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「春はいつから?」
- 2008/03/01(Sat) -
「春はいつから?」と聞くと、
ふつう「立春」や「春分」との答えが返ってきます。

日本には、季節をあらわすいろんな言葉があって、
私はそんな言葉たちがとても好きです。

初春 3月1日~3月17日ごろ
春   3月18日~5月4日ごろ
晩春 5月5日~5月21日ごろ

初夏 5月22日~6月10日ごろ
梅雨 6月11日~7月16日ごろ
夏   7月17日~8月7日ごろ
晩夏 8月8日~8月20日ごろ

初秋 8月21日~9月11日ごろ
秋雨 9月12日~10月9日ごろ
秋   10月10日~11月3日ごろ
晩秋 11月4日~11月25日ごろ

初冬 11月26日~12月25日ごろ
冬   12月26日~1月31日ごろ
晩冬 2月1日~2月28日ごろ

もっともっとあるのでしょうね~。

あっそうそう、「啓蟄」という言葉もありますね。
大地が暖まって、冬の間、地の中にいた虫が這い出てくる頃。
毎年3月6日頃のことなのだそうです。
もうすぐ、虫たちが這い出てくるのか・・・・
うじょうじょと・・・・うう、ちょっと怖い。

この言葉は確か
中国の24節気72侯から来ている言葉だったと思います。
24節気72侯は、季節の移り変りを知るための目印として、
中国でつくられたものです 。

農業を営む上で必要な季節の変化を知るために
こうした特別な暦を作って、それを日常の暦に書き込み、
農作業に役立てていたのだそうです。

どんな表現がされているのか、興味津々でちょっと覗いてみました。


立春  正月節 2月 4日
     東風解凍(はるかぜコオリをとく)
     黄鶯睨院(ウグイスなく)
     魚上氷(うおコオリをいずる)
雨水  正月中 2月18~19日
     土脈潤起(つちのしょううるおいおこる)
     霞始魏(カスミはじめてたなびく)
     草木萌動(ソウモクめばえいずる)
啓蟄  2月節 3月5~6日
     蟄虫啓戸(スゴモリムシとをひらく)
     桃始笑(モモもはじめてさく)
     菜虫化蝶(ナムシちょうとなる)
春分  2月中 3月20~21日
     雀始巣(スズメはじめてすくう)
     桜始開(サクラらはじめてひらく)  
     雷乃発声(カミナリすなわちこえをはっす)
清明  3月節 4月4~5日
     玄鳥至(ツバメきたる)
     鴻雁北(コウガンかえる)
     虻始見(ニジはじめてあらわる)
穀雨  3月中 4月20~21日
      葭始生(アシはじめてしょうず)
     霜止出菌(シモやんでナエいずる)
     牡丹華(ボタンはなさく)

自然界の森羅万象を、
実に詳細に観察していることにとても驚かされました。
日々の暮らしの中で、私の目はどうも、とんでもない節穴のようですね(笑)

5月5日からはすでに夏の表記へと変わっていきます。


立夏  4月節 5月5~6日
     蛙始鳴(カワズはじめてなく)
     蛆虫引出(ミミズいずる)
     竹勢生(タケノコしょうず)・・・・・以下略・・・・・

ということは、3月1日は紛れもなく「春」なのです!
ということで、(またまたながーい前振り)
今日からテンプレートも「春」。薄紅色の「桜」にしてみました。

うん、要するに、私はこれが言いたかったのか・・・・ながーっ

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「鶏塩鍋」のご紹介♪
- 2008/03/02(Sun) -
sionabe.jpg


とろみのついたスープが絶品の「鶏塩鍋」 をご紹介します。

4人分材料 
 
▼鶏骨つき肉(ぶつ切り) 1kg
  米 大さじ3
  水 10カップ
  だし昆布 (5cm角)2枚
  酒 1カップ

▼鶏つくね
  鶏ひき肉 200g
  みそ 大さじ1
  酒 大さじ1
  卵黄 1個分
  パン粉 大さじ3
  長ねぎのみじん切り 1/4本分
  せり(なければ水菜) 2わ
  長ねぎ 3+3/4本
  粗塩 小さじ1+1/2~2

▼薬味
 粗びき黒こしょう 適量
 柚子こしょう 適量

作り方

(1)米はさっと洗い、分量の水と昆布とともに大きい鍋に入れしばらく浸しておく。
  鶏肉は水で洗って水気をきる。

(2)(1)の鍋を強火にかけて煮立て、鶏肉、酒を加える。
  (私はここで、大きめの短冊切りにした大根も入れましたが美味しかったよ)
  再び煮立ったら火を弱めてアクを取り、中火で20分煮る。

(3)この間に鶏つくねを用意する。
  ボウルに鶏ひき肉を入れ、みそを酒で溶いて加え、
   卵黄、パン粉、長ねぎのみじん切りも加え、手でよく練り混ぜる。
  せりは根を切り落とし、食べやすい長さに切る。長ねぎは斜め薄切りにする。

(4)(2)の鍋から鶏肉(大根も、ちとめんどい)をとり出して卓上で使う鍋に移し、
   煮汁をとろとろになっている米もすり潰しながらザルでこして加える。
   火にかけて煮立て、粗塩を加えて味をととのえる。

(5)鶏つくねだねをスプーンで一口大にすくって(4)に落とし入れ、火を通す。
(5)を食卓のコンロに移し、長ねぎ、せりを適宜加えて煮る。

煮えたものから各自とり分け、粗びき黒こしょうや柚子こしょうを添えて食べる。

もし鍋に水10カップが入らない場合は、最初に7~8カップを加えて、
煮汁が減ってから残りの水を足すとよいと思います。

鶏が嫌いな人には、ちと無理かも・・・・
もしそうでなかったら、是非作ってみて
意外と簡単、意外と時間もかからないし、おすすめです

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アルコール依存の発現機序
- 2008/03/03(Mon) -
現代のエスプリ「心の病理学」より

アルコール依存の発現機序
(薬物依存の精神病理学的発現機序・柳田、1970)

第一段階は、アルコールとの関わりを方向づけるのに重要な
アルコール摂取の初期体験の結果が大きな要因となる

アルコールの薬理作用を、
快感的なもの(なんとなく気持ちが良い)と受け取ったか(報酬効果)
それが不快的なもの(不味い吐き出す)と受け取ったか(罰効果)
あるいはそのどちらでもなかったか(中性)
この結果は、アルコールの薬理作用、飲酒量、飲酒環境、
摂取者の心理的身体的条件によって影響を受ける。

アルコール摂取を快感的なものと受け取った場合、
やがてアルコール摂取を反復的に欲求するようになる。
多くは、自制心や社会文化的ルールにあった飲み方をするので葛藤も少なく、
乱用にはいたらない。

しかし、飲酒欲求が以上に強い場合や自制心に乏しい場合には、
アルコール摂取行為の反復となって現れ、
入手できないと探し回って飲酒したいという(薬物探索行動)精神依存の状態に陥る。

この状態になると他の依存性薬物と同様にアルコールの場合も耐性が生じ、
これまでの飲酒量では快感が得られず、快感を得るために
次第に増量と回数の増加となる。

アルコールの反復摂取によって耐性が出来上がり、さらに快感を得るために
摂取量を増やすことで、やがて身体依存が確立され、
アルコールが体内から消失していくと、離脱症状が出現するまでに進行する。

一次形成期の精神依存は、始めは身体依存とは独立して発達するが、
やがて身体依存が形成されると、苦痛な離脱症状を回避するために
薬物探索行動が異常に亢進するようになり、一種の悪循環となって
さらなる精神依存の二次形成へと進行することになる。

この悪循環にはまってしまうと、もはや自制不可能な状態となって、
飲酒者自身も振り返って説明することが不可能で、
周囲の者も不可解で不気味な連続飲酒となって現れる。



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連続飲酒発作・山型の飲酒サイクル
- 2008/03/04(Tue) -
【否認の病気・アルコール依存症・連続飲酒発作・山型の飲酒サイクル・アル中】
         (赤城高原ホスピタル・HPより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
事例
   Aさん(中年男性)はこの3年間、
   数ヶ月の断酒期と数週間の飲酒期を繰り返している。
   しかし、その飲酒期というのは異常で、
   飲み始めると数日後には飲酒がとまらなくなり、
   仕事も家庭も投げ出して、昼夜の別なく、ただひたすら飲酒を続け、
   飲んでうたた寝し、目が覚めるとまた飲む。
   数日後には、嘔吐と下痢が始まるが、かまわず飲み続ける。
   そして、1、2週間後に体力の限界に達して飲みやめる。
   
   (夫の飲み方とまるで同じだと思いました・・・・)
   
このような飲み方を専門家は「連続飲酒発作」という。
この飲み方だけで、まず大概は、アルコール依存症と考えられる。

この「連続飲酒発作」は、本人自身にとっても恐ろしい体験なので、
通常この後しばらくは断酒する。

数週間、ないし数ヶ月後に、「もうよかろう」と試しに少量だけ飲酒すると、
それがたちまち「連続飲酒発作」につながる。

こうしてできあがった断酒期と大量飲酒期の繰り返しを、
「山型の飲酒サイクル」という。

末期のアルコール依存症者に特徴的な飲酒パターンである。
Aさんの飲み方はぴったりこれに一致する。

(夫も、ぴったりこれに一致しているのです・・・・)

「アルコール依存症」は、進行性、致死性ではあるが、適切な治療によって回復する。
ただ問題は、治療につなぐのが難しいことである。

(やっと、18年以上もかかって、治療につながることが出来ました・・・・)

本人も周囲も、酒の問題からは目をそらしがちだ。
現実を冷静に分析すれば、飲酒問題は明らかなのに、それを認めない。
あるいは飲酒問題は認めても、自力で対処できると強弁し、病気とは認めない。
それゆえ、「アルコール依存症」は「否認の病気」と呼ばれる。

(なぜ、こうまで頑強に否認していたのか・・・・
 今になって分かったのは、夫と真正面から向き合うと
 激しい怒りと悲しみに襲われて、自分自身が耐えられなくなるということ・・・・)

この病気は、社会的にも否認されている。
見るからに病人の、いわゆる「アル中」は、アルコール依存症の5%以下である。
大部分の患者は、実は、私たちの身近にいる、一見正常な、
家族、同僚、友人たち、近所の人々など、善良な市民である。

(私の身の回りのあの人も、あの人も、そういえば・・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを初めて読んだ時は、かなりショックでした。
夫はすでに「末期のアルコール依存症」にまで進行していたのですから。
本当に、ぎりぎりの瀬戸際で、間に合ったのかも知れないのですから。

こう書いていてもなぜか涙が出ます。
自分の愚かさにでしょうか?
間に合ったことへの感謝からでしょうか?
苦しかった長い年月への悔恨からでしょうか?
取り返せない長い長い苦悩の日々への悔しさからでしょうか?
ただただ、気づかせてもらえたことへ、感謝です・・・・

離婚から18年ぶりに、前妻の葬儀の席で再会を果たした2人の息子のうち、
母親と2人だけで長年同居していた次男が、
母親を亡くした寂しさからか、夫の熱心な誘いに応じ、
大阪にやってきたのは今からもう11年も前のことになります。

「2人で組んで、一儲けしよう」
そんな夫の甘い言葉を信じるしかない寂しさを、次男は抱えていたのでしょうか。

5年前、どんどん酷くなる夫の狂気の沙汰に嫌気がさした次男までもが、
夫との仕事を辞めてしまい、別の職場で働きながらも自暴自棄となり、
隠れて飲酒や競馬・競輪、浪費に使うため、
サラ金二十数社に600万を超える借金を作っていることが分かりました。

さすがに驚いた夫は、事が明らかになったその日に
「酒、やめるわ」といって断酒に入りました。

実は、夫もまた、その自暴自棄は常軌を逸したものとなっていて、
次男と同じようなサラ金二十数社に700万以上もの借金をしていたのです。

銀行関係の借金と併せると、到底返済できる金額ではなく、
とうとう我が家は二人もの自己破産者を出すことになってしまいました。

弁護士を雇うお金もなく、私が2人分の自己破産申請書類の数々を、
血の涙を流しながら書き上げ提出しました・・・・

その後は、夫はアルコールで何度も何度も失敗を繰り返しながらも、
徐々にその回数は減少してゆき、私はてっきり快方に向かっているのだと
そう思い込んでしまっていたのです。

先日初めて話してくれましたが、以前にもまして
隠れ飲みのテクニックがさらに高度になっていただけのことだったのですが・・・・

ただ、年に1・2度繰り返す常軌を逸した飲酒行為は、実際不可解で、
心底不気味で、空恐ろしいものだったのです。

先日の出来事で、いよいよ全てが明らかになり、先だっての日曜には、
病院から借りてきたアルコール依存の本を、夫も読んでくれました。
来週か再来週には、仕事の休みを取って病院へ行くと約束もしてくれました。

私も心から夫に詫びました。
アルコール依存症という病気から来る夫の言動を全く理解できず、
夫を恨み、非難し、夫の暴力に怯え、嘘や裏切りにただただ傷つことしか出来なかったことを。
誰も入り込めない絶望の中に、ただ1人閉じこもっているしかなかったことを。

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身体依存徴候・精神依存徴候
- 2008/03/05(Wed) -
現代のエスプリ「心の病理学」アルコール中毒診断会議より

A:アルコールの身体依存の徴候としての精神神経症状

(1)軽度の離脱症状
 アルコール血中濃度の低下に伴って生じる症状で、
 飲酒を中断して数時間乃至数日経過した時点で、朱に次の4つの症状が認められる。
 
a.飲酒しないと不穏、苦悶を伴った不眠を生じ、夜間にしばしば覚醒し、
   悪夢で熟眠感がない睡眠障害。
 b.手指、躯幹の振戦。特に夜間、一度寝入ってから発作的な発汗があり、しばしば覚醒する。
   時には悪寒、戦慄を伴う。
 c.持続的な心悸亢進を訴え、頻脈または不整脈を認めるといった自律神経障害。
 d.情緒過敏、強い不安感、希死念慮、支配観念としての強迫的飲酒欲求があるような情緒障害。

(2)アルコール離脱痙攣発作
 飲酒を突然やめた後、48時間以内に、強直性間代性の痙攣発作を起こす。

(3)離脱期のせん妄状態
 飲酒を突然やめて、数時間後に意識混濁が起こり、気色の悪い小動物(クモ、ヘビ、アリなど)
 がうごめいて煎るのが見えているなどの幻視のために、ウロウロしたりおびえたりする。

(4)飲酒間歇期のアルコール性幻覚
 意識混濁が認めがたいにもかかわらず、誰もいないのに自分を呼ぶ声や、
 自分の悪口を言う声などが聞こえるなどの幻聴が生じることがある。

B:アルコールの精神依存の徴候としての飲酒の異常

(1)「負の強化」への抵抗
 アルコールに起因した身体疾患、家族からの拒絶や経済的困窮、飲酒に関連した刑事上の問題
 などがあるにもかかわらず飲み続けようとする。

(2)強迫的飲酒欲求に基づく飲酒抑制の傷害
 飲酒量を制限したり、摂取を試みようと固く決心するが、耐え難い飲酒欲求によって
 すぐもとの過度の飲酒に戻ってしまうこと。

(3)連続飲酒発作
 何日間かの断酒は可能であるが一度飲酒を始めると、24時間以上にもわたって飲酒以外には
 基本的な日常行動すら出来ないほどの異常行動を示し、
 自力ではそれを抑制することが不可能な状態である。

(4)山型飲酒サイクル
 連続飲酒発作が断酒期間を間にはさみ周期的に連続して起き、
 いわゆる飲酒→酩酊→入眠→覚醒→飲酒のサイクルを連日繰り返すこと。

以上のABの2群の症状が
それぞれ一つ乃至それ以上を確認する場合のみアルコール依存徴候があると判定される。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、夫の場合、一つ乃至それ以上であることだけは間違いありませんね・・・・
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心療歯科・4回目
- 2008/03/06(Thu) -
お薬が昨日でなくなってしまうので、
以前のような感情のジェットコースター現象への危機感を募らせ、
やっとこさっとこ、心療歯科へ行ってきました。

月曜日に予約を入れようと電話をしたところ、担当の女医先生が出られて
「月曜から金曜までいつでもいいですよ。朝の9時から5時まで何時でもいいですよ」
と、とても時間幅のひろーい予約をしていただきました(笑)

もしかしたら、日時を決めると、その何日も前から緊張し始め
「行かなくちゃ、行かなくちゃ、行かなくちゃ」と
受診以前に緊張と不安のピークすら超えて疲れ果ててしまい
挙句は、診察に耐えうる何の力も残っていない状態で受診していることを
ご存知だったのかもしれません。

それでも、とうとうお薬の無くなるギリギリの日まで行こうとしませんでしたが
昨日は昼過ぎまでぐずぐずしていて、午後2時半頃からようやくのろのろ仕度を始め
受付の終了する直前の4時40分、やっと病院へ着きました。

ところが昨日は先生に思わず「こんなの初めて!!」と叫んでしまったくらい、
待っている間も、名前を呼ばれた時も、診察台に上がった瞬間も、
治療の真似事をしている数十分間も、全く緊張も恐怖心もなかったのです。

「この1ヶ月間で、何か変わったことありましたか?」と聞かれ、
「はい、毎日の暮らしが明るい気持ちで過ごせて、楽しいです」と答えました。
「そう!!それは良かったですね!
   入ってこられた時ニコッとされたから、アレって思ったんですよ」
「それで私、夫のアルコールの相談に専門病院行ったんです」
「エエッー!それはすごい!」
「それで、夫も一緒に行ってくれるって約束してくれたんですよ」
「エエッー!!良かったですね!!○○さんいろいろ頑張っていたんですね」
「はい!解決しようと思って」
「凄いわ、凄いわ、ホントに苦労されましたね。娘さんも喜ばれたでしょう?」
「はい、すごーく喜びました」
「娘さんも、苦労されたでしょうね」
「はい、あの子にはしんどい思いをさせました・・・今は元気そうだけど心配です・・・」
「きっと、娘さんは○○さんのいいところを一杯持ってらっしゃるんですよ」
「はい、私もそう信じています(笑)」

先生の可愛いお顔が輝いていました。
私も嬉しくなって声を出して笑っていました。
こんな会話も、
歯間ブラシをしたり、電動器具でブラッシングをしたりしながらしているのですから
本当に驚きです

次回はきちんと日時を予約しました。
きっと行けると思います。
今回はお薬をもう1ヶ月分いただいて、様子を見ながら徐々に減らすことになりました。

帰る頃には病院はシーンと静まりかえっていました。↓(オバケがでそう・・・・)
IMGP0234.jpg

院内処方してくださり、夜間窓口でお薬をいただきました。↓(幽霊の手が出てきそう・・・・)
IMGP0233.jpg


でも、寒風吹きすさぶ夜道を、ウキウキ気分で帰途についたとさ

バンザーイ私、歯医者、行けるようになるかも


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羨望envy・嫉妬jealousy・貪欲greed
- 2008/03/07(Fri) -
羨望envy・嫉妬jealousy・貪欲greed
                     心理臨床大事典より

クラインKlein,M.によって定義された精神分析学の概念。
発達初期の対象関係形成の際に生じてくる無意識の重要でかつ基本的な情緒をあらわすもので、
人間の最も根源的な感情ともいえる。

【羨望と感謝 1957 より】

羨望とは「自分以外の人が何か望ましいものをわがものとしていて、
それを楽しんでいることへのへの怒りの感情であり、羨望による衝動は、
それを奪い取るか損ってしまおうとすることにある」

嫉妬とは「羨望に基づいてはいるが、少なくとも二人の人物との関係を含んだものであり、
主に愛情に関係していて、当然、自分のものだと感じていた愛情が、競争者に奪い去られたか、
奪い去られる危険があると感じることにある」

貪欲とは「その人が必要とする以上に相手も与えることができ、
また与えようと思っている以上のものを望む、激しい、飽くことを知らぬ渇望である」

「羨望による障害」

過度の羨望の結果として、生と死の本能間の抗争を処理するための方法として、
幼児の自我は、その最初の対象である乳房を一つのものとしてとらえることができず、
「良い対象」と「悪い対象」に分裂させることによって安定を得ようとする。
しかし、破壊衝動の現れである過度の羨望は、
この良い乳房と悪い乳房への最初の分裂を妨げてしまい、
良い対象をつくり上げることを十分に遂行できないようにしてしまう。
さらに過度の羨望の結果として罪悪感が早くから芽生えてくることをあげている。
もし罪悪感があまりに早くから、
まだそれに耐えうるだけの能力をもっていない自我に体験される時には、
この罪悪感は迫害感として感じられ、罪悪感をもたらす対象は迫害者へと変えられてしまう。
罪悪感が体験されるには、自我が基本的に成長をとげていなければならないことを指摘している。
迫害感と罪悪感との関係は、自我形成の不全な事例を考える時に参考となる。

「嫉妬」

嫉妬の特徴について、幼児の心の中では、嫉妬は父親への疑いと対抗意識にもとづくものであり、
父親は、母親の乳房および母親を奪い取ったというかどで責められる。
つまり、「嫉妬」はエディプス・コンプレックスに特有のもので、
「嫉妬」には通常、憎悪と死の願望とがつきものである。
つまり、この感情は二者関係から発展した三者関係につきものの感情でもある。
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転移 transference
- 2008/03/08(Sat) -
【もう一つの精神医学】より
Ⅰ.転移 transference

1.「転移」transferenceとは

「転移」とは、患者さんの中に保存されている過去の(特に病因的な)
対象関係や対人関係が「今ここで」の関係に於いて
賦活され再現されてくる現象です。

人は皆、生まれ持った、或いは家族関係の中で、
自然に身につけた様々な解釈の枠組み(文脈(コンテクスト))と
対人反応のパターンを持っています。
「転移」というのは、そのパターンの現れを指しています。

そのような現象が生じ得るのは、私達の心の奥底で密かに作動している
原体験心性の「述語的状況性の支配(述語同一性論理)」という性質によります。
つまり、同一の状況(述語)が登場人物(主語)を代えて再現されるのです。

Freud,S.によりこの現象が見出された当初は、
転移は専ら精神分析的セッティングの中で展開して来るものとされていました。

しかしその後、その中心的機制とされる「投影同一化」が
「正常な」コミュニケーションを含む
あらゆるコミュニケーションの基盤であると気づかれて以来、
転移を治療場面に限定して考える必要も無くなりました。
常に既に転移は存在するわけです。

勿(もち)論(ろん)、
「今ここで」の交流(コミュニケーション)の全てが転移(と逆転移)だ
というわけではありません。

しかし、転移(と逆転移)が十分に自覚されない時、
その交流(コミュニケーション)の場には、現実のありのままの自分(と相手)に
覆(おお)い被(かぶ)さるように過去の「亡霊」が活動しています。
従って、「今ここで」の相手に真に出会う為にも、
転移(と逆転移)を自覚することが必要なのです。

2.主な転移

「転移」には様々なものがありますが、
それらを持ち込まれる対象関係の水準によって
「一者」「二者」「三者」と分けると、多少整理し易くなります。
(『ライフ・サイクル』の「乳幼児期の精神発達」も参照してください)

1)一者水準:子宮内~新生児期の原体験(一次ナルシシズム)に相当します。
  この水準で生ずる感覚を辻は「馴染みの感覚」と呼んでいます。

  「胎内空間状況(辻悟)」転移:周囲の空間や状況との融合合一的な関係の転移です。

  「ノンヒューマン環境(Searles,H.)」転移:人間ではない環境(人工物や自然など)
  への同一化に基く転移です。

2)二者水準:乳幼児期(古典的精神分析で言う口唇期、肛門期、男根期)に相当します。
  この水準では、実は分離した二者であることを感じることが忌避され、攻撃されます。
  この攻撃の元となる感情を、クラインKlein,M.は「羨望」envyと呼びました。

  前性器的部分対象転移(Klein,M.):乳首/乳房や糞便/尿、男根(ペニス)といった
  「部分対象」とのファンタジィに基く転移です。

  自己対象転移(鏡転移/理想化転移)(Kohut,H.):未だ自分の一部とも感じられている対象
  (自己対象)との関係に基く転移です。評価賞賛を求めたり、(鏡転移)相手を理想化したり
  (理想化転移)します。

  RORU/WORU(Masterson,J.F.):理想化された良い関係(RORU)と
   破壊的な悪い関係(WORU)に分断された関係に基く転移です。

3)三者水準:古典的精神分析で言うエディプス期に相当します。
  この水準では、三者以上の関係が忌避され、従って第三者は攻撃排除の対象となります。
  この元となる感情はフロイトFreud,S.によって「嫉妬」jelousy
  改めて名づけられました。

  全体対象転移(母親転移、父親転移、恋愛転移…)(Freud,S.)

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カウンセリングへ行く
- 2008/03/09(Sun) -
細い枝に可憐な淡紅色の小花をつける「彼岸桜」。
桜の中でも最も早く花をつけるのだそうです。

雀よりやや小さく、背中は緑色で、嘴と足は黒っぽく
目の周りにはっきりした白い輪のある「メジロ」。
場所によっては一年中いますが、花の蜜を吸いに「彼岸桜」にやって来て
チーチョィ、ツイー、チーチル、などと可愛い声で鳴きます。

桜前線はまだまだ3月下旬になるとの予報です。
思いつきでテンプレートを、
今まさに旬の「彼岸桜とメジロ」に変えてみました。
「メジロ」の声が聞えてきそうです。

昨日は、1年4ヶ月ぶりにカウンセリングを受けに行ってきました。
前の晩から、明日遠足に行く小学生のように、ワクワクしている自分に苦笑しながら。

早めに家を出て、商店街をぶらつき、立ち寄った古本屋さんで
土居健郎の「精神分析」を100円で購入。
最近、精神分析の本を、一から学習するようなつもりで
入門書から少しづつでも読んでみようかな、と思っていた矢先でしたから。

面接予約時間の20分前に到着。
かつて学習した館内を、1階から3階まで、階段で移動しながら各階を見て歩く。

「十年一日の如く・・・・」変わりない古びたセンターの内部。
歩き回っていると、どんどん気分が沈んでゆき、ココでの長い学習期間が
私にとって、未だ良い思い出になっていないことを思い知りました。

「お元気でしたか?」と声をかけ、カウンセリングに入る。
内容は・・・・内緒ですが、先生もすっかりお年を召されていて、
女性のカウンセラーであるだけに、
実家の母を訪ねているような、そんな気持ちになってゆきました。
一通り話し終えて、タイムアップ。
心の中で「やはり、この先生とはもう、終わっているんだなあ・・・・」と
寂しい気持ちでそう感じながら、心からの思いを籠めて、お別れいたしました。

もし、今後カウンセリングを継続する必要性を感じた時には
やはり、新たな出会いを模索していくしかないのだろう、そう思います。

一つの時代は、確かに終わっていたのです。

IMGP0238.jpg


帰りは、かつて通いなれた夕暮れの寂しい道を、いろんなことを思い起こし、
少しだけセンチな気分になって、ゆっくりゆっくり辺りの景色を眺めながら、
駅までの道を時間をかけて歩きました。

「上級カウンセラー」の資格は、
一応最初の5年間は、ひとまず登録しておくことにいたしました。

その5年間の間に、無意味で不必要だと考えるようになったら、
たとえ途中でもあっても、いつでも取り消せばいいことなのですから。

一件落着






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アルコール関連・心理的、行動的、社会的障害
- 2008/03/10(Mon) -
【アルコール関連・心理的、行動的、社会的障害】        
                   (アルコール中毒診断会議)
        
1、精神神経症状
  
  ・嫉妬念慮ないし嫉妬妄想の表出(男性のみ)   
   嫉妬念慮は多くの場合非酩酊時には表出が抑制される。
  ・幻覚をともなう妄想状態の持続
  ・飲酒に関連してたびたび出現する抑うつ状態  
  ・ブラックアウト(アルコール性記憶欠落)について頻回に訴える。
  ・飲酒による性的能力の低下の訴え

2、飲酒行動障害
  
  ・酒酔い運転または酒気帯び運転の反復  
  ・仕事中の酩酊  
  ・酔うと必ずからむ。
  ・酔うとほとんど必ず大暴れする。  
  ・異常酩酊ないしその疑い  
  ・何度も禁酒(断酒)を宣言する。  
  ・毎日、純アルコール150ml(清酒換算約5.4合、ビール(大ビン)約6本、
   ウイスキー(ダブル)約6杯)以上飲酒する。
  
  ・隠れ飲み  
  ・がぶ飲み(短時間に大量飲酒)  
  ・テレフォニティス(酔うと不適当な時間・場所・距離の電話をする)
  ・その他の飲酒が関与する行動異常

3、社会的障害
  
  ・飲酒に関連した社会的地位の低下
  ・飲酒に関連した離婚やそのおそれ  
  ・飲酒に関連した失職やそのおそれ  
  ・飲酒を上司、配偶者、家族に非難される。
  ・飲酒・酩酊による警察保護
  ・飲酒・酩酊による保護以外の警察問題
  ・飲酒による欠勤  
  ・飲酒が原因でたびたび勤め先を変える。
  ・その他の飲酒による社会的障害

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

過去から現在にわたって、夫の飲酒によって私が経験した項目を赤字にしてみました。

ちょっと考えられないくらい酷い・・・・です

けれども当時は宗教に完全にのめり込んでいたので、
「これらは自分の宿業であり、信仰の深まりによって宿命転換ができたならば、
全ての悩み苦しみは、一気に解決するはず」であり、
そう信じ込もうとして、どんどん過激になってゆく信仰生活の苦しみのほうが、
夫から受けるアルコール被害や暴力、暴言、経済苦の凄まじさよりも、
何十倍も増さっていたのです。

苦しみや悲しみ以上の苦しみと悲しみを持ってして、我を忘れてゆく・・・・
現実が何も見えなくなっていたとしか言いようがありません・・・・
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詩を読む・「くらし」
- 2008/03/11(Tue) -
今日から遠くの現場へ行くために、
「いつもより1時間は早く家を出るよ」
昨夜そう言い置いて、自分の部屋へ戻った夫。

朝ご飯とお弁当を作るため、
私も1時間、いつもより早く目を覚ます。

そして、ふと頭に浮かんだ詩を無性に読みたくなって
そーっと本棚を漁って詩集を取り出す。

「石垣りん詩集」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            くらし            (石垣りん詩集より)

食わずには生きてゆけない。
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きょうだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかった。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばっている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「生きる」ということの、「人間である」ということの、
無残で残酷な、真実の一断面図・・・
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春の光に誘われて
- 2008/03/14(Fri) -
一昨日、1月に娘を婦人科に連れて行って、基礎体温をつけるようになってから
すでに約60日間、そろそろ結果も分かる頃だろうということで、
春光まばゆい昼過ぎ、樹々や街を吹き過ぎる風も気持ちよく
娘と一緒に外出しました。

ホントにのんびり散歩気分で駅まで歩き、春爛漫を満喫し
着いた医院は、午後診は3時からに変更になっていたらしく
IMGP0239.jpg

早速、ウキウキと以前も入ったことのあるお店屋さんに行って
冷たい抹茶ラテとサンドウイッチ、ケーキを注文しブレイクタイム。
実はこれが楽しみで、娘にくっついてきたのです(笑)

3時から始まった診察では、すぐに呼ばれて、3時半までには終わりました。

血液検査に異常はないのだけれど、思春期にありがちな「無排卵月経」のようで
本日再度詳しく調べるために血液採取をしたとのこと。
「無排卵月経」は娘の年代では結構よくある症状なのですが、
早めに処置をしておかないと将来的に不妊症になりやすいので、
まあ、結婚するか、子どもを持つかは別にしても、
適当な時期に見つけて治療できるなら、それもいいことかと思いました。
次回はまた、春休み中にもう一度、結果のでる1週間後以降に行くことになりました。

受診後、バイトに直行する娘と駅で別れて、私の当初の目的だった実家へ
久しぶりに行くことにしました。
暖かな春日に、そくさくと家に帰るのは、もったいない思いだったのです。
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実家の玄関です。
この細い路地の突き当りが、私の生まれ育った家。
いい思い出の全くない家だけれど、それでもこの路地は風情があってとても好きな風景です。

「体調が優れない」と、前日30分以上も電話をかけてきていた母を見舞いました。
母は、やたらと喜んでくれて、膝と膝が触れあわんばかりの位置に座り込み、
(私は母との身体の接触はとても苦手なので逃げ腰で 笑)
ああでもないこうでもない・・・の取り留めのない母の話に耳を傾けました。

2時間もすると姉が帰宅。
姉は下宿人といるような淡白さで、夫婦で母と同居してくれているのです。
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(勝手に顔の映っている写真を載せて、ゴメンネ。美人の姉です)

帰宅するなり夕食の支度をはじめ、私に「ぺ・ヨンジュンのビデオを見ろ、見ろ」といいます。
姉は韓流の大ファンなのです。
「はいはい、是非見させていただきますよ」
それからまたまた2時間、テレビに釘付けになって、拝見。

帰りに持たされたのは、「冬のソナタ全巻」と「ホテリアー全巻」
もの凄く重かった・・・・・
「毎晩これを見ていたら、ウツなんかすぐ治るから」とは姉の弁。

まだ1巻も見ていませんが、姉の好意に報いるために
初韓流に挑戦してみることにします。

どうしましょ?姉以上に嵌ったら(笑)

帰宅は夜の9時過ぎになってしまいましたが
なんだか春光に誘われ、春の暖かさに包まれた、楽しい一日を過ごすことができました。

で、昨日は一日、ぶらぶら~グーグー、お昼寝日和を楽しんだのでした
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「家族の集い」初参加
- 2008/03/16(Sun) -
昨日の土曜日、
先月、アルコール依存症専門病院で初めて「家族相談」を受けた時に案内された、
「家族の集い」へ初参加いたしました。

月一度の朗読劇の打ち合わせと重なってしまいましたが、
優先順位として「家族の集い」を選択し、朗読劇の打ち合わせの方は
連絡を入れて欠席いたしました。

午後12時過ぎ、
電車を3台乗り換えて会場のある○○市立市民会館へ向かいました。

「どんなことをするのか?」といろいろ思いはしましたが、さほどの不安もなく
早めに到着したので、喫茶店でホットコーヒーをいただいて、いざ会場へ。
IMGP0244.jpg

結構大きな市民会館で、ちょっと圧倒されました。
IMGP0245.jpg

この部屋で行われるようです。

そーっと覗いてみると、まだ開始時間の10分前にもかかわらず、
すでに全員の方が集まっておられるご様子で、
「初めて参加いたします」と一言断りをいれ、空いている席に着きました。

参加者は、
保健センターの女性保健師1名、クリニックの若い男性ケアワーカー1名。
その他は、私よりも年齢が上かと思われる女性ばかり10名。

殆ど緊張することなく、流れのままに皆さんの話をお聞きし、
3人目に回ってきた私の番でも、
思いつくままに、
我が家のこれまでのアルコール依存家庭の実態をお話いたしました。

どなたのお話を聞いていても、殆ど全てが心から頷ける、
悲惨で滑稽で哀れな我が家と状況は全く同じようでした。

まるで合わせ鏡で際限のない悲惨だった自分の過去の映像を
無限に見続けているような気持ちになり、
頭がクラクラして気が遠くなるようでした。

10名の女性家族のうち4人の方は
自らも苦しみから心を病み、精神科にかかっておられました。

アルコール依存症が、
どれほど家族全体を巻き込む悲惨なものであるのか
改めて思い知らされます。

男性ケアワーカーが一部分読んでくださった
「家族のための回復への指針」の言葉の中で
とても心に残った一節がありました。

終了後、その旨をお伝えし、小冊子の購入を希望したところ
今はもっていないとのことで、二人で一駅分、
話しをしながらクリニックまで歩いて向かいました。

クリニックに着くと
前回相談にのってくださった女性相談員の方が小冊子を持ってきて下さり
「夫が近く受診を決心してくれている」とお伝えしたところ、とても喜んでくださり
「それでも、回復への道のりは長く険しいものとなるので、
  諦めず、焦らず、地道に少しづつ歩いていくこと」を、
再度確認いたしました。

参加して、自分とおなじ苦しみを持つ人たちと出会うことによって
心がすこしづつ晴れてくるものだと聞いていたのですが、
私の場合いは、その正反対で、帰り道から家に帰ってからも、
ずっと気持ちが重く沈んだままです。

悲しいのか、苦しいのか、後悔の念が押し寄せてくるのか、
これからの長い戦いの日々にすでに疲れを覚えているのか、
理由がなにひとつはっきりしないまま、今も心は沈みこんだままです・・・・

過敏な私には、ちょっと刺激が急激で強すぎただけなのかもしれません。
「なぜこんなに、重く沈みこむのか・・・・」
しばらくは時間をかけて、この自分の心と、
静かに向き合ってみたいと思っていますが・・・・

今年一杯の「家族の集い」のスケジュール表をいただきましたので
出来うるかぎり、参加し続けていこうと思っています。

行きたい、行きたくないにかかわらず・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「回復への指針」より・抜粋

自ら傷つけてきた自分に対する最高の償いは、自分を大切にすることである。

自分の長所、能力を肯定することで癒しは急速に進み、
自分だけでなく、周囲の人たちを大切にするようになる。

気持ちが穏やかになり、自分を愛し、周囲の人たちを愛するようになることで、
誰からも愛されるようになる。

愛の復活が、自分自身と家族への最高の償いである。
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夫について考える⑫アルコール依存症への系譜
- 2008/03/19(Wed) -
夫の症状形成と問題行動を考える場合、
ジンバーグZimbergや斉藤学氏の言う、
患者の早期の発達段階で内面化された強い依存欲求と、
これを乗り越えるための強い独立欲求との葛藤に
焦点を当てて考察すべきだと思われます。

夫の両親はともに再婚同士でした。
母親の方は、後に長男として跡継ぎに決まった
男の子を一人連れての再婚でした。

米作農家としては常に数人の使用人を雇っていた
中堅どころの農家だったようですが、
父親は大変に身体が弱く、
その生涯の殆どを働くことなく過ごされ、
生来温厚な性格の方だったようですが、
常にお酒が切れることのない大酒家でもあったそうです。

そのため、母親が農家の切り盛りの一切を行っていて、
家の中での父親の存在の影は薄かったと考えられます。

しかも、母親にとって連れ子の長男は、
駆け落ち同然に、遠く北海道にまで嫁いで破綻した恋愛結婚の
唯一の形見のような子どもであったために、その愛情もひとしお深く、
連れ子の存在を脅かす、実質上の長男であった夫の存在は、
誕生自体が母親にとっては、決して喜ばしいものではなかったようです。
常に疎まれながらの成長であったようにすら思われます。

夫は、自分にはことのほか優しいけれども、
家の中では全面的に妻に従うしかない、全く影の薄い父親と、
十分な愛情を求めることの出来ない、冷たい母親の元で
その幼少期を送っているのです。
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漂いながら、彷徨いながら
- 2008/03/20(Thu) -
先週の土曜日に、アルコール依存症「家族の集い」へ行ってから、
いまだに気持ちを回復できないまま、つらつら漂うだけのような日々を過ごしています。

自分の家庭とそっくりな、幾つもの家庭の幾つもの悲劇を、
繰り返し繰り返し聞いてきて、
最初は自分の中で、最も夫の言動が酷かった頃の苦しみを
再体験してしまったがゆえの気分の落ち込みなのだろうと思っていました。

そのうち自分の中から、夫に対する押さえ切れない「怒り」の感情が湧いてきて
それを押さえ込もうと必死に悪あがきして、さらに落ち込んでゆきました。

そしてついに、落ち込みの一番深いところには、
誰に対するものでもない、他でもない自分自身に対する
愚かな人生を送ってきた自分自身に対する、
強烈な嫌悪感、拒絶感があることに気付きました。

この落ち込みはキツイです。

人様の人生をお聞きしていると、はっきり感じること、はっきり分かることを、
自分もまたずーっと、理解することも気づくことも出来ずに、
同じ過ちと同じ愚かさと同じ悲惨さをもってして、
取り返せない長い年月を苦しみ抜いて生きてきたのだという事実。

それなりに頑張って生きてきたよなあ、とか
それなりの幸せは常にあったよなあ、とか
これはこれなりに自己成長になったよなあ、とか
これまでしてきた一切の「意味付け」さえも虚しく、空々しく、哀れで滑稽で・・・・
そんな気持ちにまでいってしまいました。

絶望感というか、無力感というか、虚無感というか、そんな感情の中を、
何も考えるまいとして、ぷらぷら漂いながら、寒々と彷徨いながら・・・・

で、自分を慰めるために(笑)編み物をしています。
IMGP0247.jpg

赤ちゃんの胴着です。もうほぼ出来上がり。
後は衿や前立てや裾の縁編みをすれば完成です。

以前家に遊びに来たことのある、夫の知り合いの恋人同士が昨年結婚し、
この4月、初めての男の子が産まれる予定なのだそうです。
それを聞いてすぐに編み始めました。
今の私にとって必要なことだったのでしょう。

毛糸の温かさ、柔らかさは、赤ちゃんの温かさ、柔らかさを思い出させてくれます。
無垢な生命の誕生は、傷ついた心さえも包み込む、喜びの光に満ちています。

私は自分の感情の嵐の中を、漂いながら彷徨いながら、
一針一針丹精込めて、新しい命の誕生に希望を託し、
自分もまたもう一度、新たに生まれ出でようとしているのです。



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明日の予定・「一日ワークショップ」
- 2008/03/22(Sat) -
明日の日曜日は、共依存からの回復をめざす自助グループが主催する
一日ワークショップに参加するため、朝早くから京都まで行く予定です。

お昼休みをはさんで、夕方の5時までの長丁場になるので、
相当疲れるだろうなと少し心配・・・・いえ、大分です(笑)

自分自身の姿を、他者を通して見つめることの大切さは、
先日の「家族の集い」でつくづく実感していますので、
ちょっと無理してでも行ってこようと思っています・・・・今は、ですが(笑)

明日になって、すでに昨日あたりから積もりに積もっている不安や緊張が、
ピークを超えて行く前にダウンしてしまう可能性も・・・・超大です(笑)

どうしてこうなってしまうのか、
自分の何がどう歪んでいるのか、
どうすれば解放されてゆくのか、
他者との出会いの中で客観的に自分を見つめ直してみたいのです。

「女性クローズド・プログラム」なので、同じ悩みを持つ人たちの中で、
自分の視点をちょっと変えることで、違う景色が見えてくるかもしれません。

ああ、春の京都、なんですね~
明日は雨模様とか言っていた気もしますが、
「ソメイヨシノ」が全国的に咲き始めたと、さっきニュースで言っていました
京都はまだかもしれませんが、そっちも少しは楽しみにして、
何とかこの緊張と不安を乗り切れますように

そうそう、昨日Amazonに注文していた「究極の眠れるCD」が届き、
昨夜初めて聞きながら眠ってみました。
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(2002/07/22)
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確かに最後まで聞き終わることなく眠りに入るのですが、
2時間ほどでまた目が覚めて、また聞いて、また寝て、また目が覚めて・・・・を、
3回繰り返して疲れました(笑)

でも、最近眠る時、どうしても部屋の灯りを煌々と点けておかないと
どこか落ち着かなくて、というか、不安で寂しくてざわざわして、
身の置き所がないという感じがずっと続いていたんですが、
昨日はその音楽を聴いていると身体の芯からリラックスする感じで、
電気も消してスタンドの明かりだけで、
やっと落ち着いて布団に入っていることができました。
とにかく、眠れなくなってくるのはホントに要注意ですので、
よかったです~

さて、明日は家事一切を家族に委ねて行きますので、
これから役割分担のメモと、買い物リストをバッチリ書いておくことにします。
みんな、しっかり頑張るようにね~(笑)




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ワークショップ・感想記
- 2008/03/25(Tue) -
一昨日の日曜日は予定していた通り、
無事、「一日ワークショップ」へ京都まで行って来ることができました。

いつものことですが、
前日までの体調不良が、朝起きるとちょっとは軽減されているような感じで、
「よ~しっ!」とばかりにそのまま何も考えず、そくさくと事務的に仕度をすすめ、
その勢いで電車に飛び乗り、一直進に会場へと向かいました。

場所が京都とはいえ、我が家からは電車の乗り継ぎも比較的スムースで、
片道約1時間10分。朝8時前に家を出ても、
なんなく9時30分までには十分会場に着くことができました。

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「ワークショップ」は10時からスタート。女性ばかり約40名の参加者です。
有名な先生のワークショップにしては思っていたより少人数です。

まず、全員でその先生に対して、一人一人が対話形式で自己紹介を行いました。

そっりぁ~もうもう、わたしゃどれほど緊張したことか・・・・
相当どもりながら、アワアワしながら、言いたいことの半分も言えずに終了・・・・
それでもこの3日間の緊張感からやっと解放された瞬間でした。

一人一人に十分な時間をとっていたので
全員の自己紹介だけで午前中はタイムアップとなり一旦終了。
お昼休憩に入りました。

4名ほどの方々と会館の外へと食事に出ましたが、
私はうどん一杯すするのがやっとで、胸もお腹も一杯・・・・

お話を伺ってみると参加者の中には、福岡や名古屋や岡山など、
随分遠方からも何度も来られている方がいらっしゃるとのことでした。

話の内容は、どの方もとても深刻なものが多く、
まあ、私の場合も決して軽い話とは言えませんが、
ココに集って来ている方々心身の状態からみると、
私の最近の状態など、まだまだ良好な方なのだなと実感させられました。

皆さん本当に、身体も精神状態も大変な中、よくココまで来られたなあと、
その勇気と行動力と問題の深刻さと、それでも投げ出さずに解決しようとされる熱意に
私はひたすら感動するばかりでした。

娘のことで悩んでこられているお母さんも2名ほど居られましたが、
すでに30代にもなろうとされている娘さんの状態は、決して良いものではなく、
親としての苦悩は計り知れないものがあるのだろうと、胸が痛みました。
万策尽きて、一縷の望みを抱いて、ココに来られているのでしょうね・・・・

午後からは、希望者に今回のワークショップで自分が取り扱いたいテーマを、
参加者の前で話して頂き、それに講師の先生がコメントするという
『オープンカウンセリング』や、
その方の状況に設定した『ロールプレイ』のようなセラピーを行なってゆきました。

心に悩みを抱え、 問題解決の手がかりを探して、
遠くからでも来られている方ばかりですので、その場の雰囲気は真剣そのものです。

「母親との関係」に深く悩んでおられる方のロールプレイでは、
自分では思いもしなかったほど私も激しく動揺し、
止めようもないほどの嗚咽に襲われ、ずっと泣き続けてしまいました。

もう終わったと思っている課題でも、こうして「場」を提供されてみると、
「残り滓」とはとても言えないほどの強く激しい自分の内面の感情に
再び出会ってしまうものなのですね・・・・

一日を通しての感想は、講師の先生と参加者とのやりとりを聞くことで、
自分自身の問題解決にも大きな参考になったように感じています。

講師の先生のユーモアたっぷりの話に、
深刻な当事者の話なのに、本人もみんなも思わず笑ってしまったりもして、
最後にはとてもリラックスした、いい雰囲気のワークショップとなっていました。

惨めだとか不幸だとか、喪われた数十年間への悔悟やら、
それらをどう取り戻すのか、
残された人生をどうすれば主体的に生きていけるのか、と
苦しんで模索し続けてきた自分にとって、
ほんの少しのユーモアと余裕を持って、再度自分と周りと人生を見つめなおしてみる、
そんな大きなきっかけになったように思います。

自分が「いま・ここ」の現実の世界を確かに生きていて、
とにかく、なんらかの行動をとることはいつでも可能であるということに、
改めて気づかされたとでもいうのでしょうか・・・・

泣いたり笑ったり和んだり、帰りは本当に心晴れ晴れとしていて、
心身ともにとても元気になっていました。

夫も子どもも「そんなの関係ない~」とばかりに
人間関係を広げて、いろんな人との繋がりを求めて、
なんだか、またまた、突拍子もなく、
思い切り行動を起こしてみたい、そんな思いで一杯になって帰ってまいりました。

危険人物約1名、ココに発生・・・・(笑)

あっ、桜なんて、ぜーんぜん一本も目に入りませんでしたが・・・
多分咲いてなかったんだろうと思います~



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最近のわたし。
- 2008/03/29(Sat) -
やっと通常の生活に戻って3日目、生活リズムも少しずつ取り戻しつつあります。

3月から新しい職場に行くようになった夫ですが、
朝の出勤時間が、最初は30分早くなり、
1週間ほど過ぎるとさらに早くなって、朝3時半過ぎには起きるようになり、
それだけでも相当リズムが狂ってきていたんですが、
3月20日からは、夜間の仕事担当になってしまい、
夕方6時出勤、朝8時ごろ帰宅という、昼夜逆転の生活になっていました。

なるべく自分のリズムを崩さずサポートするように心がけてはいたのですが、
やはり変化の影響はどうしても受けてしまい、
何か昼間は1日中、まるで夢の中にいるように頭がボーッとして、
雲の上を歩いているようにフワフワしている状態が続いていました。
現実感覚が麻痺したような、すべてが透明な膜に覆われているような・・・・

昨日あたりから少しは現実感覚を取り戻せるようになりました。
「離人症」ってあんな感じなのかもしれません。

そんな夢見心地で編んでいた赤ちゃんの「胴着」も完成しました。
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とても可愛いです

そして、玄関先を見回すと、春の訪れにいろんな植物の生命が躍動しはじめています。
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何ヶ月も蕾のまま、幾度もの積雪にも耐え抜いたガーべラの蕾が、
そっとほころびはじめています
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紫陽花も、初々しい新葉を伸ばしはじめました

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これは春の七草のひとつ、「ホトケノザ」です。家の周りに一杯咲き始めました

長かった娘の大学生活初の春休みもあと少し。
随分時流遅れではありますが、
しばらくは姉から借りた韓流ドラマの「ホテリアー」でものんびり見ることにしましょ
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弁証法的行動療法(DBT)
- 2008/03/31(Mon) -
弁証法的行動療法(DBT)


最近、欧米で脚光を浴びている治療法「弁証法的行動療法(DBT)」
この治療法によって人格障害の方の自殺企図の回数が
著しく減少したと伝えられているのですが・・・・

以下、http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2650697.html参照・・・・・・・

弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy:DBT)とは
ワシントン大学のマーシャ・リネハン博士(Marsha M.Linehan,PhD)
によって開発された治療法で、境界性人格障害のみならず、
薬物依存や自殺未遂をくりかえす重症のうつ病にもつかわれています。
現在欧米においてその有効性が立証され、広く支持されている治療法です。

DBTの治療は大きく分けて4つの要素からなりたっています。

(1)マインドフルネス(Mindfulness)

(2) 対人関係のスキル(Interpersonal Effectiveness)

(3)苦悩の受容(Distress Tolerance)

(4) 感情の統制(Emotion Regulation)

(1)のマインドフルネスとは
簡単に言うと「あるがままを受けいれる」ということです。
何かつらいことがあると私たちはあれこれ考えたり悩んだりします。
私たちの力ではどうしようも出来ないことを「こうあってほしい」と望んだりします。マインドフルネスとはそうしたことを考えず、
辛いこともあるがまま素直に受けいれることです。
仏教の禅の精神にその起源があります。
リネハン博士が東洋の禅の思想に触れて
その素晴らしさを精神療法に取り入れたのです。

(2)の対人関係のスキルとは、
簡単に言えば、他人との接し方の方法を変えるということです。
人格障害の人や、そうでなくても他人とうまく関係を築けない人は
人とのコミュニケーションの仕方に問題があることが多いのです。
繰り返しみられる問題パターンに気づき、それを修正していくのです。
自己評価が極端に低い人格障害の人も
自尊心を傷つけることなくコミュニケーションできるようになるのです。

(3)の苦悩の受容とはマインドフルネスの応用です。
つまり辛いことがあったとき、それを素直に受け止めるということです。
そうすることでいつまでもくよくよせず、前向きに生きれるのです。
しかし、言葉では簡単にいっていますが、
実際は嫌なことやムカついたことを素直に受けいれるのは難しいことです。
マインドフルネスは治療に瞑想もとりいれ、
毎日訓練することで自然に受けいれる気持ちになっていくのです。
仏教的にいえば「執着がなくなる」ということです。
東洋の先人達の知恵です。

(4)の感情の統制はその名のとおり、
感情をコントロールする方法を学ぶのです。
いらいらしてどうしようもなくなったとき、
それを押さえ込もうとしても、かえってストレスはたまるだけです。
別のことへ頭を切り替えたり、前向きなことを考える時間を増やすのです。
また、感情が爆発したときに、普段とる行動と反対なことをやってみたりします。
そうしていくうちに、感情がコントロールできるようになるのです。

日本でもいくつかの機関がワークショップをひらいたりしていますが、
まだまだ臨床家で行っているところは非常に少ないようです。

今のところ私の受けた感じでは、
これまでの治療法との決定的な違いが、あまり明確には感じられません。
でも、欧米の最先端の治療法が、東洋の発想を取り入れているのは、
Buddhistを自任している私には、比較的馴染みのいい考え方なのかもしれません。
「あるがままを受けいれる」とか「執着がなくなる」とか・・・・
ただし、「あるがままを受けいれる」と「あるがままでよい」とは全然違うし、
「執着がなくなる」と「執着を離れる」も全然違うことのように感じます。

結局は、いつも私が苦しみの果てに最後に辿り着く「核」のようなものが
こうした考え方なのです・・・・
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