FC2ブログ
2007 10 ≪  11月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2007 12
精神分析?冗談でしょ?
- 2007/11/01(Thu) -

カウチでの正式な精神分析は
一回60分で1~2万円、これを週に4~5回受けるとか。


げっ!!一体、月いくらよ???


それを、数年???


そんなもの、と~っても私には払えないし
いくらなんでも、一般庶民には絶対あり得ない話じゃないの???


ところが、そんな当たり前のことが、専門家になるとさっぱり分からないらしい(笑)


選民意識ってホント、馬鹿馬鹿しいぐらい恐ろしい(笑)


ずっと、「お仲間」だけで「よろしく」やっていればいいんじゃないんでしょうか(笑)


精神科に数年通っていた関係で、
何人か、精神障害や人格障害の友人がいますが
そのうち3名は自殺しました。


かろうじて生き抜いている友人たちも、全員が生活保護受給者です。


家族からも見放され、やっとの思いで生きているんです。


なにが「お金を払うから、そこに初めて価値が生まれる」だとか、
「ボランティアじゃあないんだから」だとか
「安かろう悪かろうじゃ、業界全体の価値が下がる」だとか
冗談も休み休み言って欲しいもんです(笑)


だから私は、「精神分析は趣味でいい
そう公言して憚りません。


ホントに「精神分析的じゃない日々」でありたいと、心から願いますよ。


あの学問は、一部オタクが
自己満足にやっていれば充分な学問じゃないかなと思います。


「何の価値もない」とは思ってはいませんから。


あんなものに頼って治癒しようなんて思ったら最後、
お金もないのに本気になると、カルトと同じで自己破産します。


現実を知らないにも程がある・・・・・


今日は、本格的に腹が立って、ちょっと「毒抜き」したくなりました。


ホントに・・・「どうぞお好きなように・・・・」それしか言葉は見つかりません。

この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
自己犠牲的母親からの引退
- 2007/11/02(Fri) -

今日から娘の通う大学の大学祭が始まりました。
娘もヴォーカルとしで何度かコンサートに出るようです。


大学に入ってバンドをやるようになってから、この子の一体どこに、
これほどまでに強烈な攻撃性が隠されていたのかと驚くほど、
日に日に過激に音楽で自己表現しようとしています。


「必然」が、そこにはあったのだろうと、推察する以外ないのだけれども。


・・・・・・・・・・ある日の会話・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「お母さん、聞きに来るの?」
「いやあ・・・・行ったほうがいい?」


「別にどっちでも」
「実は・・・・あんまり興味ないねん・・・・」


「ホンマ!じゃあ来んでもいいよ!」
「えっ!いいの!」


「そのほうがいい」
「なんや!よかった!薄情な親みたいで気が引けててん(笑)
 私ってお前の中学の卒業式にも行かなかったし、
 高校も三者面談しか行かなかったし・・・」


「来たくない親のほうが私はええわ!」
「あ~よかった!お母さん学校ってやっぱり今でも心底嫌いやねん。
 校門くぐると吐き気するわ(笑)
 それで私、最近思うねんけど、お互いいろいろしてるけど、
 一切互いに不干渉がええかなと思うねん。
 家族が来るなんて、気になって思い切ったことできひんし、
 相当なこと私もやりそうやし、非日常の私なんて、家族に見せたくないわ。
 それはもしかしたらお前も一緒と違うんかなって、この前思ったんやけど?」


「その通りやわ!!互いに自由に楽しもうよ!」
「よかった~!!
 お前もお母さんが来て欲しいって言わないかぎり、絶対見に来ンといてや(笑)」


「誰が行くかいな(笑)」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この気持ちに嘘はありません。娘を慮ったわけでもありません。


ただ、おそらくこれまで娘にとって母親としての私は、
「夫の支えと愛を失った悲しい女」であり、
「娘の幸せのために自分を犠牲にして生きてきた」
自己犠牲的側面の非常に強い母親像として
無意識に刻み込まれてきたのではないでしょうか。


娘が女性として成長してゆくうちに
こうしたことから母親への遠慮や気がね、負い目や罪悪感すら
抱かせかねない存在になりつつあったのではないかと
最近思うようになりました。


女性として、母親である私のあり方を超えて、
より幸せな女性へと成長したいという当たり前の気持ちを
極々自然に育んでいけるようにと、切に願っているのも本心です。


私は徐々に、自己犠牲的な母親から引退しようとしています。

この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
詩ー「あそび」 北原白秋
- 2007/11/04(Sun) -

                    あそび (その二)より


                        北原白秋


       一


時として遊び得ずけり。


ただただにくるしかりけり。


さはあれど、また遊ぶなり。


ほれぼれとただ遊ぶなり。


        四


貧しくてかつゑし時も


貧しさと我はあそびき。


米なくてはかなき時も


雀子(すずめご)と恍(ほ)れて遊びき。


        五


遊びつつ、まことあそべよ、


身も霊(たま)もあげて忘れよ。


遊びほれ、あそぶことすら、


はてはただ忘れわすれよ。


        七


生けらくは生きてあそばむ、


さびしくばさびしがるまで。


常なきを常なしとせむ。


美しきうつくしとせむ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


わけがわからなくなってきたとしても、


そのわけのわからないということの中に、


遊びのすばらしさを感じます。


意味を考える前に、まず楽しむということも


人間の生き方としては必要なのかもしれません。


その楽しみの中には、哀しみややすらぎも含まれていて、


この大きな空から見たら、


もしかしたら人間の営みは、


すべて遊びのようにも思えてきます。


昨日のワークショップ・・・・


心のままに身をゆだね、全身全霊、遊んでまいりました。


行けなかった先週の分も、2週間分の大音声で、


どうしても言葉にできなかった言葉を、


身体の中心核から押し出すように雄叫んでいたように思います。


ウワォォォ~!!(笑)

この記事のURL | | CM(0) | TB(0) | ▲ top
万能の夢
- 2007/11/08(Thu) -

お弁当屋さんは大変です!
お弁当の種類は50種類以上もあって、サイドメニューも14種類ほど。
合計すると?? 64種類以上!!


容器も盛り方も内容も、全部違うので一つ一つ覚えないといけません。
食中毒には当然神経ピリピリで、しかも厨房の中は忙しくて戦争です!


普通盛りはご飯が260g、大盛りは+100gの360g。
小盛りは-80gの180g。すべてきちんと計量します。


食材は必ずトングで盛って、絶対に素手を使ってはいけません。
タッパーや包丁等は食材によって使い分けて菌を予防します。
手洗いの仕方はまるで外科手術のようです!
最低1分以上、ブラシでごしごし洗うべし!


仕事の合間の時間には、翌日の売上げまで見越して
食材一つ一つの仕込みに追われます。


接客7大用語とやらをメモに書いていただきました。


いらっしゃいませ。
何になさいますか?
はい、かしこまりました。
少々お待ちくださいませ。
お待たせいたしました。
申し訳ございません。
ありがとうございました。


でも、これらの言葉は、マニュアル化されてしまった時点で
心の通じる人間の言葉ではなくなってしまうのでしょう。


私は受付で、注文を聞き、厨房に通し、レジをする、
いわゆる表の仕事を中心にやるように、といわれましたが、
表の仕事も厨房の仕事も両方出来るようになるのは
一体いつの日のことかしらん?と密かにうろたえます(笑)


働いておられる方々は、ホントに凄いなあと感心しますが
特に店長には、痛々しささえ感じています。


店長一人、正社員。
入社してまだ日も浅い、25~26歳のうら若き女性です。


彼女は髪を振り乱して働いています。
その労働時間は1日10時間は下らないようです。
建前では週休2日制でも、アルバイトのシフトを補填するために
年中無休の労働状態のようです。


ギュッと髪を後ろで一つに束ね、化粧っ気もなく
ジーパンの後ろのポケットが破れているのにも気付くことなく・・・


休憩時間が一緒になったときに、思わず
「よう働くねえ~、しんどいやろ?スーパーウーマン目指してるの?」
そう聞いてしまいました。


彼女は急に真面目な顔になり
「○○さん(私の名前)は結婚もして、子どもさんもいてはるんやね。
 私ら、こんな生活していたら結婚も出産も到底無理やわ。
 この先どうなっていくんやろって、考えてしまう・・・」


彼女たちは、管理職を目指して大学を出て本部に就職し
何件もの店舗を現場修行で転々とまわされます。
潰れたら、その時点で即、切り捨てられておしまいです。
ここをクリアしなければ、上に登っていくことはできません。


男性と対等に社会的に仕事をして成功し、
同時に結婚して妻業もしっかりとやり、その上、
子どもを産んで母親としても一人前の力を発揮したいと願う。


一人の女性として、
そうなることが理想という思い込みが社会全体を覆っていて、
彼女もまたその「万能の夢」を追い求め、疲れきっているようです。
自立を願う女性のストレスが、積もりに積もって破綻寸前なのでしょうか?


そして、これまで以上に、
効率的に市場経済主義によって女性も搾取されるシステムが
すでに完成されているということなのでしょう。


「スーパーウーマン」のイメージは、
それを叶えようと格闘する女性にも
叶えられない自分をさらに強迫的に頑張らせようとする女性にも
大変なストレスを生み出し、いろいろな心身の症状を
引き起こしているのだろうなと考えこんでしまいます。


「そんなに頑張らんでええねんで・・・」


これからの時代を生きていく店長にも、娘にも、
同じ女性として、私はそう伝えてあげたい思いで一杯です。


教訓:上昇志向は身の破滅。


・・・・・・幸せはどこにでも転がっている・・・・・・

この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
私のたどり着いた最も生きやすい方法
- 2007/11/10(Sat) -

アメリカの心理学者ダン・カイリーは
『ウェンディ・ジレンマ』という本の中で
アメリカの女性の、男性に対する依存的・マゾヒズム的態度、
特に、恋人や夫に対して向けるこうした態度について
いろいろな側面から論評しています。


主人公ウェンディは、男の子や夫に対して
母性的な愛情を向けることで、生き抜こうとする女性です。


夫や男の子に、どれだけ、どんな風に愛されるか
また、夫の出世や成功を生きがいにさえする女性です。


これに対して、もう一人のティンカー・ベルという女性は
自分自身が光を放ち、自分自身の自由と自己実現に
最も価値を置いて生きていこうとします。


自分も夫も、それぞれの価値や目的を持って
自分自身を発揮し、男性と共存し、
協力し合って生きていこうとする女性です。


ウエンディのように、夫に対して面倒見がよく、
自分の感情や自己主張を抑えて相手本位に夫に尽くし、
彼の甘えも許す女性というのは、これまで、
最も望ましい女性の生き方とされてきました。


けれどもそこで問題になるのは
孤独になることが恐ろしい
一緒にいなければ心細かったり、空しくなったりする、といった
一人でいることへの不安が強いための、
不安から逃避するための不安依存型の夫婦・男女関係の依存です。


日本の男性は、特に母親との依存関係が強いといわれていますが
母親から妻へ、依存対象がただ変わっただけといった夫婦関係が
いまだ日本では一番多いタイプなのかもしれません。


けれども、女性が自ら光り輝いて生きようとする
ティンカー・ベルタイプの女性も増えてきて
逆に夫が、母性的役割やウェンディ役をやる夫婦も
多くなってきているように思います。


夫も妻も、お互いがティンカータイプで光り輝き
妻もまた光り輝いて・・・・それはホントに理想だけれども
なかなかそう簡単にはいかないのが実情だろうと思います。


一人一人のパーソナリティから考えてみても
ウエンディ型が向いている人、ティンカー型が向いている人
それは男女を問わずいることでしょう。


で、私の現在の姿はどうなのかというと
かつての、夫がどんなにわがままで横暴でも自分のほうが悪いのだ、
自分に何か欠けているところ、至らないところがあるからだと考える、
フロイトの言うところの「道徳的マゾヒズム」はすっかり影を潜め、
今では少年のように?私を慕ってくる夫に対しては
微妙に距離をとりつつも、一応優しい母親役をやり、
自分は自分として、残された人生を心から楽しみ
まだ見ぬ自己の可能性を探索してゆくことに
生きる喜びを見出している・・・
そんなところかもしれません。


私が母親役をすることで、
夫が心安らかに日々を暮らしてゆけるのなら
それもありかな?と思っています。


依然として、母性的なものを私に期待し、
そこに救いを感じ、頼ろうとする・・・・


でも、彼を変えるために、いまさら男女間の摩擦を
あえて起こすつもりはもうありません。


二つのタイプの女性を
相手との(例えば夫、娘・・・etc・・・)
関係性のバランスを計りながら微調整しつつ生きる。


これが私のたどり着いた最も生きやすい方法でした。

この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
無心の喜び
- 2007/11/13(Tue) -

先週は、水曜が劇団のレッスンで、土曜は朗読のワークショップ、
バイトも3日間入っているという
忙しくも実に変化に富んだ一週間を送りました。


少しの時間でもバイトを始めると、なんだかんだと家事に追われます。 


その合い間に、こうした自己解放のひと時を持つことができるのは
本当に幸せなことだなと思っています。


劇団の練習は、な・ん・と!!ダンスをみっちり1時間。続いて歌も1時間。


なまりになまっている今の私にとって
1時間休みなくダンスを続けることは、相当にキツイことでしたが
息が上がって、身体の悲鳴が聞こえてくるようになるにつれて、
内側から、豊かな潮が満ちてくるような、言い知れぬ充実感を覚えました。


歌は2回目。
それでも結構、歌詞もメロディーも覚えていて、
大声で歌えば歌うほどに楽しくて楽しくて、あっという間に時間が過ぎてゆくのです。


昨日、たまたま見た「徹子の部屋」に、
自殺された伊丹十三監督の奥様である、女優の宮本信子さんが出ておられました。


12歳年下の彼女にとって、夫は先生のような存在で、
お蕎麦のゆで方一つとっても、気に入るまで何度でもやり直しをさせられ
トイレで泣いたこともあったほど、「夫にとっての理想の妻」として
また、「かけがえのない仕事のパートナー」として
自分を鍛えて生きてこられたそうです。


その夫が自殺・・・・
深い喪失感から立ち直るのに5年はかかったとか・・・・当然ですよね。


そんな彼女が立ち直るきっかけになったのが、それまで思いもよらなかった
「ジャズ・シンガー」として歌を歌うことだったそうです。


真っ赤なイブニングドレスを着て、舞台で華麗に歌っている彼女の姿は
歌の上手下手は別にしても、本当に心から楽しんでいる、そう感じられました。


「ただただ無心に、頭を空っぽにして歌を歌っていると、
 本当に楽しくて楽しくて、それで私は救われたんです」
そう語っておられたのがとても印象的でした。


今も欠かさずレッスンを受けて、年に1度は舞台に立っているとか。


お話を聴いていて私も身体が熱くなりました。


「ああ、そうよね、そうよね、そうなのよね~」って。


宗教からの離脱、家庭の崩壊、経済の破綻、
長年続けたカウンセリングの実習で繰り返されるフラッシュバックによる挫折・・・・


幾重にも重なった深い喪失と絶望から
心身ともに健康に立ち直っていくために、もがき続けた年月・・・・


今私は、歌って、踊って、台詞を叫んで(笑)
自己解放と自己再発見にひたすら無心に突き進んでいる、その真っ最中なのでしょう。

この記事のURL | 朗読劇 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
むかし、私たちは
- 2007/11/17(Sat) -

             
             
 むかし、私たちは

           
           
木は人のようにそこに立っていた。

           言葉もなくまっすぐ立っていた。

           立ちつくす人のように、

           森の木々のざわめきから

           遠く離れて、

           きれいなバターミルク色した空の下に、

           波立てて

           小石を蹴って

           暗い淵をのこして

           曲がりながら流れてくる

           大きな川のほとりに、

           もうどこにも秋の鳥たちがいなくなった

           収穫のあとの季節のなかに、

           物語の家族のように、

           母のように一本の木は、

           父のようにもう一本の木は、

           子どもたちのように小さな木は、

           どこかに未来を探しているかのように、

           遠くを見はるかして、

           凛とした空気のなかに、

           みじろぎもせず立っていた。

           私たちはすっかり忘れているのだ。

           むかし、私たちは木だったのだ。


      ・・・・・・・長田弘『人はかつて樹だった』より・・・・・・・

この記事のURL | | CM(2) | TB(0) | ▲ top
忙しくて座れない
- 2007/11/19(Mon) -
あたふた、あたふた、
忙しい日々が、あっという間に過ぎていきます。

あれこれ、あれこれ、
思いつくまま中途半端に、手を出したり引っ込めたり。

きょろきょろ、きょろきょろ、
まるでなんでも珍しがる、3歳児の目玉のよう。

中味がぎっしり詰まった、わたしの選んだわたしの人生。

わたしの喜びや感動や希望を抱いて
稽古場へバイト先へベランダへと。

わたしの生きるどんな場所にも
天翔る少女のように
今日もわたしはひたすらに飛ぶ。
この記事のURL | 日々のこと | CM(0) | TB(0) | ▲ top
心の声に耳を傾けて生きる
- 2007/11/23(Fri) -

私はこれまで、誰かのためにとか、社会的な要求に応えようとか、
そんな風に生きることを無言の圧力によって
常に強いられて生きてきたような気がしています。

現在の社会システムになんとか適応したくて
「~するべき」「~あるべき」といつも厳しく自己を責め立て
「~べき」という考え方に24時間追い立てられて、
ホッと息をつくことすら、できなかったように感じています。

なんとか落ちこぼれないように必死に努力をしながらも
それでもやっぱり、
実家でも、学校でも、職場でも、宗教団体でも、井戸端会議でも、
どこでも、何一つ、適応することができずに
悶々と身悶えて、たった一人で生きてこなければなりませんでした。

人間社会から暗黙のうちに強制されている規範・・・・?

そこから外れることは、差別されることであり、排除されることであり、
社会で評価を受けることのできない駄目人間になってしまうことであり、
実際には、生命の危険にすら何度も遭遇することになってしまったことであり、
その絶望や恐怖から逃れようとして、必死に無理に無理を重ねて生きる・・・・・

また、自分は社会的スキルに欠けているのだから、
社会常識や組織の論理にこの覚束ない自分を
何とか追いつかせようとするあまり、
自分が本当は、何が好きで何がしたいのかさえも失っていました。

こんな生活では、好きでもないことを、好きでもない場所で、
好きでもない人たちと、ただ義務感だけで、行動を共にしていくのですから、
心はいつも空虚で当たり前でした。

そしていつの間にか、心から笑うことも、 童心にかえって無邪気に遊ぶことも、
すべてを長い間忘れて、生きてきてしまっていたのです。

人の心は、もっともっと多彩で、愉快で、意欲に満ちているものではなかったのか?

「やるべき」ことに追い立てられて疲れ果て、
自己喪失するまでに「人並み」に受け入れられることに
自分の持てるすべての生命力を使い果たしてしまっていた自分・・・・

自分の心の声にじっと耳を傾けて静かにその声を聴く。

そして、その声に従って行動し、自分の想いを実現できるように
一歩一歩確かに歩いていく。

そんな風に素直に生きることが、本当にどれほど大切なことか、
最近はしみじみ実感しています。

忘れかけていた「喜び」や「遊び心」や「ぬくもり」や「希望」や「夢」・・・・
もう一度、いえ、生まれて初めて
私は日常生活の中に 取り戻しつつあるのだと思っています。

・・・・・・・・・芸名付けました(笑)内緒です(笑)

もうすぐ、来年3月の公演の役も決まるそうです。
朗読劇の本番はもうまじかに迫っています。

でも、動きと台詞がまだ完全には身体に入っていません。
今日も1日ぶつぶつと、台詞覚えの独り言。
変なおばさんの一日が始まります(笑) 

この記事のURL | 日々のこと | CM(1) | TB(0) | ▲ top
DV殺人
- 2007/11/24(Sat) -

DVからやっと逃げ出した妻が、夫に殺される事件が続出しています。 

暴力行為の背景は本当に複雑で、
私の場合のように、夫の酒乱や借金もあれば
男女問題、子どもの養育問題など、
複雑な要因が絡んでいるので解決は困難を極めます。

仮に逃げ出すことができても、親族の支援が受けられなければ、
その生活苦は想像を絶するものになります。

一緒に暮らしてきても、苦しみは同じでしたが・・・

被害者が加害者と離れて暮らすことで解決するかといえば、
必ずしもそうではないことを、数々の事件が示しています。

内閣府の「配偶者からの暴力被害者の自立支援等に関する調査」によると、
配偶者や恋人から暴力被害を受け、離れて生活している被害者の
およそ55%が夫らの「追跡」を受けたことがあると答えています。

「電話やメール、手紙が来た」というのが一番多くて、
「実家や友人宅に現れた」「避難先や職場などに来たり待ち伏せされた」
などがそれに続くそうです。

怖いです。本当に怖いです。

私も殺されるくらいなら、まだ自ら死んだほうがましだと
そんなふうに自殺を思いつめたことも何度もありました。

泥酔して眠りこけている夫の枕元に座り込み、
包丁を振りかざしたまま 凍りついたよう身じろぎひとつせず
朝を迎えたことも何度もありました。

殺すしかない・・・そう思いつめていたのです。
でも、できませんでした。
なぜできなかったのか、今でもわかりません。

やっぱり子どものこと・・・だと思います。

離れて生活を始めたいと思っても
「当面の生活費がない」「体調や気持ちが回復しない」
「現住所を知られるので住民票を移せない」など、
多くの人がいっぱい悩みを抱えて、
どうすることもできなくなっている気持ちが本当によく分かります。

被害者の女性が新しい生き方を選択することが、
どれほど困難なことか・・・・

毎年十一月十二日から二十五日まで
全国で「女性に対する暴力をなくす運動」が展開されていて
各機関は連携して啓発活動を行っていて
私の「朗読劇」もその一環として行われるのです。

逃げた妻を夫が殺す・・・・
いったいどれほどの数になるのでしょうか?

夫が、シェルターに避難しているのにその妻を、
私立探偵を使ってまで探し出して殺す。 それも子どもの面前で。

あと5日ほどたったら逃げようと、
用意しているところを殺される、という事件もありました。

実の父親に母が殺されるなんて、
子どもにどれほどの影響を与えるのでしょうか?

実の父親に母が殺されるのですから 、DV殺人は、
子どもへの心理的虐待の上に 、さらに母を失い、そして父が殺人者という
壮絶な現実が子どもたちの人生にのしかかるのです。

被害者支援の動きが高まってきて、被害者が逃げられるようになったことや
被害者自身がさまざまな知識によって、逃げられるという可能性を知ったことは
どれだけ殴られて暴言を浴びせられても、がまんするしかなかった頃と比べれば
それは画期的なことだったと思います。

ところが、妻が逃げられるようになれば、独り取り残された夫は、
手負いの獣のようになって、狂ったように凶暴になる・・・・

怖いです。本当に怖いです。

暴力で思い通りに支配していると思い込んでいた妻に去られた衝撃。
やり場のない怒りや恨み。

被害者感しかない彼らの、激しい怒りの出口がないのです。
暴力的ではない関係の持ち方を学習していないのです。

DVは、現在も犯罪にはなっていません。
妻はひたすら逃げるしかないのです。
このひずみが、ここまでDV殺人を加速させているように思います。

残された多くの子どもたち・・・・
放置されたままの、残された子どもたちのことを思うと
胸が酷く痛みます・・・・

悲しくてたまりません・・・・ 

この記事のURL | DV | CM(0) | TB(0) | ▲ top
阿闍世王の母親の悲劇
- 2007/11/25(Sun) -

「ヒューマン・マインド(小此木啓吾)」より
 
日本の過去の歴史には、間引きや子殺しを
男性たちが母親である妻に押し付けてきたという
暗くて悲しい歴史があります。


今の日本でも、まだまだ多くの場合、
作るときは男女共同なのに、いざ妊娠した途端に、
生理的事実への対処の責任も、精神的・肉体的負担も、
社会的に受けるリスクも
すべて女だけで背負うのが当然とみなされています。
 
もし不幸にして、中絶をしなければならなくなった時などには、
恋人であろうと、妻であろうと、女達は深い深い孤独を
たった一人で味わってきたことだろうと思います。
 
日本の精神分析の先駆者古沢平作氏(1932)によって
再構成された阿闍世王の物語は、
身ごもった子どもをおろしたり、間引いたりしなければならない
「母親の悲劇」をテーマにしています。
 
古代インド、王舎城の王妃であった
阿闍世王の母・葦提希夫人は、
自分の容色が衰え、夫の愛を失うことを恐れて、
早く子どもをほしいと願いました。


そして、予言者から
「森の仙人が三年たつと亡くなって、生まれ変わってあなたの胎内に宿る」
と告げられたのですが、
その三年を待つことができず、仙人を殺してしまうのです。
 
仙人は殺される際に
「お前の子どもに生まれ変わってこの恨みを晴らしてやる」
と言って息絶える。
 
この葦提希に殺された仙人が、
彼女の胎内に宿って生まれたのが阿闍世王なのです。
 
こうした出生の経緯を持った阿闍世王は、
生まれる前から仙人であった自分を殺害した母に対して
恨みを持っていたと言います。
 
それだけに、母はいざ身ごもってはみたものの
恐ろしい子どもが生まれることを恐れ、
今度は高い塔から産み落として、殺そうとします。
 
この物語は、子どもを持たなければ
「家」の中で自分の地位を保つことが出来ない女性の不安と
その子どもを殺したり、間引いたりしなければならない、
悲しい母の身の上を主題にしているのです。


しかも、この母親の背景には、
夫の支えを得ることができない夫婦の歪みがあります。


作るときは夫婦で作ったにもかかわらず、
いざその子どもが妻の体内に宿ってからは、
子どものことはすべて妻の責任とみなす。


そして、よく育てば自分の息子・娘として父権を主張し
間引いたり、堕ろしたりするときには、
その汚れ役は、全部妻に押し付ける。


こんな夫の仕打ちに耐えて、
わが子を産んだり殺したりしなければならない母の苦悩が
「阿闍世王コンプレックス」の主題の1つになっているのだそうです。


「鬼母」などと、誰が彼女達を非難できるでしょう。


はたして「自分には関係ない」物語だと、誰が言えるでしょう。

この記事のURL | DV | CM(0) | TB(0) | ▲ top
夢での再会
- 2007/11/28(Wed) -

一晩に3回の夢を見て、3人の、
遠く離れた人、失った人、会いたくても会えない人たちと
静かな再会をいたしました。


その都度目覚めては、またうとうとと眠りに就いたのですが、
3度目の夢を見てからは、とうとう眠れなくなり、
まだ3時だというのに起きだして、暗闇の中で今見た夢を思い起こしていました。


最初の夢に現れた人は、遠く離れたとき、もうすでに相当の高齢の方で、
夢の中でその方は、何も話さずただ懐かしそうに、私の顔を見つめるだけでした。
目が覚めた途端、「ああ、亡くなられたのかもしれない・・・・」と
妙に納得した心持でそう思いました。
その方の笑った顔や、その方と交わした会話を手繰り寄せ、
さようならのご挨拶もできずに遠く離れてしまったことを、
心の中で詫びながら、再び眠りにつきました。


その次の方は、お別れしたとき、乳癌の手術を終えられたばかりでした。
同じ保育園に子どもが通っていて知り合い、
同じ信仰を持っていたことから親しくなりました。
ずいぶん年下の男性を愛して、その男性に告げることもなく女の子をもうけ、
以来ずっと母娘2人の生活を、懸命に支えてこられた頑張り屋さんでした。
我が家にも親子でよく泊りがけで遊びに来られて、
まるで姉妹のようにじゃれ合っていた娘たちの姿が、鮮やかに思い出されます。
夢の中でその方は、顔を歪めて泣いておられました。
何かとても苦しんでおられて、そこからの救いを求めて、
かつての私のように、我を忘れて信仰にのめり込んでいるのです。
「○○さん、お願いだからもう止めてください・・・・」
私も泣きながら、必死に話しかけているようでした。
目が覚めてから「どうか癌が再発していませんように・・・」
そう心から祈らずにはいられませんでした。


最後の夢は、最も身近な存在であるはずの、夫と母の夢でした。
私一人、どこか遠い外国に暮らしていて、そこまで2人が会いに来るのです。
夫は小さな痩せた、老人のような少年の姿でした。
母の髪は黒々と輝き、若い頃のようでした。
「こんなに遠くまで来てもらって、ごめんね・・・・」私がそう言うと、
母はにっこり笑って「いいんだよ」と、何でもないことのように答えました。
夫は悲しい目をしてじっと私を見つめるだけでした。


夢に現れた人たちは、これまで見知っていたものとは全く違う、
何か新しい異質なものを、顔見知りではない全く別の人格を、
私の前に現したように思えました。


死と再会。


そんな言葉がいつまでも、浮かんでは消えてゆきました。

この記事のURL | 日々のこと | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |