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もう1つの外傷③フロイトと外傷理論
- 2006/09/05(Tue) -

1880年代に
フランスの神経学者シャルコー(Charcot,J.M.)
ヒステリー症が実は過去の耐えがたい経験の結果
引き起こされるものであることを明らかにし
催眠を用いて治療を行っていました。


これは
事故などの身体的な外傷の後に生じる症状が
ヒステリー患者が催眠状態において示す
身体の一部が動かなくなってしまう運動麻痺や
痛みなどの感覚がなくなってしまう感覚喪失
重要な出来事が思い出せないなどの健忘といった症状と
同様であることを示したとされています。


シャルコーによって
それまでは器質的な損傷を意味する場合に
用いられてきた「トラウマ」という言葉が
純粋に「心の傷」を意味するようになったのです。


シャルコーの後継者であったジャネ(Janet,P.)
あまりにも強烈すぎる体験の記憶は
その人の意識から切り離されてしまい
コントロールの及ばなくなった「トラウマ記憶」として
身体的表現であるヒステリー症状を生み
人格発達にも大きな影響を
与えるものであると考えました。


トラウマ記憶が意識に統合されないため
意識は新しい経験を加えながら成長することが出来ず
トラウマを体験した時点で
その人の人格の成長は停止してしまうと考えたのです。


こうしたシャルコー・ジャネらによる
トラウマに関する系統的な説明は
当時の精神医学界にも広く受け入れられ
また、最近のアメリカでは
ジャネの「心理自動症(1889)」が
いかに現代的な外傷理論を先取りしていたか
再認識されています。(Van der Kolk,1989)


フロイトもまた
ジャネがトラウマの理解を深めていたのとほぼ同時期に
ヒステリー患者が過去にどのような
トラウマを体験したかについて研究を進め
ジャネの解釈とほぼ同じ結論に達しつつありました。


この頃のフロイトにとってはジャネと同様に
ヒステリーはトラウマとなって固着した体験が
身体的な症状として戻ってくるものと理解されていたのです。

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もう1つの外傷④フロイトはなぜ外傷理論を離れたのか
- 2006/09/11(Mon) -

当初フロイトは
ヒステリーや強迫神経症が
幼児期に父親や兄弟・使用人などから
性的虐待を受けたことによって
生じるのではないかと考えました。


初期の著作である
「性的誘惑説(seduction theory)」では
「虐待(MiBbrauch)」
「攻撃(Angriff,Aggression)」
「レイプ(Vergewaltigung)」
などの言葉も見受けられます。


しかし、当時のヨーロッパ社会は
キリスト教会が強い力を持っていました。
そんな社会において
「成人の男性が家庭の中で
幼い娘に性的な被害を与えている」
とのフロイトの主張は
医学界でも一般社会でも、到底
容認されうるものではありませんでした。


また、フロイトは
ヒステリー患者が話す
子どもの頃の性的虐待体験は
現実のものではなく
ファンタジーが生み出したものではないか
と考えました。
子どもの自我は
こうした親への性的欲求を受け入れられず
抑圧という防衛機制によって
こうした欲求を意識の外に放り出すため
後にヒステリー症状となって
現れるのではないかと考えたのです。


異性の親に対する性的な欲求のため
同性の親を破壊したいと思い
また一方では
親に対して攻撃性を持ってしまったことに
罪悪感を感じて
自分自身を罰したいと願う。


フロイトは
こうした子どもの複雑な心理を
「エディプス・コンプレックス」と名づけ
この「エディプス・コンプレックス」が
上手く解決されない場合に
後の神経症の原因になる
という考えを基礎として
「精神分析理論」を発展させて行きます。


勿論、フロイトの理論は
様々な精神病理が生じる過程を
説明する上で極めて有効なものでしたが
そのモデルが主として役立つのは
通常の神経症レベルの問題であり
精神の緊急事態といえる
外傷的な状況については
充分な考察の対象とはしなかった
のです。


こうして
精神分析理論の出現によって
ジャネによってもたらされた
トラウマに関する系統的な解釈は
次第に忘れ去られ
ヒステリーを初めとする
様々な神経症と
子どもの頃の性的虐待という
現実のトラウマ体験との関係が
断ち切られることになったのです。

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もう1つの外傷⑤無条件の愛
- 2006/09/18(Mon) -

ウイニコットは
「孤独にならずに1人でいることのできる能力」
と言っています。


0歳~5歳くらいの子どもにとっては
自分を養育してくれる大人に対して
愛着を形成することが最大の発達課題になります。


たとえば乳児は
お腹がすいて泣くと
養育者がおっぱいやミルクによって
空腹を満たしてくれるという体験を通じて
他者という存在は自分の欲求や要求を満たしてくれる
「信頼できる他者」であるという
認知的な枠組みを持つようになります。
こうした認知の枠組みは
その後の経験を解釈したり
意味付けしたりする場合の
フィルターのような役割を果すようになります。


「自分は愛される価値のある存在だ」
という自己肯定感
「親が悲しむからこんなことはやめよう」といった
善悪の判断の芽もこうして育まれます。


けれども
不幸にして愛着が形成されない場合
子どもは「対象の内在化」に失敗してしまいます。


自分を大切にしてくれる人を
心の中に住まわせる事が出来ないのです。


適切な愛着関係を経験することが出来た子どもは
自分を愛し、育んでくれる親のイメージを
心の中に取り入れます。
こうすることによって
子どもは物理的に親から離れていても
心の中に住んでいる親と
一緒にいることができるのです。


心の中に住んでいる親と
心理的に一緒にいることができるため
孤独を感じなくてすむのです。


ストレスに直面した場合でも
心の中に住んでいる親が励まし
エネルギーを与えてくれるので
子どもはそうした事態でも
乗り越えて生きていくことができます。


反対に「対象の内在化」に失敗した子どもは
常に強い孤独感や不安の中で
生きていかなければなりません。
「見捨てられ不安」
「しがみつき」的な人間関係しか
持てなくなってしまいます。


子どもがストレスに晒されたり
心に傷を受けた場合でも
自分を無条件に愛してくれている
「内なる養育者」
子どもの心にしっかり根付いていたなら
こうしたストレスから子どもを守り
その深い傷さえも癒してくれるのです。

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