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DV ⑦トラウマからの回復の三段階モデル
- 2007/10/01(Mon) -

『心的外傷と回復』(ジュディス・L・ハーマン著、中井久夫訳、みすず書房)より
       (子ども時代の虐待、性被害、DV、人生における喪失体験など)


・・・・・ハーマン(1994)のトラウマからの回復の三段階モデル・・・・・


回復の段階や回復力、レジリエンス(復元力)に応じた
トラウマからの回復には三つの段階がある。


第一段階の中心課題は安全の確立、
第二段階の中心課題は想起と服喪追悼、
第三段階の中心課題は通常の生活との再結合


これらは、本来複雑な渦を巻いている過程を単純化し整理したもので、
各段階を直接的に通過していくものではない。


回復の段階は螺旋的であり、やり直しがあったり、
すでに取り組んだ問題をもう一度見直すことがある。


しかし、順調な回復では、この方向に向かって段階的な移行が認められる。


1. 第一段階 安全の確立


トラウマは、人から力とセルフ・コントロールの感覚を奪う。
そのため、力とセルフ・コントロールを取り戻すことが最初の課題となる。


安全の確立は、まず、身体のセルフ・コントロールに焦点をあて、
次に次第に外に向けて環境のコントロールに重点を移していく。


セルフ・コントロールの課題には、
睡眠、食欲など身体機能のコントロール、身体運動、
PTSD症状のマネージメント、
自己破壊行動のコントロールなどがある。


環境的な課題には、安全な生活状況の樹立、経済的安定、
行動の自由、生活全般をカバーする自己防御計画がある。
いかなる人も独りだけで安全な環境を打ちたてることは不可能であり、
安全な環境をつくるには、家族や友人などからのサポートや
社会資源を利用するなど、社会側の支援が不可欠となる。


2. 第二段階 想起と服喪追悼


回復の第二段階はトラウマのストーリーを語る段階である。


この再構成の作業によってトラウマの記憶は実際に形を変え、
その人の生活史全体の中に統合されるようになっていく。
しかし、過去の体験と対決するかどうかの選択は本人にゆだねられる。


トラウマのストーリーを再構成する仕事は、
トラウマ以前の生活の概観から始め、トラウマの出来事に至る経緯と進む。
トラウマ以前の歴史を取り戻すことも重要である。


次の一歩は、トラウマとなった出来事を追って、
時間の前後関係と歴史的文脈との方向づけの
しっかりした物語を再構成していく。


トラウマによって失うものがあることは、どうしても避けられない。
喪失を悼むことは、回復のこの段階においてもっとも必要な作業であり、
これはとても辛い作業だが、癒しの重要な部分でもある。


失った一つ一つを悼むことを通じて、
不壊の内的生命をみつけることができるのだ。


児童期のトラウマサバイバーは、喪ったものを悲しみ悼む仕事だけでなく、
もともと持てなくて失いようがなかったものを、
悲しみ悼む作業をしなければならない。


トラウマの再構成は決してこれで終わりということはない。
ライフサイクルの新しい段階ごとに新しい葛藤が生じ、
新しいチャレンジを受け、それが必ずトラウマを再び目覚めさせ、
トラウマの新たな面を明るみに出すことになる。


しかし、第二段階は、自分の歴史を取り戻し、
人生にかかわる希望とエネルギーを、
新しくし得たと感じる時、主な作業を完了する。


3. 第三段階 再結合


過去との和解を達成した後、新しい自己を成長させ、
自分を支える信念を改めて発見し、新しい関係を育て、
未来を創造する段階が第三段階である。


第三段階の過程において、トラウマ以前の時期、トラウマ体験、
そして、回復の時期を振り返って、そこから自分が、
もっと高く評価する自分の面(複数)を改めて引き出してゆく。


これらの要素すべてを統合して、新しい自己を創り上げる。


理想的自己の再創造には、
イマジネーションやファンタジーを積極的に練磨することも必要となる。


この段階ともなれば、すでに適切な信頼の能力を取り戻し、
再び他者を信頼して、しかるべき時には信頼感を持ち、
信頼すべきでない時には信頼を撤回することができ、
さらにこの二つの状況をどうやって区別するかが分かってくる。


この段階では、アイデンティティ(自己規定)と
親密関係という二つの問題に集中する。

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DV⑧・・回復・レジリエンスの8次元の基準
- 2007/10/02(Tue) -

回復・レジリエンスの8次元の基準・・・・ハーベイ(1999)から


1. 記憶の再生への権限


トラウマからの回復の最初の兆しは、記憶に対して新たな権限を得ることである。
回復すると意識に侵入してきたものを、思い出すか、思い出さないか、
選択できるようになり、記憶喪失がなくなる。


思い出せなかった部分が思い出され、新しい意味が記憶に付け加えられる。
記憶と力のバランスが逆転し、自ら、
まとまり連続した記憶として記憶を呼び起こすことができる。


2. 記憶と感情の統合


単発のトラウマでも、慢性化した一連のトラウマでも、
記憶ははっきりとつながっているが、
思い出しても何も感じない、ほとんど感じない場合がある。


逆に、特定の刺激に反応して、恐怖や不安、怒りなどが押し寄せるが、
これらの感情が何と結びつくのかまったくわからない場合がある。


いずれも、記憶と感情が分離しており、その結果、心理的問題が生じている。


回復すると、記憶と感情が結びつき、感情を伴って過去が思い出せるようになる。


また、過去についての現在の感情も区別して理解できるようになる。


たとえば、レイプ被害者は、その時の恐怖を思い出し、感じると同時に
それを思い出している今、新たな怒りと悲しみをも感じる。


3. 感情への耐性


回復とは、トラウマと結びつく感情に、
もはや圧倒されたり脅かされたりしなくなることである。


トラウマと結びつく感情が、耐え難いほどの直接性と強烈さを失う。


防衛的な感覚麻痺や解離なしに、感情を受け入れ、名づけ、
耐えられるようになり、不適切な警報と危険信号から解放される。


感情がさまざまに分化し、記憶に一定の反応ができるようになり、
現在のストレスに対処する能力が増す。


4. 症状管理


特に持続していた症状が弱まり、管理可能になる。


回復したサバイバーでも症状が続くことがあるが、
うまく対処して、症状を減らし、ストレス管理ができるようになる。


重要なことは、すべての症状がなくなることではなく、
症状を予測し管理できるようになることなのだ。


5. 自己評価


自己の価値を感じられるようになる。


強迫的で自己批判的な考えがなくなり、現実的に自分を評価し、
肯定できるようになる。


自分はケアされるに値する人間であることに気づき、
自分で自分をなだめたり、自己実現していけるようになる。


6. 自己の凝集性


幼少期の慢性化し繰り返された被害は、アイデンティティに影響を与え、
自己を不連続で断片化したものにする。


回復すると自己評価や自己の凝集性の面で、これを修正し制御できるようになる。


自傷行為や自己破壊的な衝動がなくなり、健康で自己受容的になってくる。


断片化していた自己は、凝集性を持ち一貫した自己が体験される。


7. 安全な愛着関係


他者から孤立し、再び被害者となりやすい傾向はトラウマと密接に関わっている。


暴力や信頼の裏切りを伴うトラウマ体験は、
安全で支持的な人間関係を求め維持していく能力を危うくする。


トラウマからの回復は、対人関係能力の発達、あるいは改善と回復を含む。


孤独に固執していたのが、信頼や愛着関係をもてるようになる。


しかし、そこまでいくには、複雑な再交渉や重要な人への服喪が必要である。


8. 意味づけ


最後に、トラウマ、サバイバーとしての自己や
トラウマが起きた世界に新しい意味づけがなされる。


トラウマの意味づけは個人的なものであり、非常に個性的なプロセスである。


「損なわれた自己」という感覚がなくなると、
それまで不幸を背負ってきたと思い込んでいたものが、
「力と共感」を得たという新たな発見に変わる場合もある。


自分の体験を創造的に表現したり、確固たる社会活動へと変容させ、
サバイバーとしての使命を抱くことが回復のプロセスとなる人もいる。


「なぜ?」「なぜ私が?」という問いにスピリチュアルな答えを出す人もいる。


プロセスはさまざまだが、回復したサバイバーは、
トラウマに名をつけ、喪に服し、命を肯定し、自己を肯定するような意味づけを行う。

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日々のこと・・・これから
- 2007/10/03(Wed) -

何年間も、あのままのほうがどれだけましだったか、と思うほど苦しかった。


常に人の目を通して生きていたのに、それがなくなり


自分が生きているのかどうかも分からない、自分で何一つ決められない、


決める力を全く失ってしまっていた。


混乱の数年を経て、さらに一人で歩いていくことを決めてから1年・・・・


自分が心から楽しいと思うことって何だろう?


そんな自問自答をして生きてきた。


これまでの人生は常に何かに依存し、その見返りのように支配され


私にとって辛いことしかなかったのかもしれない。


それでも、それが私の人生だし、それを変えることはできない。


辛さを回避したら、自分の人生を否定することになる。


少しでもいいからその辛さを、こんな時期もあったんだよな、と


見つめていけるようになろうと思って努力をしてきた。


ただ、最近は、辛いことを思い出したり考えたりするだけじゃあ前に進めないし、


駄目なんだなと思うようになった。


何で私の人生はこんなに愚かで馬鹿馬鹿しいのかとか、考えてしまうから。


そうではなくて、頭の中で過去をしっかり閉じれるようになって


今を生きることに集中することもとても大切なことなんだなと思う。


心の傷は100%消えることはないのだろう。


昨夜も悪夢を見てうなされて、起きてからも重い気分から抜け出せないでいる。


傷を完全に治そうと思うと返って負担で悲しくなる。どうしたって出来ないから。


こうして生きてきた自分と、これからもどう上手く付き合っていくか、


そう考えたほうがうんと楽だ。


こんな自分を好きになることは大変な難問だけど


まだまだ時間がかかると思うけど


人から見たら歪んでいて変な自分に見えるかもしれないけど


それが自分なんだなって思う。


このままでもある程度は生きてゆけるんだなと


長い年月の長い作業の中で少しはそう思えるようになったから


この自分を少しは好きでいてやりたい。


どんな逆境に置かれても、耐え抜いて、そこから脱出して


マイナスも何とかプラスに変えて


新しく生きていこうとしている今の自分の力を信じて


これからも自分らしく生きていければいいと思う。

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PTSDの治療①
- 2007/10/05(Fri) -

回復の3段階
      児童虐待によるPTSDの治療
            精神科医 斉藤学氏メッセージより要約



ASD、PTSDを問わず、
心的外傷にさらされたものは以下のような回復過程を辿るものである。
(Herman,Harvey)


(1)第1段階:安全と自己管理


この段階の治療テーマ
「症状の管理」「行動修正」「“犠牲者自己”の認知」


アダルト・サヴァイヴァーは
日々の生活からのさまざまな刺激を、自分を襲う刃のように感じている。


押し寄せる現実に巻き込まれて、生きる方向を見失い、
周囲の親密な他者からのケアでさえ、敵意に満ちた攻撃と考え、
自らの内なる攻撃性を肥大させてしまう。


その攻撃性は誰よりもまず自分に向けられ、自分を蔑み、憎む。


こうした人々にとっては、
ストレス刺激のない平安な時こそ、最も危険な時である。


こうした時、かれらは自己との対面を強いられ、
空虚感の苦しみにさらされ、
それを自殺念慮、自傷行為、自殺企図などの形で表現しがちだからである。


こうした状況で治療につながった人々に対する第一の処置は、
彼らの内面や記憶にいきなり立ち入ることではない。


まず当面の現実課題の処理に力を貸すことである。


それは例えば、
不眠や食欲不振の訴えに対処することであり、
パニック発作や予期不安を軽減することである。


薬物療法も、これのために用いられるものであるが、
初期の患者管理に欠かせないのは、
彼らの社会的コンテクストを慎重に把握して、
「危険な場所」から抜け出させ、
より安全な場所に移ることを勧めるというソシアル・ワークである。


親が自分を圧迫し、迫害すると信じている人が、
そうした親のもとにいつまでも留まっている場合、
夫からの暴力・暴言にさらされながら、
その関係をいつまでも断てないでいるという
再犠牲化(revictimization)が生じている場合などがこれに属する。


彼らは自分を取り巻く問題を整理して、
切迫した課題の処理についての優先順位を決めなければならないのだが、
こうした処理を彼らだけで行うのは難しい。


安全の確保のためには、どこに身を置き、
誰との関係を断つか
ということについて、
援助者・治療者は、患者の迷いに付き添い、
適切な解決に辿りつくのを見守るという仕事をしなければならない。


この種のソシアルワークの中で、
公的な援助資源についての情報を与えることが必要になる場合もあるし、
被虐待女性のためのシェルター(避難所)を
紹介しなければならない場合もある。


自助グループや代弁者・支援者(advocate)との接触は、
安全感を高める有効な資源であるが、
日本の社会では、今のところその数は限られている。


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ワークショップ
- 2007/10/07(Sun) -

3回め。


二人ずつペアになってコミュニケーションをとりながら身体を解し
まずはリラックスしつつ、
赤の他人から仲間へと、徐々に関係性が変化していく。


そして、いろいろな呼吸法で腹筋を意識した発声練習。


「あえいおう・かけきこく・・・・」
昔やっていた頃は
「あ・え・い・う・え・お・あ・お・か・け・き・く・け・こ・か・こ・・・・」


今のほうが私は好き。
身体の自然な流れに沿ったぶち切れない発声だ。


そんなことを感じながら腹の底から思い切り声を出すと
もうそれだけで十分汗ばんできて、気持ちが強く前へと押し出されてゆく。


エンジンがかかったのだ。


「あなたはひとりではない」
「あなたはあなたのままでいい」
「あなたには力がある」


相手の目を見つめながら互いに真剣に思いを伝えようと語りかける。
何度も何度も繰り返していくうちに
熱いものに充たされきて、稽古場全体に精気が宿りはじめる。


そう・・・たぶん私たちは誰一人として
こんなにも力強く人から肯定されたことなどなかったのだ・・・


いくつかのパートに分かれて
実際の台詞を擬似舞台の設定で初めて語る。


痛切な実際の体験を基にした語りは、つたない私たち素人の語りであっても
そこに同じ女としての、決して他人事ではない語る側の人生が吹き込まれてゆく。


最初は静かに・・・徐々に感情を込めて・・・・


そして、最後に私は叫んだ。
失ってしまった声を振り絞るようにして。


「夫は私を『このバカおんな、能無し』とののしり、暴力を振るった。
そして私だけでなく、息子にも暴力を振るった。
6歳の息子が床に頭を打ち付けたり自傷行為をはじめ、
『お父さんを殺したい』と口走るようになった。
『このままでは私たちは夫に殺されてしまう』
私は、新聞記事の電話番号をたよりに、公的機関に相談した。
私はその後、住み慣れた郊外の一戸建ての家を出て、女性シェルターに駆け込んだ。
それから2年後、友人の証言や暴力を受けたときの診断書が証拠となり
裁判で夫のDVの事実が認定された。」


それは私自身の叫び。


それはDVに晒された女たちの叫び。


過酷な境遇を耐え抜き、そこから脱出した、すべての人間たちの叫び。


 


 

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PTSDの治療②
- 2007/10/09(Tue) -

 児童虐待によるPTSDの治療
            精神科医 斉藤学氏メッセージから要約


回復の3段階


2)第2段階:外傷体験の統合


ここでの治療テーマ
「過去の開示」「体験の統合」「“サヴァイヴァー自己”の獲得」


外傷体験にさらされた個体が、
そこからの回避を指向するようになることは
個体保存の原則にも合致することである。


しかし体験の心身にわたる記憶が、この回避を妨げる。


我々は回避するために
記憶しなければならないというパラドクスを生きるからである。


この矛盾を調停するために、我々の心は
抑制、抑圧、解離、分割(分裂)などの心的防衛機構を忙しく使い分ける。


これらは元来、合目的的なものであるが、
一方では我々を回避したいはずの外傷体験に支配された存在にする。


こうした矛盾からの解放(過去からの解放)こそ、
外傷体験後遺症の治療の基本である。


即ち、治療者は患者に、彼らの過去に直面させる機会を与えるのである。


彼を恐怖させ、それゆえに健忘したり、
解離したりしていた過去への直面を迫り、
結果として、患者を「彼自身の記憶の管理者」へと育てるわけである。


この、時に危険を伴う作業に入るためには
時期を選ばなければならない。


少なくとも、侵入的回想に伴うパニックが頻発しているような時期には、
この作業に入れない。


前段階で諸症状の抑制が“ある程度”行われ、
患者が「症状を用いて語る」という習慣が、
多少緩和していなければならない。


その時期に入ったか否かの指標となるのは、
患者の日常生活である。


彼らの安全がとりあえず確保され、
ある程度定期的に集団精神療法のミーティングに参加して、
その場に落ち着いて座って居られるようになり、
朝は起きて治療プログラムに参加し、
夜は寝ていられる(少なくとも自室で過ごせる)ように
なってからのことである。


この時期の患者は集中的に治療に専念するようになり、
積極的な(時には過剰にも見える)過去の探索に乗り出す。


郷里に戻って生まれ育った家を訪ねてみたり、
幼児期の自分を知っている人々を訪問したりして
自らの健忘を埋めようとする。


そして時に痛烈な心痛と怒りを過去の事実と関連させて語るようになる。


父親を恐れていたもの、母親をかばっていたものが、
父親を憎み、母親を怒るようになるのも、この時期である。


性的虐待からのサヴァイヴァーの場合、
この時期になって親(加害者)の告発に熱心になる場合があるが、
これは必ずしも親を破壊し、破滅させようとするためではない。


親(加害者)の嘘と仮面をはがそうと躍起になる場合もあるが、
その場合には、そのようにしないと自己の存在そのものを
患者が受け入れられなくなっているところまで追い込まれているのである。


より多くの場合、患者は
親(殆どの場合父親であるが、母親の例も少数ながらある)や
兄弟(被害者は女性とは限らない)からの愛を確認し、
関係を修復しようとする意図(無意識的であることが多い)
を持って加害者を責めるのである。


これらはいずれも、
自己の記憶に新たな「意味」を付与」し、
自己を生きやすいようにしようとする
健康で合理的な動
と捉えることができる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


何度も何度も、それは無限に続くかと思われるほどに


私もまた、自らの過去の探索をいつ果てるともなく続けていた・・・・


『自分の記憶に新たな「意味」を付与し、
         自己を生きやすくしようとする健康で合理的な試み・・・・』


そうであったのか・・・と思う。


自虐的とすら思われるほどに執拗に、繰り返してきた試みであった。


私としては、過去から自由になるためのただ一つの方法であった。


「生き抜いて、脱出して、更になおも、生き抜いていこうとしている自分」


それがこうした試みの中で発見した、私が愛することのできる唯一の「私」の姿。


「誇り」のようなものすら、生まれてきている・・・・


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PTSDの治療③
- 2007/10/11(Thu) -

児童虐待によるPTSDの治療
          精神科医 斉藤学氏メッセージから要約


3)第3段階:人間関係の再構築


この段階の治療テーマ「“サヴァイヴァー自己”の超越」
                         「親密性の獲得」
                         「“独自な人としての自己(個性的自己)”の獲得」


回復の最後の段階では、再び安全の問題が浮上する。


ただし、この段階での作業課題は治療開始以降に始まった
新たな人間関係の中での安全と受容の問題である。


患者の関心は再び現在の生活へと戻り、時には
“これからどうする”という未来の生活設計が話題になる。


前段階の過去の探索の中で、患者は多くのものを断念し悲嘆してきた。


それは「喪失という統合」であった。


この種の悲嘆は第3段階において更に深められる。


この喪失によって、
患者の現在生活には各種の空隙(空席)が生まれいる。


例えば、「愛する親」を求めては危険な異性と出会い、
良く似た自己破壊的関係を繰り返してきた患者であれば、
その断念は空虚や抑うつを生む


この空虚に耐える力(strength)としたたかさ(反発力 resilience)を、
患者は、治療スタッフたちを含む新たな人間関係、仲間との関係、
新たな趣味や職場の開拓と言った
生活そのものの中から探し続けなければならない。


やがて心の空席は、より適切な人間関係で埋められ、
患者は自己の力としたたかさに自覚的になり、
そのときに治療は終わる。


こうした治療的枠組みの中でアダルト・サヴァイヴァーは、
傷ついたという事実を含んだ記憶を持つ大人になる。


それなりに自己が受容できる「自己物語」を持つ人になると言うこともできる。


「傷つけられた私」という「犠牲者自己の物語」は、
新しい体験や解釈によって改訂され、
「傷つけられたこともあったが、何とか切り抜けた私」という
「個性的自己の物語」になる。


このとき問われるのは、
「私には固有の力としたたかさがある」という確信である。


この確信を持ったとき、元患者たちは、自らの個人史を、
症状としてではなく、言語によって他者に伝えることが出来る。


その語りを聴く他者は、もはや治療者ではない。


それは仲間
(集団療法の同席者から始まり、サヴァイヴァー自助グループのメンバーに至る)
となり、時には公衆へと変わっている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「前段階の過去の探索の中で、患者は多くのものを断念し悲嘆してきた」


そう・・・まずは親の愛・・・そして夫との結婚生活、
私たちを縛り付けていたかつて絶対的価値観であった宗教的信念、
こうして生きてきてしまった自分自身の苦悩に満ちた長い長い年月・・・・
断念、怒り、憎しみ、諦め、悲しみ、絶望、虚脱・・・・
納得までの長い長い道のり・・・・


「患者の現在生活には各種の空隙(空席)が生まれいる」


空虚なだけの自分・・・なんの生きる意欲も希望もなく
自分自身の感情も痛みさえもなく、
真っ白な空間をただ漂っているだけの自分・・・・
悲しみの涙さえ枯渇し、すべての音もただ通り過ぎて聴こえてはこない・・・
無重力の空間にポッカリと浮かんでいる物体のような自分・・・


「「愛する親」を求めては危険な異性と出会い、
良く似た自己破壊的関係を繰り返してきた患者であれば、
その断念は空虚や抑うつを生む」


ああ、この自己破壊の衝動は、
すでに容易く制御できるようになっていた。
長い不幸な夫婦生活の中で、
幸いにして私は、どれほど激しい衝動に突き動かされようとも
それらすべてを血が出るまで噛み殺し、押しとどめ、
あげくは自己さえも、捨て去ってしまうだけのコツを
命がけで身につけ覚えて、こうして生き延びてきたのだから。


「空虚に耐える力(strength)としたたかさ(反発力 resilience)」


今まさしく私は、この狭間を生きている。
この狭間に呻吟し、この狭間に歓喜し、この狭間に生の証を求めている。


そして、私は
「傷ついたという事実を含んだ記憶を持つ大人」になっていくのだろうか?
「個性的自己の物語」を持つ人になっていくのだろうか?


そして、ついには、
「私には固有の力としたたかさがある」という確かな確信をもち、
自らの個人史を、言語によって他者へと、仲間へと、公衆へと
語り伝えていくのであろうか?

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あちらこちらへ出向いてみた1週間
- 2007/10/14(Sun) -

「外出づく」
そんな言葉があるのかどうか知らないけれど、
先週は一日おきに出かけていた。


大体が家に居ることが好きな私にすれば、仕事でもないのに
いそいそと出かけるのは、これは大変に珍しい現象。


秋の気配に誘われて・・・きっかけはそんなところかもしれない。


道を歩いていると、さまざまな姿で咲いている秋の花々が、
ふくよかな香りとともに目に飛び込んできて
それだけで、言うに言えない幸福感に満たされる。


kinmok1.jpg
『金木犀』
aki67-s.jpg
『コスモス』
aki42-s.jpg
『セージ』


本当に美しい・・・・
そして、燃えさかる炎のような圧倒的な命の息吹・・・・


で、つい、ブログのテンプレートも「コスモス」に変えたりして(笑)


他県まで足を伸ばして美術館へ絵画を見に行ったり、
老齢で高名な詩人の公開講義を拝聴しに行ったり、
(残念ながら、どちらもほとんど私の心を揺さぶることはなかったが・・・)


家の近くの自然公園も、いつもと違って2時間以上も時間をかけ
写真を撮りながら、ゆっくり旅行気分で散策してみたり。


昨日はワークショップのあと、久しぶりで芝居を見に行った。
1年ぶりになるだろうか?


開演前の、期待と緊張が張り巡らされシンと静まり返った暗闇に
血が沸き立つような興奮を覚え、
出演者たちの素人っぽい演技さえも初々しく感じられ
心から楽しむことができた。


その日のワークショップでは、
ストレッチも発声もいよいよ本格的なものとなりつつあり、
ペアで向き合って開脚し、手をつないでゆらりゆらりと引っ張り合って
結局、普段の1.5倍の開脚に成功!


心のリラックスはすぐに身体に現れる。


台詞の割振りも一応決定し、それにのっとった通しの本読み。


皆さんとても上手なので不思議に思っていたが、
あとで分かったことだが、現在も市民劇団や演劇サークルなどで
バリバリ現役で活動している方々も、結構な人数参加しているという。


私は、というと、遠い昔々の経験なんて長い年月に吹き晒されて
跡形もなく消え去っていて、きっと相当悪戦苦闘することになるだろうとの予感。


それでも!それでも!次回のワークショップまでの間、
元気を持て余してしまうほど楽しくてしかたないのよね~♪♪


悪戦苦闘もなんのその!
本番まであと2ヶ月。
この幸せを満喫し、心も身体もうんとうんと元気になってゆけ!!

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心理劇ーサイコドラマ・psychodrama
- 2007/10/17(Wed) -

心理劇ーサイコドラマpsychodrama
                  「心理臨床大事典より」


心理劇は、精神科医・モレノ・Moreno,J.L.が考案した、
ドラマの形式を用いた集団心理療法です。


心理劇は、あらかじめ決められた筋書きどおりに劇が進められるのではなく、
診断的・治療的な目的のもとに、即興的に自発的に、
ある役割を演じるという劇的な方法を用いて行われる集団心理療法で、
今、ここで・now and here」を重視し、
半ば現実的で、半ば非現実的な性格を持っています。


演劇などに興味を持っていたモレノは、1910年代にウイーンに即興劇場を開き、
毎日のニュースを取り上げた価値劇・axiodoramaを行いました。


そこでは、その日のニュースの内容によって登場人物や背景が決まり、
登場人物の容姿や性格によって俳優も決められました。


こうした実験的な演劇が治療的なドラマに変わっていったのは、
即興劇場に出演していたバルバラという女優の
家庭問題を劇の中で解決したことにヒントを得たといわれています。


娘役のバルバラは、舞台の上ではしとやかで、おとなしく振舞っていましたが、
家庭では夫との折り合いが悪く、悩んでいました。


ある日、即興劇場では売春婦の殺人事件のニュースを取り上げることになりました。


殺された売春婦の役は、いつものバルバラの役とは正反対の役でした。


ところが、実際にドラマが始まってみると、真に迫った演技で、
お客さんからは絶大な賞賛を得たのです。


それ以降、バルバラの演じる役の幅は
貞淑な淑女から、悪女やあばずれ女に広がって行きました。


すると不思議なことに、それ以来、家庭でのバルバラは、
怒りを夫にぶつけることが少なくなっていったのです。


バルバラの内面にあった攻撃性が、舞台の上で演じることによって、
日常生活では収束していったのです。


この偶然的なエピソードから、モレノはドラマによる治療効果を発見して
心理劇を創設したのです。


モレノの心理劇の理論的背景の中心概念は、
「自発性の原理」「役割の原理」にあります。


モレノの定義する自発性・spontaneityは、
ドラマ的状況(葛藤や危機など)に遭遇した時、
その人の内面に突然生じる葛藤や危機を克服させる力、
さまざまな状況に即応して、適切な行為を遂行する力のことです。


そして、役割を演じること(役割演技・role playing)で、
日常生活では経験できないことを、心理劇の中で経験することができます。


また、役割を交換・role changeすることで、他人の目で自分を見ることができ、
自分でも気付かなかった自分の姿を発見することができます。


そこから洞察やカタルシスが生じるのです。


「自発的な役割行動は、創造的な人間関係をつくる」・・・・モレノ

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詩ー「この世」 中江俊夫
- 2007/10/19(Fri) -

          mori.jpg


 



          この世  中江俊夫 



水と 水は
おたがいにわからなくなったりしない
水と 水は
おたがいをよく知っている
魚たちや水草たちはそれを
ちゃんとわかっている
つまり この世には
いろんな水たちが棲んでいる


風と 風は
おたがいにわからなくなったりしない
風と 風は
むしろおたがいのちがいをよく知っている
鳥たちや樹々はだから
ほんとにしっかり呼びわける
つまり この世には
いろんな風たちが棲んでいる


このいろんな無数の水たちと
いろんな無数の風たちが
地球を覆っていて
一所懸命より深く包み込む
この大地をやわらかくつよく
すると雛みたいに
産まれる いろんな無数のかたち有るものと無いものが



                          『田舎詩篇』より

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芸術療法ーart therapy①
- 2007/10/21(Sun) -

芸術療法ーart therapy


芸術療法とは、
さまざまな芸術作品を創造する活動に従事することを通じて、
心身の健康を回復することを目的とする心理的治療全般のことを言います。


これらのほとんどは実践の中からその効果が経験的に評価され
テクニックが発展してきました。


とくに神経症や統合失調症などといったこころの病の患者の中には、
言葉でコミュニケーションをとるのが苦手な患者が多く、
芸術療法は有効な治療手段となっています。


また、不登校や家庭内暴力を起こしている児童などにも
芸術療法が同様な効果を挙げています。


芸術療法の種類としては、
「絵画(描画)療法」「音楽療法」「詩歌療法」「物語療法」
「コラージュ療法」「舞踏療法」「演劇療法」「造形療法」「箱庭療法」など、
多くの種類があり、それぞれの患者のケースに応じて適用されます。


芸術療法のうち
絵画療法」の方法としては、
患者は与えられた画用紙などに自分の描きたい絵を自由に描きます。
しかし、患者がなにを描いてよいか迷うような場合には
治療者が課題を与えるケースもあり、風景、家族などといった
患者のこころを投影しやすい課題が与えられます。


音楽療法」では、患者に音楽を聴かせながら感想やイメージを語らせ、
患者のこころの分析を行います。
また、患者が自分で歌を歌ったり、楽器を演奏したりすることもあり、
ほかの患者とともに歌を歌ったり、演奏をすれば
他の人との一体感を持つことができて、孤独感の解消にもつながります。


物語療法」では、治療者は患者に童話や昔話などの物語を聞かせたり、
自ら物語を作らせたりして、こころを自由に表現させるように努めます。


コラージュ療法」は、
治療者が患者にコラージュと呼ばれる貼り絵をさせることで、
舞踏療法」は患者に自由にダンスを踊らせ
造形療法」では陶芸や粘土細工などの造形を行うことによって、
自然に自分のこころを表現させるようにします。


その他にも、患者に集団で劇を演じさせる「心理劇療法」や
箱庭を作らせる「箱庭療法」など
さまざまな芸術を自ら造り出したり、鑑賞したりすることによって、
患者は、言葉では言い表せないこころの深い部分を表現することができます。


その結果、抑圧されていたり、傷ついたりしていた患者のこころが解放され、
失われていた本来のこころを取り戻すことが可能となります。


また、芸術療法は単調だった患者の日常生活にうるおいや活気を与えるとともに、
こころの問題の原因となるストレスの緩和にも役立つことができます。


患者が、ほかの患者とともに歌を歌ったり、劇を演じたりすることによって、
他の人との一体感を持つことができ、孤独感の解消にも繋がり
特に言葉でコミュニケーションをとるのが難しい患者の治療に
有効な治療手段となっています。
 

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立ち稽古に入る
- 2007/10/22(Mon) -

9月末から始まったワークショップも、
顔合わせを含めると、先週で第5回目となりました。


2回目からみえなくなった80代の方は「ちょっと高齢で場違いでしたね」と、
初回で随分気にされていましたので、事情は聞かされていませんが、
多分そこらへんが、不参加を決められた理由かなと思っています。


3回目から、病気理由で参加を見合わされた方もいて、
現在、演出家や担当者も含めた女ばかり二十数名。


年齢も職業も体重も(笑)、実に多彩なメンバーが揃いました。


朝の出会いの挨拶が「おはようございます・・・・・・」といった
消え入りそうに遠慮がちな声の調子から
「おっはよ~☆」と肩を叩いて声を掛けあう親しいものへと変化してゆき、
稽古場は開始前から雑談に花が咲き
とても活気溢れた「青春してる!」って雰囲気。


私は前回から、1台早い電車で行って、
開始まえに身体慣らしのストレッチを始めました。


今回、初めて仮設舞台(といっても高さ20cm程)を設置しての
立ち稽古に入りました。


本番のイメージが溢れるように湧いてきて、
ドキドキ、ワクワク、徐々に興奮状態に入っていく単純な私・・・・


かつて立っていた舞台は、定員400人というキャパを持つ、
舞台面積と客席面積がほぼ同じという構造の、本格的な舞台でしたので、
定員170名、床一面フラットなフローリングスペースに仮設の低い舞台
といった今回の体験は、全く想像のつかない初めての演劇空間です。


演じる者の息遣いまで伝わる・・・
演じる者には、客席の反応がダイレクトに跳ね返ってくる・・・・
客席と舞台が緊密な一体感を持つ、そんな空間のイメージ・・・・


う~ん・・・やっぱり、やってみないと分かりません(笑)


立ち稽古に入ってから気が付いたのですが、
公演開始の第一声の台詞は、この私が言うのです。


日常から非日常へ・・・・
空間全体を一気に変容させるきっかけとなる大事な第一声です。


立ち稽古をやっていて、しばら~くしてからそのことに気がついて、
なおいっそう身が引き締まりました。


でも、なんでこれまで気が付かなかったのか・・・・


自分の相当なオトボケぶりとともに、演劇空間の持つ摩訶不思議な力を
身に沁みて実感させられた出来事でした。


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芸術療法ーart therapy②
- 2007/10/23(Tue) -

芸術と芸術療法


芸術活動が、心身の健康の回復、維持に効果を持つ背景としては
次のようなことが考えられています。


①言語的、論理的にではなく、イメージによって自己の内面を表現することにより
 内的葛藤が解放されることによる「カタルシス効果


②芸術作品が投影法心理検査的な働きをもつことにより、無意識が明らかになり、
 治療の手がかりが得られる効果


③芸術の創造活動がリハビリテーションとして効果を発揮することで、
 機能不全を起こしていた心身の機能が回復する効果


などにまとめられます。


実践では、こうしたさまざまな効果が、相乗的に機能して、
改善をもたらしているものと考えられますが、具体的に、
どの効果がどのような変数によって、どれだけの効果を生んでいるのか、
まだ十分に明らかにされているとは言えません。


芸術家が、自己の内部に生まれる、
衝迫的な力に衝き動かされて生み出した芸術作品は、
古来から人間に大きな感動を与えてきました。


芸術作品を生み出すという体験、また、
芸術作品を享受するという芸術体験が、人間に大きな影響力を持ち、
人間の「心の癒し」や「祈り」と、意識的・無意識的に、
深いかかわりがあることは確かです。


けれども、芸術家は作品を創造する過程において、
激しい生みの苦しみを経験します。


これは必ずしも「心の癒し」とは言えません。


「人間の心の内奥にあるものが、形あるものとして表出される」という点では、
芸術も、芸術療法も同じと言えますが、
芸術療法は「芸術を用いた」心理療法というよりも

こうした人間が生来的に持つ、
「自己の
心の内奥にあるものを、なんらかの形あるものとして表現したい」
という、強い思いを基礎とした心理療法
なのです。

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芸術療法ーart therapy③演劇とはセラピーである
- 2007/10/24(Wed) -

演劇のもつ治療効果は、欧米では注目を集めていて、
そのダイナミズムを生かして自己肯定感を高め、
人生観の変容をもたらすセラピーとして
様々な演劇グループセラピーが盛んに行われているようです。


日本では、演劇の治療効果はあまり知られておらず、
芸術療法においても、音楽療法・絵画療法等はよく聞きますが、
演劇療法が行われるという情報は
今までほとんど聞いたことがありませんでした。


演劇は、人類の歴史と同じくらい長い歴史を持っていて、
あらゆる人種・民族間に存在しているために
共通した本質を見つけることはとても難しいようです。


また、創造そのものが瞬間的・一回的な芸術のため、
その治療効果は、その場にいてともに体験する以外
到底、理解できないのでしょう。


けれども、イギリスの有名な演出家、ピーター・ブルック氏は
「演劇とはセラピー(治療)である」とさえ言っています。


私自身もそう感じます。


かつて10代後半、
急激に自己が機能不全に陥り、
大海に呑み込まれ、溺れて、バラバラになって消えてしまう恐怖、
破滅・絶滅・解体の不安に晒され、世界と自分が崩壊してゆくという
際限無く恐ろしい精神的危機に初めて遭遇したときに、
無意識的に求めたものが演劇でした。


演劇活動に従事していたこの5年間ほどの記憶は、
今でも時系列すら曖昧で、
実際には生命の危機にさえ何度も会っているのに
「事件」そのものへの恐怖心や、その時の身体の痛みや感情も
全く現実味をもって思い出すことが出来ません。


年2回公演の舞台稽古が始まり、
本番を迎えるまでの3ヶ月の稽古期間以外の日々は
今でも混沌とした深い霧に閉ざされたままなのですが・・・・・


そんな私にとっては「ドラマセラピー」というより
演劇のもつ「劇的行為」そのものに治療効果を感じるのです。


モレノが言った
ドラマ的状況(葛藤や危機など)に遭遇した時、
その人の内面に突然生じる葛藤や危機を克服させる力、
さまざまな状況に即応して、適切な行為を遂行する力を体験し、
役割を演じること(役割演技・role playing)で、
日常生活では経験できないことを、劇の中で経験することができます。


また、役割を交換・role changeすることで、
他人の目で自分を見ることができ、
自分でも気付かなかった自分の姿を発見することができます。


そこから生まれる洞察やカタルシスは、
現実を生きる何倍ものリアルさを持って私の胸に迫り、
そのリアルさをもって、現実世界を失ってしまう精神的危機から救われ
かろうじて、「この世」に留まることがことができたようにも思えるのです。

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詩ー「こころ」 萩原朔太郎
- 2007/10/27(Sat) -

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こころ
                                                      萩原朔太郎          


こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。


こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。


こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。


(『純情小曲集』)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


早朝に目覚めて、何年ぶりかで朔太郎を開いてみました。


昨日、台所の大掃除をついやりすぎてしまったせいか、
身体中が筋肉痛でぎしぎし軋んでいます。(ほどほどにすればいいのにネ・・・・)


「ああこのからだをばなににたとへん」


実際はそんな心境です(笑)


今日はワークショップの日、どんな体験が待っているのか?


わくわく、どきどき238


早めに下に降りて、
軋む身体を引きずりながら朝の用事を開始することにいたします。


朔太郎の世界から、食堂のおばちゃんに変身~!!

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芸術療法ーart therapy④無意識の影響
- 2007/10/28(Sun) -

人は自分の意思で行動しているつもりでも、
かなりの部分、意識できない無意識の影響を受けています。


フロイトは、道徳に反する願望や、受け入れがたい感情は、
意識の世界から無意識の世界に追い出されると考えました。


人は、社会生活に支障をきたすような願望や感情を、抑圧しがちです。


会社に行きたくないけれど、休むわけにはいかない。
いじめられてて嫌だけど、自分の中でがまんする。


休めば良いのに・・・
周りの人はそう思うかもしれません。


でもそこには、そうすることのできない不安や恥、使命感などといった、
本人なりの理由があります。


こうして無意識に抑圧された感情は、形を変えて、人の心身に影響を与えます。


会社や学校に行きたくない・・・と無意識に感じていると、
その場所に近づくとお腹が痛くなったりします。


この場合、痛み止めの薬を飲んでも解決にはならないのです。


原因は心の奥底、無意識にあるからです。


無意識からの影響がひどくなったのが「トラウマ」です。


過去に起こった受け入れがたい現実とそれにまつわる感情。
それを無意識に抑圧することにより何とか心を平穏に保ってきた。
しかし、抑圧された感情は無意識の世界に残っていて
それが何かのきっかけで鮮明に思い出されてしまう・・・・


トラウマまではいかなくても、いじめや失恋などで感じた嫌な感情を、
無意識の世界に抑圧することもあります。


そして、抑圧したと思っていた嫌な感情が、
人間関係に影響を与えたり、恋に臆病になったりと、
人の行動に無意識から影響を与えます。


夢やアートには、
ふだんは意識できない無意識の世界がとてもあらわれやすいようです。


夢の世界では、時間や場所、登場人物、物語など、
起きてから考えるとつじつまの合わないことだらけです。


普段は意識の力で言わないようにしている「本音」の感情が、
ポロっと「寝言」に出てしまったりもします。


寝言と同じで、夢には無意識の感情や欲望が表に出てきやすくなります。


寝ているあいだは意識の力が弱くなるので、無意識が表に出てきやすいのです。


無意識があらわれやすいもう一つの場所。
それは、アートです。


アートには言葉がいりません。


自分の気持ちを言葉で表現しようとすると、そこには意識が必要です。


前後の内容につじつまが合うように気をつけたり、
相手が理解できる言葉を意識的に選んだりしなければならないためです。


当然、自分で意識している内容しか言葉にはできません。


しかし、自分の気持ちをアートで表現するのなら、
意識はそれほど必要ではありません。


気持ちをイメージのまま、表現すればいいのです。


アートは、意識の関与が少なくてすむ分、無意識が現われやすくなります。


アートは夢と同じく、無意識に近づく一つのきっかけです。


アートが夢と違うところは、「他人が客観的にみることができる」所です。


無意識を発見し、心理療法に役立てたのはフロイトやユングでした。


フロイトは心理療法の目的を「無意識の意識化」としました。


夢分析や自由連想を用いて、無意識に抑圧された感情を意識化することにより、
心の病が治ると考えたのです。


*自由連想…心に浮かんだ内容をすべて話してもらう方法。
 連想に抵抗を示したとき、そこに問題の核心があるとして、
 無意識の奥にある問題を意識化していく。


アートセラピーにもこれと似た側面があります。


無意識に抑圧した本当の感情を、
「アート」で表現することにより、問題を解決します。


表現した後に、
「アートに現われた無意識を分析し、しっかりと向き合って克服する」
という作業が必要なときもあります。


しかし、多くの場合、「表現するだけ」で気持ちが楽になります。


アートを楽しむこと。


それは、無意識の世界と共存することなのかもしれません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


      asagao.jpg


家の玄関先に、花が咲きました。


今年は気候のせいでしょうか?


いつもの5分の1ほどの花しか咲きませんでした。


その名は「朝鮮木立朝顔」です。別名、「エンジェル・トランペット」。


本当に、まるでお伽の国のトランペットのような黄色の筒状の美しい花です。


手のひらを精一杯広げたほどの大きい花でありながら
ひっそりと葉の陰に隠れるように、うつむき加減に咲くのです。


家の中から道路まで、香水のようないい香りが漂います。


毎年この時期、短い期間ではありますが、私を心から幸せにしてくれる花です。
 

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親戚の通夜と葬式へ行きました
- 2007/10/30(Tue) -

ワークショップへ行こうと楽しみにしていた先週の土日。


まだ朝7時を回ったばかりという早い時間に、
突然かかってきた姉からの1本の電話で、
急遽、母に付き添って、和歌山の叔父の通夜・葬式に
出席しなければならなくなりました。


已むを得ずFAXにてワークショップ欠席を連絡し、
急いで支度をして実家へ向かいました。


本来付き添うはずだった姉が、
風邪のための高熱で寝込んでしまっていたのです。


母も高齢となり、
一人で遠方へ行かせるには、ちょっと不安材料が多すぎます。


母の兄であるところの、亡くなられたこの叔父は、
子どもの頃から、実の父親との折り合いが大変に悪く、
今で言うところの「引きこもり」や「家庭内暴力」のような状態から、
精神病院への数度の入退院を経て、
友人はもちろんのこと、妹弟や親との付き合いさえも、
全く断絶して生きてこられた方で、
私も姉も、一度も会ったことさえないという叔父でした。


様々な紆余曲折ののち、随分年上の女性と結婚され、
二人の子どもさんにも恵まれて、現在は、和歌山で
「お好み焼き屋さん」を営んで、穏やかに生活されていました。


通夜・葬式への出席そのものは、
別に、何と言うこともなく無事終えることができたのですが、
その2日の間の母の言動に、私の心は曇ったままでした。


思い起こせば、私が母子家庭のための奨学金を受けて、
やっと行かせて貰ったはずの高校へ、だんだんと通えなくなり、
図書館で借りたり、わずかなお小遣いをつぎ込んで買い込んだりした
膨大な量の書物ばかりを読みふける様になった頃、
母はよく私にこう言って、嘲笑したものでした。


「兄ちゃんそっくりや。本ばっかり読んで頭が狂ったんや。
 お前もそのうち精神病院行きや」と。


家にいたたまれなくなった私は、間もなく実家を出て、
それ以来、現在まで、実家に顔を出すことはあっても
ただの一度も泊まったことはありません。


未だに実家の空気は、重く私に圧し掛かり、窒息死しそうになるのです。


激しい怒りや恨みも燃え尽きて天空に消え、
母を理解し、和解を心がけて努力を続けてきた長い年月・・・・


そんな私の気持ちに思い至るはずもない母にとって、
今や最大の関心事は、
「自分が倒れたとき、一体誰が至れり尽くせりの介護をしてくれるのか?」
その一点にしかないようでした。


会う親戚、会う人ごとに、母はさも大袈裟に、
そばにいる私に言い聞かせるかのように、こう繰り返すのです。


「○子(私の名前)は苦労してきてるからなあ。当てにできるのはこの子だけやねん」


「上の子は何の苦労も知らんと生きてきたから、ああいう子は
 いざとなったら冷たいもんやで。」


「その点この子やったら、下の世話でもなんでも、嫌がらんし安心や。」


私がヘルパーの資格を取って働きはじめた時、一番喜んだのは母でした。


「そうかいな。そらええわ。これで私も安泰や」とそう一言、言っただけでした。


「あすの米にも事欠く」ほどの経済苦に呻吟し、
体中の痛みに苦しみながら必死で働いている娘を横目に、
母はそれだけ言い残すと、姉と二人で長期間の海外旅行へと出発しました。


そんな人たちなんだという諦めは、もう、とっくに付いているはずでした。


そして今度は「私に介護をさせること」それ以外、なんの関心もないということも。


そのやり方もまた、外堀から徐々に埋めてきて、私を精神的に縛り付け
抜き差しならなくさせて、自分の思うがままに支配しようとする・・・・


悲しすぎますよね・・・・


そんな姑息な策を弄さなくても、私は自分の母親の最期は、
同居している姉だけに任せて負担をかけることなく、
できうるかぎり手厚く看取っていきたいと、
娘だからというのではなく、一人の人間として、心に深く決めているというのに・・・・


私の思いは、到底あの人には、通じることはなさそうです。


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10月、終わり。
- 2007/10/31(Wed) -

10月も終わりですね。


楽しくて、いい1ヶ月でした。


昨日は、ぷらっと思い付いて、お弁当屋さんのバイトの面接に。


即決で、11月4日から仕事です。


とはいっても、週3日・1日4時間ほどの身体慣らしから。


いろんなところに出向くようになって、交通費も馬鹿にならないし、
自分のためにだけ使うお金を自分で働いて得ようかな、と。


それよりもっと自分で自分に驚いたのは、
今日、とある劇団の練習を見学しに行って、その場の勢いで入ってしまったこと(笑)


劇団員になっちゃったーーーーーーーーーーー!!


今日は歌のレッスン日で、勧められるままに大声で歌って、ホントにスッキリ!


次回は11月7日です。


ふっふっふっふっ・・・・すっごく楽しみです。


あれもこれも」と、風の向くまま、気の向くまま、勝手気儘な日々。


また泣きながら、ここに戻ってくることになっても、それもまた良し


ふ~らり、ふ~らり、心のままに、
ゆ~らり、ゆ~らり、揺られてみようと思っています。


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