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体調不良です
- 2008/07/03(Thu) -
7月に入って、爽やか目のテンプレートに模様替えしたのに、
本人、体調不良でダウンしています

ちょっと休憩中・・・・

もう少し落ち着いたら、また記事を書くことにいたします。

夏風邪かな・・・・???
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過剰睡眠
- 2008/07/06(Sun) -
後悔は心を腐らせる・・・・
腐った心は身体にいろんな症状を出して、自己主張しようとする・・・・

あまりの苦しさに、サボっていた心療歯科へ行き相談。
心療内科を紹介してもらう。

薬物療法一本やりな感じの医師に不安を覚えながらも、
症状をざっと説明し、結構こちらの言いなりに薬を処方してもらう。

デブロメール、朝夕、42錠
ドグマチール、毎食後、63錠
ルジオシール、就寝前、21錠
ハルシオン、就寝前、21錠
さらに眠れない時の追加分としてハルシオン、21錠

3週間21日分。

早速すべて服用して眠りに就く。

翌日、薬の作用が強く出て、どうしても起きられず、丸1日うとうとと眠り続ける。
寝すぎて背中が攣るも、それでも起きられずさらに眠り続ける。

夕方、娘にあれこれ指示をして、何とか夕飯を作るが、
自分は少し箸をつけただけで、また横になる。
顔面や腕・指先が痺れたような状態のまま、
デブロメールだけ服用して夜の眠りに就いた。

そして、今さっき目覚めてみて、やっと薬が身体から抜けたような感じ。

就寝前に服用したハルシオン1.5錠が私には多すぎたのだろうか?
もう飲みたくない・・・・

もしどうしても眠れず服用するにしても、1錠を割って半分にして飲もうと思う。

本当に参った。
眠りすぎて背中や腰がバリバリ痛む。
いまだに身体が自分のものじゃない感じがする。
約30時間眠ったことになるのか・・・・

恐るべし、ハルシオン・・・・

今日はリハビリのつもりで一日を過ごそう。
月曜のバイトに備えて。
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回復傾向
- 2008/07/08(Tue) -
飲みなれているデブロメールとドグマチールだけはきちんと服用しているが、
それ以外は現在は中止。

昨日はバイトで、また「どうしても、どうしても」と頼まれて、
断るに断れず、45分の休憩をはさんで8時間も働いてしまったので、
家に帰ってからは家事に追われて、医院に電話一つする余裕もなかったのだ。

まだ本調子じゃなかったので、フラフラになってしまった。
ホントに、ちょっときちんと話し合わなければ、今のバイトは続けられないな、と思う。

入ったときの約束を、しょっちゅう強引にたがえて来る・・・・・
強引で強引で、シフトを決めるたびに気まずくなる。

週2、1日4時間。
それがダメなら、店の希望する労働条件の人を新しく入れてもらって、
私は辞めさせてもらうしかない。

人から見るとどんなに情けなく見えようが、
私的にはそれがベストなのだから致し方あるまい。

本日は休みなので嬉しくて早起き(笑)
たいした予定などないけれど、好きな本がたっぷり読める。

医院に電話して、米を頼んで、特別な用事はそんなもの。
のんびりローカロリーのカレーでも作ろう。

働くことは嫌いではないけれど、どうも私は人の言いなりになってしまって
自分の首を絞めてしまう傾向はいまだに直せないようだ。

これでも精一杯拒否しているつもりなんだけど(笑)
つけ込まれやすい人格なんでしょう。

まあ、なるようになるでしょう・・・・

とりあえず、今日も心身の調整を第一に過ごすつもり。
頼りない自分だけど、上手く付き合えばまだまだしばらくは使えそうですし(笑)
自分のご機嫌伺いしながら、気長に生きていくしかないのだから。
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落ちたまま
- 2008/07/09(Wed) -
昨日、心療内科の医師に電話をして、金曜の就寝前に規定量を服用したにもかかわらず、
効きが強すぎて日曜の朝まで回復しなかったことについて相談する。

ハルシオンについては、こうした効きかたをすることはまずあり得ないので、
ルジオミールが効き過ぎていると思われるということで
「ごめんなさいね、飲まないようにしてもらえますか」との事。

随分あっさり謝る先生だなあ、と感心。

ルジオミールは私も初めて飲む薬だったので納得。
ハルシオンについてはこれまでどおりの感覚で飲んでも大丈夫と安心。

こうして、何とか遣り繰りつけながら、生き延びてゆくしかないんだろうな・・・・
そう思いながらも、胸にポッカリ穴が開いているような虚しさに襲われる。

私だって、私だって、アレもコレもしてみたい。
私だって、私だって、こんな心と身体でなかったら、
毎朝元気に「いってきまーす!」と世界に向かって走り出したい。

無いものねだりは駄々っ子だよと自分で自分に言い聞かせてみても
たまには声を出して泣いてみたい。

心療歯科の先生は
「○○さん、歯医者に行かないと行かないとって思わなくても大丈夫ですからね。
 また落ち着いてから、これる時でいいんですからね」
そう言っていた・・・・

何でアンナに歯医者に行かなくちゃって思い詰めていたんだろう(笑)

でも、心療歯科でデブロメールとドグマチールをもらって飲んでいた時、
2ヶ月目くらいからずいぶん効果が現れてきて、
毎日が明るい気分で楽しく暮らせていた気がする。

途中で中断してしまったから、また一からやり直しだろうけれども、
あの時の効果を思い出して、希望を繋いで飲んでいる。

ずっと、気分は落ちたまま。
生きることに疲れたまま。
どうやって生き続けたらいいのかまるで分からない。
分からなくて当たり前なのに、そのことが怖くて堪らない。
もう人生終わった気分、いや、終わらせたい気分か・・・・

多分、子どものままの私が、大暴れしているんだろう。

よしよし・・・・分かったから・・・・
いい子だから、静かにおやすみ・・・・
お前の悲しみは私だけは分かっているよ・・・・
それだけでいいんじゃないの?
どうかお願いだから納得しておくれ・・・・
どうかお願いだからもうこれ以上泣かないでおくれ・・・・
張り裂けそうに胸が痛いよ・・・・
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今日も無事、日が暮れた。
- 2008/07/11(Fri) -
平成5年の4月から通い始めて、平成18年の5月までの長期間、
心身の不調や家庭問題・信仰上の理由などで何度も休学を重ねながら、
約13年もかかってカウンセリングの理論と実習を学んだところから、
「資格審査に合格した」との通知が来て、5年間2万円の登録料を支払いに郵便局へ。

新たに企画された資格取得後研修の幾つもの講座の案内も来ていたが、
一講座22000円から最高85000円という高額なもの。

笑っちゃいましたよ~。この不景気に~。
学校の経営も相当苦しいんじゃないの~。

「もったいないなあ~」とため息をつきながら、
「コレって新手の資格詐欺じゃねえの~」と自嘲しながら、
捨てたつもりで2万円、自分へのご褒美として支払うのがやっとなのに(笑)

いつか・・・・いつか、だが、もし余裕とやらができることがあったなら、
講座でも何でも受けてみたいとは思うけれど、
今の私には2万円捨てるのが関の山。

それが現実というものさ。


地元の「9条の会」の賛同人になって3年。
年に1度のイベントと寄付以外、
ほとんどなんの活動もしない有名無実の会だけれど、
今年も年1のイベントの時期がやって来て、先日そのお知らせの郵便物がきた。

今年は準備スタッフも必要とのことなので、ちょっと勇気を出して、
積極的に関わってみようかと思って電話を入れてみることにする。

心身の不調に見舞われたら、
何もかもそれでオジャンの情けない身ではあるけれど、
興味や好奇心だけは失いたくない。
不安だからといって、引きこもって生きていたくない。
そんな思いが私の後押しをする。

こちらもどうなることやら・・・・私には全く分かりませ~ん(笑)


朗読劇のほうは、
一応、会の代表者ということになっている私の元へ
いよいよ「具体的な企画書を提出してください」との通知がきた。

この企画書を元に実行委員会にかけられて、
演目として採用されるかどうかが決定される。

緊張~。

メンバー全員にFAXでその企画書を送信。
次回、19日の打ち合わせまでに、
みんなで、ない知恵を搾り出してでも、
採用されるだけの魅力的な企画書を作成しなければならない。

「ああ~
 どうせド素人の私たちのすることだから、
 芸術性もヘッタクレもない物だろうとは思いますが、
 どうしてもやりたいという熱い情熱だけは、どこにも誰にも負けません!!
 どしてもやらせて欲しいーーーーーー!!」

この線で訴えるしかあるまいが(笑)


そんなこんなで、大人の私がでしゃばって、なんとか気分を紛らわし、
今日も無事、日が暮れました。





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バカ母の私
- 2008/07/13(Sun) -
娘が大学のレポートに追われていて、昨日は一日中PCを占拠されていました(笑)
テスト期間に入っているらしく、最近はそんなことがやたら増えました。

多分今日もそうなるようですよ。

MACのノートパソを、彼女専用に親子割り勘で購入しようと約束していたのに、
向こうもバイト代を使いすぎているし、こちらも現在余裕なしの状態で、
いまだ実現できていないため、彼女は私の部屋に篭城中。

部屋を追われた私は、小さなカバンにノートやら本やら筆記用具やら書類やら、
いろんなものを入れて家の中を彷徨っています。

普段バンド活動ばかりで、一体勉強はどうなっているのかしら?と、
とても不思議でしたが、どうしてもやらなければならない時は、
人相が変わって(笑)頑張っているようです。

いつも忙しく走り回っている娘が珍しく家にいるので
そわそわ覗きに行っては、娘に叱られています。

さて、そろそろ今日必要な書類と今日読みたい本と、
ノートや筆記用具をまとめてカバンに入れて、
彷徨える家庭内難民生活に入ります。

たまにどっぷり娘が家に居るのって、なぜかウキウキ嬉しいバカ母の私でした。

今朝の収穫↓凄いでしょ?甘くてとても美味しいの!
トマトをいっぱい食べて、今夏も夏バテ知らずで過ごせますように!
tomato7.jpg

tomato6.jpg



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大きな課題
- 2008/07/14(Mon) -
最近の私は、どうやら「子離れしなくちゃ恐怖症」のようだ・・・・。

というのも、「娘のことが大好きな母親」というのは本当に問題だと思うからだ。

娘にとって、そんな母親がどれほど重苦しい存在であることか・・・・、
そんなふうな想像ばかりしてしまう。

娘ももう19歳。
独立して一人暮らしもしてみたいようだし、家に居ることもめっきり減った。
家に居ても、食事の時に少し近況を話すくらいで、まあそれが当然だろうと思っている。

しかし、もし実際に娘がこの家を出て行くとなると、
私は相当なダメージを被るのではないか?
そんな恐怖心が沸き起こってくる。

娘以上に愛するものを必死に探しているような気がすることもある。

娘を愛して、娘を守るために、必死で生きてきた月日・・・・

そして、ふと気付くと、私には何も無いような空虚さ・・・・

仕事も持っていないし、今もその体力は無い・・・・
信仰も離れた・・・・
特に興味を持てる趣味らしきものも無い・・・・
ボランティアをしようと思っても、対人恐怖傾向の自分が足枷になる・・・・
常に体調不良との遣り繰りをつけて、やっと家事をこなしているだけの日々・・・・

ウロウロ、心は彷徨っている。
娘から、無理やり心を引き剥がそうとしてもがいている。

人は一人で生まれて、一人で死んでいくもの。

これから先の人生は、孤独と共存していくことが最も必要なのだろう。

私にとって、本当に大きな課題だ。
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メランコリー親和型
- 2008/07/15(Tue) -
テレンバッハという人が、
うつ病になりやすい性格の人についてこんな風に言っているそうだ。

「うつ病になりやすい人は、秩序への特別な関わり方(秩序志向性)がある。
 例えば、几帳面で何事においても完全主義であり、また責任感も強く、
 対人関係も細やかな配慮が行き届いている」

このような性格をうつ病になりやすい性格として、「メランコリー親和型」と呼んだ。

また、
「患者自身や患者が扶養している家族の外見は、
 例外なく地味さと清潔さを特徴としている。
 日常的な事物とのかかわりにおいては、周到な整理整頓が目立つ。
 職業生活は、勤勉、良心的、責任感、堅固などの標識によって規定しつくされている。 
 対人関係にも秩序が行きとどいており、
 とくに、ときとしてほとんど臆病とすらいえるほどの慎重さの形で、
 つまり、いろいろな支障、摩擦、いざこざなどによって、
 とりわけいかなる形のものであれ自分が負い目を負うことによって
 雰囲気をこわさないようにという慎重さの形で秩序が重視される。」
                 (テレンバッハ『メランコリー』)

もう、笑うしかない・・・・(爆)
コレって、私そのものじゃないかなあ・・・・(笑)

通常なら、几帳面さだけでは人はそれを異常の現れだとは考えないし、
むしろメランコリー親和型の人の特質は、
周囲から高い評価を受けることが多いらしい。

それは、自分に対して過度に高い要求水準を持っているために、
いつもよい仕事、きちんとした仕事を大量にこなす必要性を感じ、
残業や休日出勤を繰り返すことが多いからだ。

そういえば、以前の信仰活動の日々も、常に完璧を目指して、
極限の極限まで頑張り倒していた(笑)

しかし、そのために精神的にも身体的にも激しく消耗してゆき、
当然日常生活の質も量もガタ落ち、どうしようもなく行き詰まり、
挙句の果てに、最悪の抑うつ気分へと真っ逆さま。

さらに、メランコリー親和型の人の対人関係の特徴として、
それは「他人のために尽くす」という関係であり、
「他人のためにだけ存在している」と言っても過言ではないらしい・・・・。

そうは思いたくないけれど、実際どうしようもなくそうなんだよなあ~

『他人に奉仕し、他人を喜ばせ、他人に贈物をするという行為によって
 満足感を得ている面がある・・・・。

 心底から嫌われることを極度に恐れ、
 何か傷つけるようなことを言ってしまいはしないかと、何度も考えてみる。

 物を無条件に受け取ることができず、
 他人から尽くされた場合は何倍ものお返しをする。

 不義理は絶対に許されないし、
 社会に対しても違法を犯すなどということは避けたがる。

 彼らは罪に陥ることに極度の不安を抱いており、
 わずかの負い目も負うまいとするのである』

うつ病になりやすい人は几帳面、働き者、真面目、親切、
そんな言葉で語ることができるようだが、
それはある意味、一定の秩序に従っていることで安心感を得ているとも言える。

だから、引っ越し、転職、結婚といった、
それまでの秩序を大きく揺がす出来事は脅威となりやすい。

わずかな仕事の増加だけでも、要求水準が高いばっかりに苦悩を強いられ、
うつ病になる危険性が高まってしまう・・・・

実際、予測出来るような変化でも、そうした事態に遭遇すると、実に脆い・・・・

あ~あ~
自己分析をいくらしてみたところで、
このヨワッちい自分を変えることはホントに難しいと、
またまたしみじみ実感するのみ・・・・
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認知の歪み
- 2008/07/16(Wed) -
私が最初に自分の「認知の歪み」に気がついたのは、
「グロリアと3人のセラピスト」という
実際のカウンセリングの様子を撮影したビデオを見たことがきっかけだった。

そのビデオについて、何度か様々な解釈の講義を聞きながら、
自分自身もカウンセリングを受け続けていく中で、
自分の中にある強固な「~ねばならない」の存在に突き当たったのだ。

そして、さらに、そうした歪んだ価値観が自分の生育歴と深く関わっていることや、
その価値観によって
自分がどれほど苦しい人生を歩かねばならない羽目に陥っていたのかなど、
次から次へと気付かされていくことになる。

私の中には、いつも過剰なまでに厳しい、
様々な「~ねばならない」という自分のルールが強固に存在していて、
そのルールが要求している通りの行為を自分ができなくなると抑うつ状態になる。

過剰なまでに自分の責任や負い目を感じていて、
「もっと働かねばならない」「もっと頑張らねばならない」そう思いながら、
最悪の気分で「~ねばならない」を達成できない罪悪感と強い抑うつ感に襲われてゆく・・・・

人一倍熱心に頑張ろうとしていたのは、
そもそもが他者からの承認や愛を求めていたからなのだ。

何らかの「~ねばならない」に過剰な価値を抱いてしまっていたということである。

つまり、どんな「~ねばならない」であろうと、それをやり遂げることで、
他者に認められ、愛されたいという、強い自我の欲望があった。

そして、この「~ねばならない」が過剰に強すぎ、歪んでいたことが、
うつ病の原因となっていたのだ。

ただ、不合理な「~ねばならない」だけが原因ではなく、素質的なものも考えられる。

同じぐらい過剰な「~ねばならない」ルールを持っている人でも
抑うつ状態になるとは限らないし、
うつ病の原因は脳内のセロトニンやノルアドレナリンの減少であると言われ、
現在のうつ病治療も、抗うつ剤による薬物療法が中心となっている。

特に軽症の場合は、抗うつ剤だけで比較的短期間で治るケースも多いらしい。

けれども私のように、内的規範の歪みが大きな原因になっている場合は、
こうした不適切な思い込み、
「~ねばならない」の「認知の歪み」を修正する必要がある。

いろいろな課題を克服し、修正し、
一つ一つの山場を根気よく乗り越えて来たつもりでも、
人生にはその都度新たな課題が次々と立ち現れてくる。

だから、終わりなき挑戦、それが生きるということなのかもしれない。

今以上に行き詰ったら、再びカウンセリングを受けに行こう、そう思っている。
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無力さ
- 2008/07/18(Fri) -
西尾和美さんの今日一日のアファメーション

7月18日 無力さを売り物にしない

本当に困ったとき助けを求めるのは、大事な技術です。
自分で何でもかんでもコントロールできると思うのはまちがいで、
信頼できる人に、適当な依存をするのは大切です。

しかし、自分にまったく何の力もないようにふるまうのはよくありません。
いつも助けてもらわないと生きていけないようにふるまうのは、
ある意味では、相手をコントロールしようとする無意識の試みです。
相手を共依存的に自分にのめり込ませ、世話をさせたり、
罪の意識を植えつけたりすること
になってしまいます

こうして、不健全な人間関係ができあがっていきます。
適当なときに助けを求めはしても、
自分で自分の世話ができない弱々しさを売り物にするのはやめましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仮にもし、私が今も不健全な人間関係をつくり上げてしまうとしたら、
長い間に身についた不可抗力な無意識の作用なのだろうと思う。

そんなことを考え始めると、常に不安につきまとわれる。

特に、娘に対して・・・・

私という母親の存在が、
彼女の人間関係のあり方を、否応無く左右してしまうのだろうという想像に、
強烈な恐れのようなものを感じて、
ただ戸惑って、ぼんやりと立ち尽くしてしまう。

私は自分をとても無力な女だと思っている・・・・

一人では生きてはいけないと思っている・・・・

ただ、
無力さを売り物にだけはしたくないと思っている・・・・

無力さをただ黙って見つめ続けて生きているのだと思っている・・・・
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キントン雲に乗って遊びに行く
- 2008/07/20(Sun) -
昨日の朗読劇稽古日のお話。

早速、風に吹かれてキントン雲に乗って、いそいそと遊びに行く(笑)

集まったのは4人だったけれど、まず各人がFAXで送信した企画書を取り出して、
ああでもないこうでもないと尽きることのない話し合いから始まった。

一時間以上かけて一応の草案だけは何とか完成させ、ちょっとホッとするも、
続いて各人の日程を調整しながら稽古日を設定してゆく。

私以外の人たちは、みんな忙しく仕事や他の活動に走り回っているので、
コレがなかなか調整がつかず難航する。

それでも、事務局と早めに交渉しなければ、
どんどん他のグループに部屋を押さえられてしまい、
希望日時に稽古場を確保できなくなってしまうという危機感でいっぱいの私は、
根気よく一人一人と話を詰めてゆき、ようやく計15回の稽古日を設定する。

ここまでですでに2時間経過。

残された延長1時間で、台本の読み合わせに入る。

前回、睡眠薬の効き過ぎで、30時間も眠ってしまい、
已むを得ず稽古を欠席した私は、その日が初の読み合わせだった。

特に役を固定させず、どんどん読み進めてゆく。

「イメージが変に固定されるから、なるべくさらりと流そう」
そう決めて始まった読み合わせだったが、
読み進めていくうちに、みんな自然と熱が入っていき、思いがけずも、
皆の大笑いを何度も取ることに成功した私の滑稽台詞に、我ながら妙に満足する(笑)

私、なかなかやるじゃん(笑)

通しで2回読み合わせてタイムアップ。

予定している公演会場を下見し、事務局との交渉に向かう。

ここでまたまた難航。すでに他グループに押さえられているケースが多発する。

(だから言ったじゃない・・・・・)とは私の内心の声・・・・

粘りに粘って10月一杯までの場所を確保するも、変更も多々出る始末で、
メンバーの集まり具合に多くの不安を残したままだった。

疲れ果てて、お腹がペコペコで、初めてメンバーと昼食を取った。
(それまで私はいつもソクサクと一人帰路に着いていたのだった・・・・)

私は人との外食は大の苦手で、緊張するのか、
いつだって、何を食べても味が感じられず、後で必ず胃が痛む・・・・

それさえ忘れて会館の近くの喫茶店に入ってランチを注文。

ぺろりとたいらげ、また1時間、各々が近況を我先に話し続け、
私も自然と自分話を繰り広げていた。

自分自身のこともあけすけに、楽しんで話せていたことに気が楽になったのか、
結局、昨日は胃が痛むこともなく、疲れもどこかに吹き飛んで、弾む気分で帰宅した。

「楽しい仲間だなあ~。とことん気楽だなあ~」

そんな感想。

先はまだまだ遠くて、困難な事項も山済みだけど、
「コレならやれる」との手応えを、初めて強く感じることの出来た一日でもあった。

次回は来週土曜日、会場の都合で夜間18時から21時30分まで。

初めての夜の稽古日設定だが、さてさて、一体何人集まってくれるか・・・・

呼びかけメール大作戦が今日から始まります(笑)

こんな風に、長年の信仰活動で培ってきた、
打ち合わせや会合企画・進行・書類管理・結集などのノウハウが、
ここまで役に立つとは思いもしないことでした。

なんだって、結構無駄にはなってないんだなあ~(笑)
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娘へ
- 2008/07/22(Tue) -
一人の女性として持っていて欲しいもの。

快く置き去りに出来る幼少時代

いつでも笑わせてくれる友達と泣かせてくれる友達

自分の運命は自分で握っているという実感

自分を見失わずに恋に落ちる方法

一人の女性として知っていて欲しいこと。

仕事の辞め方

恋人との別れ方

友人との付き合い方

もっと努力した方がいい時か、諦めた方がいい時か

親の在り方は変えられないということ

お前の幼少期は完璧ではなかったけれど、それはもう終わったということ

愛のためにすること、しないこと

たとえそれを望んでいなくても、一人で生きていく方法

信用できる人、信用できない人、そしてそれはお前の責任ではないこと

癒されたいときの行き場所

自分が達成できること、出来ないこと

今日という日に、明日という日に、未来という時間に。
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ヒマワリ、キュウリ、本とクリニックに栄養満点
- 2008/07/25(Fri) -
たった一本、ヒマワリの花が咲きました。
強い生命力を感じさせる真夏の花、太陽の花です

ちなみに、
私たちの朗読グループの会の名前もヒマワリの●●●語バージョンで、
そう簡単にはとても覚えられない長ったらしいカタカナの名前です(笑)

そして、我が家の居間にはもう20年来、
私の大のお気に入りのゴッホの「ひまわり」が掛けられています。

私にとってヒマワリはとっても思い入れの深い花なのです。
shukaku.jpg
形は歪ですが、大きなキュウリを収穫しています。
全体を覆っている棘の強さにいつも驚かされます。
生き残る唯一の手段が、あの強烈な棘なのでしょうね。

昨日は灼熱の炎天下、バスに乗って市内へと出ました。
そろそろ切れるお薬をもらう為です。

早めに着いて、ずっと欲しかった本を買いに本屋さんへ。
「生物と無生物のあいだ」です。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
(2007/05/18)
福岡 伸一

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早くその本にパラパラと目を通したくて、
バスターミナルにあるいつもの喫茶コーナーで一息。
序章を読んだだけでも先が楽しみで、
とてもワクワクさせてくれる素敵な内容の本のようです

クリニックはとても混んでいて、お薬だけもらうことも出来たのですが、
少し薬の変更もしたかったので、
仕方なく長時間(2時間半)待って診察を受けました。
勿論、買ったばかりの本に夢中で、ゆったりとした貴重な読書の時間です(笑)

薬の効き具合や私の希望で変更して欲しい薬の話で終始し、
診察は5分ほどで終わりました。

2時間半待って、診察5分・・・・
精神科にはこうしたケースがとても多いと聞きます。
私は医師への期待は殆ど持たない患者なので、
これでも結構納得していますが、そうじゃない人々にとっては、
待ち時間はただただ苦痛で、診察時間の短さは不満で不安で、
クリニックに通うこと自体が相当苦痛になるのではないかなと想像しました。

「ここ4・5日、徐々に楽になってきた気がします。
       昼間家に居ても苦しくならなくなってきました」

そういうと、先生の顔が急にほころんで
「そうですか、そう言って頂けると私もとても嬉しいです。ありがとう」
そう仰いました。

「ごめんなさい」も「ありがとうも」、患者と全く対等な立ち位置で、
軽々に口に出せる先生なんだと、私自身はまた改めて感心する。

そんな先生だから薬の相談もやりやすく、
短時間で薬の内容も決めることができました。
結構私には合っているクリニックなのかもしれません。


調剤薬局で4週間分の薬を頂き、帰途に着いたのはもうすでに夜の7時半。
8時を回って家に着きましたが、朝に夕食の仕度をして置いたので、即効夕食。
4週間安泰に過ごせる安心感からか、とても美味しく食せました。

ちなみに昨日の夕食のメニューは、
海苔と葱たっぷりの月見とろろそばと、白身魚とお野菜のマリネ、
インゲンとトマトのグラタンなのでした(笑)

栄養満点


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心底癒され、解放されて・・・・
- 2008/07/27(Sun) -
もうこんな時間から(午前5時前)、激しく蝉が鳴いています。

今はまだ、クーラーも要らないほど涼しい風が、
開け放った私の部屋の窓からサワサワと入ってきますが、
この様子なら、きっと今日も灼熱の一日となるのでしょう。

昨日も相当の暑さでしたが、夕方、家に居た娘に夕食の準備を頼み、
私はいそいそと朗読劇の稽古へと出かけました。

kaikan.jpg
夕闇迫る会場への階段。

昨日は5人が集まってくれました。

演目の企画書の、最後に残っていた劇の題名を書く空欄も埋まり、無事提出。
何度もおしゃべりへと脱線を繰り返しながらも、役を振り分けた読み合わせを重ね、
とうとう役もほぼ決定しました。

私は「●●爺」という朴訥としたオトボケ爺さんの役に決まりました。

ええっ?そんなの出来るのかってお思いでしょう?(笑)

それが結構はまり役のようで、
「素朴で大らかでお人よしの役柄が、●●ちゃんにピッタリ!」との
過分なお褒めのお言葉を、皆さんから頂きました(笑)

バッチリ、メイクも衣装も決めてゆくと、徐々に全くの別人格へとなり切ってゆき、
舞台の上で大暴れ出来るのですから、今からワクワク。

本当に不思議なのですが、もの凄く「気にしいで恥かしがり屋」の私が、
役につくとガラッと別人格へと変身して、なんの恥かしさも感じることなく、
心底楽しんで、大いに暴れまくることができるのですから(笑)、
きっと演劇の持つ魔力には、底知れぬものがあるのでしょう。

冗談ばかり言い合って、時に真剣な身の上話も飛び出して、
読み合わせでまたまた笑い転げて、
その日の午後3時ごろまで胃腸の不調に苦しんで、
一抹の不安の中稽古場へと出向いた私も、すっかり健康体を取り戻して21時前に終了。

ルンルン鼻歌(お月様の歌。月など出ていませんでしたが笑)など歌いながら、
夜道を楽しみ我が家へと急ぎました。

楽しかった~、面白かった~。

心底癒され、解放されたなあ・・・・





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こころの最深部へ①
- 2008/07/28(Mon) -
とある方から、現在の私の在り方に関して、
大変貴重なアドバイスを頂戴したのですが、
示唆していただいた内容を自分自身の身に即して、
深い実感として理解するところまで追いついてゆかなくて、
頂いた語句一つ一つの理解から再度学習し直し、
少しでも自分のものにしてゆければと考え、
ここで「学習のまとめ」をしてゆこうと思いました。

以下、覚書。
「もう一つの精神医学」より
http://homepage2.nifty.com/another_psychiatry/framepage1.html

原体験心性

これは、人間が持って生まれた心性であり、
胎児期~新生児期、つまり子宮内生活~誕生前後の
赤ん坊が持っているであろう心性です。

「原(体験)心性」
という語はいかにも専門用語然としているので
筆者は治療場面では専(もっぱ)ら
持って生まれた赤ちゃんのこころと表現しています。

想像力を働かせれば分かる事ですが、
この心性は次のような構造的特性を有しています。
  ①内外(自他)の区別が無い ∴空間や状況=自分
  ②受け身(受動的)
  ③今ここに在るものが全て(体験の直接性)
  ④感じたり思っているだけ
  ⑤問題意識も無い

この心性は更に次のような法則性を有しています。
  ①述語的状況性が支配する
  ②サイレントに(密(ひそ)かに)終生活動し続ける
  ③状況の持続によりかかる(馴染みの法則/生物の保守主義)
  ④快(ポジティヴ)の事象に一体化し、
   不快/苦痛(ネガティヴ)な事象は異常視し排斥し
   遠ざかろうとする(フロイトFreud,S.の快‐不快原則)

実はこれは、フロイトFreud,S.が
ゲオルク・グロデックGroddeck,G.に倣(なら)って
[グロデックはフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
(Friedrich Wilhelm Nietzsche)に倣(なら)って]
「エス」と名づけたものと別のものではないでしょう。

ドイツ語の「エス」Es は、英語のit(それ)に相当し、
ドイツ語でも英語でも、天候などを表す場合に「仮の主語」として用いられます。

グロデックやフロイトは、無意識が、主語(主体)として名指し得ない
(名づけて呼ぶことのできない)性質のものであることを的確に見抜き、
仕方無しに「それ」と名づけたわけです。
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こころの最深部へ②
- 2008/07/29(Tue) -
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 「原体験領域」の構造と性向

「治療精神医学」が、最も深く病んでいるとされていた
「統合失調症」患者の治療をその中心に据える中で
見出してきた人間の「こころ」の最深部は、
胎児期~新生児期、つまり子宮内生活~誕生前後の赤ん坊が
それを生きているであろう体験世界でした。
 
辻はそれを「原体験領域」primal experienceと名づけ、
その性質を「原体験心性」と呼んでいます

この心性は次のような構造的特性を有しています。
 ①内外(自他)の区別が無い ∴周りの空間や状況=自分
 ②受動的
 ③今ここに在るものが全て(体験の直接性)
 ④感じたり思っているだけ
 ⑤問題意識も無い

スイスのJung,C.G.や英国の精神分析家Bion,W.R.の業績を参照すると、
この原体験世界に於いても全くの無対象ではないのかも知れません。

しかしそれは、現実の対象と出会う以前の生得的な「元型」archetypeや
「前概念」pre-conceptionといったものなので、
厳密には「対象」と呼ぶことはできないでしょう。
それは、何らかの刺激に対する心的受容器のようなものとして準備されている、
と言えるかも知れません。
 
この心性は更に次のような傾向を有しています。
 ①述語的状況性が支配する⇒述語同一性論理(注意!「述語論理」ではありません)
 ②サイレントに終生活動し続ける
 ③状況の持続によりかかる(馴染みの法則/生物の保守主義)
 ④好ましい事物に一体化し、好ましくない事物は排斥し遠ざかろうとする

(Freud,S.の「快-不快原則」。
 但し「快/不快」と言ってしまうと既に人間的感情に近くなり過ぎるので、
 辻は原生生物から高等動物にまで共通する基底的性向であることを表現する為に
「ポジティヴ/ネガティヴの法則」としています。)

「原体験」という言葉には、次のような意味があります。

 A.その人の思想が固まる前の経験で、以後の思想形成に大きな影響を与えたもの。   
  [ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
 B. 記憶の底にいつまでも残り、
   その人が何らかの形でこだわり続けることになる幼少期の体験。

   [ 大辞林 提供:三省堂 ]

「原体験」は「原初的体験」primal experienceです。

上記Bの「記憶の底」というのを「意識化され難い記憶の最基底」とみなし、
「幼少期」に「胎生期」を含めれば、何とかそれに合致はします。

精神的孵りと複合

「こころ」の発達は「外界の現実」と出会うことから始まります。

「外界の現実」は欲求不満の体験を通して徐々に学習されて行きます。
 
生後しばらくの間は通常、母子はまだ一心同体の状態で、
赤ん坊が欲求不満に陥ることは極力無いように配慮されます。

しかし、母親(養育者)がどれほど努力しても、
赤ん坊の欲求にいつまでも完璧に適応し続けることは不可能です。

その為に、ごく当たり前の事として、赤ん坊は欲求不満を体験するのです。
 
当然の事ながら、そのような体験には不快感や苦痛を伴います。

上記のような「原体験世界」の住人である赤ん坊にとってみれば、
そのような不快感や苦痛は「晴天の霹靂」であり「有る筈の無いもの」です。

従って即座に排除しようとし、
通常は泣き喚いてその泣き声と共に自分の外へ(awayへ)
錯覚的に放り出そうとします。
 
これが100%成功してしまえば、
赤ん坊はいつまでたっても外界の現実を認識するに至らないでしょう。

しかし、幸か不幸かこれは殆ど成功しません。

それでも、放り出した不快感や苦痛が、
その意味を理解しようとしながら関わる養育者の存在によって
緩和されることは有り得ます。
(実際には十全に理解できなくても、投げ出さずに一緒に居る、
 ということが重要です)

そのような関わりに十分に恵まれれば、
赤ん坊は不快感や苦痛をすぐに「アカン!」と放り出そうとする在り方から
徐々に「アカンけどいい」という複合的体験を
感覚的記憶として身につけるようになります。

この肯定的な感覚的体験記憶は、PTSDに於けるフラッシュバックと同じく、
類似の状況下で自動的に速やかに現実感を伴って復元します。

即ち、辛い時苦しい時に繰り返し即座に再生されるのです。

これが従来「基本的安全感」basic securityと言われているものの
内実だと思われます。
 
そして子供は、「何でも思うようになる」という原体験的幻想と
「思うようにならない」という現実的体験との間で様々な情動を体験しつつ、
不如意の現実というものを繰り返し受け容れ認識して行くことになるでしょう。

イギリスの精神分析家Winnicott,D.W.は「抱えること」(holding)として、
Bion,W.R.は「包み込むこと」(containing)として、
この間の事情をうまく概念化しています。

このようなプロセスは恐らく一生涯続くものでしょうが、
うまく行っている場合には、
子供はやがて養育者の「投げ出さずに一緒に居る」機能を内界に取り入れ、
その分だけ外界の養育者は必須の存在ではなくなって行きます。

そうして、原体験心性から分化した現実認識の機能は
より精緻なものとなって行くと共に、
原体験領域も変化をこうむり、両者がまた統合(複合)される、
ということが繰り返されて行くのです。(⇒親子関係の健康な場合)

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外出日
- 2008/07/30(Wed) -
今日は婦人科の医院へ行くつもりです。
きっと今日も猛暑で炎天下を行くことになるのでしょうが、
かかりつけの女医先生の週に一度の診察日です。

婦人科の面からも、今の体調不調を相談してみようかと思っています。

電車を乗り継いで1時間ほどかかるところにある医院ですが、
その最寄り駅が実家と同じ駅なので、
足を伸ばして母と姉にも会ってこようかと考えています。

母が「9月末に白内障の手術を受けることになった」と、姉が知らせてくれました。
お見舞いもかねて、様子を見てきます。

お土産は、やっぱりアイスクリーム、かな

朝から忙しくなりそう

先日の近畿地方を襲った豪雨の日、それでも激しい雨の中を、
野良のチビが餌を貰いにやってきました。

傘を差してお食事中のチビ
ame.jpg
よっぽどお腹が空いていたんだね

以下メールで知った情報を転載します。
見るのは辛くてしんどいけれど、出来るだけ見てみたいと思っています。

確認は、番組HPもしくはテレビ欄などで各自でお願いいたします。

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NHKBSで放送されてきた太平洋戦争の生存者が語る「証言記録兵士たちの戦争」が、
8月4日から8月7日にかけてと、8月26日から8月29日にかけて、まとめて再放送される。
 
 8月4日(月)午前9:00~9:43
 西部ニューギニア・見捨てられた戦場

 8月4日(月)午前10:00~10:43
 北部ビルマ 密林に倒れた最強部隊~福岡県・陸軍第18師団

 8月5日(火)午前9:00~9:43
 マリアナ沖海戦 破綻した必勝戦法~三重県・鈴鹿海軍航空隊

 8月5日(火)午前10:00~10:43
 ビルマ 退却戦の悲闘~福井県・敦賀歩兵第119連隊

 8月6日(水)午前9:00~9:43
 中国大陸打通 苦しみの行軍1500キロ~静岡県・歩兵第34連隊

 8月6日(水)午前10:00~10:43
 フィリピン最後の攻防 極限の持久戦~岡山県・歩兵第10連隊

 8月7日(木)午前9:00~9:43
 満蒙国境 知らされなかった終戦~青森県・陸軍第107師団

 8月26日(火)午後8:00~8:43
 インパール作戦・補給なきコヒマの苦闘~新潟県高田・陸軍歩兵第58連隊~

 8月26日(火)午後9:00~9:43
 フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦~陸軍第1師団

 8月27日(水)午後8:00~8:43
 ガダルカナル 繰り返された白兵突撃

 8月27日(水)午後9:00~9:43
 沖縄戦 住民を巻き込んだ悲劇の戦場~山形県・歩兵第32連隊

 8月28日(木)午後8:00~8:43
 ペリリュー島 終わりなき持久戦~茨城県・水戸歩兵第2連隊

 8月28日(木)午後9:00~9:43
 ニューギニア ビアク島 幻の絶対国防圏~陸軍歩兵第222連隊

 8月29日(金)午後8:00~8:43
 フィリピン 絶望の市街戦~マニラ海軍防衛隊

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