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新年の朝に
- 2008/01/01(Tue) -
2008年 Start。

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

年末31日の昼遅く、昨年最後の郵便で、
10数年間マンスリ・ーサポーターをしているユニセフから
UNICEF NEWS 2008 Winter号が届きました。

表紙を見た瞬間パッと目をひいた特集記事は、
「1年間に命を落とす5歳児未満児の数が、近代になって初めて1000万台を割った!」
という特集記事でした。

それでも、いまなお「3.25秒に一人」が命を失っているそうです・・あまりにも凄い数です。

今、この地球上には、およそ66億もの人が住んでいると聞きました。
この地球の約66億人もの仲間とも言える人々の中で
日本という国に住んで、こうして屋根のある家で、暖かいお布団で眠り、
新年を迎えることができて、温かい部屋で家族とともに食卓を囲めるということが、
どれほど奇跡的なことなのか・・・・胸を衝かれるようにそう思いました。

死病にもならず、事故にも遭わず、戦争や暴動に巻き込まれることもなく
生き延びて来ることができた私という人間。

66億もの人々の中でも、こんなにも恵まれている人間は
きっと数%にも満たないのでしょう・・・

深い感謝と深い悲しみが、沸々と湧き上がってきた新年の朝でした。

niki.jpg
「昨年末発見した子どもの頃の日記の数々」

「我が形見見つつ偲はせあらたまの年の緒長く我れも偲はむ 」笠女郎

今年も意志が保てる限りは、ブログを続けていこうと思っています。
いつかは、書き綴ってきたこうした日記たちと同じように
この世から消えてゆく運命にあるのでしょうけれども。

今の私たちは、かの宗教団体が開催している
「新年勤行会」なるものにも行かないし、
だからといって、他の神社仏閣への初詣にも行かないし、
家族揃ってお雑煮を食し、簡単略式のおせちを少々つまみ、
懐かしい人や新しく出会った人に思いをはせならが年賀状に目を通し、
ただただ、ごろごろ、だらだらテレビを見て過ごすことでしょう。

我が家の元旦の家族の風景は、そんなところです。

せめて、今この瞬間にも亡くなっていく1000万人もの子どもたちに
深い祈りを捧げたい、心からそう思います。
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阿闍世・コンプレックスを考える⑤罪悪感、許し、懺悔心
- 2008/01/02(Wed) -
古澤氏は、
フロイトのもとで精神分析を学んだ唯一の日本人で
精神分析の一開業医として日本人への治療実践をしてゆく中で、
その中核的問題として、フロイトがいっている
両親との三角関係の中から起きてくる葛藤よりも
むしろ母親との二者関係に
その中心的問題があることを見出しました。

それゆえ、古澤・小此木両氏は、
この阿闍世王物語を、母子関係の問題として説明するために、
王妃であるイダイケ夫人が年老いて容色が衰え、
ビンバシャラ王の寵愛が薄れることを恐れて
仙人を殺して阿闍世を身籠ったと、話を作り替えています。

これは、臨床的な事例において
子どもにとって母親は、
自分を愛しているから産んでくれたのではなく
母親自身のエゴで産んだのだという事実に気づいた時
激しい怨み、憎しみの感情が起きると考えることができます。

このような母親への怨みは、母親を愛するがゆえに、
母が自分を欲したのは母の「母たる部分」ではなく
夫の愛の喪失を恐れる「女の部分」であったと知ることは
自分の出生に関わる裏切りに等しく思われ
「生まれる以前に生じた怨み」として「未生怨」と呼んだのです。

古澤・小此木両氏は、日本人特有の心性として、
自分にとって100%の母でなかったことに起因する
「裏切られ感」と「怒り」からなる母への怨みを重視したといえます。

阿闍世の父の殺害は、
フロイトのいうところの母に対する愛欲によるものではなく
母の煩悩にその源を発していること、
生命の根源たる母を、愛するがゆえに破壊しようとする傾向を指摘し、
さらに、父殺害の呵責に苦しむ罪の意識を「罪悪感」と名づけ
その罪が許され救済されたと感じた後に生じる罪の意識を
宗教的心理からくる「懺悔心」としています。

自分の存在との一体感を求めた母に裏切られた怨みから、
父母の殺害を意図し、
その攻撃的願望が処罰されるという罪悪感に対して
予想に反した「許し」を与えられることにより
罪の意識に変化が生じるという心的過程を論じようとしているのです。
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詩を読む
- 2008/01/03(Thu) -
こんなにも、静かで穏やかなお正月を迎えているのに
いえ、だからこそなのかもしれないのですが
宮沢賢治の「永訣の朝」を
どうしてもブログに載せたくなってしまいました。

「松の針」「無声慟哭」「風林」「白い鳥」とともに
『無声慟哭』と名づけられた連作のような詩のなかの一つで
賢治の生前に発表された唯一の詩集「春と修羅」に収められています。

随分古びてしまったこの詩集を、何度も本棚から取り出しては
繰り返し繰り返し読みたくなってしまうのです。

最愛の妹を喪う悲しみ・・・・
妹の天上への転生、生まれ変わりを願う悲痛な思い・・・・
陰惨な暗い雲からやって来る美しい雪への感動・・・・

賢治の深い悲しみは、私に人生の無常を知らしめてくれます。
賢治の修羅の慟哭に、今だからこそ、そっと触れたくなるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

              永訣の朝     
                          宮沢賢治  1922/11/27 

   

   けふのうちに

   とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ

   みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ

      (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

   うすあかくいっそう陰惨(いんざん)な雲から

   みぞれはびちょびちょふってくる

      (あめゅじゅとてちてけんじゃ)

   青い蓴菜(じゅんさい)のもやうのついた

   これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に

   おまへがたべるあめゆきをとらうとして

   わたくしはまがったてっぽうだまのやうに

   このくらいみぞれのなかに飛びだした

      (あめゅじゅとてちてけんじゃ)

   蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から

   みぞれはびちょびちょ沈んでくる

   ああとし子

   死ぬといふいまごろになって

   わたくしをいっしゃうあかるくするために

   こんなさっぱりした雪のひとわんを

   おまへはわたくしにたのんだのだ

   ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

   わたくしもまっすぐにすすんでいくから

      (あめゅじゅとてちてけんじゃ)

   はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから

   おまへはわたくしにたのんだのだ

     銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの

   そらからおちた雪のさいごのひとわんを・・・・・

   ・・・・・ふたきれのみかげせきざいに

   みぞれはさびしくたまってゐる

   わたくしはそのうへにあぶなくたち

   雪と水とのまっしろな二相系(にさうけい)をたもち

   すきとほるつめたい雫にみちた

   このつややかな松のえだから

   わたくしのやさしいいもうとの

   さいごのたべものをもらっていかう

   わたくしたちがいっしょにそだってきたあひだ

   みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも

   もうけふおまへはわかれてしまふ

   (Ora Orade Shitori egumo)

   ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

   あああのとざされた病室の

   くらいびゃうぶやかやのなかに

   やさしくあをじろく燃えてゐる

   わたくしのけなげないもうとよ

   この雪はどこをえらばうにも

   あんまりどこもまっしろなのだ

   あんなおそろしいみだれたそらから

   このうつくしい雪がきたのだ

      (うまれでくるたて
       こんどはこたにわりやのごとばかりで
       くるしまなあよにうまれてくる)

   おまへがたべるこのふたわんのゆきに

   わたくしはいまこころからいのる

   どうかこれが天上のアイスクリームになって

   おまえとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに

   わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

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詩を読む②
- 2008/01/04(Fri) -
お正月もお終い。

今日から、私と娘はバイト始まり。
取り残される夫と息子は、2人で一体何をしているのでしょう?(笑) 

        賢治『無声慟哭』2作品目「松の針」です。
                 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                 松の針
                           宮沢賢治 1922/11/27


     
     さつきのみぞれをとつてきた

     あのきれいな松のえだだよ

   おお おまへはまるでとびつくやうに

   そのみどりの葉にあつい頬をあてる

   そんな植物性の青い針のなかに

   はげしく頬を刺させることは

   むさぼるやうにさへすることは

   どんなにわたくしたちをおどろかすことか

   そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ

   おまへがあんなにねつに燃され

   あせやいたみでもだえてゐるとき

   わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり

   ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた

      《ああいい さつぱりした

       まるで林のながさ来たよだ》

   鳥のやうに栗鼠(りす)のやうに

   おまへは林をしたつてゐた

   どんなにわたくしがうらやましかつたらう

   ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ

   ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか

   わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ

   泣いてわたくしにさう言つてくれ

     おまへの頬の けれども

     なんといふけふのうつくしさよ

     わたくしは緑のかやのうへにも

     この新鮮な松のえだをおかう

     いまに雫もおちるだらうし

     そら

     さわやかな

     terpentine(ターペンテイン)の匂もするだらう
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阿闍世・コンプレックスを考える⑥日本人的なるもの
- 2008/01/05(Sat) -
古澤氏は、まずフロイトの技法に則って
患者に洞察を求める努力をしているうちに
分析することが患者の心を
いかに切り刻むことになっているかに気づき、
しだいに「自己と患者との融合体験こそが
患者の生命の出発点であり、
患者がこの一体感や対人関係での親密な融合感を
体験しうるようになることこそが治療の目標である」
と考えるようになりました。

いわゆる「とろかし療法」と呼ばれたものです。

本来、中立的態度を通じて
患者に洞察を求める精神分析療法のなかで
このような治療者の態度の変化は、
古澤氏が深く傾倒していた
浄土真宗に負うところが大きいといわれています。

また一方では、
こうした古澤氏の姿勢の変化は、日本の患者が、
父子関係を中心に語る欧米の患者とは違って、
母子関係を中心に語りやすい事実にも由来しているといわれます。

フロイトのいうような父親の処罰に基づく罪意識とは違った罪意識、
いわば母子関係に由来する罪意識のあることに気づいたのです。

日本人のもつ依存性、特に母親への依存的固着を重視し、
その心理を母親の献身によって、
いわば治療者の献身によって癒そうとしたのです。
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詩を読む③
- 2008/01/06(Sun) -
昨日一人居間に転がって苦しさに耐えかねて泣いた。



変わりえない人たちを変えようと躍起になるのではなく

精神的にはっきり境界線を引き物理的に遠く距離を置き

自分自身をこよなく大切にすることできっとこれからも共生してゆける・・・・。



真っ白に血の気の引いた顔を手鏡に見ながら横になって呼吸を整え

そして私は温かな白濁した湯にとっぷりと浸かり

自分自身を愛する気持ちを自分の中に再び見出し

生まれたての湯気に包まれながら現実世界へと戻ってゆく。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                 無声慟哭
 
             宮沢賢治  1922/11/27

                  

   こんなにみんなにみまもられながら

   おまへはまだここでくるしまなければならないか

   ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ

   また純粋やちいさな徳性のかずをうしなひ

   わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき

   おまへはじぶんにさだめられたみちを

   ひとりさびしく往かうとするか

   信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが

   あかるくつめたい精進(しやうじん)のみちからかなしくつかれてゐて

   毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき

   おまへはひとりどこへ行かうとするのだ

     (おら、おかないふうしてらべ)

   何といふあきらめたやうな悲痛なわらひやうをしながら

   またわたくしのどんなちいさな表情も

   けつして見遁さないやうにしながら

   おまへはけなげに母に訊(き)くのだ

     (うんにや ずゐぶん立派だぢやい

      けふはほんとに立派だぢやい)

   ほんたうにさうだ

   髪だつていつさうくろいし

   まるでこどもの苹果の頬だ

   どうかきれいな頬をして

   あたらしく天にうまれてくれ

     《それでもからだくさえがべ?》

     《うんにや いつかう》

   ほんたうにそんなことはない

   かへつてここはなつののはらの

   ちいさな白い花の匂でいつぱいだから

   ただわたくしはそれをいま言へないのだ

      (わたくしは修羅をあるいてゐるのだから)

   わたくしのかなしさうな眼をしてゐるのは

   わたくしのふたつのこころをみつめてゐるためだ

   ああそんなに

   かなしく眼をそらしてはいけない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
【苹果(ひょう‐か)】
   リンゴの果実。へいか。


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阿闍世コンプレックスを考える⑦母性神話
- 2008/01/08(Tue) -
フロイトのいうところの
エディプス・コンプレックスのエディプスは、
ギリシャ悲劇の主人公です。

そのストーリーは
「生まれた子どもは、父を殺し、母親を妻にする」
という予言のためエディプスは森に捨てられ、
やがて運命の意図にあやつられて、
そうとは知らずに父親を殺し、母親を妻にしてしまい、
その真実を見極めた時、
自らの目を刺すことで罰を受けようとするのです。

エディプス・コンプレックスの超自我は、
父親から懲罰されるという
去勢不安から生まれる罪悪感が根底にあり、
キリスト教的な伝統的父権主義に基づく
『父親=厳格な法の執行者』です。

阿闍世コンプレックスには、
罰や恐怖による罪悪感は存在しません。

阿闍世コンプレックスは、
母親と子どもの二者関係における
『甘え・憎悪・許し・謝罪』
などの複合的な感情なのですから、
父親のような社会的存在としての他者は
はじめから存在していないのです。

『自分が悪い事をしたのに、
相手から許されてしまったことによる申し訳のなさや
後悔・謝罪としての罪悪感』であり、
「悪い行為をした加害者(子ども)」を
「罰する」のではなく、「許すこと」によって
自己懲罰的な罪悪感を自発的に抱かせようとするものであって
阿闍世の母・イダイケのエゴイズムと
愛情・保護という母性原理に基づく
『母親=寛容な情・許しの体現者』なのです。

罪に対する処罰を恐れることによる
エディプスの「処罰方罪悪感」に対する
阿闍世の「許され型罪悪感」。

すなわち、エディプスが父からの復讐を恐れて
罪悪感を持ったのに対して
阿闍世は自分の行為によって被害を受けた母に
「許される」という体験に由来する罪悪感なのです。

仏典の阿闍世物語では阿闍世の苦悩と病は
自分自身の父殺しと母の幽閉からくるものであって、
ブッダに帰依することによって回復してゆきます。
また、父王のビンバシャラも母のイダイケも
ブッダに帰依しています。
そこでは「寛容な情・許しの体現者」としての
母親の介在は強調されてはいません。

母親が真の「母性」を取り戻したことによる
子どもの病からの回復というストーリー・・・・

母性の回復が子どもの回復につながるというこうした発想自体
日本の「母子関係の重視」という文脈と
全く軌を一にしていると私には感じられるのです。 
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軽いウツ対処法・覚書
- 2008/01/09(Wed) -
散歩
体操
体を動かす
笑う
ワンワン泣く
瞑想
お風呂につかる
外に出て目に間接的な日光をあてる
リラクゼーション
マッサージ
はり灸
自然の緑と接する
人とうちとけて話す

部屋に閉じこもっていない
外に出る
人の迷惑にならない所で大声を出す
信頼のおける友だちに電話する
ビデオを見る
テープやCDを聴く

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阿闍世コンプレックスを考える⑧日本人的なるもの
- 2008/01/12(Sat) -
相手に献身的に尽くすことで恩を感じさせ、
反対に、
相手から懸命に尽くされることで自分が恩を感じる。

こういった関係性のあり方は
「自己犠牲的な他者への献身」と
「世話役割」へと身を投じていく女性の
家父長制における共依存的な関係性が
その根底にあるようにも思えます。

日本人の罪悪感は、西洋人の罪悪感のように
超越者との関係から導かれるものではなく、
自分の所属する集団の人たちの
信頼を裏切る時に強く感じられるもので、
その罪悪感は、人間関係の関数であるともいえます。

普遍的な法や倫理を破ったために生じる
客観的な罪悪感というよりも、
自分の知っている他人や世間に
迷惑や心配を掛けてしまって申し訳ないという
後悔や謝罪の念に基づいた罪悪感なのです。

また、日本人は、
他人との協調や連帯を大切にする反面
自分の行動や意見を制限し、
集団的価値観にそぐわない
突出した個性を押しつぶそうとします。

日本人の超自我は、
『他人や世間に迷惑をかけてはいけない』
という主観的な基準に基づく良心としては機能しますが、
超越的な善悪の判断基準を持たないために、
相互的に罪や誤りを許しあう
寛容さ=甘えを常に容易に孕むものになるのです。

土居健郎氏は、
こうした『甘え』を根底にした対人関係のあり方と
その関数である罪悪感は、
さまざまな形をとって日本人の精神病理を
特徴づけているとも考察しています。

(今日では、欧米人にはないとされた「甘え」も
 決してないわけではなく、
 深く抑圧されたものという認識がなされるようになり
 諸外国の精神分析家からをも注目を浴びるようになっていますが)

古澤氏の提起した阿闍世コンプレックスの概念は
小此木啓吾氏によって日本人論の観点から
日本的一体感=甘えとその相互性、
日本的恨みとマゾヒズム、
日本的許しと罪悪感
という三つの構成要素からなる一つの全体的な心理構造が
日本人の母子体験の源流にあると指摘しています。

視点を変えればこの物語は
父権を主張する夫の言いなりに子どもを産まなければ
自分の地位を保つことさえ出来ない女性の不安や
こうした夫の仕打ちに耐えて、
わが子を産んだり殺したりしなければならない
母親のDV物語であり、
また、その妊娠を喜ばれることなく殺されそうになった
虐待された子どもの物語でもあり、
さらに、胎児期に子どもを殺そうとした
虐待する親の物語であるとも読み取れます。
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心療歯科へ行く
- 2008/01/13(Sun) -
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歯科治療を受けようとするたびに、あまりにも酷い受診困難を起こすので
「心療歯科を受診してみないか」ということになり
先週の金曜日に、ドキドキ、ハラハラ
全身硬直緊張状態で、やっとの思いで受診してきました。

問診表の記入から始まって、「まず、これをやってください」と
手渡された数々の心理テストが上の写真です。

1時間ほどかかって書きました。

「ウツ状態ですね」思いもかけずそう言われました。
「エーッ、ウツですか?死にたくならないし、そんなことないと思うんですけど?」
「ウツだと不安症状で受診困難になりますよ」
「でも、前に比べたら、全然なんともないです」
「以前のウツは相当重度だったと思われます」
「そうなんですか?・・・・ウツなんですか?・・・・」

そして、その治療も含めて受診を継続してゆくことになったのですが・・・

今の心身の状態でウツだということなら
私は小学2年生くらいからずっとウツだったことになります(笑)
最近は、こんな私の人生の中でも、最も生活も心身も安定しているほうで
何気に幸せ感も感じられるようになってきた矢先だったのに・・・・

長い長い診察を終え、
医師から聞かれたことで、ふと思いだしたことがありました。

夫のアルコール依存と暴力がどんどん加速していった平成6年、
私は苦しみに耐えかねてウツを再発し、真剣に離婚を思い詰め、
夫にも、恐怖に怯えながらそう告げたことがありました。

結果は散々で、離婚など到底で出来ず、
それ以降、夫のアルコール依存とDVはますます酷くなってゆき
私は私で、その苦しみから逃れようと命を投げ打つ覚悟で宗教へとのめり込み、
夫婦二人三脚の嗜癖旅は
奈落の底へと一直線に突き進んでいくことになったのです。

そういえば・・・当時ウツが再発する前年の平成5年
私は親知らずを抜くため、活動の合間に何気に歯医者に行っていた・・・
それも何度も・・・・平気で・・・・

私がウツ状態でいることは、夫の怒りを刺激し
泥酔状態での深夜まで続くさらに激しい暴力と暴言をうけることになるし、
宗教活動の厳しさからも、到底ウツでの休息は受け入れられるものではなかったし、
私はどんなにウツの症状が重くて辛くても
這いずりまわるようにして「普通の生活」を演じ続けるしかありませんでした。
そうして、胃潰瘍や胆嚢炎、ぎっくり腰や喘息などなどの
数々の身体症状の頻発に悩まされていくようになりました。

ウツとの共存か・・・
小さい頃からずっとそうやって生きてきたのかもしれない・・・
そう思うと、なんだか少し悲しくなりました。

でも、これからは、もし本当にウツで治療が必要であるのなら
今度こそ、もう一度、
これまでは宗教団体の幹部の精神科医にしか
掛かったことのなかった私でしたが、その呪縛も解けた今こそ 、
新たな気持ちで、新しい精神科医に出会って
今度こそ、もう一度、
完治の希望を持って、受診してみよう。

ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら
冬の冷たい雨の降る中、妙に明るい心もちで帰途についたのでした。
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昨夜聞きながら眠った曲、など
- 2008/01/14(Mon) -
最近、何年ぶりかでまたクラシックにはまっていて、
毎晩寝る前に数曲聞きながら眠っています。

これまでは、楽曲名や作曲家にもほとんど興味がもてなくて
ただ聞き流していただけだったのですが、
今は、少しいろんなことに興味が湧いてきていて
「昨夜聞きながら眠った曲」として
ブログに覚書程度に記録を残しててみようかなと思いました。

では早速(笑)
「昨夜聞きながら眠った曲」から

・シチリア舞曲 フォーレ作曲
  組曲「ペレアスとメリザント」の第3曲にあたるもの。
  全体は4曲からなっていて、
  第2幕への前奏曲として書かれたものです。
  気品に溢れた旋律と、美しい-ハーモニーが  
  単純かつ精妙な形式で表現されています。

・アランフェス協奏曲~第2楽章  ロドリーゴ作曲
  アランフェスは実在するスペインの土地。
  乾ききったスペインの高原に
  オアシスのように広がっているそうです。
  傷つき、疲れきった心に大きな慰めと励みを与えてくれる曲です。

この2曲を聞き終わる頃には、私はすでに深い深い夢の中・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

娘からは、私が次々と新しい料理を開発しても
それも、そのまま、それっきり、になるケースがとても多いので
もう一度作って欲しいと思っても、
当の本人が思い出すことさえできない状態なので
「毎日の献立も、記録して残しておいて欲しい」と言われていますが
それは今のところ丁重に「却下」いたしております(笑)

いちいち写真を撮ったり、作り方のメモを残すなんて・・・・
それほどの料理名人でもない私にとっては
恥ずかしすぎて、面倒すぎて、当分の間は実行不可能でしょうね。

こんな風に、いろんなブログの楽しみ方も今年は取り入れてみようかと思っています。
タイトルも変更を余儀なくされるやも?

それもよし。
自分の成長の軌跡となっていくのかもしれませんから。 
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娘とデート
- 2008/01/16(Wed) -
今朝の午前3時ごろ、娘が私の枕元にしゃがみ込んで
「お母さん・・・お腹が痛いよ・・・」と寝ている私を起こしました。

そんなことは初めてだったので驚いて目を覚まし
「どうしたの?どこが痛いの?下痢はしてるの?吐いたの?」と
心臓が凍るような思いで矢継ぎ早に聴いてみると
どうも月経困難のようでした。

私も娘を出産するまでは、相当重い月経困難を抱えていましたので
思い当たる節も多く、少しは胸を撫で下ろしましたが
大学に入って環境も大きく変わり、年齢とともに身体の変化も加速している今、
将来のためにも一度しっかり婦人科の検査を受けておくことも大切かと思い
大学を休んで婦人科へ連れて行くことにしました。

女性の身体は本当にデリケートで、その自分の身体を自分自身が熟知し
大切に自己管理してゆくためにも、婦人科を避けては通れないと思ったからです。

もう何年も行ったことのない、私のかかりつけの婦人科の女医先生がいました。

たまたま昨年参加したDVの朗読劇の関係で、DVの講演会に行ったときに
その先生が来ておられたのです。

こうした女性問題にも関心を持っている先生なら尚更娘を繋げておいてやりたい。

こうして今日は娘と久しぶりの1日デートとなりました(笑)

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以前は2時間待ちは当たり前に込んでいたこの待合室も
今日は不思議なほどに静まり返り、たった30分で診察も検査も終了しました。

超音波の検査では、子宮や卵巣に器質的な異常は見当たらず
それだけでも本当に安心しました。
基礎体温や血液検査の結果はまた後日。
2人であちらこちらと楽しいデート♪

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美味しいココアとケーキを食し、すでにバーゲンの始まっていた手袋や
ファッション時計やその他諸々、買い物を楽しみました。

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いつもの電車に乗り込む頃には、陽も落ちはじめています。

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駅に着いたときには、もうすっかり暗くなっていました

災い転じて、本当に今日は楽しい一日を過ごすことができました。

でも・・・・
デジカメの日付は明日になっているし、
その上、
今日は劇団の稽古日だったということまで
すっかり忘れてしまっていたおバカな私なのですが・・・
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ビッグイシュー販売者による「人生相談」より
- 2008/01/17(Thu) -
昨日、娘と医院へ向かう道すがら、
久しぶりにビッグイシューの販売者のおじさんに出会いました。

信号待ちをしていた時に、娘が先に気づいてくれて
「あっ!ビッグイシューのおじさんいてるで!」と教えてくれました。

そして、お気に入りのジョニー・デップが表紙を飾る2008.1.1号と
最新号の「人生相談」の2冊を購入。

「ジョニデ、やっぱり男前やね!この目がスッゴイ素敵!」
「この人が表紙のときはすぐ売り切れるんやで。男前はええよなあ(笑)」
などと販売のおじさんと他愛ない会話を交わした後、
パラパラと斜め読みしながら病院へと向かいました。

ジョニデはもちろん最高でしたが(笑)
最新号の【ビッグイシュー販売者による「人生相談」】は私の胸に深く染み入り、
特に「家族」について答えてくださっているAさんの回答に
忘れられない、いえ、これからも決して忘れたくないとの強い思いを抱きました。

少し長くなるのですが、相談内容とAさんの回答をそのままここに残したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Q:実家の母に悩んでいます。
  ささいなことで父をののしり、隣近所の人に対する陰口もひどい。
  毎日のように私に電話をしてきて、泣いたり、怒ったり、
  最近、体調が悪いのかもしれませんが、病院に行くように説得しても聞く耳をもたない。
  もうウンザリ。こんな母にどんな言葉をかければいいのでしょう?
  (30代/女性/派遣社員)

A:僕は、親孝行とは無縁の人生を送ってきたんです。
  30歳の時に離婚して、自殺未遂ばかりして、その度に親に苦労をかけてた。
  手に負えなくなって、親は僕を精神病院に入れたんです。
  実家には兄のお嫁さんもいて、折り合いがうまくいかなかったし。
  その時、故郷も家族も捨てた。
  20年近く連絡を取らなかったんだけど、ある日、建築現場で大事故に遭ってね。
  あばら10本折って両肺もつぶれて、生死の境をさまよったけど、
  その時、会社の社長が
  「お前の親は冷たいな。電話したら、もう勘当した息子だからって言われたぞ」って。
  ショックだったね。死んだ方がよかったのかなって思った。 
  そしたら、労災のお金で親孝行できたかもしれないから。
  最後に会ったのは、5~6年前。
  その時も、やっぱり実家には兄の家族がいるから、親が近くの旅館をとってくれて。
  母は毎日、旅館に来て、おにぎりをにぎってくれて、
  最後の日は父も駅まで送ってくれた。
  お互いどうすることもできなくてね。なんにも言葉にならなかった。
  そんなんだから、西成の街には「尋ね人」の貼り紙が多いけど、
  それを見たら、うらやましいなーと思うの。
  西成には、僕みたいに尋ねてもらえない人がたくさんいるから。
  だからって、この相談者の方に「親孝行しておいた方がいいよ」とは
  簡単には言えないけどね。
  自分もできなかったことだし、ねじれた関係を言葉でほぐすのは難しいこと。
  ただ、そばにいてあげるだけでいい、
  それで母親への愛情を持ち続けているだけでいいんじゃないかな。
  僕もね、親を恨む気持ちは一切ない。
  今は生きているかどうかもわからないけど、いつも心の中では両親に手を合わせてる。
  泣いたり、怒ったり、近くにいるからこそ、つらくてウンザリすることもあるかもしれない。
  でも、愛すべき人がそばにいるということは
  それだけで幸せなことだと僕には思えるんだね。
                              (Aさん)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Aさん、ありがとうございました。
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心療歯科2回目
- 2008/01/18(Fri) -
今日は私の心療歯科2回目
今日から治療が始まるのかも知れないと思うと
昨日から平常心でいることが難しく
当日の今日は、朝からドーンを気分が沈んで落ち着かず
激しい動悸や血の気が引いていくような不安感と
何とか戦って病院へと向かいました。

必死に堪えていたけれど、
診察台に登ると、何かがブツッと切れてしまって
また激しく嗚咽してしまいました。

まだ何も、口に手を入れられてもいないのに
先生に申し訳なくて、でもどうにもならなくて、私はひとしきり泣きじゃくってしまいました。

先生は「緊張して苦しかったんでしょ」と
嫌な顔もせず、泣き止むまでずっと待っていてくださいました。

診察台の上で、いろいろ話を聴いていただき
次回から少しづつ診ていこうということで
今日も何もせずに終わりました。

抗ウツ剤のデプロメールを処方してもらい
前回とは別の心理テストを2種類、家でやってく来るようにと手渡され
それで今日は終了。

診察台から立ち上がろうとするとふらついて
倒れそうになったので、少し休んでから帰りました。

大袈裟な自分。
弱虫の自分。
情けない自分。

来週は火曜日の夕方に行きます。

歯に対する拘りが、人以上に強いのかもしれないな、と思いました。

何とか逃げずに、横向きにはえている親知らずや、
治療途中で放置している歯や、
時々痛む歯など、きちんと治療して行こうと思っています。

今日は久しぶりに飲んだ抗ウツ剤のせいか
頭がボーッとしていて、このままぐっすり眠れたら幸せなのにと思っています。

ここのところ3日も続いて、
宗教関係の知人と口論している夢ばかり見て
酷くうなされて、汗びっしょりになって夜中に目覚めてしまいます。

怖い、酷い、許せない、恨めしい、恋しい・・・・

夢から醒めたひと時は
複雑な感情がせき止めることの出来ない激しさで
濁流のように押し寄せてきました。

まだこんな気持ちが残っていたなんて
我ながら驚いています。

だから眠るのが少し怖いのです。

でも、ただなんとなくですが
多分私はもう逃げないだろうなと、不思議とそう確信しています。
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昨夜聞きながら眠った曲②
- 2008/01/19(Sat) -
     トロイメライ       シューマン作曲

28歳のシューマンが恋人クララに送った小品集の中の
「子どもの情景」の第7曲目です。
有名な曲ですね。
あらためて曲名を知りました。

子どもの頃への追憶を誘うようなメルヘンチックな曲・・・・

でも、シューマンは、
もともとの躁鬱や精神的疲労、
青年期に罹った梅毒などが原因で投身自殺を図り、
その後、精神病院に収容されて回復しないまま、
1856年7月29日、47歳になって間もなく、この世を去ったそうです。

暗い最期に向かってひた歩むロマン派の巨匠が、
ほんのひと時、意識と無意識の狭間で垣間見た
幼い日のメルヘンの世界なのでしょうか・・・

何か繰り返し繰り返し聴いていると
頭の中が走馬灯のようにぐるぐる巻きになってきて
現実と夢想との境界があやふやになってしまう、
そんな曲に思えるのです。

ちょっと、私的には怖いかも・・・
でも、癖になりそうでもあり。

寝る前に聞くと、怖い夢見そうだから、もう止めます(笑)
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詩を読む④風林
- 2008/01/20(Sun) -
賢治、「無声慟哭」4つ目の詩です。
朝から、小さな声を出して読んでみました。

   ・・・・・とし子とし子

        野原へ来れば

        また風の中に立てば

        きつとおまへをおもひだす・・・・・


賢治は生涯こんなふうに、妹に語りかけ続けていたのだろうと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                  
           
             風林
                      宮沢賢治 1923.6.3

      
     (かしはのなかには鳥の巣がない

      あんまりがさがさ鳴るためだ)

   ここは艸があんまり粗(あら)く

   とほいそらから空気をすひ

   おもひきり倒れるにてきしない

   そこに水いろによこたはり

   一列生徒らがやすんでゐる

     (かげはよると亜鉛とから合成される)

   それをうしろに

   わたくしはこの草にからだを投げる

   月はいましだいに銀のアトムをうしなひ

   かしははせなかをくろくかがめる

   柳沢(やなぎざわ)の杉はコロイドよりもなつかしく

   ぼうずの沼森(ぬまもり)のむかふには

   騎兵聯隊の灯も澱んでゐる

   《ああおらはあど死んでもい》

   《おらも死んでもい》

     (それはしよんぼりたつてゐる宮沢か

      さうでなければ小田島国友

         向ふの柏木立のうしろの闇が

         きらきらつといま顫えたのは

         Egmont Overture にちがひない

      たれがそんなことを云つたかは

      わたくしはむしろかんがへないでいい)

   《伝さん しやつつ何枚、三枚着たの》

   せいの高くひとのいい佐藤伝四郎は

   月光の反照のにぶいたそがれのなかに

   しやつのぼたんをはめながら

   きつと口をまげてわらつてゐる

   降つてくるものはよるの微塵や風のかけら

   よこに鉛の針になつてながれるものは月光のにぶ

   《ほお おら……》

   言ひかけてなぜ堀田はやめるのか

   おしまひの声もさびしく反響してゐるし

   さういふことはいへばいい

     (言はないなら手帳へ書くのだ)

   とし子とし子

   野原へ来れば

   また風の中に立てば

   きつとおまへをおもひだす

   おまへはその巨きな木星のうへに居るのか

   鋼青壮麗のそらのむかふ

    (ああけれどもそのどこかも知れない空間で

     光の紐やオーケストラがほんたうにあるのか

     …………此処(こご)あ日あ永(な)あがくて

         一日(いちにぢ)のうちの何時(いづ)だがもわがらないで……

     ただひときれのおまへからの通信が

     いつか汽車のなかでわたくしにとどいただけだ)

   とし子 わたくしは高く呼んでみやうか

    《手凍(かげ)えだ》

    《手凍えだ?

     俊夫ゆぐ凍えるな

     こないだもボダンおれさ掛げらせだぢやい》

   俊夫といふのはどつちだらう 川村だらうか

   あの青ざめた喜劇の天才「植物医師」の一役者

   わたくしははね起きなければならない

    《おゝ 俊夫てどつちの俊夫》

    《川村》

   やつぱりさうだ

   月光は柏のむれをうきたたせ

   かしははいちめんさらさらと鳴る

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

艸:そう・くさ:草の字を古くから艸の字に当てて代用する。
    (いくらでも生える雑草)

顫えた:ふるえた
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詩を読む⑤「白い鳥」
- 2008/01/21(Mon) -
『無声慟哭』最後の詩「白い鳥」です。

妹の死後、賢治は農民の暮らしを経て
1928年、妹と同じ病に倒れ、
31年、病の床で「雨ニモマケズ」を手帳に書きます。
そして、1933年、37歳で亡くなりました。

1人の修羅から、
妹の死によって、天上の妹とともに
他者の幸せのために真っ直ぐに生きて行こうと思い、
そして「欲はなく、怒らず」という存在へと変わっていく賢治。

妹の臨終の床での最後の言葉は、
妹以外の理解者を得ることの出来なかった孤独な兄を救って
賢治の心の中に、いつまでも響きつづけていたのかもしれません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


              白い鳥

             宮沢賢治 1923.6.4
   

    《みんなサラーブレツトだ

     あゝいふ馬 誰行つても押へるにいがべが》

    《よつぽどなれたひとでないと》

   古風なくらかけやまのした

   おきなぐさの冠毛がそよぎ

   鮮かな青い樺の木のしたに

   何匹かあつまる茶いろの馬

   じつにすてきに光つてゐる

      (日本絵巻のそらの群青や

       天末の turquois(タコイス)はめづらしくないが

       あんな大きな心相の

       光の環(くわん)は風景の中にすくない)

   二疋の大きな白い鳥が

   鋭くかなしく啼きかはしながら

   しめつた朝の日光を飛んでゐる

   それはわたくしのいもうとだ

   死んだわたくしのいもうとだ

   兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる

     (それは一応はまちがひだけれども

      まつたくまちがひとは言はれない)

   あんなにかなしく啼きながら

   朝のひかりをとんでゐる

     (あさの日光ではなくて

      熟してつかれたひるすぎらしい)

   けれどもそれも夜どほしあるいてきたための

   vague(バーグ)な銀の錯覚なので

     (ちやんと今朝あのひしげて融けた金(キン)の液体が

      青い夢の北上山地からのぼつたのをわたくしは見た)

   どうしてそれらの鳥は二羽

   そんなにかなしくきこえるか

   それはじぶんにすくふちからをうしなつたとき

   わたくしのいもうとをもうしなつた

   そのかなしみによるのだが

      (ゆふべは柏ばやしの月あかりのなか

       けさはすずらんの花のむらがりのなかで

       なんべんわたくしはその名を呼び

       またたれともわからない声が

       人のない野原のはてからこたへてきて

       わたくしを嘲笑したことか)

   そのかなしみによるのだが

   またほんたうにあの声もかなしいのだ

   いま鳥は二羽 かゞやいて白くひるがへり

   むかふの湿地 青い蘆のなかに降りる

   降りやうとしてまたのぼる

     (日本武尊の新らしい御陵の前に

      おきさきたちがうちふして嘆き

      そこからたまたま千鳥が飛べば

      それを尊のみたまとおもひ

      蘆に足をも傷つけながら

      海べをしたつて行かれたのだ)

   清原がわらつて立つてゐる

    (日に灼けて光つてゐるほんたうの農村のこども

     その菩薩ふうのあたまの容(かたち)はガンダーラから来た)

   水が光る きれいな銀の水だ

   《さああすこに水があるよ

    口をすゝいでさつぱりして往かう

    こんなきれいな野はらだから》

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

蘆:あし
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記事を削除しました。
- 2008/01/23(Wed) -
心療歯科へ行った記事を削除しました。

ちょっと、しんどかったので。

また、落ち着いたら、あらためて書くことにします。

とりあえず、3回目も行けましたので、それでいいかな、と。

今日の劇団の稽古もお休み。

ひと休み、ひと休み、(笑)
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娘、19歳の今日
- 2008/01/23(Wed) -
今日は娘のお誕生日でした。
19歳になりました。

1989年1月23日、14:27分、2830gの娘を、
帝王切開でやっとの思いで産みました。

私のような人間が子どもを産んでもいいのだろうか?と
3年間悩み、考え、祈りました。

そして、どんな運命も受け入れようと決心がついて
娘を産みました。

小さな赤ちゃんでした。
今はお父さんに似て、大きく育ちました。

夢のようです。19年も経ったなんて。

自分に子育てが出来たことも、奇跡のようにすら思えて
感謝しかありません。

ささやかなご馳走と、ささやかなプレゼントを贈りました。

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音楽が大好きな娘が、お風呂でも聞けるように
防水のCDプレイヤーです。

6000円ぐらいの安物だけど、大喜びの娘は
1時間以上も、お風呂に入って聞いていましたよ(笑)

さあ、明日も頑張ろう!
おッと!頑張らずに楽しく暮らそう!(笑)

生まれてくれて、本当にありがとう・・・・

お母さん役の人生も、本当に幸せでしたよ。
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自主グループ立ち上げ
- 2008/01/27(Sun) -
昨年末、DVの朗読劇が終わってから早1ヶ月余り。
今日、元朗読劇メンバーの自主グループ立ち上げの打ち合わせに行ってきました。

寒い~寒い~朝~。
真っ白な息を子どものようにシュッシュッポッポ楽しく吐きながら(笑)

やっぱり、着いたのは私が一番乗りでした。
くそ真面目な性格の私は、大体どこでも一番乗り。
なのに帰りはなぜかいつもべッタになって、誰もいなくなった道を物思いにふけりながら
ポツネンと帰ることになるんですが。(チョーとろい・・・・)

何人来るかと心配でしたが、本日参加者11名。
今日は来られなかったけれど、参加希望者が4名。
最低10名以上が実働できるとしたら、たいていの作品は出来るんじゃないかな?と
期待に胸も膨らみます。

これだけの人数の女性が集まると、一人一人の自己主張も相当なもので
どうなることやらの猛烈なしゃべくりの後、とりあえずグループの登録だけは無事完了。

先の長い話ですが、今年の12月に、昨年と同じところに出演するということで
練習場所も12回まで、無料で借りられることとなりました。

12回を大切に使うために次回は別の場所でいよいよ出し物の検討に入ります。

私が密かに思っているのは「従軍慰安婦」にまつわるものをやりたいなって・・・
それが無理なら、「平和」へのメッセージ性のあるものをとか・・・

でもね。
多分無理やろなあ~。
彼女たちの勢いには、到底敵いそうにありませんから(笑)

楽しみます☆
なにしろスタートできただけで、私はとても嬉しいみたいだから♪

ただ・・・・
また身体が悲鳴をあげています・・・・・
先日、心療歯科へ行った日から、右の肘が痛みはじめ
今日はとうとう熱をもって腫れあがりました・・・・

家事が大変です。
お料理だけは悪戦苦闘して作りましたが、後片付けで根をあげてしまいました。

バイトから帰った娘が9時過ぎから手伝ってくれました。
疲れていただろうに、ありがとう・・・・

そっと、そっと、大切に、優しくしてやろうと思っています。
きっとその方が、早く治るんだろうなって。

怖い怖い悪夢を見ないために、今夜はMozartを聴きながら寝ることに致します(笑)
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お薬のこと
- 2008/01/30(Wed) -
1月18日から心療歯科でお薬をいただいて飲むようになってから
そろそろ2週間になります。

18日に頂いたのは「デプロメール」と「ガスモチン」
「デプロメール」は
憂うつな気分をやわらげ、意欲を高めるお薬で
うつ病やうつ状態、強迫性障害、社会不安障害の治療に用いるようです。
「ガスモチン」は
胃腸の働きをよくするお薬です。吐き気や食欲不振、胸やけなどに用います。

5日間ほど飲みましたが、吐き気が酷く、硬直したように身体に力が入り
イライラ感がつのって不眠状態になりました。

服用を中止して、次の受診日の22日にそのことをお話しすると
「前回お渡ししたお薬を続けて欲しいので、これと一緒にしばらく飲んでみてくださいね」と
「ドグマチール」を追加していただきました。

「ドグマチール」は胃の働きをよくしたり
うつ状態を改善し、気分を安定させる作用もあるそうです。

「ドグマチ-ル」は1日3回の服用となっていましたが
3回飲むと調子が今ひとつ優れず、自分で勝手にですが
「デプロメール」や「ガスモチン」と同じように
朝夕の1日2回に減らして服用しています。

3種類のお薬を飲むようになって9日目ですが
自分にあっていたのか、気持ちが安定していて明るい気分で過ごせ、
夜もよく眠れる気がします。

ただ、日中もとろとろと眠くなるのがちょっと難点。

でも、今は仕方ないかな、と思っています。

バイトはお休みしています。
2ヶ月ほど前に、働き者の50代の女性が入ってこられて
彼女は離婚して一人身ということでシフトも目一杯入れていて
「稼がなあかんねん!私は!」ともの凄い勢いで仕事をされていて
のんき者の私の出番は今やほとんどないも同然の状態になりつつありましたので
抵抗なくお休みも取れましたし、ちょうど良いかなと・・・・(笑)
居ても居なくても・・・・かもしれません(笑)

4回目は木曜日。31日に行く予定です。

「月曜か木曜に、来やすい時に来てくださったらいいですよ」
「しんどい時は、キャンセルしてもいいんですよ」
「キャンセルの電話もしなくてもいいですよ」

ここまで言っていただいて・・・・前回は相当苦しんでやっとの思いで行ったから
安心させていただいていますが、一応は頑張るつもりです。

「頑張らないでいいんですよ」とも言われていますが
頑張らないと行けそうにありません・・・・

今日、水曜日は劇団の稽古日です。
こっちは行けるかなあ?
もし無理なら、しばらくお休みしようと考え中。
そろそろ公演体制に入っているので辞退するなら早めに報告しないと・・・・

フーッ・・・・
いろいろ厄介な気分です・・・・
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