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厳冬の夜に童話を読む
- 2008/02/01(Fri) -
1年で1番寒い2月を迎えましたので
雪景色に変えてみました。

寒くて寒くて
私の息も胸に白く凍っています。

それでも、よだかのように、
どこまでも、どこまでも、まっすぐに、のぼって行こうと思いました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


              よだかの星         宮沢賢治


・・・夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。
  もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。
  よだかはのぼってのぼっていきました。

  寒さにいきはむねに白く凍りました。
  空気がうすくなった為に、
  はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。

  それだのに、星の大きさは、さっきと少しも変わりません。
  つくいきはふいごのようです。
  寒さや霜が、まるで剣のようによだかを刺しました。
  よだかは、はねがすっかりしびれてしまいました。
  そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺん空を見ました。
  そうです、これがよだかの最後でした。

  もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、
  上を向いているのかも、わかりませんでした。
  ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、
  横にまがってはいましたが、たしかに少しわらって居りました。

  それからしばらくたって、よだかははっきり、まなこをひらきました。
  そして自分のからだがいま、燐の火のような青い美しい光になって、
  しずかに燃えているのを見ました。

  すぐとなりは、カシオペア座でした。
  天の川の青じろい光が、すぐうしろになっていました。

  そしてよだかの星は燃えつづけました。
  いつまでもいつまでも燃えつづけました。

  今でもまだ燃えています。
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死刑執行・・・・を知る
- 2008/02/02(Sat) -
2月1日、
東京、大阪、福岡の、それぞれの拘置所で、
一名ずつ、計3名の男性の方の、死刑が執行されたそうです・・・・

日本は、死刑制度に賛成する世論が、9割にものぼるという調査を
毎日新聞の昨年12月23日付けの記事で知らされました。

これほどまでの圧倒的な世論・・・・
それを背景にためらうことなく行われる死刑執行・・・・

前回、12月7日に行われた3人への死刑執行から、
わずか2ヶ月も満たないうちの執行でした。

昨年12月18日には国連総会で、「死刑執行停止決議」が
世界104ヵ国 の賛成によって採択されたばかりなのに・・・・

こうした歴史的な世界の流れのなかで、日本は全く逆行している・・・・

決議に反対した54ヵ国の中でも
実際に執行を行っているのはさらに少数の国だと聞きました。

死刑判決、死刑確定者、死刑執行・・・・
すべてを急増させているのは日本です。日本は「死刑大国」だったのですね・・・・

なぜ、世界の多くの国々で、死刑廃止が求められてきたのか、
もう一度、謙虚に受け止め、考えなければならないと
心からそう思います。

死刑は、残虐な刑罰だと思います。
死刑には、必ず冤罪も生まれます。
死刑は廃止されなければならないと、私はそう思っています。

果たして「犯罪」は、犯罪者個人の問題だけなのでしょうか?

社会的な問題も含んでいるのではないのでしょうか?

貧困や差別などの複雑な問題も、深く関わっているのではないのでしょうか?

「私はあんな奴らとは全く別の人間」なのでしょうか?

?????????
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心療歯科中断・・・
- 2008/02/03(Sun) -
1月31日に予約していた心療歯科受診日には、
やっぱり行くことが出来ませんでした。

今日現在も、まだ行けていません。

3回目の受診直後に始まった腕の痛みが、日を追うごとに酷くなり、
家事どころか、自分自身の着替えにすら不自由を感じるほど悪化して
「どーせ大袈裟な自分の、いつもの故障だろうから」と
ちょっと斜めに構えて冷たく眺めいた私も、
さすがに日常生活にまで支障をきたすようになってきたのでは、
このまま自然治癒まで放置しておくわけにもゆかなくなり、
とうとう、また、大の苦手な医者の門を再びくぐらねばならなくなりました。

結果は「軽度の筋断裂」いわゆる「肉ばなれ」という診断結果でした。

関節痛ではなかったのです。

医者曰くは、「相当強い力をグググッと急激にかけ続けたのでしょう」とのこと。

そんな・・・・・

確かに3回目の受診では、初めて治療らしきことをすることになり、
とは言っても、それでもまだ治療前段階の
「口の中に器具を入れることになれる」程度で、
歯の表面を電動ブラシのようなもので磨いたり、
歯間ブラシを何ヶ所かに入れてみたり、ただそれだけでしたが・・・・

「もう絶対に泣くまい。でないといつまでたっても治療にまで辿り着けない」
そう強く決心して、行きたくなくて葛藤する重苦しい気持ちを必死に抑え
やっとの思いで行ったのです。
そして、診察台の肘掛を、もの凄い力で鷲掴みにして、耐えました。

その結果が「右腕筋断裂」だなんて、もう呆れてものが言えません・・・・
歯科治療で、いえ、まだ治療にまで辿り着いてもいないのに、
恐怖心に耐えかねて「筋断裂」するまで椅子にしがみつく人なんて
聞いたことも見たこともありません。

落ち込みました・・・・なんてヤツだ・・・・私は・・・・って。

担当の女医先生に電話で事情を説明すると
「ああ、この前は、ちょっと強引にブラシ掛けたりしたからねェ・・・・」
「そうなんでしょうか・・・・?次の予約、いつ入れたらいいかと思って」
「そうですね、今、どこか痛む歯とかありますか?」
「いえ、どこも痛くないです」
「じゃあ、次の診察は腕が完全に治ってからにしましょうね。
 今の状態で、さらに力を加えたら余計に悪化してもいけないし」

私はなぜかひどくがっかりして、そのくせどこかホッとして
「お薬が土曜日で終わるんです」
「そうでしたね。飲んでみてどうでしたか?調子は悪くない?」
「ええ、1日3回のお薬だけ、朝夕の2回に勝手に減らして服用してるんですけど
 合ってるように思います」
「そう、それはよかった。じゃあお薬だけは取りにこれますか?」
「はい、行きます」
「次のことは心配しなくていいから、治ったらまた始めましょう」

こうして、心療歯科はしばらく中断することになってしまいました。

情けない落ち込んだ気持ちで一杯です・・・・
痛む腕まで忌々しく思えてきます・・・・

「あかんわ、私」
「マジやばいで、こんな人間じゃあ」

そんな気分・・・・です。
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雪が積もった~♪
- 2008/02/03(Sun) -
外を見ると雪が積もっていて、嬉しくなってデジカメを持って散歩に出ました。

下手な写真ですが、記念に残しておきます

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我が家の玄関先の花々も雪に埋もれて・・・・

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裏の駐車場の車に積もった雪。

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光り輝くルビーのよう・・・

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豊かに実った果実・・・・お・お・美味しそう・・・・(笑)

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真っ白な雪の上を、車が2台通りました。
その後を、お父さんと小さな子どもが足跡をつけようと、2人手をつないで歩いてゆきました。          自転車に乗った少年は、なんでもない振りをして通り過ぎようと思ったけれど、
思わず曲がりくねった車輪の後を雪の上に付けたくなってしまったのです。(全部私の妄想 笑)

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新聞配達員さんの足跡かな?

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お隣の○子ちゃんの愛車も綺麗に雪化粧しました。
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音楽の効用
- 2008/02/05(Tue) -
     
     (BADRUN氏撮影 「神が渡るであろう湖」 )

昨夜はなかなか眠れなくて、随分いろんな曲を聴きました。

どうやら私は、ベッドで横になって音楽を聴きながら眠りに入ると、
即効、曲から感じたイメージそのままの夢を見続けてしまう、
相当な単細胞体質であるらしいのです。

幾夜も幾夜も、怖い夢、恐ろしい夢、悲しい夢を見続けて、
やっとそのことに気づき
最近は、なるべく夜は心が落ちつく曲しか聞かないようにしています。

音楽の持つさまざまな要素を、人間の生理に当てはめて考えると
例えば音の強弱は、緊張と緩和。
音の遅速は、呼吸とか心臓の鼓動など、生命のリズムそのもの。
音の高低は、呼吸の調節。
そして、もちろん、長調・短調は、人の心の明るさや暗さが反映されてきます。

こうした音楽のさまざまな要素が、
人の心だけではなく、身体そのものにも影響を与えるので、
音楽の持つ特色をもとに研究されたのが音楽療法なのでしょう。

近代医学の精神医療でも、欠かせない部門になっていますが
音楽療法の歴史は、かなり古いようで、
中でも有名なのは、旧約聖書にあるという「サウルとダビデの物語」です。

聖書によると
「神から出る悪霊がサウルに臨む時、
 ダビデは琴を取り、手でそれを弾くと、 
 サウルは気が静まり、良くなって、悪霊は彼を離れた」とのこと。
古代から音楽は心因性の病気の治療に役立っていたのです。

憂鬱な気分の時は、まず同質の刺激を与え、
徐々に反対のムードの刺激を与えるようにすると効果があるそうです。

例えば、まずは哀愁をおびた暗く悲しい曲、
チャイコフスキーの「憂鬱なセレナード」などを聴いて
落ち込んだ気分を同調させ、徐々に明るい感じの曲に移っていく。

チャイコフスキー・・・・「憂鬱なセレナード」「交響曲第6番」「交響曲第4番」
シベリウス・・・・・・・・・「悲しきワルツ」
モーツァルト・・・・・・・「管弦五重奏曲第5番」
シューベルト・・・・・・・「管弦四重奏曲第14番」
ショパン・・・・・・・・・・・「ピアノ・ソナタ第2番」
バッハ・・・・・・・・・・・・「ブランデンブルク協奏曲第2番」
ベートーベン・・・・・・・「エグモント序曲」
ブラームス・・・・・・・・「大学祝典序曲」

今日のメニューは、こんなもので、いかがでしょうか?(笑)

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感情のジェットコースター現象な日々
- 2008/02/06(Wed) -

       (BADRUN氏撮影 「神が渡るであろう湖」)

実は、腕の痛みが酷いため、入浴や衣服の着脱が大変に困難で、
先日電話で先生と、お薬だけでも取りに行く約束をしていたのに、
どうしても無理だったので電話で断ってしまい、
もう4日間、いえ、すでに5日目に入っているのですが
この間、全く薬を飲んでいませんでした。

どうってことないかな、と最初はそう思っていたのですが、
ジェットコースタ並みに、感情の上下・左右・大回転現象・・・。
天国と地獄を凄まじいスピードで走り抜けていくような日常・・。

夜は眠れないし、些細なことで激したり、泣いたり、腹が立ったり。
かと思うと、果てしなく沈み込んでいく・・・。
もう、ホトホト疲れきりました。

何よりも辛いのは、過去の苦しかったいろいろな体験を、
もの凄いリアルさで、まるで「今、ココで」起きているかのような
生々しい感情をともなって、再体験してしまうことです。

「なんで私は、あんな思いをしながら、なんで抵抗することも逃げることもできず
 なんでニコニコ偽りの笑顔の仮面を被って、真っ暗な絶望の中を
 たった独りで生きようとしたんだ!!」

自分への怒り、母への怒り、夫への怒り、宗教組織への怒り。
そして、それを上回る悲しみと絶望感と悔しさが
怒涛のように押し寄せてくるのです。

今夜は、ゆっくり時間をかけて、ボチボチお風呂に入れたので
明日は必ずお薬を貰いに行ってこようと思います。

夫や娘や次男の、いつもどおりの言動に
酷く傷ついて、赤ちゃんがえりしたかのように、寂しく辛く、すぐに泣いてしまう。
家族もいい迷惑です・・・ごめんなさい・・・・

私の中の、母性的愛を狂ったように求める凶暴な赤ん坊は、
今もまだ相変わらずの健在ぶりのようで、
「甘え」と「依存」と「許し」を求めて、隙あらば大暴れしてやろうと
虎視眈々と狙っているのだということも、はっきり自覚しました。

あの子は私、
そして、この子の面倒をみてやれるのも
この私しかいない。

明日は行こう。お薬を貰いに、きっと。
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心療歯科効果?
- 2008/02/07(Thu) -
病院へ朝早くに行ってきました。
着替えが大変だったので、着やすいという理由だけで選んだ「とんでも格好」で(笑)

病院の再診受付を済ませ、心療歯科の受付で
「お薬をいただきに来ました」と申し出たところ、
「以前の分と同じでよろしいんですね?」と聞かれたので
てっきりすぐに処方箋(院外処方です)を頂けるものと思っていたら、
それがまたなかなかで、1時間以上待たされました。

少し待合室が空いてきたかな、と思った頃に
私を担当してくださっている女医先生が診察室から慌てて出てこられ
「○○さん、大変でしたね。お薬は1か月分出しておきましたので、
 腕が良くなるまで安心して治療してくださいね。
 またいつでもお電話いただければいいんで」と
私の表情を心配そうに見ながら仰いました。

「ああ、そうだったのか。腕を痛めたことで私が強いショックを受けて
 次回、来にくくなるのを案じて、待たせてでも顔を見てから
 直接処方箋を手渡そうと思ってわざわざ出てきて下さったんだな」と気づきました。

その時はなにも言いませんでしたが、
「先生、先生は恐怖に引き攣る大袈裟な私を、全然バカにもしないし、
 軽くもあしらわないし、強制的に治療しようともしないし、
 こんなことぐらいでショックを受けて治療を止めたりしないから、安心してください」
心の中でそう思いながら、お礼を言って帰りました。

戻ってすぐに薬を服用。
安心したのかぐっすりお昼寝。
目が覚めるととても爽やかな気分でした。

薬のおかげか、単細胞の体質ゆえか、
その日の夜は楽しい気分で過ごせ、ビーフシチューも大成功でした♪

で、「治療中、好きな音楽を聴いていたら随分楽ですよ」
との先生の薦めもあったので、「CD WALKMAN」を買いました。

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横にいる白い猫のペンケースには縺れない様にコードをしまってあります。

それから、ついでに前から欲しかった「ワンセグチューナー」も買っちゃいました。

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映りは、まあまあ。
でも結構あれこれ楽しんでいます。

これらも「心療歯科効果」とでも言えるのではないでしょうか?(笑)





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格別の日
- 2008/02/08(Fri) -
娘の後期試験が昨日で終わることに気が付いて
もしかしたら今日は、
近々予定していたビデオ三昧の一日になるかもしれないなと思い、
急遽、電車とバスを乗り継いで、公立で一番大きい図書館まで行くことにしました。

朗読劇の素材集めです。
探してみて、自分の気に入った作品がもしあったならば、
それを提案してみる価値は充分にありますものね。

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急に降り始めた霧雨の中、家を出たのは夕暮れの気配が色濃く漂い始めた頃で、
帰宅ラッシュには時間も早く、とても寂しげな駅の様子でした。

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図書館に入ってすぐのロビーでは「手作り明かり展」なるものが催されていて思わずパチリ!

すぐに係員の方が駆け寄ってきて「許可なくの撮影は禁止されています」と
ちょっと叱られてしまいました。最近は、どこへ行くにもデジカメ持参で、
何でも撮ること自体が楽しみになっているのですが、
「これからは気をつけなくては」と反省・・・・
でも、すでに撮っちゃった分は別にいいとのことなので、ココにも載せちゃいますね(笑)

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数時間、館内を歩き周り、数冊の本やCD、ビデオなど計8点を借りました。
思い通りのものを発見することはできませんでしたが、
私がどういった方向性のものをやりたがっているのかという意思表示には役立ちそう。
今日はビデオ三昧どころか、一つ一つ吟味してみなくては。

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帰る頃はすでに夜になっていました・・・雨も降り続いていてグッと冷え込んでいます。
出かける前に夫に「今から○○図書館へ行くから、帰りは遅くなるかもしれません」
と予めメールをしていたのですが、あら、まあ、びっくり!!
館内から出て携帯がつながると、夫から珍しくメールが来ていて
「仕事の帰り道だから迎えに来ました」とのこと。
辺りを見回すと、「いるいる!」夫の車がすぐに目に飛び込んできました。
こうして帰りは本当に楽をさせてもらうことができました。
「いいとこ、あるじゃん!お父さん!」

車の助手席で撮ったピンボケ写真です。それが幸いしてか光が宝石のようにきれいです。

慌しくはありましたが、楽しい一日になりました。
そして、帰り道、夫に奢ってもらった温かな缶コーヒーの味もまた、格別の味でした。

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雪国?
- 2008/02/09(Sat) -
今日は朗読劇の打ち合わせの日。

朝から随分冷え込んでいて、それでも8時過ぎに家を出るときは、
ほんの少し雪がチラチラしていただけだったのに、
打ち合わせの最中から、どんどん降り始めました。

その時はまだ「うわ~きれい!」とか何とか言って喜んで
打ち合わせの会場から写真を撮っています。それがこれ↓

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ところが、打ち合わせを終えて、のん気に帰途に着いたまでは良かったのですが、
雪で電車は遅れるし、バスは止まるし、タクシーも一台も来ないし、のこの有様↓

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これじゃあ、雪国です

たまたま第二土曜のお休みで、まだ寝ていた次男を電話で叩き起こし(ゴメンネ)
これまた、たまたま髪を切りにバスで出かけていた娘とともに
ぐるり車で回って迎えに来てもらい、やっと家に帰ることができました。

家の前の鉢植えは、美味しい美味しい姿に・・・・(笑)↓

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2階の窓から撮った外の風景・・・・「これじゃあ、まるで雪国」とまた呟く・・・↓

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ンでもって、朗読劇の内容は・・・???・・・・忘れた・・・・みたい(笑)
「また来月集まろう」と決まったことだけは覚えていますが。

薬がとてもよく効いて、気持ちの安定したアホな楽しい毎日です

こんなに効いて、大丈夫なんだろか?


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名残り雪
- 2008/02/11(Mon) -
昨日の写真。前日降りしきった雪の名残り。

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近所の子どもたちが、はしゃいで作っていました。

私も子どもの頃に大雪が降った翌朝、
大喜びで、雪、というより泥だらけの雪だるまを作った覚えがあります。(笑)

誰か知らないおじさんが、そんな私たちを写真に撮っていて
その中の一枚が、翌日の朝日新聞に掲載され
「恥ずかしくて死にたい・・・」って真剣にしばらく悩んでいたっけ・・・・
子どもだって、喜ぶとは限らないんだぞーー!!

で、「私は決して怪しいものではありませんので、1枚だけ撮らせてくださいね」とお断りして
あんまり可愛いのでパチリ

ただそれだけの休日でした。




そうそう、携帯auに変えました。

ビスケットのようなデザインです。にっこり

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「癒し」と「超常」
- 2008/02/12(Tue) -
斎藤学氏メッセージ 「薬物依存と精神療法」 要約

       「癒し」と「超常」

精神分析では「癒し」などの言葉を用いることはほとんどありません。

フロイトの精神分析のカタルシス療法は、
ヒステリーの治療法として登場したものですが、それは「お話し」による感情移入、
悲惨な体験を人に話して泣くといったものと「催眠術」との入り混じったものでした。

ヒステリーを治療するという発想は、19世紀の半ばまで、
何とか政治的力を維持し続けてきた宗教的権威が保ってきた
「宗教的癒し」や「悪魔憑き」などの神秘体験を科学的に解明して、
宗教の世俗的権威を叩き潰すという意図から始まっていたのです。

つまり精神分析は、素人的「お話し」と、いかがわしい「催眠術」と、
中世的な「宗教的癒し」を放棄した「科学」を標榜して始まったものなのです。

精神分折や力動的精神療法は、第2次大戦直後のアメリカで全盛期を迎えますが、
その時期、一方では、この治療法の限界も明確になってきました。

精神分析が頼りにしていた患者の「内的現実」、
つまり、過去の人間関係、特に親との関係にまつわる心象の「解釈」に代わって、
患者=クライアントと家族との会話という、現実をそのまま観察の対象として、
そこに現れる「歪み」や「短絡」を、その場の「指示」によって修正する治療法、
「家族療法」が人気を集めるようになったのです。

この頃、かつて精神分析が捨てた「催眠術」を拾って治療技法に組み込んだ
ミルトン・エリクソン(Erickson,MH)が、
精神分析に限界を感じた治療者たちの注目を集めました。

エリクソンは、「症状」の持つ肯定的な意味を、すなわち、
「症状」もまたその人の生に関して、一定の貢献をしているという事実を見抜いて、
「症状」という行動に代わる別の行動を指示することに長けており、
それはあたかも戦闘指揮官が奇策を用いて敵を攻略するのに似ていたので、
彼に強い影響を受けた治療者は「戦略派」と呼ばれました。

「家族療法」は、これを簡略化した「ブリーフ(短期)療法」を生み、
これが現在の最先端の治療法ですが、ここでは
人間間相互作用から生じる人々の「ナラティブ(ストーリー、物語)」が大切にされ、
また、「催眠」を用いたイメージ誘導も多用します。

第2次大戦後しばらくしてからは、精神分析にとっての異端者であり、
宗敦的なもの、神秘的なものの治療的効用を説いたカール・ユング(Jung,CG)が、
彼のナチス擁護という過ちにもかかわらず、もてはやされるようにもなりました。

今では精神分析によっていったん捨てられた「催眠術」と「お話し治療」が、
洗練された形で精神療法の中に位置付けられています。

しかし「宗教的癒し」は、
相変わらず大方の精神療法家からは締め出されたままです。

現代の多くの精神療法家は、自分たちの技法を
「科学」と呼ぶことにためらいを感じていますが、
それでも彼らは自分たちの治療を「アート(技芸)」とか「テクニック(技法)」
と呼び、自分たちを「技術専門家」と考えています。

一方、世間の悩む人たちは、
相変わらず「超常的な能力」や、「神秘的な体験」や、
「宗教的な力」による救済を求めています。

精神療法の―部は、これらに道を開いていて、
その中には「学」としての体系を目指すものとして
「トランスパースナル療法」や「ホリスティック心理学」などもありますが、
中には「前世療法」や「水晶療法」など、
神秘そのものに足を踏み入れたものもあります。

元来、こうしたのもは、人々の迷妄と恐怖と宗教的悟りのうごめく、
反科学の領域であり、今もそのパンドラの箱を開けると
様々なエネルギーが噴き出てきます。

例えば、「癒し」と「超常」を求める心が営利の欲望と結びつくと、
様々な組織の、といっても方法論はほぼ一定の、「自己啓発セミナー」が生まれます。

同種の根から、これもまた様々な宗教運動が生まれ、
その多くは「カルト」として悩める人たちに空想上の超常能力を付与し続けています。

「癒し」という言葉の危うさは、このような状況から発しています。
それは「超常」という観念と結びつくと「危険」なものになるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・要約 ここまで・・・

以下・覚書

「人格の幼児性」について

自分の欲望や感情などを中心にしてしか、全ての物事を発想できない。

自分で自分を充たそうとはせず、他の何者かによって充たされようとする。

他人からの保証で自分を安定させようとする。

神秘的なものに引かれ、占いやオカルトを信じやすい。

自分のことを正視できないため、厳しく自己反省することが出来ず
そのため現実認識が「理性」ではなく「願望」の中でしか行われない。

「自分」と「他人」との間の現実認識の甘さ。

現実認識の中に、自分の願望が滑り込む。

「克服と自立」について

自分と他者とが、同じ平等な次元で生活しているという確かな認識。

自分と同じように、他者も感情を持っているという認識。

自分の中にある欲望や感情を、コントロールしていく意志。

物事を自分の感情を差し挟まずに、ありのままに見ていく理性。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・覚書 ココまで・・・

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こんなの、買いました。
いつも体中がコリコリで、辛い思いをしている次男へ。
3月24日の、ちょっと早いお誕生日プレゼントです。

相当、奮発しましたが、家族みんなで相談して、
家族みんなで使えるだろうからと。

もしかして、実は私自身のため?(笑)

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帰ってこない・よ・また。
- 2008/02/13(Wed) -
夫が、帰ってきません・・・・

現在、0時25分。

今日はお給料日。

また、なのでしょうか?

お酒?パチンコ?博打?女?

約1年ぶりの・・・・狂乱?

昨日買ったマッサージチェア、キャンセルしなくっちゃ・・・・・

ささやかな幸せすら、破壊され続けた結婚生活ウン十年か・・・(笑)

ふっと、不安を感じ始めた午後8時過ぎ、急激に体調が悪くなり始め
ずっと治まっていた右腕までもが痛みはじめ
私は気づいてしまいました。

あの人が、私を苦しめていたんだって。
あの人が、私を病気にしていたんだって(笑)

なんか、可笑しくって、可笑しくって、涙が止まらない(爆)




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夫、狂乱記。
- 2008/02/13(Wed) -
やっぱり、やられました・・・・
1か月分のお給料を持ったまま、携帯の電源も切って、
仕事も土曜日から行ってなくて・・・・

初めて職場に電話してみました。
以前、「電話してあなたの言っていることが本当かどうか聞いてみる」
と私が言ったときには、
「一家皆殺しにしてやる!」とかなんとか喚き散らして、
バットのような棒を持ってきて、大暴れしたことがあったから、
これまで一度も電話すらかけたことはなかったんですが。

5日にお給料は支払われていて、仕事は土曜から休んでるって。

倒れているのでは?などと心配して、悲壮な思いで電話をかけた、
わたくしの際限のないこの甘さよ・・・

昨年は、3月だったかな?
娘の大学入学資金の準備にもの凄く難儀している時に、
やっぱり1ヶ月分を5日間で使い切って帰ってきました。

その前は・・・・「給料袋ごと落とした・・・・」と言って、1週間。
たぶん「落とした」なんて嘘でしょうけど。

その前は、ああ、そうだった、一番大きな金額。
70万を20日足らずで使い切って、ヨレヨレになって、帰ってきたっけ。

その前は・・・・一つ一つ言い出したらキリがないくらい、何十回と・・・・

私が悪いのでしょう。
許すから。
どんなに悲しくて腹が立っても、またこの家の家族として受け入れるから。

自殺するんじゃないか?
野垂れ死にするんじゃないか?

そればっかりで・・・・

今回も、また、帰ってきたら家に入れます。
また、家族として暮らしていくことでしょう。
死ぬまでこんな暮らしかもしれません。
それでも、そうするでしょう。
子どもたちが「もう絶対嫌!!」と言えば、その気持ちを優先しますが。

自殺したら、それも仕方ありません。
私には、為す術がないからです。

昨夜、嫌な予感に襲われた時から始まった体調不良は、
朝にはすっかり回復しました。
欠かさず服用しているお薬の効用でしょうか?
それとも、「諦め」に腹が決まっているからでしょか?

今は淡々と事の成り行きをただ見つめている、そんな感じです。
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バレンタインデーに・・・チョコと児童労働
- 2008/02/14(Thu) -
夫はまだ帰って来ていませんが、気分を変えて・・・と

今日はバレンタインデー。

昨日、私が会員になっているAmnestyのNewsletter vol.395が届きました。
同封されていたJr.NEWSの特集は「チョコレートから考える、働く子どもたちのこと」

私が食べているチョコレート。
その原料であるカカオは、アフリカや南アメリカの暑い国に、
騙されたり売られたり親の借金返済のために、
家族から遠く離れた国に連れて来られた15歳にも満たない幼い子どもたちが
十分な食事ももらえずに、毎日12時間以上も働かされて、作られているということ。

「児童労働」の特集記事でした。

靴も履かず、服もほとんど着ることなく、
肩や背中には、殴られたり、重い荷物を担がされたりしてできた傷でいっぱい・・・・
病気の子どもが手当てもされず、重なった葉の下に置き去りにされている・・・・
コートジボアールの少年は
「チョコレートを食べている人は、僕の肉を食べていることになるんだ」と話す・・・・

カカオ農場だけではなく、世界には、こんな風に働かされている子どもたちが
約2億1770万人もいるそうなのです。日本の人口の2倍近い数字です。

一番の理由は、「貧困」
人口の半分近くが1日1ドル、約110円以下で生活している国が
アフリカにはいくつもあります。

ご飯ももちろん充分に食べられないし、
子どもも働かなくては生きていくことすらできないのです。

学校も足りなくて、勉強より働くことを親からすすめられます。

国全体が貧しくて整備されていないため、農作物も充分に作れない上に、
外国の会社は、貧しい国で作られたものを、なるべく安く買って安く売ろうとします。
自分たちが儲けるためです。だから貧しい国が豊かになることはとても困難なのです。

それを止めて、貧しい国で働く人たちがちゃんと生活できるように、
その人たちの作ったものを適正な値段で買ったり売ったりしようというのが
「フェアトレード」です。

子どもが働かされていない農場のカカオを原料とするチョコレートには
「フェアトレードラベル」が貼られています。
チョコレート以外にもこのラベルが貼ってある商品はたくさんあります。

日本で売られている商品の中には「ラベル」のないものもあります。
それは児童労働で作られているんです。

せめて、せめて、買い物をする時
この「フェアトレードラベル」が貼ってある商品を買いたい。
「子どもの肉を食べる豊かな国の人にはなりたくない」心からそう思いました。

夫がどうとか、1か月分のお給料がどうとか、幸せな悩みなのかもしれません。
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夕暮れの散歩道
- 2008/02/15(Fri) -
IMGP0165.jpg

この写真は、朝陽です。
まだ、何事も知らずにいた11日のこと(笑)
早朝、家の玄関を出たところからその美しさに思わずパチリ!

昨日は、「塩鍋」とかいう初めてのお料理にチャレンジする予定だったので、
早めに下ごしらえを開始したところ、春休みで家に居た娘も手伝ってくれて、
思いのほか早くに準備を終えることが出来ました。

このまま家に居ると5時ごろからでも夕食を食べてしまう勢いに
お腹がとっても空いていたので(笑)夕闇迫る時間帯でしたが散歩に出ることにしました。



私のいつもの散歩コースになっている公園の全体図です。
本当に広くて、森の中を歩いているような気分にさせてくれる最高の自然公園です。

IMGP0169.jpg

池の畔にて。

IMGP0170.jpg

池にぽっかり浮かぶ浮御堂。

IMGP0171.jpg

約1時間、公園の3分の1程度歩くと、すでに冬の月が高く高く上がっていました。
あんまり暗くなるとオバケが怖いので(人間の方がもっと怖いか?)帰途に着くことにしました。

梅もほころびはじめていたのですが、さすがに暗くて、今日は写真は無理でした。
また後日、明るい時間帯に観賞に行って、写真をアップしたいと思います。

家に着いて、娘と2人でしたが、「もうあかん!我慢できひん!」とばかりに、
力作の「塩鍋」をいただきました。
コレは絶品の出来でした。
白米をすり潰して白濁した鳥スープが、本格中華風の傑作!

そうですねえ、いつか「塩鍋」の作り方だけでも記事にしてご紹介しようかなあ~

アッ!夫はまだ行方不明のままです(笑)一応ご報告まで。

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夫の帰宅。
- 2008/02/16(Sat) -
夫が帰ってまいりましたので、ご報告いたします。

5日間、お風呂にも入らず、着替えもせず、髪はボサボサ、頬も心なしかこけて、
持病の十二指腸潰瘍を悪化させたのか、腰を屈めてみぞおちあたりを押さえ、
1000円のお金もなく使い切って。

台所にいた私に、出会いがしら、頭をぺシャリと叩かれると顔を歪めて泣くのです。
常備している薬を飲ませ、お風呂を沸かして入れました。

娘、次男、私、夫、4人で話し合いをしました。
「自分の気持ちを偽ったらあかんよ」子どもたちにそれだけは言っておきました。
そのせいか、これまでになく娘は、強い語調で思いの丈をぶつけていました。

じっと私たちの話を聞いていた次男に
「お兄ちゃんも思っていること、言いたいこと、怒りも悲しみも、何でも言っていいんだよ」
そう言うと、
「もういい、もうこの話は終わりにしよう」そう言うので終わりにしました。

お酒を飲んで、やっぱりブレーキがきかなくなり、パチンコをして、また酒を飲んで、
そうやって、すってんてんになるまで、車をねぐらにして呆けていたのでした。

仕事もクビになっていました。

「お父さんはどうするつもりなのか!」娘にそう言われて、夫は、
「やり直しをさせて欲しい。今日仕事を探してきた。月曜から働く。
  酒も今度こそやめる。嘘もつかない。やり直したい。」

皆が黙り込んでしまいました。何度も聞いてきた言葉だからです。

娘が
「私全然信じられへんわ・・・・」と。
「せやなあ~」とは私。

「また何するかと思うと、私怖いねん・・・・」「お母さんもやわ・・・・」
「せやけど、今回は1年ぶりやし、昔に比べたらウンと減ったしなあ~」「せやなあ~」
「ホンマに、やりなおすんやね?」と娘。
「ああ、やり直したいンや、ホンマや」
「やり直したいんやて」「ほんだら、そうしたら」
「せやなあ~、それしかないわなあ~、ああ~疲れた・・・」「もうはよ寝たら?」「うん・・・」

今度はせめて1年半は、もって欲しいものです。

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アルコール依存への否認?
- 2008/02/17(Sun) -
16日の記事「夫の帰宅」に対して、コメントを寄せて下さったムーミンさんに、
やんわりと(笑)ですが鋭いご指摘をいただき、
寝ぼけまなこで何気なくパソコンに目をやっただけだったのに、
明け方の4時、一瞬にして目が覚めるほど驚きました。
今も激しい動悸がしているくらい。

「私は、これほど夫のアルコール依存の問題に苦しみながらも、
 なんらその解決のための学びも、行動も、起こそうとしてこなかった」と言う事実に!!
 
「まるでそのことから目を逸らそうと、必死に努力をしているかのように、
 固く固く封印してしまっている」と言う事実に!!

家族が目を覚まさぬようにそ~っと1階に下りて、長らく閉ざされたままになっていた、
宗教関係の書物を詰め込んだ本棚を開けてみる。

ありました!たった1冊買った覚えのあるアルコール依存について書かれた本が。

再び2階に戻り、その本の表紙や裏表紙をまじまじと眺めてみる。
現代のエスプリ別冊・〈臨床心理学シリーズⅠ>「心の病理学」
1998年5月20日発行、ちょうど10年前に購入しているのですね。

「アルコール依存症」の項目を、恐る恐る開けてみると、
これでもか、というほど黄色い蛍光ペンで線が引かれている。
相当熱心に読んだようです。

学んだことのほとんどは、私の記憶の中から抜け落ちている。
「死ぬか生きるか、一か八かの賭け」
アルコール依存からの回復を、そんな風にしか記憶していない。

お医者さんへ連れて行こうかどうしようかと、随分悩んだ時期がありました。
この本を購入した頃だったのかもしれません。
あの頃は、とても夫が私の言うことを聞いてくれるとは思えず諦めたのでしょうか?
けれども、自分だけでも相談に行ってみようともしていません。

なぜ、放置してきてしまったのか・・・・?
宗教組織からの圧迫を恐れて、こうした家庭の実情をひたすら隠したかったのか・・・・?
それはあったような気がしないでもない・・・・?
わからない・・・・?
わからない・・・・?
「イネイブラー」ゆえの特徴なのか・・・・?
夫をアルコール依存の状態に置いておきたいという無意識の欲望なのか・・・・?
このあたりが正解の気もしないでもない・・・・?
わからない・・・・?
わからない・・・・?

・・・・わかりたくない・・・・のか?

今日からしばらく、相当難しそうだけれど、「アルコール依存」について、
この本を元に一から学んでみようと思っています。
ややこしい学びの記事が続くことかと思いますが。

ううう~、あまりのショックで、胃が痛い・・・。
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アルコール依存症受診記①
- 2008/02/18(Mon) -
アルコール依存症
『一旦酒を口にすると、コントロールして飲酒ができなくなる病気』

「意志」や「人格」の問題ではありません。
病気だからやめられないのです。
依存症は、飲酒をコントロールできなくなる「病気」です。
お酒が切れると発汗、不眠、イライラなどの離脱症状が出て、
つらいから飲まずにいられないのです。

依存症は進行性の病気です。
すべての依存症の人が朝から飲んでいるわけではありません。
病気の進行につれて、はやく飲みたくて夕方からソワソワするようになり、
休日は朝から飲み、やがて仕事にも穴をあけるようになっていったりします。

性別、職業、性格、意志などに関係なく、
飲酒する人であれば、誰でもなる可能性のある病気です。

この病気になると上手にお酒を飲めない「体質」になってしまうのです。
現在の医療では、もう一度「うまく飲める」体に戻す方法はありません。

お酒をやめたいと思っていても、できないのです。
専門医や自助グループの力を借りることで、もっとラクにやめていくことができます。

もともとアルコール依存症であったり、
ある日を境にして急にアルコール依存症になるわけではありません。

長年、飲酒をくりかえすことによって、
本人だけでなく家族の人をも巻き込んでいく進行性の病気です。

そして、さらに飲み続ければ、さまざまな病気をひき起こし、最後には死に至ります。
しかし、断酒して専門の治療を受けることで、心身共に回復していくことができます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夫のアルコールへの依存度を
KAST(久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト)でチェックしてみました。


つぎの質問の、あてはまるほうをクリックして選択し、
「診断する」のボタンを押して結果をご覧ください。
※質問には必ずすべてお答えください。未回答があると正しい結果が表示されません。

最近6カ月間に以下のようなことがありましたか?

Q1酒が原因で、大切な人(家族や友人)との関係にひびが入ったことがある
  ある
  ない

Q2せめて今日だけは酒を飲むまいと思っても、つい飲んでしまうことが多い
  あてはまる
  あてはまらない

Q3周囲の人(家族、友人、上役など)から大酒飲みと非難されたことがある
  ある
  ない

Q4適量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう
  あてはまる
  あてはまらない

Q5酒を飲んだ翌日に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある
  あてはまる
  あてままらない

Q6休日には、ほとんどいつも朝から酒を飲む
  あてはまる
  あてはまらない

Q7二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある  
  あてはまる
  あてはまらない

Q8糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断されたり、その治療を受けたことがある
  ある
  ない

Q9酒がきれた時に汗が出たり手がふるえたりいらいらや不眠など苦しいことがある
  ある
  ない

Q10商売や仕事上の必要で飲む よくある
  ときどきある
  めったにない

Q11酒を飲まないと寝つけないことが多い
  あてはまる
  あてはまらない

Q12ほとんど毎日、3合以上の晩酌(ウィスキーなら1/4本・ビールなら大びん3本以上)
  をしている
  あてはまる
  あてはまらない

Q13酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある
  ある
  ない

Q14酔うといつも怒りっぽくなる
  あてはまる
  あてはまらない



夫の診断結果は14.6点。重篤問題飲酒群でした。

『あなたのアルコールの飲み方には非常に問題があります。
 アルコール依存症の疑いも持たれます。
 すみやかに専門の相談機関に行き、  
 治療と教育を受けられることを強くお勧めいたします』

とのコメント。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日、早速アルコール依存症専門のクリニックに電話をしてみます。
私だけでもとりあえず行ってみます。

実は、昨夜、例の宗教関係の本を詰め込んである『開かずの本棚』に、
2000年にアルコール依存症専門医を探すために購入していた本を見つけました。
『開かずの本棚』に仕舞い込んでいただなんて、なんとも象徴的な話ですが。

すでにその時、とある専門クリニックに1度は電話を入れて
診察時間帯や曜日などについて問い合わせをしているらしく、
その本の間には、熱心に内容をひかえたメモまで挟んでありました。

「行ってみよう」そう決心していたことを、思い出しました・・・・

なぜ行かなかったのか・・・・

私は、夫に対して、心の底から絶望し、嫌悪し、憎悪し、
そうした自分の暗黒の感情を、胸中深く深くへと抑圧し、封印して、
夫の存在そのものを、自分の心の中から消してしまおうとして
生きてきてしまったのかもしれないなと思いました。

夫を、ずっとずっと、嫌悪し、遠ざけ、壊れた夫婦関係のまま居続けるために・・・・

亡くなった私の、あの、
アルコール依存症でDVで、執拗に幼い私を性的玩具扱いした夫そっくりの祖父を、
亡くなった後でさえも、数年間、嫌悪し恐怖し「甦り」に怯え続けていたように。

死んだ祖父の「甦り」妄想への私の怯え方が、
昼間の家の中でさえ自由に歩けなくなるほどに悪化して、
さすがに異常を感じた母や祖母に連れられて、いろんな拝み屋さんへ行きました。
7歳のころです。

そこでは
「黒狸が憑いているから、狸の置物を買って、朝晩ご飯とお水を供えて拝みなさい」
だとか
「名前の画数が悪すぎる」
だとか
「この子は将来宗教家にする以外、救われない」
だとか
散々にいい加減なことを言われて、
さらに、私はあの家にとっての「厄病神」の存在へと転落していったのでした。

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春遠からじ。
- 2008/02/18(Mon) -
昨日も、こちらは少し雪が降りました。
雪を降らせた灰色の塊のような雲の狭間から、明るい陽の光が微かに差しはじめています。

今の私の思いと同じようだなあと、ふと思いました。




今朝はうっすらと雪が積もっていましたが、すぐに消えてゆきました。

先日の大雪の日には、すっぽりと雪に埋もれていたガーべラの蕾たち。
それでも萎れもせず、枯れもしないで、
いつも太陽に頭を向けた凛とした姿を私に見せてくれます。

もう2ヶ月近くもこの姿で春を待っているのです。
「がんばれ!がんばれ!もうすぐ暖かくなるよ!」
私は毎朝一つ一つの蕾にそっと手を触れ、そう話しかけます。

IMGP0177.jpg


雀の巣作りはいつ頃始まるのでしょう?
先日、NHKの子ども番組を見ていたら、子どもたちが軒などに掛けた巣箱も
雀たちの大切な巣になるのだといっていました。

実際に巣になっている様子も映像で流れていて、それを見た途端私は堪らなくなって、
すぐに巣箱を買いに走りました 笑

それがこれ ↓ 笑
マジックで即席に色を塗り、
昔、10年以上も長生きしてくれたセキセイインコの名前を書きました。

「チッチ!雀になって私の元へ帰っておいで」

IMGP0178.jpg


巣の色塗りが終わり、アルコール専門の医院に電話を掛けて、
まずは私1人で行く家族相談の予約を木曜の夕方に入れて、
ここいらでちょっといっぷく。

昨日、100円のロールケーキに、
娘と次男と私との3人がかりで泡立てた生クリームをたっぷり塗って
3時のおやつを作ったのですが、
その残りのちょっとしぼんだ生クリームをたっぷり入れた、モカコーヒーを飲みました。

ウンマ~イ!! 

IMGP0180.jpg


春遠からじ・・・・
まっすぐ歩めばそれでよし。


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アルコール依存症・家族の問題②
- 2008/02/19(Tue) -
家族の問題
共依存/アダルトチルドレン(AC)
 
共依存

----------------------------------------------------------------
自分自身に焦点があたっていない状態のことです。たとえば次のように。
自分の価値や行動や感じ方を、周囲の基準だけを頼りに判断する。
自分がどう感じて何をしたいかではなく、周囲の期待に応えることだけに必死。
自分以外の人の問題を解決することに、いつも一生けんめい。

----------------------------------------------------------------
誰かの役に立とうとするのは、もちろんいいことです。
周囲に認められたい、受け入れられたいと願うのも、自然なこと。
けれども、その結果として自分自身が苦しくなったり、一生けんめいやればやるほど状況が悪化することがあります。
そんなとき「いったい何が起きているのか?」に気づくための言葉・・・・
それが共依存なのです。

----------------------------------------------------------------
この言葉はもともとアメリカで、依存症者の妻たちが苦しむ様子を目にした援助者が、自然発生的に使い始めたものです。
妻たちは、夫の飲酒問題を何とか解決しようとして、説教したり、監視したり、
失敗の尻ぬぐいをしていました。
崩れかけた家庭を、夫に代わって支えようと必死でした。

ところが、妻が必死になればなるほど、問題の当事者である夫は、
自分の健康や社会生活や家族のことに責任を持たなくなり、
ますます飲むという悪循環が生じていたのです。
そのため妻はますます夫のことで頭を悩ませ、疲れ果て、
なぜこんなことになってしまったのかわからずに、
怒り・悲しみ・絶望・混乱の中で途方にくれていたのでした。

----------------------------------------------------------------
「共依存」という言葉は、こうした家族にとって
「他にどうすればいいのか」を考え始めるきっかけとなりました。
そこで積み上げられた数々の知恵は、周囲との関係に悩む多くの人にも、
また、他人を援助する立場にある専門職にも、
健康さを保つための指針となったのです。

----------------------------------------------------------------
共依存という考え方は、私たちに次のような問いを投げかけています。  
----------------------------------------------------------------
犠牲になっていませんか?
誰かとの関係で、自分ばかりが責任やリスクを負ったり、
気持ちを押し殺したりしていないでしょうか。

乗り出しすぎていませんか?
相手が決めたり考えるべきことまで、やってあげたり、
指示したりしていないでしょうか。
その結果、相手の甘えを招いていないでしょうか。

自分を追い立てていませんか?
困っている人を助けないと悪いという罪悪感、
みんなに好かれなければダメだという考え方、
完ぺきな自分にならなければという思いこみなどで、
自分を過剰に追い立てていないでしょうか。

---------------------------------------------------

思い当たるところも多々あり、思い当たらないところもままあり。
自覚しているところもあれば、何のことなのか自覚すらできていないところもあります。

家族の病、イネイブラーの関係性の病理でもあるアルコール依存。

この問題に取り組むことによって、
夫とともに、私もまた成長への大きな契機にしていけると思うと、
どこかしら、ワクワクしていて、どうやら嬉しいようですよ 笑

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一度、時間のあるときにカテゴリーの整理をしないと、
なんだか形だけのカテゴリーになりつつあります
ほとんどいつも、未分類で書いてしまっているので・・・・

まっ、いいか~笑
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アルコール依存症③家族の病
- 2008/02/20(Wed) -
家族が考えること

1.異常な状況が続き、自分が正常であるはずがないことに気づいていますか
2.人が信じられなくなっていませんか
3.焦ったり、不安になったり、パニックになったり、自信喪失、
 あるいは 自暴自棄に陥ったりしませんか
4.自分だけが不幸だと思っていませんか
5.人前に出るのがつらくなり、人と会うのもいやになっていませんか
6.考えの視野狭窄を起こしていませんか
7.いつも同じような批判や愚痴を言っていませんか
8.相手は病気を認めませんが、自分には非がないと思いますか
9.酔って問題を起こす人、その人ばかりをみていませんか
10.飲酒しているとき知らず知らずその相手をしていませんか
11.飲酒している時の言動にこころが傷ついていませんか
12.家庭はアルコール依存症者中心に廻っていませんか
13.じっくり、真正面から子供たちの話を聞いてあげてますか
14.離婚してしまったら子供たちはどんな思いをしますか   
 そして今、アルコール問題を解決しないと、子供たちが同じような人生を   
 たどってしまうとしたらどうしますか
15.アルコール依存症は子や孫にまで影響を及ぼすことを知っていましたか
16.アルコール依存症は病気だと知っていましたか
17.アルコール依存症の正しい知識がないことを認められますか
18.仕方ないとしながら依存症者を子供のように過保護にしていませんか
19.体の治療ばかりして、また飲酒できるよう段取っていませんか
20.ダメといいながら飲酒できる仕組みに加担していませんか
21.依存症者がこのままではダメだと気づくような作業を行っていますか
22.抗酒剤というお薬があるのをご存知ですか
23.あきらめる前に専門的医療を受けたことがありますか
24.自分が行動しなかったら誰がやりますか   
 誰が病気に立ち向かいますか 他の人がやってくれますか
25.駆け込み寺と思って断酒会に通ってみませんか

アルコール依存症は家族病

〔Ⅰ〕家族病であることの証拠  
①アルコール依存症者の子供のうち、
 男子はゆくゆくアルコール依存症と診断されることが多い  
②アルコール依存症の夫をもつ妻の25%は、
 親が大酒家かアルコール依存症患者である  
③アルコール依存症者を親にもつ子は情緒的、社会的な問題行動が多くみられ、
 思春期になると、過食症や拒食症、不登校、家庭内暴力、
 引きこもり、神経症になることが多い。〔

〔Ⅱ〕理由として考えられることー対人関係パターンの世代間伝達  
①幼児期から培われた望ましくない対人関係パターンを有し、   
 日常生活の中で「生きづらさ」を感じ、悩み続けて大人になる。   
(Adult Children of Alcoholics ACOA)  
②親の対人関係パターンのコピー

アルコールの呪縛を断ち切る契機

① 妻(配偶者)が本気で別居すると依存症者が思った
② 自我を押さえていた子供たちが本音をぶちまけた
③ 友人がアルコールのために亡くなったのを知った
④ 飲酒して崩れていく人の経緯を見て怖くなった
⑤ 幾度も入院を重ねたとき
⑥ 断酒しようとして失敗を繰り返したとき
⑦ 妻(配偶者)に引きつれられて断酒会に通い出した
⑧ 入院後断酒会につながった
⑨ 医師からアルコール依存症ときっぱり言われた
⑩ 入院中「どうせやめられない」と言われた

気づく瞬間、どのような名言もその人のこころの準備状態が頂点に達していなければ
何の意味もなさないだから、大切なことは、安全に、そしてより早く、
こころの準備をどう高めるかだ。
こころの準備が極に達したとき、一言で考えが変えられる


アルコール依存症者への接し方10ケ条

1.酩酊時には接しない
2.飲酒しているときの「相手」をしないで無視する
3.興奮しているときにはその場から去る
4.翻弄に巻き込まれないよう注意する
5.大切な話は飲酒していないときに行う
6.批判や愚痴、冗談を言うのではなく、本音で話をする
7.依存症者の言い分もよく聞き出してあげる
8.必要に応じて毅然とした態度を示す  
9.憎いのは依存症者ではなくアルコールであることを銘記する
10.苦しみながら断酒を続けている病む人であることを忘れない

アルコール依存症の病院受診について

1.内科など一般科への受診が多い    
 a.アルコール依存症者は一般科であれば受診を承諾しやすい   
 b.ご家族は医師から異常を指摘されればやめるものと期待する   
 c.ご家族は一般科でアルコール治療が行えると考えている   
 d.ご家族はアルコール依存症の本質を知らない   
 e.治療を断念し、長期入院を希望して精神科を受診させる
2.重症化(身体的には肝硬変,精神的には認知症等)しての専門医療機関受診が多い
3.徐々に一般科病院からの紹介が増えてきている    
 a.離脱症状等で対応困難に陥ったケースではなく、
 依存症の治療目的で紹介されるケースが増えてきている   
 b.一般科医師の認識が高まってきていると考えられる
4.飲酒している状況では通院が不規則あるいは中断する
5.酔った状態での診察は意味をなさない
6.振戦せん妄(離脱症状)発症時は入院治療が必要
7.断酒後、身体合併症の発症または増悪をみることがある
8.断酒を継続している際は通院をこまめに行う(2回程度/月)
9.スリップした場合は7日間の連日、通院してもらう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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無意識の蓋
- 2008/02/20(Wed) -
こんな時間から(午前3時半)起きています。
眠れません。不安定です。お薬を服用するようになって、初めての症状です。
ちょっと、自分自身を突き詰めることに無理をしているのでしょうか?

昨日の夕方、身体の内奥の深いところから、ざわざわざわざわざわざわと
あの危険を感じた時に常に起きてくる、本能的不安のようなものが全身へと波及してゆき
皮膚の表面にまで達した時に、激しい恐怖感に襲われました。

何かの蓋が開く・・・・
決して開けたくなかった蓋が開く・・・・
固く固く閉ざし続けてきたのに、その蓋が今、抉じ開けられようとしている・・・・
怖い怖い怖い・・・・

なにが怖い?
夫が怖い?
男が怖い?
自分の真実を知るのが怖い?
知ってしまったら、もうこのまま生きていくことができなくなると思うから?

知りたくない、知りたくない、知りたくない、
思い出したくなんかない、
いやだ、いやだ、いやだ、
愚かさの根源になにがあったのかなんて、私はもう知っているのに。
言葉にしたくないだけなのに。

言葉にしてしまったら、はっきりとそれらは実体化され、
悲しみと絶望と取り返しのつかない悔しさと
激しい憎悪と怒りと嘆きの土石流に自分自身がバラバラに解体されてしまう・・・・

そうして私は長い時間、森の香りに包まれた深緑色の湯船に浸かり
一つ一つの苦しみに丁寧に答えを返してゆく。

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お前はもう何も知らなかった幼い子どもではない。
10代の頃のように無力で非力で無抵抗な少女でもない。
危険な人や危険な場所にも決して近付かない賢ささえ持っている。
恐れることはない、怯えることもない。
嫌なら嫌と、断固として拒否する権利も力も今は持っているのだ。
耐えられないことは、はっきりと拒否をしてもいいのだ。
自分を守っていいのだ。

30分間、例のキャンセルできなかったマッサージチェアに乗り
呼吸を整えながら、さらに自分への言葉を探す。

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大丈夫だ。大丈夫!
未知の世界へ行こう。
いつだって引き返してきてもいいのだから。
初めの1歩、それさえ踏み出せば、
たった独りで歩く真っ暗な道の先にも、微かな灯りさえ見えてくるに違いない。

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それでもまだ眠れないけれど、明日から、私の戦いは始まるのです。
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病院へ行く
- 2008/02/22(Fri) -
一日中、精神的大騒ぎ?(笑)を体験しつつ、2時ごろからはシクシク胃も痛み始めて、
胃薬やら気付けにドリンクまで飲んだりして(笑)
呼吸困難なくらいの緊張と不安に、バリバリに身体を固くしつつもやっと電車に乗ったら、
スーッと全ての症状が消えてゆき(!!)無事、昨夕、電車を3台乗り継いで
アルコール依存症専門病院へ行ってくることが出来ました。

ハアー、いつものことながら、ホンットに大袈裟なヤツ・・・・

相談にのって下さったのは、まだ26・7歳位のうら若き美人女性相談員さんでした。
白い肌が透き通るように美しい方で、相談にのっていただいている間中、
ずっと見とれていたように思います(笑)

一生懸命、問診用のものなのか、マニュアルのような用紙を見ながら
私がちょっとでもそれとは違った答えを返すと、困った顔をされて、
それでもまた気を取り直して、マニュアルに何とか戻ろうと四苦八苦して
精一杯、私の話の聞き取りや、アルコール依存症や共依存の説明をしてくださいました。

150円ほどの小冊子を2冊購入いたしました。
「次回までに読んでくるように」と1冊の本も手渡されました。
相談料はカウンセリングを受けていた時の5分の1程度の金額で
往復の交通費の方が高いくらいの料金にホッとしました。

家族会への出席をお約束し、何かあったらいつでも電話してきてもいいこと、
また、出来るだけ夫自身が医師の診断を受けられるよう、
根気よく関わっていくことも確認しました。
ただ、家族会や自助グループも全て昼間・・・・
夫が仕事を休んで行かなくてならないので、そこが一番の難題です。
新しい職場に行き始めたところですし、年齢も年齢ですので、
ちょっとしたことで即リストラされちゃうし・・・・
しばらくは無理かなあ~と思うと、とても残念です。

夫は、昨日私が病院へ行くことを話すと、快諾ではありませんが、
誘えば一緒に行ってくれそうな雰囲気だったんですが・・・・
仕事を休むことは、リストラの不安が付きまとっていますので拒否されると思います。
難題、難題・・・・超難題です・・・・

くたくたに疲れて家に着いたのがもう夜の8時前。
食事をとって、お風呂に入って、バタンキューで寝てしまいました。

帰りの電車の中でもぐっすり寝てしまいましたし、まだ小冊子も本も
1ページも読んでいません。
今日からボチボチ読んでいって、気づいたこと教えられたことを
またブログにまとめて行こうと思っています。

第1回目、行けただけで、万々歳~です





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公園散策記
- 2008/02/23(Sat) -
病院へ行く前の日、
行くこと自体への不安と緊張からきていると思われる心身の不調を調整する目的で、
いつもの自然公園を、小旅行気分で2時間ほど散策しました。
IMGP0190.jpg
公園に入ってすぐに出会ったおじさんたち。何をされているのか興味深々で、
思い切って尋ねてみました。「野鳥の会」の方々です。

rurichou.jpg
この美しい鳥・・・・「瑠璃鳥」がここの公園にいるのだそうです。それを写真に撮るために、
ずっとこうして待っているのです。
見せていただいた写真の鳥は、ネットで探したこの写真が一番似ていたかな?
「孤絶の花・ブルーポピー」を思い出させます。

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むせかえるような緑の時期も、錦秋の季節も素敵ですが、冬枯れた公園もまた風情があって、
胸に染み入ってきます。

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梅の俳句や川柳を一般公募しています。私も一句、とはいきませんでしたが 笑

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お名前を見ると、どうやら外国の方のようです。素直な良い句ですよね。

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いよいよ梅林が見えてきました。
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枯れ葉に埋もれた土は、温かくて柔らかくて、素足になりたい~

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花の写真を撮るのはとても難しいんですね。ピンボケしちゃって難儀しました。
まあまあのできがこの写真です・・・・

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鴨の親子がス~イスイ~。可愛いです

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この公園の主でしょうか?帰る私を見送ってくれました。

温かな日差しにも恵まれた、快適な散策日和で、帰る頃にはだいぶんと、
気持ちも身体も元気を取り戻していましたよ。
やっぱり自然は素晴らしいですね。
いつかは本当の深い深い森の奥へと、どこまでもどこまでも入って行きたい・・・・・
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「手を放す」ということ
- 2008/02/24(Sun) -
先日病院で購入した小冊子を読みました。
「共依存からぬけ出すには?」と「イネイブリングって何?」です。

「共依存」については、
以前ブログで「関係性の病理を考える」や「世代間連鎖を考える」として、
自分なりにまとめたり、学んだりしてきたこと以上の理解には及びませんでしたが、
具体的な対応については多々学ぶことがありました。

「イネイブリング」についてでは、
ハッと自分自身の心のあり方に、強く気付かされる内容に突き当たりました。
それは「手を放す」ということ。
私の最もでき得なかったこと。

少し長くなるので何回かに分けて、まとめながら、考えながら、
ココにしっかり記録しておこうと思います。

そして最近は、また仏陀の教えを思い起こしています。
それは、「生まれたものどもは、死をのがれる道がない。老いに達し、そして死ぬ。
      じつに生あるものどものさだめは、まさにこのとおりである。・・・
      だから、師が教えられたように、人が死んでなくなったのを見るとき、
      かれはもうわたしの力の及ばぬものなのだ、とさとって、嘆き悲しみを捨て去れ」

スッタニパータ、575~590、仏教の死に関する考えです。

「形而上学的空想的存在」、「死後も永遠に生きつづける魂」などといった考えを
何一つ想定することなく「人間苦」を超克する方法 。
ブッダはそれを教えたのでした。

そのことも、まだもう少し考えつつ、思いを巡らせつつ、
この項の最後のまとめとして、現時点での考えを記してみたいと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2、「手を放す」とは?

アルコール依存症の人を、暴れる馬にたとえて見ましょう。
あなたは馬を何とかしようと、必死で手綱を握り締めています。
馬はますます興奮し、あなたは手綱を両手できつく握ったまま
馬に引き摺りまわされています。
手は固くこわばり、引き摺られる足も傷だらけですが、
あなたは馬を押さえなければという一心で、辛さを感じません。(その通りだった)
夢中になって手綱を放さずにいます。

「なにをしているんだ!危ないぞ!早く手綱を放せ!」と
叫ぶ声がどこからか聞こえます。

確かに、このまま掴まっていたら、あなたは全身に大怪我をするかもしれません。
けれど、手を放すのはとても怖いものです。
躊躇いながら、あなたは片手を放します。するともっと怖くなります。
バランスが悪くなり、身体はひっくり返ってもんどりうちます。
慌てて、放した手を戻そうとしますが、馬が荒れているのでどうにもなりません。
仕方がないので、とうとうもう一方の手も放しました。

・・・・・何が起こったでしょうか?
あなたは地面に放り出されます。心臓がドキドキいっています。
でも大丈夫、とにかく無事です。
手を放したからといって、世界は崩壊していないし、
自分に何も起こらなかったことを知って、あなたはホッと息をつきます。
まず、その感じをゆっくり味わってください。
宙を飛んでいるような恐怖が終わって、今はきちんと地面の上にいるのです。
あなたは安全です。
そこで、ふと思います。・・・・馬はどうなったのか?
多分、走り疲れれば、いずれどこかに止まるでしょう。
あなたは馬が帰ってくるのを待ってもいいし、あるいは、
自分の呼吸を整えてから、馬を探しに歩いて行ってもよいのです。

これが「手を放す」ということです。

・・・・・・・・・・・以下続く。
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恐れを乗り越える
- 2008/02/25(Mon) -
(・・・・以下要約続く)

イネイブリングをやめて手を放すのは、大変な勇気が要ります。
あなたの中には、次のような思いがありませんか?

1.自分が面倒を見なければ、この人はダメになってしまう。(アリ)
2.一人前のことが出来ないこの人を自分が取り繕っていかないと、
  問題が世間に知られて大変だ。(まあまあアリ)
3.自分が問題を処理しなければ、家族は崩壊してしまう。(すごくアリ)
4.この人の世話をきちんとしないと、自分は非難されてしまう
  (宗教団体にいたときはこれがすごくあった)
5.この人をなだめて怒らせないようにしなければ、家族の生活はめちゃめちゃになってしまう
  (これはほとんどないかな?問題が起きて数日たって、
  必ず家族で話し合いを持って言いたいことは言っていた)

自分が事態をなんとかしなくては、これをやらないと大変なことになってしまう・・・・・
という一心で、家族はイネイブリングをしています。
最初は本人のためによかれと思って始めたことでも、
その状況に引きずり回されるうちに、あなた自身、手を放すのが怖くなってしまったのです。

その恐怖は、自分のための恐れではなく、
「この人が死んでしまう」という恐れかもしれません。
けれど、暴走する馬に引きずられている時には、手を放す以外に解決の方法はないのです。

相手が死んでしまう恐怖からイネイブリングを続ければ、
相手も自分も窮地に追い込む結果になります。
あなたはボロボロに傷つき、相手は痛みを感じないまま病気を進行させてしまうのです。

手を放すと、一時的に状態は悪くなったように見えます。
尻拭いをしないので、問題は表面化します。
依存症者はあなたに怒りを感じるかもしれません。(以前なら殺されていたかも・・・・
ヤケになって飲むかもしれません。
あなたは周囲の誰かから非難されるかもしれません。
それも必要なプロセスなのです。

さあ!思い切って、握っていた手綱から手を放してください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

手を、放そう、と思う。

5年前、家庭崩壊寸前まで行って、夫が廃人のようになってしまった時、
「夫が死んでも、私は生きよう」そう決心して、
少しは自分は変わることが出来たと思っていました。

でも、まだまだ、まだまだ・・・・
片手だけ放して、大怪我をしながらも、まだ、手綱にしがみ付いていたのです。
そう理解しました。

両手を、放す。
両手を、思い切って、放す。

やってみようと思います。

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ブッダの言葉
- 2008/02/26(Tue) -
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「たとえば、ここに一人の人があって、
 深き湖の水の中に大きな石を投じたとするがよい。

 そのとき、そこに大勢の人々が集まり来たって、
 「大石よ、浮かびいでよ。浮かび上がって、陸に上れ」、と祈願し、合掌して、
 湖のまわりを回ったとするならば、汝はいかに思うか。

 その大いなる石は、大勢の人々の祈祷合掌の力によって、
 浮かびいでて陸にあがるであろうか。・・・」

「大徳よ、いいえ、その石が浮かんでくるはずがありません」

「たとえば、ここに一人の人があって、
 深き湖の水の中に、油のつぼを投じたとするがよい。

 そして、つぼは割れ、油は水の面に浮いたとするがよい。

 そのとき、大勢の人々が集まり来て、
 「油よ沈め、油よ沈め、なんじ油よ、水の底に下れ」、と祈りをなし、合掌して、
 湖の回りを回ったとするならば、なんじはいかに思うか。

 その油は、人々の合掌祈祷の力によって、沈むであろうか。」

「いいえ、大徳よ、油が水の底に沈む道理はありません」

ー相応部経典42.6 増谷文雄訳ー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ブンナカさんがたずねた。
「動揺することなく根本を達観せられたあなたに、おたずねしようと思って、参りました。
 仙人や常の人々や王族やバラモンは、
 何の故にこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのか? 
 先生! あなたにおたずねします。それをわたしに説いて下さい。」

師(ブッダ)は答えた。
「ブンナカよ。およそ仙人や常の人々や王族やバラモンが
 この世で盛んに神々に犠牲を捧げたのは、
 われらの現在のこのような生存状態を希望して、老衰にこだわって、
 犠牲を捧げたのである。」

ブンナカさんが言った。
「先生! およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが
 盛んに神々に犠牲を捧げましたが、
 祭祀の道において怠らなかったかれらは、生と老衰をのり超えたのでしょうか? 
 わが親愛なる友よ。あなたにおたずねします。それをわたしに説いて下さい。」

師(ブッダ)は答えた。
「ブンナカよ。かれらは希望し、称賛し、熱望して、献供する。
 利益を得ることによって、欲望を達成しようと望んでいるのである。
 供儀に専念している者どもは、この世の生存を貪ってやまない。
 かれらは生と老衰をのり超えていない、とわたしは説く。」

ースッタ・ニパータ1043-1046、中村元訳ー

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ブッダは、死人を生き返らせる奇跡も行なわず、
「死んでも魂が生き残る」などという慰めの言葉も語りません。

ブッダは祈祷供犠の力に対しては、断固として拒否の態度をとっているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「生まれたものどもは、死をのがれる道がない。老いに達し、そして死ぬ。
 じつに生あるものどものさだめは、まさにこのとおりである。・・・
 だから、師が教えられたように、人が死んでなくなったのを見るとき、
 かれはもうわたしの力の及ばぬものなのだ、とさとって、嘆き悲しみを捨て去れ。」
  
 ースッタニパータ、575~590ー

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マールンキャプッタよ、
人間は死後も存在するという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、
ということはない。

また人間は死後存在しないという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、
ということもない。

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があろうと、
人間は死後存在しないという考え方があろうと、
まさに、生老病死はあり、悲嘆苦憂悩はある。
現実にそれらを征服することをわたしは教えるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ブッダは死に関しては、そう教えたのでした。
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私に出来ること
- 2008/02/27(Wed) -
アルコール依存症がどんな病気なのかほとんど知らずに、
というか、知ること自体をかたくなに、拒絶してきたということを認める。

長いこと病気だとさえ思わずに、夫を、意志が弱いからだとか、
人格に問題があるからだ、などと考えて、非難する気持ち、怒りの気持ち、
嫌悪の気持ちなど持ち続けて、そんな自分自身にも苦しんできたことを認めること。

自己流の対処で何とかしようとしてきて、巻き込まれ、疲れきり、ますます病気を悪くして、
自分自身もどれほど病んでしまっていたかということを認めること。

自分の中の怒りや恨み、被害者意識などの感情を認め、
まず自分自身が変わるように努めること。

アルコール依存症についての知識を身につけて、
アルコール依存症者が言ったりしたりすることを、
病気の症状として見ていく訓練をして、今までの誤った対応を改めること。

自分の中に抑圧してしまっている、
絶望、不安、怒り、恨み、自己憐憫、被害者意識などを白日の下に曝け出し、直視し、
自分のありのままの気持ちを認めること。

感情は思い通りにならないが、まず、考え方や行動を変えていくこと。

1日1日を丁寧に、自分の義務をきちんと果たし、
感情がどうであれ、やるべきことに手をつけていくという
今の生活態度そのものは大切にすること。

人を変えることは出来ないが、自分を変えることは可能である。

自分の心身の健康を大切にして、人生を楽しむ姿勢を持つこと(これは昨年から少しあり!)

これからは中途半端は排して、病気の治療として徹底して取り組んでいくこと。

アルコール依存症がどんな病気なのかを充分理解し、
自分自身のどこが病んでいたのか、どこが間違っていたのかはっきり分かり、
どんな時でも迷わず対処できるようになるまで勉強すること。

そのために、本をよく読み、家族会や自助グループにも出席し、
ちゃんと手応えがあるまで、何ヶ月でも、何年でもやり続けること。

出来ることはたくさんある!

要は私のやる気次第!

頑張り過ぎずに、一歩一歩!

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お雛さまと野良猫
- 2008/02/28(Thu) -
「ジェンダー」は、生物学的な性差じゃなく、
「男らしさ」「女らしさ」といった社会的文化的に作り上げられた性差のことで、
そこには「役割」や「規範」「~らしさ」のイメージなどがともなってしまいます。
そして、それは女性や男性の自由な生き方を、枠付けして圧迫するものにもなります。

そんな「~らしさ」の縛りにとらわれることなく、
「自分らしく」生きていこうという考え方を「ジェンダーフリー」というのですが、
「雛祭り」はどうなのかっていうと、
相撲の土俵に女性を上がらせないのと同じような感覚で、
「男尊女卑」と言ってしまえばそれっきりです(笑)

私は1つの文化の形として見ているので,
それはそれでいいんじゃないかと思って毎年やっています。
「雛祭り」のような伝統行事が「ジェンダーを固定する悪しき行事」として
否定されてしまうのはかえって問題な気がします。
 
「男はこう、女はこう」と決めつけたり枠にはめること自体に
問題があるんじゃないのかなあ?

我が家でも、ちんけな「手作り雛人形」を飾ってお祝いしますし、
5月になればちっちゃくて可愛い「鯉のぼり」を飾ったりもします。
季節感を感じるというか、そういうこと好きみたいです。

ただ、公的なところが行事として、それらを押しつけるとしたら問題だと思うけど、
やっぱり考えてみた方がいいと思うのは、
ジェンダーの枠組みにはめ込む、「意識のあり方」や「仕組み」そのものなのだと思います。

というわけで、(ながーい前振り 笑)
今日はちんけな「手作りお雛さま」を飾りました。

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ずーっと前にスーパーで買った「偽装・博多人形」風お雛さま(笑)、
娘が5歳の頃買った雛祭りケーキの台座になってた金色のボール紙で作った金屏風、
やっぱりそのケーキに飾られていた安もんチックな造花の桃の花、
100均で買った桜か??とおぼしき門松風の置物2つ、
おすそ分けにいただいたクッキーを包んであった花柄のナフキンの敷物、
娘が保育園に通っていたころに父母の会で手作りした手毬、

これらをぞろぞろ出してきて、あちらこちらと並べてみて、あっという間に完成

こうやって写真に撮ると、なかなかのものです(完璧に自己満足?)
あとは、当日3月3日に、雛寿司とハマグリのお吸い物を作って、
美味しくいただけたなら、我が家の雛祭りは大満足です。

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アッ、この子、しょっちゅううちにご飯を食べに来る、野良猫のミオ(美雄)くんです。
身体中の毛質がごわごわに固くて、量も半端なく多くて、手足もぶっ太くて、
過酷な野良猫生活に十二分に耐えていける、
気性の荒いスッゴイ猛者(もさ)の硬派のオス猫です。
でも、ご飯が欲しいときだけ、とても甘えた可愛い声で泣いて、
私の目をジーッと見つめるんです。これがまた、たまらず可愛い目で・・・
怪我をしている時もあって、
何とか捕まえて医者に連れて行こうとしたこともあったのですが、
こんなやわな私の手に掴まるほどのバカじゃありませんでした。
何日も何日もかけて自然治癒させるんですよね・・・・えらいよ君は・・・

もう1匹、たまーにやってくる野良ちゃんもいるけど、
こちらとはまだまだ他人の関係。
そーっと餌を置いて窓もカーテンも閉めておくと、
やっぱりそーッとやって来て、知らない間にぺろりと食べていなくなります。
その子は美美。どうもメス猫らしく、名前だけ勝手に付けてますが(笑)

なんだかだらだらつまらないこと書いてますねえ~
最近、根を詰めて本ばかり読んでいましたからねえ~
今日はまた、小旅行気分で自然公園の散策へ行ってくる予定です。

楽しみ~、雨降るなよな~

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10年の重み
- 2008/02/29(Fri) -
昨日、暖かな日差しに恵まれた散歩日和であったにもかかわらず、
公園へ出かけるどころか、最低限の用事をだらだらとこなす以外には、
まるで子猫になったかのように、一日中グンニャリとして過ごしてしまいました。

夫が新しい職場へ行くようになってから、これまでよりほんの30分程
朝起きる時間が早くなったことからくる身体の疲れ、というよりは、
心が何かを、探しあぐねているような、
もう分かっていることを、いつまでも迷い考えているような
あてどのない心持で現実と内界の境界を行ったり来たりしている
そんな曖昧模糊とした一日だったのです。

手探りで、さまざまなことを思い起こしておりました。
そして、ふと、突然、1年4ヶ月ぶりに、
長年カウンセリングを受けてきたカウンセラーに、面接の予約を入れてしまいました。
(うう・・・・お金がないのに・・・・)

おととしの11月4日、電話相談員のボランティアとして
担当ケースのSVを受けるという直前になって、
SVを受けること自体への激しい不安と恐怖に襲われ、
顔面蒼白、呼吸困難、激しい動悸、全身の硬直という
パニック様の反応を起こしてしまい、
そのままSVをキャンセルして、カウンセリングを受けに行ったのが最後でした。

さらにその2ヵ月後には、また別の訪問相談ボランティア(虐待防止)のSVでも
今度は抑えがたい激しい怒りの反応を起こしてしまい、
私はボランティア活動の全てを急遽中断し、
そしてそのまま、相談活動のボランティアを全てやめてしまったのです・・・・

自分がこうした反応を起こす要因は、ある程度は自分なりに分かっていました。

行きつ戻りつしながらも、約10年がかりで、
カウンセリングの理論や実習を学んできた現場の担当SVとの間で、
「母と姉と私の三者関係の再現」ともいえる深い傷つきを体験し、
このときの反応は止めようもない激しさで、
完全なヒステリー状態から退行現象まで起こしてしまい、
約半年間、歩くことさえもままならないほどの身体症状に陥ったのでした。

それでもかろうじて、カウンセリングを受けながら
最後まで実習と事例研究だけは続け、
おととしの5月、人より1.5倍もの年月をかけてすべての学習を終えました。

もちろん、こんな私ですから、
ほとんどの人がもらう資格も、当然のごとくいただけませんでしたし、
10年かかって残ったものは、
なかなか癒えなかった身体症状と失意のみ、という散々の結果でしたが(笑)
それでもこの学習期間を通じて、私が得た多くの気づきは何ものにも換えがたく、
自分なりの満足と感謝の良き思い出として、
固く蓋を閉じて大切に仕舞い込んでいたのです。

そんな学校から、先日一通の封書が届きました。
「当校の、カウンセリング学習のシステム自体を見直すこととなり、
 あなたも書類審査だけで、上級カウンセラー(とか言う 笑)資格を取れますので、
 5年間2万円の登録料(!)を添えた上申し込みの書類を3月15日までに送ってくる様に」と。

大変、戸惑いました。
もう過去の出来事として、とっくに処理していましたのに。
いえ、していなかったからこそ戸惑っているのでしょう。

第一、その「上級カウンセラー」とは何者なのでしょうか?
精神科医でもなければ精神分析医でもなく、ましてや臨床心理士ですらない。
社会的な需要など殆どない、民間の一団体が出す資格を持つ者とは、
一体何者なのでしょうか?

カウンセリングブームもやや低迷しはじめた社会の変化に対応するため、
5年間2万円という登録料で、新たな組織体制の構築を図ろうとしているのでしょうか?
さらに5年後の資格更新のための20ポイントを得るという研修制度で、
組織を維持していく集金システムさえも確たるものにしようとしているのでしょうか?

それでも自分が10年もの年月をかけて学習してきたことが「形」となって残ることへの思いや、
再び、学びの場を得ることが出来るかもしれないことへの期待などもあり、
なかなか結論が出せぬまま、期日が迫ってまいりました。

学習期間を通じて、長い間お世話になったカウンセラーの先生の顔を見て
最終結論を出そう、そう思いついたのかもしれません。

あれやこれやと、あの10年間に起こったことが、
公私にわたって次から次へと思い出されました。
いいことも嫌なことも、辛かったことも情けなかったことも、
そして「多くの気づき」を得られたかけがえのない喜びも、もちろん・・・・

10年間をもう一度生きなおしたような、走馬灯が廻り続けるようなそんな不思議な一日でした。
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