理解すると
治療のあらゆる面にヒントがあり
協力的な治療同盟の基盤が得ることができます。


治療方針も曖昧で漠然とした
「人格の病の改善」といった
いつ達成できるかもわからない目標から
「外傷記憶の再統合」という目標に変わり
希望ややりがいも生まれてくることでしょう。


また被害者の反応が正当なものであり
しかし
現在は適応的でないことを
素直に認識させてくれます。


これこそ
治療関係における
外傷の再演の危険を防ぐ
最高の保障となり得る
のです。
 
無数の間違った診断を
さんざん積み重ねられ
無数の無効な治療に
さんざん悩まされてから
ついに
その心理的問題の起源は
その重い児童期虐待にある
ことに
やっと
気付くことができるように
なりつつあると言えるのです。

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外傷性精神障害を考える⑩もう1つの外傷ー終ー
- 2006/08/17(Thu) -

第3回において


「外傷」は
これまでの概念では
「精神にとっての圧倒的な体験」であり
「人間の心がある強い衝撃を受けて
その心の働きに半ば不可逆的な
変化を被ってしまうこと」
とされてきたが
こうした「典型的な外傷」以外の「外傷」にも
様々なものがあることが
理解されるようになってきた
ということを書きました。


それが「もう1つの外傷」であり
現代における「外傷理論」が
最も扱わなければならない問題とも言えます。


それは
「精神の発達に必要な愛情
その他の養育が
欠如している外傷体験」
と言えます。


また
「明確なトラウマティクな体験(虐待やイジメ)
ではない目に見えない微細な介入」
であり
本人にとっても
そして
彼らを傷つけた人達にとっても
殆ど気付かれず
逆に外部からは
「非常に健全」
に映ってしまうことすらあります。


こうして知らないうちに
深刻な状況になって行くのです。


この外傷に晒された人は
他者との間に
基本的な信頼関係を築けず
また、自分に対する
安定した感覚を持つことができません。


無機質で感情のない世界・・
自分を失ってしまっている絶望感や無力感・・


ここからは
「もう1つの外傷」と題して
「微細なトラウマ的介入とは何か」
「その外傷的意味の現れ」
など
現代社会が抱える多様な問題について
考えていきたいと思います。


(外傷性精神障害・・終・・)


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お知らせ・・ブログ更新のペースを落とします。
- 2006/08/19(Sat) -

忙しくなってまいりました。


あんなに危ぶまれたパートも
なんとか続いていて
土日を中心に
週3から週5に増やしています。
来春の子どもの大学進学を支えていくためには
なんとかこのまま続けたいと願っています。


6月頃からは
なぜか薬なしで眠れるようになり
家族も驚くほど健康になってまいりました。
こんなに眠れるのは
生まれて初めてのことかと思います。
これはブログ効果なのでしょうか?
はたまた、長年(約10年かな・・)続けてきた
臨床心理の勉強を5月に終えて
何か本当に
心に区切りが付いたからなのでしょうか?
今のところ、謎のままですが・・


ボランティアは
10月から市の委託を受けて
「子育てサロン」を週1日、
定期的に開くこととなり
その準備に追われています。


これまでは
民生の児童委員の方々が
月1度のペースで開いていましたが
回数が少なく
お母さんたちから
「行ける所があると、とても安心する。
     もっと回数を増やして欲しい。」等・・
要望の声が数多くあがっていて
虐待防止活動をしている私達に
週一度のペースでの開催依頼があったのです。


家庭訪問は
乳幼児検診にも来られない
ちょっと心配なご家庭を中心に訪問しますが
所謂
「普通のお母さんたち」の
「日常的な悩み」を受け止める
「安定した居場所」が必要なのです。


で、私も
これまでの活動に加えて
週1のサロン開催は
想像以上に大変だろうし
自分もとても忙しくなるのを承知の上で
お引き受けいたしました。
電話相談員は一時休止することに決めて。
それこそ、念願の
そっと寄り添う「ドゥーラ」になるために。


で、今のところ
ブログ更新のペースは
週2ぐらいに減らすしかないかな
という結論です・・


いつも読んで下さっているみなさまには
申し訳ありません。


お詫びとともに
お知らせ致します。


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もう1つの外傷①養育放棄がもつ外傷としての意義 
- 2006/08/24(Thu) -

フロイトは外傷を
「恐怖・不安・痛みなどの
過剰な不快刺激を体験すること」
としました。


そして、その刺激の種類は
「外的な侵襲」と「内的な性的欲動」
であると考えました。


最近の外傷理論では
こうした通常の外傷以外にも
「養育の欠損や母性の剥奪」なども
含む傾向にあります。


乳幼児の健全な情緒発達に必要な
親からの身体的な接触や
愛情溢れる眼差し、言葉かけなどが
欠けることの外傷的な意味に
注意が向けられるようになったのは
まだ最近のことと言えます。


バン・デア・コーク(van der Kolk,B.A.)らは
1991年の研究で
親による養育の破綻
(disruption of parental care)が持つ
外傷的な要素に注目しています。


その例として
1.身体的な養育放棄(physical neglect)
2.情緒的な養育放棄(emotional neglect)
3.家庭内の混乱状態
4.養育者からの別離
をあげています。


また、バン・デア・コークは
養育放棄と
解離性障害や自傷行為との
関連を調査したところ
養育放棄は
自傷行為と深い相関関係を持つことが
見出されています。


そこから
自傷行為は感覚鈍麻などの
解離性体験として理解されるので
結果として
「養育放棄は外傷性の解離性障害と
深い因果関係を持っている」
と結論しています。

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もう1つの外傷②分析理論に見る外傷理論
- 2006/08/31(Thu) -

養育の欠如や不足、共感不全のもたらす外傷理論は
様々な分析理論の中に見られます。


フロイトと関わりのあった人の中では
ランクRank,O.が「出産外傷説(1923)」を唱えました。
また、グリーンソン(Greenson,R. 1959)は
「自我の発達が充分に確立する前は、
 すべての不安反応は外傷的な反応となる」
「出産外傷は、最初の外傷体験となる」
とまで言っています。


出産直後の自我は未成熟で
外傷体験の侵襲性や脅威、加害者の悪意などを
十分に理解することはできません。
また、体験を記憶に保持できるようになるのは
生後28~36ヶ月頃からですので
外傷体験の反復的な想起や
解離傾向は起こしにくいと考えられます。


しかし
ボウルビー(Bowlby,J.1973) らの
研究で見出されたように
この時期の母性への愛着と喪失という
養育上の問題の影響が
幼児の認知情緒発達全体に及ぶことは明らかです。


子どもの置かれている環境は
日々、外傷体験となる可能性を持つ
多くの刺激に溢れているといえます。
中には、たとえ一時的であっても
子どもの心に外傷的な瘢痕を残すことも考えられます。


しかし、
安全な養育環境と
そうした外傷的な出来事を話し合い
心の傷を癒せるだけの愛情を与えられること

こうした出来事が
永続的な爪あととなることを
防ぐことが出来ます。


外傷的な体験を受けた後に
周囲からの温かい理解と支持を受けることが出来ると
外傷性精神障害の発症を予防することにつながるのです。


また、もともと安定した愛着関係が築かれている場合は
外傷に対する耐性も極めて高いと考えられています.
(Van der Kolk,B.A.,1994)


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週に2・3回どころか
全然更新できなくて、なんだか(誰かさんに)ゴメンナサイ。436


ボチボチ、マイペースで更新していきますので
これからもよかったら読んでくださいませ。



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