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私は毎朝花見をする。
- 2011/04/01(Fri) -
4月1日、いよいよ桜の季節です
去年の今ごろはすでに満開に近かったと思うんですけど、
今年はまだまだつぼみの状態。
でも今年のほうが平年並みなんだそうです。

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公園の桜は、「寒咲大島」という背の高い大きな桜の樹が1本だけ満開に咲いています。

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これは桃の花なんだそうです。

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パンジーです。

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う・・・ん、この花の名前は・・・

ある人が、
「今ごろ、花見じゃない。同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感が出来てくる」
「(太平洋)戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、
 あの時の日本人の連帯感は美しい」
そんな恐ろしいことを言ったのを聞きました。
一年に一度、しかも短い期間しか花をつけない桜の花を見て、
ひと時心をリラックスさせるのは悪いこと

被災地の人達を思う気持ちは私にだってあるけれど、それは個人の気持ちの中で決めることで、
権力のある人から圧力をかけられて自粛させられる、なんてものじゃないでしょ、って思う。

太平洋戦争時を持ち出されたことが、とてもとても恐ろしい気がしたよ・・・
ひと時息抜きをすることさえ「自粛しろ!」だなんて、この人、なにものさっ、って思う。
こんな時に乗じて・・・まるで「非国民」とても言わんばかりの批判・・・
自粛したい人は自粛すればいいし、息抜きが必要で花見をしたい人はすればいいんだ。

私は毎朝花見をします。

毎日、壊滅状態の町々や原発のTVを見ていると、
胃が痛くなり、血圧が上がり、精神的に不安定にもなる。
それぞれの方が、どれほど辛い思いをしていることか・・・と思う

だから、こんな時だから、私は毎朝花見をする。
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あたりまえのこと。
- 2011/04/03(Sun) -
2日土曜日、
公園はいっきに春模様

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この日は、娘の1ヶ月ぶりの通院日であった。
一緒に行こうか・・・と迷っていたが、結局は行かないことに決めた。
その代わり、というわけでもないが手紙を書いてみた。
日常の他愛ない報告の内容である。
電話やメールばかりのコミュニケーションを、少し変えてみたくなったのだ。
便箋に向き合い、じっくり時間をかけて娘を思い浮かべながら文章を書く時間・・・
封筒に、間違わないように一字一字確認しながら新しい娘の住所を書いていく・・・
ポストに手紙を投函するためだけに、わざわざ出かけていく手間・・・
その一連の行動が、今の私の母親としてのスタンスの取り方を象徴している。

診察後、娘から電話があり、
「特に何の問題もなく、このまま投薬を続けることになった」とのこと。
心底ホッとした・・・
こんなに無茶なことを2ヶ月も続けていたのに、それでも大丈夫だったんだ・・・
「よかったね~こんなに大変な生活をしていたのに、それでも大丈夫だったなんて、
 きちんと薬さえ飲んでいたらもう発作は起きないかもしれないね。
 病気のことばかり気にしなくてもよくなるよ、きっと
娘もとても安心していたようだった。
「薬を飲むたびに病気を思いだして、吐き気がするほどいや
以前はそう言っていたが、今は、
「薬を飲むことは当然と思えるようになった」
そうも言っていた。
また1歩前進、かな

3日日曜日、
今日は休日。
時間を気にする必要もないので、しばらく行っていない南公園までウォーキングする

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長い間工事が続いていたが、この4月に完成した。
8億8千万以上もかかったとか・・・
も・も・もったいない・・・
しかし、その甲斐あってか、素晴らしい景色が広がっている。
こんな時に・・・と、嬉しいのやら、申し訳ないのやら、複雑な心境になる・・・

南公園へ行ったのは、マグロのおっちゃんにいつも聞かされていた、
1匹の猫に会うためであった。
「噛みつき」と名前が付けられているほど、凶暴な性格だったらしい。
今も、マグロのおっちゃんにしかなついていない。
「見たこともないような猫やで。あれは高い猫や。1年ほど前に捨てられたに違いないわ」
そう・・・公園で野良猫が産む赤ちゃんはほとんどが育たない・・・
どんどん増えていくのは、それだけ飼い猫を捨てる人が多いから・・・

おっちゃんが呼ぶと、遠くから駆けてくる。

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「噛まれるからあかんで」
そう言われながらも、屈みこんでそっと触れてみると、穏やかな目で見つめ返した。
「ああ、なんて人恋しい目をしているんだろう・・・
 突然捨てられたあまりの恐怖に狂乱していただけだ・・・」
そう感じて、餌を食べ終わった猫を抱き上げてみた。
じっと私の目を見て、安心したかのようにふところに潜り込んでくる。
風邪気味らしくがくがく震えている・・・
しばらく暖めてあげると、納得したのか、
「降ろしてくれ」とでも言うようにまた私の目を見つめる。
そーーーっと降ろすと、振り返ることもなくゆっくり歩いて帰っていった。

「可愛いね・・・」
「せやろ。あいつは猫好きな人間は分かるんやな」
「あかん・・・また情がうつる・・・あんな猫捨てるやなんて、私人間嫌いや」
「あれは、野良では生きていけんと思ってたけど、なんとか冬も越しよったからな」

家に帰って調べてみると、すぐに種類が分かった。

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間違いなくこの猫だ。

【 猫名 】:アビシニアン
【英語表記】:Abyssinian
【原産国 】:不明(下記歴史を参照してください)
【サイズ 】:小型~中型
【毛の長さ】:ショート
【 体型 】:細い
【 色  】:ルビー、赤、青、淡黄褐色
【 目  】:アーモンド形 細い黒い線で強調されています。
【 耳  】:大きく尖っている。
【 体重 】:オス=3~4.5kg, メス=2.5~3.5kg
【アビシニアン の歴史】
アビシニアンの名前の由来となったと思われるアビシニアとは、
エチオピアの古代の呼び名で、もちろんアビシニアンは最も古い猫の種類の1つです。
アビシニアンは4000年前に古代エジプトの壁画に描かれた猫が原種という説が最も一般的ですが、
それより古い9500年前にキプロスの地中海の島に猫が生存していたとも言われています。
インド洋の海岸の国、東南アジアの国という説もあり実際はどこが原産国かははっきりしていません。
アビシニアンの歴史に関する論争は推測でしかありません。
現在のアビシニアンは、1868年のアビシニア戦争の後、
アビシニア(現在のエチオピア)からイギリスに持ち込まれた猫が、
品種改良されたものです。
そしてアメリカには1930年代にイギリスから輸入され、
現在ではショートヘアーの猫の種類の中では最も人気のある種類の1つになっています。

【アビシニアン の特徴】
アビシニアンの大きな特徴はその毛色です。
動作や光の加減によってキラキラと輝きます。
毛の質は柔らかく弾力があります。波紋模様があります

【アビシニアン の性格】
非常に活発で、お茶目で、好奇心旺盛。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ああ・・・なんて可哀そうなんだろう・・・
そしてまたふと思う。
こんな時に・・・と。
この気持ちすら「不謹慎」なことなのだろうか
今の社会の風潮が、気持ち悪くてたまらない。
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晴れ~\(^ー^)/
- 2011/04/04(Mon) -



駅のホームから。
風は強いけれども、とても、
いいお天気o(^-^)o

京都も今日は一日中晴れらしい。


…こんな綺麗な青空にも、風に乗って、
放射性物資は来ているのだろうな…

東京公演は、どうなるのだろう…

なんの予測もつかない日々が続く…
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針が振り切れる・・・
- 2011/04/05(Tue) -
京都の桜・・・

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月曜はとてもいいお天気だったけど、風が強くて花冷えの寒さ。
ダウンコートを着ていってホントによかった、そう思った帰り道でした

昨日で今回の芝居の全体の動線が、一応仕上がりました。
これからは、各場面ごとに細部まで仕上げていく稽古が始まります。
発声練習のとき、「自分の今の思いを短い文章にして」との演出家からの指示があり、
私は思わず「神も仏もあるものか」と、激しい感情とともに、そう叫んでしまいました。
私の中では、今回の大地震と原発事故は、日を追うごとに重くなってきているようです。

今回の災害を通して感じたのは、人の共感能力の違い。
家で被災者の映像をテレビで見ていても、単細胞の私の反応はかなり直接的だ(笑)
津波に家が押し流される映像は、人の姿が出てこないので、
まだかろうじて冷静に見ているが、
肉親をなくした人や子どもをなくした親の話などになると、
とても人事としては見ていられなくなる・・・
すぐにでもボランティアに(介護)行きたいとまで思う・・・
でも、だんだんそんな自分に疲れてきて、テレビの映像を見ても、
涙を流すようなことなど決して起きないようにしようとしはじめる。

無関心さを見せる人も印象的だった。
「別に・・・・」「私だって苦労している・・・」という人もいる。
「津波の映像を見ることでさえ耐え難い」という人もいる。

実は感覚の過剰さから身を守るために、感受性をオフにしているのかもしれない。
人の痛みをあまりに強烈に体験しすぎて、針が振り切れる状態になることを予感し、
そこから心を別のところに移してしまう。
東北の震災で死者、行方不明者が3万人を越えた。
原発は最悪の状況になっている。
これからの日本がどうなっていくのか、自分はどうするのか、
本当には何も分からないし、本当の意味はつかめないでいる。

身近な人が一人亡くなっただけでも壊れかねない私の心が、
死者3万人を想像することは、実はできないのだろう・・・
針は振り切ることでかえって感じなくしてくれる。
そうしなければ、日常生活を続けることができないからだ。
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取り返しのつかないことになる前に
- 2011/04/07(Thu) -
田中宇の国際ニュース解説 無料版 2011年4月6日

★福島原発事故・長期化の深刻
http://tanakanews.com/110406fukushima.htm

ここにも書かれているが、
「もし隠蔽の意図があるのなら、取り返しのつかないことになる前に、
 政府は対応を修正して事態を正確に発表し、
 必要に応じて避難地域の拡大などの対策をこうじる必要がある」


政府や、専門家たちは繰り返し、
「冷静に」「健康に影響しない」「パニックになるな」「風評をふりまくな」という。
しかし、その言葉の裏には、
「国民はすぐにパニックになる」「情報の発信には注意が必要」という私たちへの不信がある。
「ああ、だから隠蔽するのだな」と、私はさらに不信を感じていく・・・

自分を信用してくれないものを、誰が信用するだろう。
こうして、感情や、不安、不信の揺れが、どんどんを大きくなってくる・・・

昨日の私の診察も、話題は原発事故のこと。
「身辺がざわざわしていてしんどいですわ・・・」そう言うと
「ホンマに、津波は仕方ないと思えても、原発はどうしようもなく鬱陶しいなあ・・・」
先生も、深刻な顔をする。
「ホンマに、鬱陶しいことや」また先生はそう言って、診察は終わった。
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ひとりと1匹
- 2011/04/08(Fri) -
どーんと疲れているようです・・・
震度6強の余震には、TVに向かって
「もうやめてよーーー」と思わず叫んでしまいました・・・(笑)

疲れたときはお料理。
そして、いたずら大好きのみーちゃと思い切り遊ぶ。

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部屋中、ぐっちゃぐちゃ

そして、ひとりと1匹で眠るのです・・・

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俄・反原発
- 2011/04/10(Sun) -
自分のことを、俄・反原発であると思う恥かしさ・・・
これまで何も考えてこなかった自分の愚かさを恥かしく思うけど、
これからがあるから。
2011.3.11
大地震と原発事故が、私の人生観をすっかり変えたって、
そう思える生き方をしたいと思う。

今、いちばん信頼できそうな専門家って、誰だか分からないけど、
私はこの方の発言に注目している。

小出裕章(こいで ひろあき)
(京都大学原子炉実験所助教)
1949年東京都生まれ。72年東北大学工学部原子核工学科卒業。
74年東北大学大学院工学研究科原子核工学修了。74年から現職。
伊方原発訴訟住民側証人。
著書に『放射能汚染の現実を超えて』
『隠される原子力 核の真実』
共著に『原子力と共存できるか』など。


小出裕章(京大助教)非公式まとめ
http://hiroakikoide.wordpress.com/
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私の幸せ・・・
- 2011/04/11(Mon) -
京都へ・・・

駅に向かう途中、今年初めて蝶々に出会う

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胸がキューーーンってなりました・・・
嬉しいような、切ないような・・・

京都に着くと、驚くほど寒い。
失敗しました・・・
カットソーのシャツに春物のコート。
寒いのなんのって
その上、花曇の空からはポツリポツリと雨まで降ってきました。

寒さに震え、折りたたみの小さな傘で小雨を凌ぎながら、
それでも満開の桜にみとれて、何枚も写真を撮りました

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素晴らしい眺めです

稽古は前回の動線の確認から、全体を通しながらの細部の稽古へと突入。
稽古場に入るなり、
「先生私なんだかすごく緊張してる
「ええどうしたんですか
「芝居の形がいよいよ見えてきてるから
「ハハハハ、それはなかなかいいことですよ~(笑)」
唐突にそんなことを言い出した私に、演出家はそう答えてくれました。

あっという間に時間がたったようでした。
「はい、今日はここまでにしておきましょう。もう時間ですから」
演出家にそう言われて、私を含めた数人が、
「えええーーーっもうそんな時間
と思わず声をあげたほど、集中した稽古でした

帰り道は、来た時よりももっと寒いはずなのに、体も心もポカポカ
「ああ、なにがあっても、今度こそ、死ぬまで芝居を続けたい・・・
そんな幸せな気持ちに満たされながら、長い時間を電車に揺られ家に帰りました

ホントに、幸せです・・・わたし・・・
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4月12日の桜
- 2011/04/12(Tue) -
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満開~
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4月13日の公園の春
- 2011/04/13(Wed) -
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私の子・・・
- 2011/04/16(Sat) -
11日の月曜に、電話で娘と20分以上話をしていたので、不覚にも安心していたのだが、
火曜、水曜とまったく連絡がつかなくなった・・・
洗濯機とTVが手に入ったので、日曜日に車で運ぶための手はずを相談しようと思っていたのだ。
月曜から3日間、休みを取ったと言っていたのに・・・
何度かかけているうちに、だんだん嫌な予感のようなものを感じ、不安が募ってくる・・・

とうとう13日の午後10時半過ぎに、
「お母さん、これから○子のところへ行ってみる
そう宣言して、あっけにとられている次男に、有無を言わさず車を出してもらった。

インターフォンを鳴らしても何の応答もない。
仕方なくオートロックを暗証番号で開け、あずかっている鍵で部屋に入った。

娘は意識をなくして布団に包まっていた・・・
名前を呼ぶと、ふと意識を取り戻し、
「ぁ・・・、お母さんがいる・・・」
そう言ったまままた意識をなくした。

次男におんぶしてもらい、なんとかマンションの外まで連れ出して、救急車を呼ぶ。
なにをしたのか、なにがあったのか、その時点では何も分からなかった。
しかし、たぶんODだろうと察し、ゴミ箱や台所にある薬のビンや空のシートを全て持っていった。

睡眠薬や安定剤は、もうもらっていないので、持病の薬と残っていた風邪薬をあるだけ飲んだようだった。
もう飲んでから5時間は過ぎているということで、胃洗浄はできず、
朝まで何本も点滴をしていただいたが、ふらつきと吐き気はなかなか治まらず、
やっと家に連れて帰ったのは、もう翌日、14日の午前7時前だった。

午前10時から診察が始まる主治医のところへ連れて行くにも、ひどいふらつきようで、
電車では到底連れて行けそうになかったので、次男は自ら仕事を休んでくれた。
夫は、現場の都合でどうしても休めなかったのだ。

診察で事情を話し、欠かすことのできない持病の薬を処方してもらう。
1シートすべて飲んでいるようなので、翌日の夕方から服用を再開することになった。

家に帰ったも、まだ意識はモウロウとしたままの娘。
私も次男も昨夜はほとんど寝ていなかったので、少しでも仮眠をとることにした。

目覚めてから、初めて娘の携帯メールをすべてチェックしてみた。
そこに書かれていたことは、あまりに衝撃的な内容だった・・・

夜の仕事でもらえるはずの給料がもらえず、そこからどんどん生活が乱れ、
信じられないような生活に落ち込んでいたのだ・・・

たった1ヶ月で・・・
この有様か・・・

怒りよりも、悲しみばかりが溢れ出し、眠っている娘のそばでただただ泣いていた・・・

夜、2ヶ月前から付き合っているという男の子が心配して家にやってきた。
少しは意識が戻ってきた娘と、ふたりを並べて話を聞く。
男の子は実家に住んでいるので、同棲をしているわけではないが、
お互いの収入をごっちゃに合わせて、なんとか暮らしているという。
「ちゃんとやり直していく」そう言う男の子を一旦帰し、
その日は、娘はこれ以上の話し合いはとても無理な様子だったので、また眠れぬ夜を過ごした。

翌15日、昼を過ぎて、やっと意識もはっきりしてきた娘から聞いた話は、
さらに驚くべきものだった。
なんと、その男の子に、風俗で働いてくれと強要され続けていて、
お金もなく、家にも帰れないと思い込んでいる娘は、精神的に耐えられなくなって、
今回のODを引き起こしてしまったというのだ。

なんということだ・・・
たった2ヶ月で、あっという間に、夜の世界の転落の道筋を辿ろうとしていたのだ。

「もう、夜の仕事も辞めたいし、○君とも別れたい・・・」
泣いている娘を見ながら、
「まだ、まともな考え方をする力は残っていたのか・・・」
そんなことに安堵する・・・

そして、夜、再度その男の子と夫、次男、娘を交えて話し合いをした。
「はっきり分かれること」
話し合いも何も、それ以外になにがあるだろう。
娘のヒモにでもなろうと思っていたのだろう。
男の子はすんなり承諾して、荷物もすべて引き上げて、2度と娘に近づかないことを約束させた。

まだ家にいる娘・・・
これからのことを考えると、心が重い。
娘は「もう一度、ちゃんと昼間働いてやり直しをさせて欲しい」と言う。
「もう2度と夜の仕事には就きたくないし、2度としない」そうも言う。

何度も失敗を繰り返しながらしか、生きられなかった自分を思う。
娘もまた、そうなのだろうとも思う。
それでも、あまりに心配で決心がつきかねる・・・

バカな子・・・
そして、バカな私の、たった一人の娘・・・
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4月16日 福島原発最新状況分析 小出裕章
- 2011/04/17(Sun) -
4月16日 福島原発最新状況分析 小出裕章

ビデオニュース・ドットコムが、2011年4月16日にニュースコメンタリーを公開しています。

レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア
解説:小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001827.php

神保氏の指摘や分析が前回に続いてとても冷静で鋭く、現状について有益な情報が得られます。


レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア① 投稿者 gataro-clone


レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア② 投稿者 gataro-clone


レベル7でも事態の矮小化に躍起な政府とメディア③ 投稿者 gataro-clone

以下、小出先生出演部分の要約です。

・(保安院が暫定でレベル7に引き上げたことについて)
コメントするのが嫌なほど馬鹿げたこと。レベル7であるのは3月半ばに分かっていた。
 事故を小さく見せたいということだけで、なんていう人たちなのかと思っていた。
 いい加減にしてくれというのが正直な気持ち。

・(レベル7であっても流出量はチェルノブイリの10分の1以下という報道が
  大手メディアでなされていること、そして、 
  算定した流出量に地下や海に流れた分が含まれていないことについて)
 合わせれば10分の2か10分の3かもしれないが、
 現時点ではチェルノブイリほどは出ていないという認識。
 ただし福島は進行中のため、今後の状況次第では超える可能性もある。

・(チェルノブイリは最初の10日間で流出のほとんどが発生したが、
  福島の場合は少しずつ出る状態が続いていて止まる見通しが立たないことについて)
 福島の1から3号機の合計はチェルノブイリの3倍。
 福島の4から6号機の燃料まで合わせると6倍になる。
 使用済燃料プールも合わせるとほぼ10倍になる。
 状況によっては福島からの流出量はチェルノブイリを超える可能性。

・(4号機で12日に水温が90度に上昇し、東電が損傷を認めたことについて)
 4号の使用済み燃料は定期検査の前に原子炉で燃えていたものを取り出したばかりだった。
 従い、発熱が多い状態。その燃料が水面から顔を出した状況があったと思われる。
 4号機の原子炉建屋が水素爆発で吹き飛んだが、これは、
 燃料の被覆管が水と反応して水素が発生したことによる。
 その後あわてて水を入れたが、水が足りないために再び燃料が、
 水面から顔を出したのではないかと推測する。
 4号機の燃料プールに損傷があるのではないかと疑っている。

・(使用済であっても冷やせなくなると1から3号機と同じような危険があるか?) 
 まさにその通り。

・(飯舘村でストロンチウムが検出されたことについて)
 ストロンチウムは大変危険な放射性核種。
 1950年代から60年代に行われていた核実験が地球全部を汚染したが、
 そのときにどの核種の影響が大きかったかというと、ストロンチウム90だった。
 ストロンチウムが危険な理由のひとつは半減期が28年と長いこと。
 セシウム37は30年だがそれと同様に消えない。
 理由のふたつめはカルシウムと同じ挙動をとること。
 従い人間の身体がせっせと取り込んで骨に入れてしまう。
 白血病や骨のガンにつながるため人間にはとても危険。
 ストロンチウムは揮発しないため、燃料の温度が少しくらい上がっても外には出ない。
 ウランの燃料ペレットが健全であれば出てこないはずだが、出ているということは、
 事故の早い段階から燃料ペレットが一部溶けていたという証拠。

・ヨウ素とセシウムはベータ線と同時にガンマ線を出す。
 ガンマ線は検出が容易。
 ストロンチウムはベータ線だけしか出さないため、分析が難しい。
 が、分析は可能であり、もっと早くやるべきだったと思う。

・(1号機の放射線量が100シーベルトに上がっていたことや、
  クロル38が検出されたこと等に関連し、再臨界の可能性について議論した点について)
 クロル38は中性子が出ないと絶対に出ないため、
 クロル38があったのであれば中性子があったのであり、それは核分裂があったことを示す。
 ただしクロル38があってもナトリウム24が検出されたと発表されていないことは、
 つじつまが合っていない。
 他にも再臨界を疑わせるデータはいくつもあるため、再臨界が起こっていることを恐れている。
 再臨界を否定するような材料はこれまでにない。

・本当にどうかというデータを知りたいが、残念ながら東京電力が発表していない。
 きっちりとした説明をすべき。

・再臨界の程度が大きくなっているか小さくなっているかは、
 今出されているデータからは分からない。
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早期発見、早期治療
- 2011/04/18(Mon) -
昨日、午後3時ごろ、車に洗濯機とTV、中古の掃除機、IH用のフライパン、
午前中の買出しで買ったイチゴ、ガラスのコップ2つ、そんなものをいろいろ積んで、
娘の住むマンションへと向かった。

長い時間をかけて、何度もの失敗を経ながら、そして、その都度遠くから見守り続けて、
それでも娘をいつかは1人立ちさせていくことが、私の最後の親としての仕事だと思った。

早めに着いたので、娘と部屋の家具の配置を換え、次男に大きな家具や家電を配置しなおしてもらう。
雑然として、ゴミもたまっていた部屋を整理し掃除機をかけ、見違えるほど綺麗になった。
娘もどこかウキウキしていたようにも思う。

近くのスーパーに買い物に行って、当面の食料もストックした。

「これから、もう一度チャレンジやね」
「うん、今度こそちゃんとやる」

もう過ぎたことには、あまり触れないことにした。
親が思っている以上に、深く傷ついているようなのだ。
傷口を抉るようなまねをする必要はあるまい。

「しばらくは、毎日電話をすると思うけど、こんなことがあったから、
 お母さんの心配性のビョーキが再発してるから、我慢してや(笑)」
「うん・・・分かってる・・・」
「今週、昼の仕事の面接の予約取れているんだから、寝坊したらアカンよ」
「最大の音量で目覚ましかけておくし(笑)」

2時間ほどいただろうか・・・
後ろ髪をひかれる思いで娘と分かれた。

13日から続いた今回の騒動で、私の体も心も疲れきっている。
今日は芝居の稽古日だ。
稽古の開始が1時間早くなっている。
天気予報では雨が降り、寒い1日になるそうだ。
鉛のような体を引きずってでも稽古に行けば、
再び私は私を取り戻し、蘇ることができるはず。

早期発見、早期治療で、娘もきっと立ち直りが早いであろうことを願う。
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ダメージ
- 2011/04/19(Tue) -
京都の桜はもう散っていた。

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小雨の中、往く春を惜しんでいつまでも見ていた・・・

稽古が1時間早くなるのは来週からだったようで、稽古場は真っ暗で誰もいない。
仕方なく、京都の町を歩いてみる。

大きな通りを渡って少し歩くと、骨董品屋さんがあった。
いちばん最初に目を引いたのは、表に置かれていた京茶箪笥。
昔、下宿していた元お茶屋さんの家にあったものとよく似ている。

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「舐めるように見てはるなあ」
店主は笑いながらそういって、私のためにだけjazzをかけてくださった。
他に客はいない。
深いダメージを受けていた私にとって、ここには異次元のやすらぎがあった。

なにか、ひとつだけ、自分のために買おう・・・

そう思ってなおさらひとつひとつ、棚の下の隙間まで覗き込んでは手に取り、
たった一つのなにかを探す・・・

そして買ったのがこの湯飲み茶碗。

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明治時代の九谷焼。
内側の文字は九谷毛筆細字といわれるものの一種だ。
すごいものになると、こんなものもある 

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素晴らしい職人技だ・・・

関東大震災の時の「身代わり観音」という焼け焦げた観音像も見せてくれて、
いろいろと説明をしていただいた。
「また来たらいいわ。最初は自分に買えるものばかり探してしまうけど、
 とても買えない物の素晴らしさも、今度は教えてあげるから」
店主そう言って、送り出してくれた。

稽古はかつてなく低調だった・・・
今回の娘の騒動によって、自分がとても深いダメージを受けていることに改めて気づいた。
身も心も真空状態で、何の感覚も失くしている。
いつもは冗談を言い合う仲間とも、ほとんど話すこともなかった。
言われるがままに演じても、空っぽの自分が呆然と演技をしているだけだ。

どしゃ降りになった雨の中、何を考える気力もなく、びしょ濡れになって家に帰ったが、
家族の誰とも話す気力すらなかった・・・

○子・・・お前はいったいどうなってしまったの・・・
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愚か者
- 2011/04/21(Thu) -
役が決まるまで、どんな髪形にすればよいか決められなかったので、
ずっと美容院へ行くことを控えていた。
もう5ヶ月近く伸びっぱなしの髪・・・

役も決まった今、気分転換もかねて美容院へ行ってきた。
7月公演の頃にはまた伸びて、それでちょうどよくなるような長さまで髪を切り、
柔らかくパーマをあてた。

花冷えの風が首筋に冷たい。

最近は毎朝、娘が家に帰った頃に電話をかけて、
無事を確認することが習慣になってしまった。
例えまた嘘をついていたとしても、それでも声を聞くと束の間ホッとする。
まだ、心も体も鉛のように重い日々を過ごしている。
ひとつの用事をすませると、ごろんと横になり、知らず知らず娘のことを考えている。
いや、考えている、というような高度なことではなく、ただ漠然と思いを馳せているだけ。
そのまま次に体を起こすことがなかなかできない。
私はなにを思っているのだろう・・・
娘が生まれたときのこと、
幼かった頃の娘の笑顔、
「おかあさん」そう私を呼ぶ娘の声、
泣いている娘、笑っている娘、ふくれっ面の娘、
そして、いつのまにか泣いている私。

「しばらくは大丈夫だよ」
夫も息子もそういう。
昨日の朝は、電話をかけてもかけてもかからず、
次第に私のからだが冷たくなっていくのが分かった。
夫に仕事を休んでもらい、このまま娘のマンションまで走ろう。
そう思い始めたころ、やっと電話がつながった。
「家に帰るところで歩いていたから気がつかなかった」
そういう娘に、
「お母さん、もう心配で心配で、
 今からお父さんに仕事を休んでもらってそっちへ行こうとしてたんやよ」
思わずそう叫んでしまった。

私は「心配」という病にかかっているのだろう。
いくら心配したって、人間死ぬ時はあっという間だ。
息子は言う。
「会社でも、辞める辞めるって言う奴ほど辞めないもんや」
「おっさん(お父さんのこと)見てみいや。何十年も死ぬ死ぬ言って結局死なんわ」と。
「おっかあみたいな人ほど、何にも言わずにホンマに死んでしまう危険人物や(笑)」とも。

ハハハハハ・・・
実際、夫の「もう死ぬしかない」との脅迫は、何十年も続いたんだからお笑いだ。
その都度、おろおろ振り回され、心も体も病み続けた大馬鹿者はこの私だ。

そして今度は娘かよ。
ハハハハハ・・・
もう止めましょうよ、愚か者は。
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たまには真面目に。
- 2011/04/23(Sat) -
「毎朝、娘に電話を入れることが習慣のようになってしまった・・・」
そうブログに書いたあとで、
「そっか・・・悪しき習慣はやめればいいことなんだ」
そう気づいて、即やめた(笑)
簡単なことだったんだ。悪循環を断ち切ることは。

今日でブログを始めて満5年になった。
十年ひと昔、というけれど、その半分が過ぎたわけだ。
過去のブログ記事は、読み返したくもないので(笑)
ただただ書き捨てているだけなのだけれど、
たまーーーに読み返すと、いろんな面で自分が見えてくる。
本質的なところでは、大きく変化するというようなことはなく、
しかし、それなりに自分を受け入れ易くなっていたり、
人生への覚悟のようなものを持つようになってきたり、
問題が起きたときの対処の仕方が、少しは利口になっていたり、
感情の波を、粘り腰で乗り切る忍耐力がついてきていたり、
立ち直り力、のようなものもできてきて、短期間に日常へと戻れるようになっていたり・・・
ささやかな成長の軌跡が垣間見られる・・・

なーーーんちゃって、自画自賛は照れちゃうが、ほぼ満足・・・
人は簡単には変われない。
でも、そう心がけて小さな行動を積み上げていくと、少しずつでも変われるのだと思えた。

あとまだ何年生きるのか。
1.17の時、今年の3.11の時、ともに自分は生かされたのだ、そう震えながら思った。
生かされてある今の命を、精一杯自分らしく生きることが、
生き残った私のこれからの人生なんだ、そうも思う。

だからと言って、何も特別なことをしなければなどと、片意地を張るつもりはない。
毎日毎日、ご飯を作って食べて、
夜には「ああ、今日も1日が終わったのね・・・」と安らかな眠りにつき、
ウォーキングをしながらたくさんの人と交流して、
短歌や芝居を心から楽しんで・・・そして、少しでも、少しでも、、
なんらかの形で、人の役に立てるように努めていく、
そんな私の人生でありたいと思う。

きっと、予測不可能な時代が来るのだろう。
少なくとも、時間とともに、
何となく、みんなでお手てつないで現状維持へと向かわせる、
そんな空気に流されることなく、抗って抗って生きていきたい。

とまあ、今日は決意表明のようになってしまったが(笑)
たまにはこんなふうに、真面目に人生を考えなくちゃ、ネッ
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3時間の奇跡
- 2011/04/25(Mon) -
京都へ向かう車中、激しい雨が降ったが、着いてみるとからりと晴れた青空。
とても気持ちがいい

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私の大好きな疎水沿いは、桜が散ったあとはすっかり新緑に彩られている

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今日こそは、本当に稽古が1時間早くなって15時開始(笑)
早くに着いての稽古場のお掃除はいつものことだが、最近は私より早く来る人もいて、
3人ぐらいで交代で稽古場に掃除機をかけるのでずいぶん楽~

3時間あるので、ストレッチも発声もガッツリやり、
さらにI字に設定された変形舞台の中央メインストリートを、
時間の流れや、自分の人生の在りようや、さまざまなエチュードで何度も歩く。
こうした脚本外のエチュードを通して、自分たちで脚本を再構築していくのだ。
それがこの演出家の大好きなところ
それが目当てでここに入ったんだから

今日の通し稽古は前回の続きだったので、私の出番は多くはない。
それでも夢中になって稽古に集中した。
3時間あると、本当になにもかも忘れて劇空間に入り込める。
すばらしい・・・
来週からは、この劇団の稽古場を使えるかぎり、毎回3時間の稽古になると聞いて、
飛び上がって喜んでしまった(笑)
「片道2時間かけてよく来るよね~」
団員の方からしょっちゅうそう言われるけれど、
「ここの芝居が好きなんだ~
いつもそう答えている。
本当なんだもの。
ミュージカルだの、コメディーだのが多い中、
少し前衛的手法を用いながらの、マジ正統派現代劇。
いまどきホントに珍しい。
前回とは違って、すっかり心身ともに浄化され、やっと自分を取り戻せた感じだった

NHKの方が、取材申し込みされているとかで、女性が1人稽古を見学されていたらしい。
「だれかな~
とは思っていたけど、この劇団はよく新聞やテレビの取材が入るらしい。
まあ、劇団員は誰も、ぜーんぜん気にしてないけれど(笑)

最後に、今回の公演のチラシに載せる名前に間違いがないか、みんなでチェックする。
そして、私から事務局の人にお願いをしたこと。
「この公演の収益金の一部は東日本大震災の義援金に寄付します」
この一行を付け加えて欲しい、と。
「いやぁ・・・カツカツでやっているのでそれはちょっと・・・」そう言われたので、
「金額じゃないと思います。私はそんな思いでこの舞台に立ちたい。ぜひ検討してください」
さらに強気でそう押す。
「分かりました。事務局で検討します」
とうとうそう言ってもらえた

いまだ終息しない原発事故。
あの日を、風化させてはならない。
あの日から、日本は変わらなければならない。
いや、私が、だ。
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希望
- 2011/04/27(Wed) -
今度は車に当てられて、左足を剥離骨折したという。
もちろん娘。
また救急車で運ばれたそうだが、こちらには連絡はなかった。
さすがに2週間で2回の救急車騒動では、知らせたくなかったようだ。
たぶん・・・その時電話を受けていたら、私は驚きのあまり倒れていたかもしれない(笑)

幸い入院という事態にまでは到らず、松葉杖で通院しているそうだ。
早朝ではあったが、相手が飲酒運転をしていたわけでもなく、
すぐに警察を呼び、保険会社も入ってちゃんと補償もでるそうだが、
次男にそのことを話すと、
「車関係の仕事をしているから、俺は詳しいし、あいつは何も知らないだろうから、
 この件は、俺がすべて窓口になる」
そう言って、娘や保険会社と連絡を取り合って、処理に当たってくれている。

しかし、補償がでるまでの生活費がない・・・
それでとうとう連絡するしかなくなったのだろう。
こちらで出すしかないのだろうけれど、こう出費が続いたのでは、
我が家の僅かな貯金は底をつきそうだ・・・
次男曰くは「明日には一時金が出るかどうかはっきりするから」と。

参ったなぁ・・・
「いったいこうも次々問題が起こるなんて、どういうことよ・・・」
そう思って、電話を受けたあと、暫し落ち込む・・・

たぶん、私が参ってしまうのを恐れて、連絡しないでおこうと思ったのだろう。
なんとか気を取り直す。
「まだまだ、これからもいろいろあるやろ・・・」
長い目で見守りながら、要所要所でサポートしつつ、いつかは自立していくだろう。

分かっているのだから。
こんな家庭で育ったことで、大きなハンディを背負ってしまったことは、
彼女だけのせいではない、と。
だからと言って、いまさら過去を悔やんで悔やんで落ち込んで、
自分や夫を責めてみたって、それこそ何にもなりゃしない。

ハラハラと心配して電話を入れるのは、もうやめている。
つまるところ、理由はどうあれ、人生の困難を自力で乗り越えていく力をつけるのは、
彼女自身の課題なのだから。

わたしは・・・
芝居を続けるためにバイトでも探すか・・・
「やっとここまで元気になったのに、またしんどくなる」
そう言って家族はみんな反対しているけれど・・・
この希望だけは、手放したくない。
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子どもは毒を吐いて・・・
- 2011/04/29(Fri) -
最近の朝の公園は肌寒い。

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そして、ハナミズキが、その冷気にとても似合って美しい。

moblog_f3f4cb5e.jpg moblog_43244f80.jpg

今日はせっかくの祝日だったが、夫は仕事へ、
私たちは、娘の交通事故の相手に会いに出かける。
加害者である26歳の女性は、自賠責保険しか入っていないということが分かり、
とても困惑している・・・
最近の若い人たちは、自賠責のみという人たちが圧倒的に多いらしい。
若者と高齢者は保険の掛け金が高く、年齢制限付きのものに(例えば35歳以上から)
入るケースががほとんどとか・・・
あれやこれや、家族関係で使える保険はないか、お互いに奔走しているといったところ。
自賠責はとても申請がややこしくて不親切な上、
知り合いに聞いてみても、自賠責だけの事故処理の経験者はいなかった。
しかも、事故を起こした当人の車ではなく、人の車に乗っていての事故。
なおさら、どうしたものやら・・・
で、とりあえず、お互い顔合わせだけはしておこうということになったのだ。
公的機関に相談しようにも、すでにゴールデンウイークに入っているので、
それすらままならない。

娘をマンションまで迎えに行くと、松葉杖をついた姿で外に出て待っていた。
同乗して待ち合わせの場所へ。
相手は北新地で働くホステスさん。
18歳から大阪に出てきて、ずっとホステスをしているベテランさんだ。
最初から「すみませんでした・・・すみませんでした」と繰り返している。
100%の過失が加害者側にあるとされているのだ。
「勤めている店から前借してでも支払いますので・・・」そうも言う。
「もし、使える保険が自賠責だけだったとしても、
 補償範囲の120万を超えることなどないと思うから、借金などしなくても大丈夫ですよ」
いつのまにかそう言って慰める側になっていた(笑)
必要になりそうな書類関係を2部ずつコピーして、互いに1部ずつ分け合う。
「いずれにしろ、この連休が明けないと、何も進められそうにないね・・・」
すべてはそれから・・・か。
交通事故相談所などにも、昼間時間のある私が行くことになりそうだ。
なんだかんだと、いつも人のことばかりで忙しくなる我が身に呆れかえる・・・
が、仕方あるまい・・・

連絡をこまめにに取り合いながら対処することを約束して分かれた後、
松葉杖で買い物にも不自由している娘とふたり、近くのスーパーに買いだしに行った。
お米、スパゲッティー、トマト、キャベツ、豚肉、などなど・・・
スーパーの袋3個にいっぱいになるほど買った。
「これで・・・2週間は食べられるかな・・・」
「栄養のバランスには十分気をつけてね」

部屋まで荷物を運んだが、車に次男を待たせたままだったのですぐに帰ることにする。
「お兄ちゃんにも、ありがとうって言っておいてね・・・」
ずっと強がった素振りをしていたが、最後に少し心細そうにそう言う。
「大丈夫だから。連休明けまでゆっくりしてなよ」
私はそれだけ言って、笑って手を振りエレベーターに乗った。

帰りの車の中で、外を見る振りをしてこっそり泣いた。
気持ちが落ち着いてから、
「ホンマに、面倒ばかりかける子でごめんやで」次男にそう言うと、
「そんな時期、そんな時期」
前を向いたままそう答えてくれた。

そう、そんな時期そんな時期・・・
子どもは毒を吐いて大人になるんだから・・・
うーーーんと毒を吐いたほうが、きっといいのさ。
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