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新年明けましておめでとうございます。
- 2009/01/01(Thu) -
  新年明けましておめでとうございます。
  この一年が皆様にとって幸多いものであることをお祈り申し上げます。

gantan.jpg
      元旦の朝の空



昨夜は大晦日ではありましたが、夜の10時半頃から睡眠導入剤すら飲むことなく、
余りの眠気にさっさと眠ってしまいましたので、
途中サイレースと、ハルシオン半錠を追加したものの充分な睡眠が取れたようで、
朝6時過ぎにはすっきり目覚めることができました。

新しい年の始まりですね。

昨年は心療歯科や精神科や心療内科を渡り歩く辛い1年でしたが、
それでも新年を迎えると、どことなく心に希望が湧いて参ります。

どんな1年になるのやら、私としては目標を立てたりもせずに、
流れに身を任せつつ、自然体で過ごしてゆこうと思っています。

ささやかなお正月を迎える準備も終えて、
友人の訪問にも肩を張ることのない準備も終えて、
心穏やかな朝を迎えることができました。

どうか皆様にとっても良いお正月でありますように。

そして、今年も、この「な~んてことない」しょぼいブログに
お付き合いいただければ幸いです

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体調第一のお正月
- 2009/01/02(Fri) -


1月2日の朝の空

昨日は朝7時前、3泊4日の友人達との旅行から帰った娘の部屋から、
どっさり出てきた洗濯物をすることから始まりました。

お正月でも私の日常にはなんの変化もありません。

小雨が降ったり止んだりの天候で、洗濯物を何度か入れたり出したりしていましたが、
ついに諦めて家干しとあいなりましたが・・・・

午前9時、空腹に耐えかねた私に次男と娘が無理やり起こされ、
お雑煮と、ちょこっとお節料理らしきもので、皆で新年を祝いました。

今年は1通も年賀状を書かなかったのだけど、50通くらいは届いています。
懐かしい人たちの顔がたくさん浮かんでまいりました。

「ゴメンネ。友人が帰ってから、きっとお返事書くからね・・・・」
心でそう呟いて、またまたごろ寝を決め込んで(笑)

夕食もグッと手抜きで済ませました。

体調第一のお正月です。
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やっちゃった・・・・
- 2009/01/04(Sun) -
昨夜から、38度をこす熱にうなされています・・・・

医者は1月6日からなので、とりあえず大人しくしているしかありません。

喉の痛み、咳、熱、頭痛、鼻炎、一通り、風邪の症状が現れているようです。

心療内科でいろいろなお薬をいただいて飲んでいるので、
飲み合わせが難しいから、市販の風邪薬は飲めませんし・・・・

楽しかった友人との再会の様子は、また今度写真と共にアップしますね
本当に楽しかったんですよ

それでは、皆さまも、くれぐれもお気をつけて下さいませ
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37.4℃
- 2009/01/05(Mon) -
sannichi.jpg
1月3日の朝の空です。二日遅れのアップとなってしまいましたが・・・・

熱はようやく37.4℃ほどに下がりました。

4日は急激に熱が上がり、最高39.2℃
さすがにこれは不味いな、と思い、
今かかっている精神科の病院に電話をしたところ、
診てくださるということで、早速次男の車で病院へ行きました。
夫は新年会で留守だったのです。

肺炎を起こしているかもしれないとのことだったので、
胸部レントゲン、血液検査、インフルエンザの検査を受けましたが、
幸い大事には至っておらず、「気管支炎」とのこと。
治りが早いということで、抗生物質の点滴を受け薬を貰って帰宅しました。

いただいたお薬を飲んで、夜の7時から翌日7時半まで、
ぐっすり眠ることができ、熱もあっと言う間に下がったのです。

やっぱり医者って凄いもんです。
というか、行きつけの病院があって、ホントに良かった~
今もこんな感じでブログ書いてます。

そんなこんなで、まだイマイチなので今日もここまでにしておきます。

皆さんもくれぐれもお気をつけくだされよ~
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きっと行くから
- 2009/01/06(Tue) -
山口県からわざわざ私に会いに来てくれた友人の「モッチャン」です。
写真アップしてごめん

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一応夕食の準備はしていたんですが、コーヒーを飲んで家族で話して、
「二人きりになりた~い」との思いが募り、
近くのお好み焼き屋さんへ二人で出かけました。
4時間以上、そのお店で食べるのも忘れるほど、いろいろな話に熱中しました。
昔話、子どものこと、夫のこと、現在の状況、これからのこと・・・・・
話しても話しても話の尽きない、あっと言う間の4時間でした・・・・・
そして二人で居間を片付けて、二つ布団を並べて眠りました。
1分ほどで眠ったかもしれない、モッチャンは(笑)
のんびりした、胆の据わった人なんです。

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翌朝は、頂き物の豪勢な「祝い鯛」とチョコッとお節料理、お雑煮で食卓を囲み、
またまた若かりし頃の話で、みんなお腹が千切れるほど笑い転げました。
何しろいろんなエピソードが次から次へと出てきてしまうんです

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腹ごなしに自然公園を案内しつつ、少し散歩。

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青空たか~くに凧が揚がって舞っていました。

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「これからどうする?」ということになって、まだモッチャンが大阪にいて
私もすぐ近くに住んでいた思い出の地を見に行ってみることにしました。

ここです。このボロボロのアパートに私は一人住んでいました。
まだあるなんて、信じられません
モッチャンは近くのマンションで新婚生活。
よく遊びに行ってはご飯を奢ってもらったものでした。
今でも感謝の思いが溢れてきます。
寂しがり屋の私ですから、一人はホントに辛かった・・・・

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長細~い、部屋数だけはやたら多いアパートです。

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そして、昼間だというのに、この恐るべき暗さ
じめじめしていて、私はここに住んでいる時、肋膜になりましたよ・・・・・

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翌日から、店の仕込が始まるということで、たった1泊でお別れ・・・・・
名残惜しくて、名残惜しくて、とうとう新大阪の駅まで送って行ってしまいました。

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モッチャン、私に会うためだけに忙しいのに大阪まで来てくれて、ホントにありがとう。
今年1年分、笑ったね。
来年の分まで、泣いたね。
そして、10年分、話したね。

今度はお金を貯めて、私が山口県まで、きっと行くから待っててね
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私の好きな曲
- 2009/01/07(Wed) -

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「閉じ込めないで! 殺さないで!」
- 2009/01/08(Thu) -
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今朝の空

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アムネスティ日本がガザ紛争について、緊急のWEBアクションを始めたそうです。

「閉じ込めないで! 殺さないで!」
パレスチナ・ガザ地区への違法な攻撃の即時中止を

http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2141

私も今朝、さっそく署名いたしました。
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勉強会
- 2009/01/11(Sun) -
kesasora.jpg
今朝の空。
今日は出かけるのでお天気がよければいいのになあ~。

4日にいただいた気管支炎のお薬が7日で切れて、
たちまちまた激しく咳き込むようになり
8日、再び病院へ行って新たにお薬をもらってきました。

今度のお薬は、先生が「ちょっと強い目の薬にしますので」と仰っていた通り
多分お薬のせいだと思うのですが、身体が小刻みにずっと震えています。
お年寄りによくいらっしゃるような、そんな小刻みの震えです(老化現象?笑)
ちょっと心配・・・・でも咳はピタリと治まりました。
やっと夜もゆっくり眠れるようになりました。

今日は久しぶりに「勉強会」へ出かけます。
ここ3日間かけて、教材の本を読み込んでいました。

臨床哲学系の本なので、小説のように読み飛ばすこともできず、
丁寧に丁寧に読んでいきましたが・・・・難しくて訳分からん・・・・

テキストは「感受性を育む」中田基昭著
勉強会は1~2週間おきに1回ずつあります。

久しぶりの勉強会に、胸ときめかせつつ、
今からもう一通り、ぱらぱらテキストを読んで楽しむことにいたしましょう
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俄然元気になる
- 2009/01/12(Mon) -
amehi.jpg

今日は朝から雨。
空もどんより曇っています。
でも、私はついさっき朝風呂に入ったばかりで只今上機嫌です。
「喜多郎」のCDを聴きながら、のんびりお湯に浸かりました

昨日の勉強会は、私にとって、とても貴重な体験になりました。

「大切に扱われている」「尊重されている」
「居場所が最初からそこにある」「すべての人々と対等である」

こうした、これまででも非常に稀な実感を、
一度に味わったかのような勉強会だったのです。

実は、昨日の講師の先生は、娘の通っている大学の教授で、
娘は理学部に在籍していますが、教職を取っている関係で、
文学部教授のその先生の授業を今現在受けているのです。

「すッごくいい先生!偉ぶらないし、怒らないし、学生のことすごく大切にしてくれるし、
 一番好きな先生!」

などと常日頃から娘に聞かされていたものですから、
この怖がりで超臆病者の私も、徐々に食指が動き始めて、
とうとう昨年、思い切って受講の申し込みをしたのでした。

確かに娘の言う通りの先生でした。
センターの内実も、なにもかも、ハナッから私達を信じて、
すべてをあからさまに話してくださり、
共に考え、共に解決の道を見つけていこう、そんな先生でした。

「権威者」と名の付く者は、何しろ総じて受け付けられない私にとって
「ああ、この先生の下でなら、これからも勉強を続けていけるかも!!」
そんな希望すら湧いてきました。

さてさて、7つのグループに分かれて、個別に各節を受け持ち、
次の日曜までにA4・1枚程度のレジュメにまとめなければなりません。

それもワクワクの楽しみの一つです

自分の好きなことになると、俄然元気になるなんて、
私って、実はただの根っからの我儘者なのかもしれません(笑)
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おいおい~
- 2009/01/15(Thu) -
jyugo.jpg
今日の正午の空。
こんなに晴れていても、時々ポツリポツリと雨が降るから
洗濯物を干しているので油断大敵です。

11日夜から、手・足・顔などに強い浮腫が現れ始めて、
翌日、病院へ電話を入れて事情を説明したところ
「気管支炎のお薬が合わないようなので止めておいてください」とのこと。

そ、そ、そんな・・・・薬は後もう1回で終わりですよ・・・・

料理をつくるにも、包丁を握るにも、いえ、台所に立っているだけで、
どよ~んと全身が重痛い・・・・・

顔は「満月病」のようにまんまる。
お正月でいっぺんにこんなに太ったのかなあ、などと驚いていたんですが、
そうではなかったのでちょっと、ホッ・・・・(笑)

今朝になってようやく戻りつつあります。

熱はアレッきり出ていませんが、
咳は相変わらずモワモワッと胸の辺りを漂っている感じで、
今も用心のため、うがいとマスクを家の中でもずっとしています。

そんなこんなで、レジュメはまだ。

今日は夕方4時から1ヶ月ぶりに心療内科の診察に行きます。
ayameさんが、コメントで教えてくださった パキシルの処方についての不安と、
トラウマサバイバーの根底にある鬱病は
抗鬱薬より抗精神病薬の方が効き目が良いとのことも
先生に訊いてみようと思っています。

また先生と言い合いになるかもしれませんが、
不安を抱えているほうがしんどいから、ここは勇気をふりしぼって訊こうと思います。

さて、と。
夕食の準備でも先にしておきますか

(おいおい~ 勉強はいったい何時するの~ 笑)
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分かち合う沈黙
- 2009/01/16(Fri) -
「他者との直接的関係についてブーバーから学ぶ」

「分かち合う沈黙」

世界のどこか寂しい所で、お互いに隣り合って座っている二人の男を思い浮かべてみてください。
彼らは互いに語り合わず、互いに見つめ合うこともせず、一度たりとも互いに向き合うことをしません。
彼らは互いに親しい間柄でもなければ、他方の経歴について何も知らないのです。・・・・

一方の男は、そうすることが明らかに彼の流儀に沿っているので、何が起こっても余裕をもって
すべてを受け入れられるようにと、もう一人の男と一緒にベンチに座っています。
その持ち前の気分からして明らかに平静で、
何が起ころうとゆったりとすべてのことを迎え容れる気持ちがみられます。・・・・

もう一人の男は、・・・・控えめで抑制力のある人間です。
しかし、彼のことを知っている人ならば、幼児じみた呪縛が彼に備わっていることを、
彼の自制が彼の身構えとは異なっていることを知っています。
彼の身構えの背後には、分かち合うことのできない、浸透しがたさが隠されているのです。

ところがそれは一瞬にしてですが、・・・・不意にその呪縛が解けるのです。

しかし実際には、この時、この男は何か言葉を発することはありませんし、
指一つ動かすわけでもありません。
にもかかわらず、彼は何かを為すのです。
どこからともなく、彼はそうするわけですが、
それは、いまや彼自身だけが手中にしている呪縛を自ら解くのです。・・・・

塞ぎ止められることなく、分かち合いが彼から流れ出てきますが、
この沈黙の分かち合いが隣にいる男にもたらされることになります。
分かち合いはこの男に向けられていたので、・・・・隣の男はこの分かち合いを
塞ぎ止めることなく受け入れます。

・・・・この時、隣の男はこの男について何を知るのでしょうか。
知るということは、ここではもはや必要ではありません。
なぜなら、人間同士の間で塞ぎ止めが支配していない所では、たとえ言葉がなくても、
対話的な言葉が秘蹟的に生じるからです。
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『私たちは殺戮に「否」と言ったか?』
- 2009/01/16(Fri) -
パレスチナ住民虐殺抗議と即時攻撃中止を訴えて
精力的に活動されている京都の岡真理さんより
メールが配信されてきました。
岡真理さんは現在京都大学大学院助教授で
パレスチナ問題に取り組んでいる研究者です。

『私たちは殺戮に「否」と言ったか?』

http://arab-club.hp.infoseek.co.jp/kyotoshimbun.html
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呪縛からの解放
- 2009/01/17(Sat) -
「他者との直接的関係についてブーバーから学ぶ」

「呪縛からの解放」

保護室四号に入ってゆくと、不気味な静かさと凍結したものに私は直面した。
毛布の下にくるまっている人間の形をしたものがまだ生きているのだということを示す
なんの物音も身動きもなかった。

その病者の外界との関係のすべてはもう何ヶ月ものあいだ断たれたままで、
その瞳は閉じられ、唇は沈黙していた。
彼女は人工栄養によってのみ養われることが可能であり、
最小限の看護でさえたいへんな骨折りを必要とした。

・・・・私は数日間いつも同じ時刻に三十分ほどベッドのかたわらに静かに座ることにしていた。
三、四日の間は部屋の中は静かなままだった。
そしてある日のこと毛布がほんの少しもち上げられた。
二つの暗い眼が用心深く周りを見まわした。
不安と深く傷つけられた人間のすがたがその中に在った。
やがておもむろに顔全体が現われた。
その顔は虚ろで仮面のように死んでいた。
私は断乎として受身の姿勢を持したが、そのことから安心感を得たのか、
彼女は起きあがりまじまじと私を見つめ始めた。

そして次の日あんなにも長い間、黙しつづけていた口が開かれた。

「あなたは私のお姉さんなの?」と彼女が尋ねたのだ。
「いいえ」と私が答えると、「でも」と彼女は先を続けた。

「毎日あなたは私に逢いに来てくれたじゃないの、今日だって、昨日だって、一昨日だって!」

                         看護師ゲルトルート・シュビングの記述より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「沈黙しながら待ち焦がれていることのみが、汝を自由にする」・・・・ブーバー
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最近のこと
- 2009/01/20(Tue) -
15日、1ヶ月ぶりに心療内科へ行く。

先生に薬についていろいろ言ってみたが、全く相手にされず。
今のところ順調な生活が送れているのでそれでヨシとすることにした。

「自立支援法を適用するようにしましょう」と医者から言ってくれたので、お願いする。

先は長そうだが、最近は寝るときにはお薬を忘れてしまう位よく眠れるので
こうやって少しずつ回復してゆければそれでいいかなと思う。
けろさんと同じように、低め安定が一番いいのかもしれないとも思っている。
それでもまだ、働けるようになる日を夢見つつ、の心境は変わらないけれど。

18日、夕方6時からセンターの部屋を借りて、グループだけの勉強会をする。

各自、自分の担当している章についての自分の考察をレジュメをもとに報告し、
他の5人の意見を聞くというもの。

思いのほか熱が入って、喧々諤々大議論。
あっと言う間に3時間が過ぎる。
時間が足りなくなって明後日の22日にも夜の7時から勉強会をとることになる。

一人で本を読んで考えているより、6人で議論しながら再読すると、
見えなかったものがどんどん見えてくる面白さに夢中になる。

22日は行けるかどうか分からないが、私が担当している章は一応終わっているので
もう一度まとめ直してみようと思っている。

気管支炎は今週に入ってようやく咳は落ち着いた様子。
まだ胸のあたりはヒューヒュー鳴っていて、息苦しさは残っている。
熱は下がったままなので、薬の副作用も相当きつかったから、
もう医者にはかかっていない。
このまま自然回復を待とうと思っている。

年明け早々、高熱を出した割には精神的には落ち着いていて
のんびり生活を楽しんでいる。

そして、週に1度の勉強会が、思いのほか日々暮らしを生き生きさせてくれていて
勉強会効果の大きさに今更ながら驚いている。

好きなことがやれるのはホントに嬉しい。
これからも少しつづでも続けてゆければと思っている。

そんなとこ・・・・
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娘、20歳のお誕生日。
- 2009/01/23(Fri) -

娘、二十歳の朝に。

今日は娘のお誕生日です。
とうとう二十歳になりました

1989年1月23日、14:27分、2830gの娘を、
帝王切開でやっとの思いで産んでから二十年。

小さな赤ちゃんでした。

夢のようです。二十年も経ったなんて。

今日はバイトで帰りが夜の10時半を回るので、お祝いは後日することにして
ケーキだけでも今夜用意しておこうかなと思って。

娘は、大学に入ってあっと言う間に親離れしてしまいました。
私の子離れには、少々時間がかかったけれど、まあまあ順調に進んで、
今ではまるで別人格の大人の女の人のようです。

寂しい?
いえ、ホッとしています。
だって、ベタベタくっ付いていられたら、かえって心配で・・・・
どんどん自分の足で、自分の思うように生きていって欲しいと思っています。

今では一切口出しはしていません。
凄い格好をしていても(なんせロックバンドのボーカルですから 笑)
外泊しても、帰りが遅くても、
(一応連絡を入れることと、12時までのシンデレラは守ってくれていますが 笑)
大学を出て一人暮らしをしたいと言っても、させるつもりです。
この1年ほどで、私もいろいろ覚悟がつきましたから (笑)
音楽が大好きな娘が、この人生を楽しんで、謳歌して、
自分らしく生きて行ってくれることを心から願います。

写真を撮ったとき娘が「エライ格好の娘やなぁ~。ゴメンなぁ~」と笑いました。
私は「いえいえ、どういたしまして。一向に構いませんけど~」と笑って答えました。

さあ、私も娘を見習って、楽しく楽しく暮らそう!(笑)

○子、生まれてきてくれて、本当にありがとう・・・・

私はお母さん役の人生も、女同士の今の人生も、本当に幸せですよ。

お前が生きていてくれるだけで・・・・
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オバマ大統領就任演説全文(日本語訳)
- 2009/01/25(Sun) -
■ オバマ大統領就任演説全文(日本語訳) 毎日新聞 2009年1月21日

 (1)恐れでなく希望を選んだ

国民の皆さん

私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、
我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。

ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、
政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。
その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期に語られることもあったが、
暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。

こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、
「我ら(合衆国の)人民」が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。
わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、
敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。
経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの、
我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、
多くの学校(制度)も失敗した。

毎日のように、我々のエネルギーの使い方が敵を強め、
地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、
次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。
試練は数多く、そして深刻なものだ。

短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、
争いの代わりに団結を選んだからだ。

この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、
そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。
それを宣言するためにやって来た。

我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。

我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、
世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。

それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

(2)立ち上がり、再建しよう

我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。

自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、
安易に流れるものでもなかった。
それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。
むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。
恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、
我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、
硬い土地を耕してきた人々だ。

我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、

(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、
我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。

彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。
生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。
我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。
発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、
面倒な決定は後回しにする時代は終わった。

今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。
我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、
我々の結びつきを強めなければならない。

我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、
技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。
我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。
これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。
我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。

彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。

想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、
自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

皮肉屋が理解できないのは、彼らの下で大地が動いたということだ。
我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。
今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。
家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、
威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。
公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。
適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。

それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。
富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。
だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、
豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、
望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。
慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。


我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。

建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、
法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。
これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。
巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、
米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、
もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

先人がミサイルや戦車を使うのみならず、
信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。
先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、
またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさや、
他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

(3)イラク撤退、温暖化防ぐ

我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、
解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。

我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。
そしてアフガンでの平和を取り戻す。
古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、
さらに地球の温暖化とも戦う。

我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。
無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。
我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。

我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。
キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。
地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。

内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、
その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。
かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。

世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。
そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。

対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、

何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、
大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。

しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。
農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。

そして我々のように比較的豊かな国々は、 国外での苦しみに無関心でいたり、
影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。

世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、
遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に
そして感謝の念を持ち、思いをはせる。

彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。

アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。

彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、
自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。

そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。
それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、
友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも
仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、
最も暗い時を切り抜けることができる。

煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、
最終的に我々の運命を決定付ける。

(4)新時代への責任を

我々の試練は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。

我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、
忠誠心や愛国心にかかっている。

古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。

今求められているのは、こうした真理への回帰だ。責任を果たすべき新たな時代だ。

我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、
こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。

私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、
精神をみたすものはない。

これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。
神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、
こうして就任式に集まることができるのか。

なぜ約60年前なら地元のレストランで給仕されなかった可能性のある男の息子が、
こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。

これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。
今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、
たき火のそばに寄り添い合った。

首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。
独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、
この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。

「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、
 共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。

アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。

希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。
そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

将来、我々の子孫に言われるようにしよう。
試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、
たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。

我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、
それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。

(おわり)


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沈黙
- 2009/01/28(Wed) -
第3章 他者との直接的関係についてブーバーから学ぶ  

3・沈黙

これまで見てきたように、汝に対応することが汝をソレとしてしまうことから、
ブーバーは「声となることのない言葉でもって沈黙しながら待ち焦がれていることのみが、
汝を自由にする」と述べている。
精神は、一人の人間の内面に閉ざされているのではなく、むしろ身体から沸き出てきて、
汝に作用を及ぼす。
そうした精神こそが、沈黙において、人間味に溢れたその作用を十分に発揮できる。
そしてブーバーは「精神が自らしゃしゃり出ることなく、
[ただ密かに]存している、という抑制において」のみ、沈黙している私は、
「汝と共に[関係の中に]立つ」と言っている。

◎分かち合う沈黙
例として「分かち合う沈黙」があげられている。
ここでは、見ず知らずの二人の男の間で、沈黙を分かち合うことによって、塞ぎ止められることなく、
言葉もなく、対話的な言葉が秘蹟的に生じることが示されている。
しかし、いつでも分かち合いが生じるわけではない。
他者と分かち合うことを塞ぎ止めている呪縛は、自分の意志や欲求によって解くことができず、
自分を超えた力によって、全く受動的に生じるしかない。

◎呪縛からの解放
精神病理学の領域において典型的な仕方で生じることが、
看護師であるゲルトルート・シュビングの記述から読み取れる。
(108頁)

シュビングの記述は、言葉にならない沈黙こそが、
汝に能動的に対応するのとは全く異なった仕方で、他者にどれほど大きな作用を及ぼしうるかを、
また、人間は、ただそこにいるだけで、その存在でもって、
その存在感を十分に醸し出すことが見事に描かれている。

◎直接的関わり
最初の例では、明らかに平静で何が起ころうとゆったりとすべてのことを迎え入れる気持ちを持った
一人の男と、幼児じみた呪縛に身構えている男の二人。
次のシュビングの例では、断乎とした受身の姿勢を持した看護師のシュビングと、
何ケ月ものあいだ外界とのすべての関係を絶っている患者の二人。

◎他者の不意打ち的到来性
しかし、何日にもわたって沈黙を続けることは容易なことではない。
人間もその人格形成の過程で、しだいに自分と他者との境界に気付き、
言語的コミュニケーションを覚えていかなければならない。

沈黙を続けること、「受身の姿勢を持す」ことは、その間に自分に何が起ころうとも、
それを自ら蒙ることを覚悟し続けなければならない。

今ここで、という直接的な現在の真っ只中で、汝に対面することになるのであって、
我-汝の関係は、自分の全存在でもって生きられなければならないであろう。

すると、生きられた関係における汝は、そのつどなんの脈絡もなく、突然現れてくるために、
多くの場合「信頼に足らず」「絶えず新しく」「持続性のない」「見渡しえない」仕方で、
我に出会われることにもなる。

他者は予想しえない仕方で私の不意をついてくる、という意味での他者の不意討ち的到来性とは、
こうした仕方での他者との出会いのことを述べているといえる。
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今日も勉強会
- 2009/01/31(Sat) -
「せやけど○子、あの先生めっちゃ手抜きやなあ~」

「せやねん!そこが学生には良いねん。熱心にやられたらしんどいし」

「それにしても、ちょっと酷すぎひん?お母さんちょっと呆れてるねんけど」

「忙しいらしいよ、いつもそう言ってるわ」

「なんか、この前ちょっと酷すぎると思えて、気分害してるねんけど」

「真面目な人にはあわへんやろ」

「そうか、お母さんクソ真面目やからかなあ」

「きっちりしてる人はあの先生嫌ってるみたいやで」

「なるほどなるほど・・・・」

「せやけど、適当なこと受け入れられたら、自分もその分適当になれる気がするねん」

「なるほどなるほど・・・・お母さんもそうしてみたい」

「そうしい、それが楽でいいよ」

「お母さんももっと適当な人間になりたいしなあ(笑)」


娘と同じ先生に習っているので、そんな会話も交わしたりしながら、
今日も勉強会へ行きます。
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