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2011 05 ≪  06月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2011 07
深刻な海洋汚染・・・
- 2011/06/01(Wed) -
6月、梅雨・・・
ずっと雨が降り続いている・・・
この雨とともに、汚染水が猛烈な勢いで流出しているのではないのか・・・
これほど憂鬱な梅雨は、私の人生で2度とあるまい・・・

5月31日MBSラジオ小出裕章氏「海洋汚染等について」


要約
・(2号機で新しい試みが始まった。使用済み燃料プールで循環する冷却装置を、
 31日夕方から試運転し、20時に本格稼動した。期待できるか?)
 分からないが、良かったと思う。

・(2号機ではプールからの蒸発で作業できなかったが?)
 2号機だけは爆発による建屋の損傷がないため、蒸気が出ると充満してしまうから、
 今回冷却装置ができてよかった。

・(冷却装置は難しいと思っていたが簡単だった?)
 2号機は爆発がおきておらず、まずはそこからということだろう。
 これからどんどん難しくなる。

・(これまで原子炉建屋からタービン建屋に汚染水が漏れているが?)
 それとは関係ない。2号機はサプレッションチェンバー(圧力抑制室)に
 大きな穴があいていて、水がそこからあふれてタービン建屋にもれており、
 使用済み燃料プールで循環冷却ができたとしても、
 タービン建屋への汚染水の漏れには関係ない。

・(リスナーからグリーンピースの海洋汚染調査について質問。
 原発から50キロ離れている地点の海藻から
 キロ当たり1万ベクレル超の放射性物質が検出された。これをどうとらえるか?)
 普通は1キロあたりでは検出できない。これはとてつもない汚染。
 私ははじめから海の汚染を調べるためには海藻を調べるのが第一と言ってきた。
 海藻は逃げられないため汚染がよくわかる。
 海の汚染は、まず海藻、次に貝類、最後は魚を調べる。
 どうして海藻のデータを公表しないのかこれまで不思議に思ってきた。
 魚から調べれば値は小さく見える。

・(水産庁は放射性物質は魚に蓄積しないと言う。海洋学者は蓄積するという。
 政府の言うことは本当だろうか?)
 私は海洋学者ではないが、濃縮すると思う。
 魚は回遊性のため、事故後すぐに濃度が高くなることはない。
 本来は海藻から調査すべきだった。

・(グリーンピースがまず海藻から調べているのは科学的?)
 そうだ。

・(日本政府はグリーンピースの調査にいい感触をもっていないようだが?)
 そんなことを言うなら、さぼらずに政府自らやるべきだ。

・(離れた地点の海藻で1万ベクレルというのはどう考えたらいいか?)
 今後、海藻、わかめ、ひじきは猛烈な汚染が出てくる。

・(汚染は高くなる一方か?)
 そうでもない。放出される量と生き物の代謝のバランス。
 ただ膨大な量の放射性物質が出ているため長期に渡って汚染は続く。

・(調査結果の公表を続けるべき?)
 それを公表すると多くの人は食べたくなくなる。すると地域の漁業は崩壊してしまうだろう。

・(2号機3号機の外にシルトフェンスを作っているが効果は?)
 多分ない。

・(6月2日から新たに浄化装置を稼働させ、
 ゼオライトにセシウムを吸着させるそうだ。効果は?)
 私はバーミクライト(バーミキュライト)がいいと思う。
 これは、ありふれた安価な土壌改良材だがセシウムにはいい。
 ゼオライトもやらないよりはいい。ただ今現在のセシウムを全部捕まえようとすると、
 どちらにしても大した効果はない。

・(汚染水が海へ出たことで皆が大騒ぎしたが今はそういう報道はない。出ていないのか?)
 もちろん出ていて、毎日海に流れている。
 9万トンの汚染水はトレンチ、タービン建屋、立坑にたまっている。
 これらすべてはコンクリ構造物で、地震でできた亀裂から必ず常に漏れている。
 地下にしみて海に流れていると思う。

・(その値はデータとして出されていないが?)
 調べていない。ピットの水を止めようとしたが、あれは見えていたもので、
 その濃度を測れば計算はできた。
 今は地下経由で流れており、評価ができない。
 一刻も早く汚染水をトレンチ、地下、立坑から取り除かないといけない。

・(海上から定点観測は出来るはずだが?)
 していない。沖合での定点観測でもいいし、日々調べることが必要。
 だが、東電や政府としては海の汚染を認めたくない、小さく見せたいということだろう。


原発から50キロ離れている地点の海藻から、
キロ当たり1万ベクレル超の放射性物質が検出された。
とてつもない汚染・・・
今後、海藻、わかめ、ひじきは猛烈な汚染が出てくる。
膨大な量の放射性物質が出ているため長期に渡って汚染は続く。
公表すると多くの人は食べたくなくなる。すると地域の漁業は崩壊してしまう。
東電や政府としては海の汚染を認めたくない、小さく見せたいということだろう・・・


なんてことなの・・・
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「原発のウソ 」
- 2011/06/02(Thu) -
京大だから残れた 小出裕章 (テレ朝)
2011年6月2日

6月2日(木)、テレビ朝日のモーニングバードで小出裕章氏の著書が取り上げられると共に、
VTRが放映されました。

原子力の専門家である学者によって書かれた本が、今、話題呼んでいる。
学者は、原子力の専門家でありながら反対活動にも参加していた。
その姿勢を変われて参院行政監視委員会にも参加。
立場上、大学では助教というポストになっていた。

原発に反対し続ける小出裕章についてスタジオでトーク。
実際に取材したコメンテーターが、彼について語った。



原発のウソ (扶桑社新書)原発のウソ (扶桑社新書)
(2011/06/01)
小出 裕章

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芝居に夢中!
- 2011/06/03(Fri) -
京都は、気温が28℃の夏日で、暑い1日だった

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今日の稽古場は、劇団関係者の紹介で無料で借りられるという。
いつもの電車ではなく、バスで市内まで出て京阪特急に乗り換える。

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昔の特急は赤に黄色の車体だったが、
新しい特急の車体の色は紺に変わっていて、シックでオシャレ
そして、ゆったりとした座席でくつろいでいると、あっという間に終点の出町柳に着いた。

初めての場所だったので時間の予測がつかず、早めに家を出たら、
またしても1時間前に着いてしまう(笑)
場所が分からないので、14時50分にみんなと駅で待ち合わせをして、
稽古場に向かうて予定になっていたので、さて、どうしたものか・・・
そう思っていたら、男優に声をかけられた。
互いに「早すぎたねえ~」と苦笑しながら、仕方なくマクドでお茶をすることに・・・
彼は高校時代から演劇の道に進みたかったが、親に反対され、
会社勤めをしながら10年ほど前から演劇を始めたのだそうだ。
プロダクションにも所属していて、さらなる夢を追っている、とか。
舞台だけがやりたいというわけではないのか・・・
いろんな人がいるんだなあ、と再認識。

向かった稽古場は、市の施設の広い会議室を借りての稽古だが、
ほぼ実際の舞台と同じ広さが取れて、とても稽古がしやすかった。

ワンシーンごとの、細かい演技指導を受ける。
自分として、どうしても台詞と体が一致しなかったシーンも、
自己申請して演技指導を受ける。

目から鱗、に演技が変わっていく・・・
すごい
そして、芝居の全体像がどんどん見えてくる
またしてもぶっ通しの3時間の稽古が、あっという間に過ぎていった・・・

いつもは急いで帰るのだが、今日はみんなでお茶でもしようということになり、
駅前の喫茶店に入った。
やはり京都の喫茶店は高い・・・のか、今はどこでもそうなのか、
コーヒー1杯550円なり

今まで知らなかった、劇団のこれまでにあった多くの人間関係のトラブルが、
否応なく耳に入ってきた・・・
それでやっと疑問が解けたのだ・・・
私をこの劇団に誘ってくれた朗読劇の友人は、私と入れ替わるように辞めてしまっていた。
それがずっと理解できずにきていたのだが、今日心から納得・・・
聴かなければよかった・・・
人間に対する恐怖心が目を覚ます・・・

重い気持ちのまま家に帰ったが、
「私は舞台がやりたいだけその気持ちを一番大切にしていけばそれでいいこと
そう思い切ることで、嫌な気持ちを吹っ切ることにした
人間社会なんだから、どこへ行ってもこうしたことはつきものなのだ。
「自分は何のためにここにいるのか」
それさえ見失わなければ、きっと「馬耳東風」に聞き流していける

朝から晩まで、ずーーーっと頭の中は、芝居のことでいっぱいで、
季節の移り変わりさえ見過ごしてしまう・・・
何度も何度もシュミレーションを繰り返し、何度も何度も演技のイメージトレーニングを重ね、
何度も何度も実際に動いて確認していく・・・
今の私は、すでに、尋常ではないのであります
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対策はいくら立てても無駄 小出裕章
- 2011/06/04(Sat) -
対策はいくら立てても無駄 小出裕章

2011年6月4日のNEWSポストセブンの記事で、
小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)のコメントが紹介されています。
転載させていただきます。

原発専門家 「対策はいくら立てても無駄」「想定外起きる」
(2011.06.04 07:00)

=====
 福島原発の事故で人間は本当に原子力をコントロールできるのかが、問われた。
コントールは不可能という小出裕章・京都大学原子炉実験所助教と
武田邦彦・中部大教授の意見を紹介する。
 
* * *
【小出】過去にいろいろな原発事故が起きるたびに、対策を施してきたが、
対策はいくら立てても無駄だ
  次の事故は、我々がまったく想定もしなかった要因によって引き起こされるからだ。
【武田】文科省は、福島県内の子供たちが学校での活動中に浴びてもいい放射線量の基準として、
年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げた。
  この数値は異常に高く、将来的に極めて深刻な結果をもたらすだろう。
政府・文科省の場当たり的な対応により被害を拡大させているとしか思えない。
この政府の体たらくでは、原発という危険なプラントを任せることはできない。
「脱原発」という問題は、民主主義的な選択の対象になるのではないかと思う。
  原発を捨てるか、健康を捨てるかは国や文科省が決めるのではない。
我々国民が選ぶのだ。国民が、自らの命をコントロールすべきなのである。
国民投票を行なうことが必要だ。

※SAPIO2011年6月15日号

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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今、私たちに求められている覚悟とは・・・
- 2011/06/05(Sun) -
こんな試みがなされていることを知りました。

ミツバチ@Official Bloghttp://888earth.net/staffblog/2011/05/youtube-1.html

その記事の中で、鎌仲ひとみ監督のトークを聴きました。



胸にぐさりと刺さりました・・・
今、私たちに求められている覚悟とは・・・
ぜひ、鎌仲監督の声で聴いていただければと思います。
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6月6日 テルル132の検出が意味すること 小出裕章 (MBS)
- 2011/06/06(Mon) -
6月6日 テルル132の検出が意味すること 小出裕章 (MBS)
2011年6月6日(月)、MBS(毎日放送)ラジオ「たね蒔きジャーナル」に、
小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)が出演されました。

録音

【福島原発】6/6/月★総放出量37万テラベクレル⇒77万テラベクレルに修正

要約
・(福島原発の事故で出た放射性物質の量について、保安院が解析し、
従来とは違う数字が出てきた。従来の37万テラベクレルに対し、
77万テラベクレルとなった。どういう意味か?)
もともと安全委員会は66万テラベクレルとしていたし、評価のやり方でいくらでも変わる。
 私はもっと多かったと思っているし、海へ流れた分は分からないまま。
 今回の保安院の数字は海への分を加算したものだが、それも過小評価だ。

・(37万テラベクレルを元にして事故評価をレベル7としたが、
 それが今回2倍。さらにもっと多くなる?)
 チェルノブイリに近付いている。チェルノブイリの事故は収束しているが
 福島は進行中であり、チェルノブイリに近づいて超えるかもしれないと最初から私は伝えてきた。

・(海洋汚染の放射線量は不明。いま政府は海洋調査ポイントを公開しているか?)
 私は見ていないが、散発的には出てきている。
 測定ポイントを強化し海岸線沿いの海藻の汚染を調べればもっと分かると思うが、見たことはない。

・(テルル132が検出されていたことについて。テルル132はどういうものか?)
 ヨウ素132の親核種。ヨウ素132は寿命が短い。
 テルル132が出てくるとヨウ素132が生み出される。
 テルルを見ていればヨウ素のことが分かる。燃料棒の被覆管が破れない限りテルルは出ない。
 事故の初期に被覆管が損傷していた証拠。
 被覆管のジルコニウムが水と反応する温度が850〜900度。
 事故の初期の段階でその温度に達して被覆管が壊れていた。

・(保安院の西山審議官が「情報を整理して公表する発想がなかった」と言っているが?)
 保安院にとっては、それこそがやらないといけない一番の仕事だ。

・(テルル132の検出を事故直後に公表していれば、
 避難すべき人たちに対するコメントが変わった?)
 もちろん。テルルが出るということはヨウ素が出るということ。
 ヨウ素剤などの防護措置が早急になされなければいけなかった。

・(これを当時発表しなかった影響は大きいと考えるが?)
 呆れるしかない。

・(3月12日に枝野さんは会見で放射能については測定し万全を期しており、
 ヨウ素も用紙していると言った。ヨウ素剤を摂取しておかなければならなかった?)
 本当ならばそうだった。ヨウ素剤は飲むべきときに飲まないと意味がない。

・(3月12日午前8時半にテルルを検出し、
 同日午後6時に避難地域を半径20キロに拡大した。その間に措置ができたはず。
 明らかに分かっていたがそれを隠しながら政府は避難地域を拡大したと考えられるか?)
 私はそうだと思う。日本の今の政府は事故の規模を小さく見せようとしてきた。

・(プルトニウムが原発から1.7キロの地点で検出された。
 以前は文科省の調査で検出されたが、過去の核実験によるものとされた。
 今回の検出物は福島事故が原因だと言われているがどうか?)
 詳細は不明だが、プルトニウムが今回検出されたといっているのは私も知っている山本氏。
 彼が言うなら確かだ。

・(プルトニウム検出の意味は?)
 プルトニウムは燃料から外には出づらい放射性物質。
 それが環境に出てくるほど悪化しているということ。核燃料が相当損傷しているということだ。

・(プルトニウムの人体への影響は?)
 プルトニウムは人間が遭遇したなかで最も毒性の高い物質。
 100万分の1グラムを吸ったら癌で死ぬほど。

・(国は過去の核実験が原因と言っているが、それに対しては?)
 過去の大気圏内核実験は犯罪的であり大量のプルトニウムを60年代にばらまいた。
 それ自体とてつもないことで、地球のほとんどが汚染されている。
 その上に今回の福島の事故で周辺がプルトニウムで更に汚染された。残念なことだ。

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真っ白
- 2011/06/06(Mon) -
京都の午後2時過ぎは、気温は27℃もあったけれども、
湿度が低く、爽やかな風が吹いて気持ちのいい気候だった。

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向こうに見えている山は、大文字焼きの「妙」がある山だそうだ。

気候のよさに誘われて、久しぶりに心に余裕も生まれ、
季節を感じながら写真を撮って歩いた。

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そう・・・紫陽花の季節なんだよなぁ・・・

もう長い間、朝のウォーキングに行っていない。
娘の交通事故、どんどん真実が明らかになっていく原発問題・・・
心がいつも落ち着かず、芝居のこと以外は何も手につかない・・・
公園には、妖しいほどに美しい紫陽花が咲き乱れている、神秘的な場所があるというのに・・・
マグロのおっちゃん、元気かな・・・
猫たちも元気かな・・・
毎朝、午前3時や4時に目が覚めてしまい、歩きに行く力は残っていない・・・
家族を送り出してから仮眠を取って、やっと1日を送る体力を取り戻している有様だから・・・

気を取り直して稽古場へ。
着いた頃にはすでにへとへとなのだが、稽古が始まると信じられないほどシャキッとする。
1ヶ所、台本の手直しが入り、その場面を稽古したあとは今日もぶっ通しの通し稽古。
何度も場面が変わるので、自分の出と入りの動線と着替える衣装や小道具の置き場所など、
一目で分かる自分用のメモを作る。
どんどん芝居が見えてくる・・・
どんどん胸が高鳴り、体中に力が漲る・・・

今日はとうとうチケットもチラシも出来上がってきた。
チケット20枚、どうするべえ・・・

東京行きの切符や宿泊の準備もすでに始まっている。
東京公演は、私にとっては新作になる。
今のままの状態を、ずっと維持しなければならない。
ホッとしている暇はない。
だからこそ、普段の日はボケたのかと思うほど、頭の中は真っ白になっている(笑)

緩急をはっきりつけないと、持つはずがありません。
今の私は、芝居、それのみ。
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- 2011/06/07(Tue) -

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今までと違う世界に生きる覚悟 小出裕章
- 2011/06/08(Wed) -
2011年6月8日(水)、MBS(毎日放送)ラジオ「たね蒔きジャーナル」に、
小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)が出演されました。

録音



・(よろしくお願いします)
こちらこそ。

・(東京を初めとして,東日本各地の下水処理施設の汚泥から
放射性物質が検出されている。
東京都大田区の下水処理施設では空気中から
毎時2.7マイクロシーベルトの放射線量が検出されたが?)
0.05マイクロが普通だから、その50倍であり、とても高い。

・(これは原発から230キロ離れた場所だが?)
下水処理場の汚泥には濃縮されて出てくる。これから多くの場所で出ると思う。
関西でもそれなりの濃度になるだろう。
空気中に広がった汚染が下水に流れこんでくるが、
下水処理場は水を処理する過程で汚泥を生み、そこに濃縮されている。

・(東京都は、検出された場所は屋内であり、
敷地境界で計測したら問題ない数値だったため、
誤解を招かないために公開しなかったというが、敷地内に留まるものなのか?)
下水処理場の汚泥はコンクリ等の材料として使う。
今後はそれをやってはいけなくなり、汚泥の処分がポイントになる。

・(配慮して公開しないというのはおかしいと思うが、どうか?)
おかしい。下水処理場が毎時2.7マイクロシーベルトという場所になっているのであれば
放射線管理区域にして管理するための手続きも必要なはず。

・(作業員の方も普通の服装では?)
被曝管理もしていないはずで、これまでにどのくらい被曝したかも知りえないまま今に至っている。

・(パニックを恐れて情報をストップするのはまかりならんと思うが?)
そう思う。マスコミも留意してほしい。

・(下水処理場で焼却した灰からは1キロあたり1万ベクレルを超えるセシウムが検出された)
すごい量だ。そんなレベルの放射能を取り扱ったことは私は一度もない。

・(国は汚泥をセメントとして再利用することを進めている。
セメントや肥料にするにあたって1キロあたり100ベクレル以下になっていれば
問題ないとしているが?)
何度も言うが放射線はどんなに微量でも危険。
100ベクレルでも10ベクレルでも危険。
社会的にどこまで受け入れ可能なのか判断するしかないが、
いま出ている汚泥は猛烈な濃度であり、始末の方針を示す必要がある。

・(国が汚泥の汚染の基準を定めたのは5月で、それ以前の分は既に出回っている。
セメントにして道路を舗装したら放射線が出てくる?)
飛び出してくる。

・(1キロあたり100ベクレルのセメントで建物を作ったとしたら、
汚染物質で覆われた建物になる。キロあたりは小さくても大量に使えば積算されるものか?)
もちろんそう。それは勧められないが、いまや地球上すべてが福島の放射能で汚れている。
事故を招いた日本という国は、汚染から逃れられないという覚悟を決めるしかない。
が、小学校には使わないというような配慮はあってしかるべきだ。

・(江東区の保護者の会が、東京都の汚泥処理施設近くのグランドの土から
高い濃度の放射性物質が検出されたと発表した。
どういう風に考えたらいいか?)
汚泥処理施設で焼却して処理しているのであれば、煙にのって放射性物質が大気中に出てきて、
それが周辺に汚染を広げていることはあり得る。
放射性物質が出ているのであれば焼却は止めるべきで、
続けるならば適切なフィルターなどを設置してから行わないといけない。

・(汚泥を置いておく場所も、灰を置く場所もない。どうしたらいいか?)
分からない。こんな事故が起きてしまったから、
これからは今までと違う世界に生きるしかないと思っていただくしかない。
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たぶん・・・
- 2011/06/09(Thu) -
明日の稽古のために、家事以外は1日中稽古、稽古、稽古・・・(笑)
ひとりで立ち稽古なんてしていると、マジ、頭のおかしいおばさんだよ
まるで自転車に乗るように、完璧に体で覚えてしまわないと、演技なんてできない。
台詞があって動きがあるんじゃなくて、動きから台詞が出てくる。

今回の公演が終わったら、いろんなワークショップに参加したいと思い、
あれこれ検索する。
大阪にもシニア劇団員歓迎の劇団がいくつかあることを知る。
へえーーー

6月に公演している劇団もあるので、1度観に行ってみたいな、と思う。
いろんな芝居が観たい。
いろんな劇団の芝居が観たい。
でも、たぶん・・・自分の公演で精一杯で、全然身動きとれないだろうね・・・(笑)
それくらい頭の中が芝居一色・・・
とてもとても不器用な自分を自覚している
なにしろ、ひとつのことしかできないのよ。
でも、ひとつのことができて嬉しい
ひとつで十分。
ひとつで感謝。
ひとつが宝物。

衣装も小道具もほぼ揃った。
あとは大の苦手の、ミシンで手作りするしかない衣装の一部・・・
これがイヤでイヤで、1日延ばしにしています
たぶん、ギリギリまで追いつめられたら、否応なく作ると思いますよ

明日はもしかしたら稽古のあと、飲み会が入るかもしれません
もう半年以上も、お付き合いしていないので、
今回はなるべく行くようにしたいと思っているのですが・・・
稽古の後の、あのヘロヘロ状態の体にアルコールなんて入れたら、
3度も乗換えをして無事に家まで辿り着けるのでしょうか・・・

たぶん、どこかのベンチで眠っている女の人を見かけたら、それは私です・・・
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村上春樹、カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)
- 2011/06/11(Sat) -
村上春樹、カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)

 「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。
サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。
長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。
どうしてそんなに時間がかかったかというと、
たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。
それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、
女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。
それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。
この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、
とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、
もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に、
日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。
地球の自転が僅かに速まり、
一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、
その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。
場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。
39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても
助からないことになります。
海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、
そのうちの九千人近くが行方不明のままです。
堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。
おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。
そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、
胸が締めつけられます。
生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、
コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。
根こそぎ消え失せた集落もあります。
生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、
どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。
日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。
毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。
各地で活発な火山活動があります。
そしてもちろん地震があります。
日本列島はアジア大陸の東の隅に、
四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、
危なっかしいかっこうで位置しています。
我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、
地震については予測がつきません。
ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、
別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。
おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、
マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、
多くの学者が予測しています。
それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。
もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、
それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が
今も「普通の」日々の生活を送っています。
人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。
今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。
どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が
当たり前に生活していられるのか?
恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。
いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。
この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、
すべてはとどまることなく変移し続ける。
永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。
これは仏教から来ている世界観ですが、
この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、
日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、
古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、
いわばあきらめの世界観です。
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、
むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、
秋になれば紅葉を愛でます。
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、
熱心にそれらを観賞します。
桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、
その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。
我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。
そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、
小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、
むしろほっとするのです。
美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、
僕にはわかりません。
しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、
ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、
被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。
あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、
普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、
今なおたじろいでいます。
無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。
それについて、僕はあまり心配してはいません。
我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。
いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。
どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。
少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。
ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。
好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、
簡単には修復できないものごとについてです。
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。
それらはかたちを持つ物体ではありません。
いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。
機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、
というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、
福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、
少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。
メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、
おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、
近海に流されています。
風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、
原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。
そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。
その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、
近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、
その原因はほぼ明らかです。
原子力発電所を建設した人々が、
これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。
何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、
安全基準の見直しを求めていたのですが、
電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。
なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、
大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、
原子力政策を推し進めるために、
その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、
明らかにしなくてはなりません。
その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、
土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。
我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。
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村上春樹、カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(下)
- 2011/06/11(Sat) -
村上春樹、カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(下)
 
 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。
我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。
そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。
でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、
あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。
今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。
1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、
米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。
死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、
生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、
時間をかけて亡くなっていったということです。
核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、
どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。
ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。
どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、
経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、
その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。
そこにはそういう意味がこめられています。
核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。
その力の脅威にさらされているという点においては、
我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、
またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、
福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、
周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。
それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。
これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、
今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、
我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?
戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、
いったいどこに消えてしまったのでしょう?
我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、
何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。
つまり利益が上がるシステムであるわけです。
また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、
原子力発電を国策として推し進めるようになりました。
電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、
原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが
原子力発電によってまかなわれるようになっていました。
国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、
世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。
原子力発電に危惧を抱く人々に対しては
「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。
国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。
高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。
原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。
効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、
無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、
実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。
それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、
そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。
我々は電力会社を非難し、政府を非難します。
それは当然のことであり、必要なことです。
しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。
我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。
そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。
そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。
 

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、
原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、
大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。
「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、
この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、
原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。
たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」
とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、
核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。
核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、
我々の集合的責任の取り方となったはずです。
日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。
それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。
しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、
その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、
我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。
またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。
我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、
彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、
その作業に取りかかります。
それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、
みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。
一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが
進んで関われる部分があるはずです。
我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。
そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。
それは我々が共有できる物語であるはずです。
それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。
我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。
その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は
「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。
大きな自然の力の前では、人は無力です。
そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、
そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、
そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、
このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。
我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。
依って立つ文化も異なっています。
しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、
同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。
だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、
人々の手に取られることにもなるのです。
僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。
夢を見ることは小説家の仕事です。
しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。
その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、
ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、
豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。
我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく
「非現実的な夢想家」になることができたら、
そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、
どんなに素敵だろうと思います。
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、
再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。
我々は夢を見ることを恐れてはなりません。
そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ
災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。
我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。
人はいつか死んで、消えていきます。
しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれていくものです。
我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、
義援金として寄付させていただきたいと思います。
そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、
ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。
そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、
深い哀悼の意を表したいと思います。
(バルセロナ共同)

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村上春樹氏「原発批判」演説ノーカット
- 2011/06/11(Sat) -








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no title
- 2011/06/13(Mon) -




京都の駅は、こんなにオシャレ…
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頭の中がいっぱいで・・・
- 2011/06/14(Tue) -
これから2、30年の間、放射能汚染が残る食物を食べながら、
数十機の原発を廃炉にしていかなければいけなくて、
これからのこどもたちは、それをやりながら、
原発を使った年寄りたちに年金も払う、ってこと・・・か。

小出先生「私もその一員です」
「福島原発暴発阻止プロジェクト」に私も参加しました。
http://t.co/PgN8EtD

イタリア、原発再開を断念 国民投票で反対93%
【ジュ ネーブ=藤田剛】
イタリアで12~13日に実施された原子力発電の再開の是非を問う国民投票が成立し、
政府の原発再開の計画を否決した。
内務省の暫定発表 によると、投票率は約57%に達し、
成立の条件である50%を上回った。
暫定発表では投票者のうち93%が再開に反対票を投じた。
福島第1原発の事故後、主要国で原発政策に関する国民投票が行われたのは初めて。
欧州ではドイツが6日、17基の原発を2020年までにすべて停止する
「脱原発」の関連法案を閣議決定。
スイスも34年までに既存の全5基の停止を決めた。
ベルルスコーニ政権は1990年までに稼働を停止した原発を
数年後に復活させることを検討していた。

日本経済新聞より


まともに情報が入ってたら、こういう意識になって当然だろうとおもう。
当事国の日本だけが、テレビと新聞の情報操作のせいであまりにも危機感が薄いのだ・・・

6月13日 イタリアの原発拒絶は嬉しい 小出裕章 (MBS)
録音
【福島原発】6/13/月★放射性物質その物自体消えることは無い

要約
・(福島第一原発の事故に関わる水道水の摂取制限について、
新たに放射性物質が大量に放出されなければ現時点で水道水は安全という報告書が出た。
水道水は安全なのか?半減期30年のセシウムが今の技術で除去できるというのは大丈夫なのか?)

まず、放射線の被曝について「安全」「大丈夫」という言葉を使わないでほしい。
国の基準値より上なら危険、下なら安全ということではない。
被曝はどんなものでも危険だ。
今回の事故では3月半ばに出た放射能で水道水が汚れたが、
今後大量に出なければそれほどの汚染はないということだろう。

・(雨が流れこんで放射能が濃縮するのか?)

それはあるが、今後大量の放出がなければ今まで以上に汚染されることはないだろう。
でもそれは安全とは違う。

・(原発の汚染水処理システムがまもなく稼働するがその処理で汚染された泥が出る?)

そうだ。放射性物質そのものは消えないから移しているだけであり、
水をきれいにすれば別のところに移すことになる。
その処理をどうするかが次の問題。

・(処理後の泥の放射能は1立方センチあたり1億ベクレルだが、影響は?)

それに近づいたらすぐに急性症状が出るくらいのレベルだ。

・(泥の量は25mプール4〜5杯分というが、それを処理施設でずっと保管できるか?)

もちろんできない。暫定的に集中処理建屋に移動しても、
そこで終わりではなく、その後ずっと保管は続く。

・(ヨーロッパではドイツに続き、イタリアでも原発を拒絶する可能性が高くなっている。どう見るか?)

嬉しい。

・(先週末に反原発の動きがあり、小出先生が神戸で登場した時には大きな拍手があった。手応えは?)

40年前から原子力を廃絶したいと思いながら、今回の事故を防げないまま今の事態に至っており、
楽観的な見通しは語りたくない。でも、違ってきているとは思う。
労組などの組織による運動ではなく、この人たちはどうやってきたのだろう?
と思うような、自立した人たち一人ひとりで来ていた。新鮮で、ありがたいことだ。

・(キュリウム検出のニュースがあった。どういう物質か?)

超ウラン元素のひとつ。ウランが中性子を吸収してプルトニウムになり、
それがまた中性子を吸収するとキュリウムになる。
使用済み燃料に貯まっていた本来外に出にくいものが環境に出てきているということを示している。
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回復
- 2011/06/16(Thu) -
昨日今日と、1日のほとんどを寝て過ごした・・・
10時間~12時間は眠っていたんじゃないかなぁ・・・
家事などで1・2時間起きていると、どうしようもなく眠くなり、
ごろりと横になってそのまま寝てしまう、その繰り返し・・・
疲れていたのでしょうか・・・って、そうだろが(笑)

今日の夕方、珍しく娘から電話が入ったときも眠っていて、
電話に出られず、こちらからかけなおす。
12日の日曜日に、最後の保険関係の書類作成のため(まだやっているんですよぉ・・・ )
カレーや(娘の大好物です)、その他諸々、作り置きして冷凍してあったお惣菜をどっさり持って、
1ヶ月ぶりに娘の家へ行った。
「もうギブスも取れて、歩けるから」と、2週間以上医者に行っていないという・・・
でも、足首から甲にかけて、どことなくまだ腫れているような気がしたので、
「保険が利く間にしっかり医者に通わなくちゃダメよ」と注意して帰った。

で、今日、私の言いつけを守って(笑)医者に行ったとかで、
やはり「まだ1㎜ほど骨が剥がれていて、腫れている」と言われ、
「ちゃんと通院しないと、あとあと痛みが残ったりして、困ることになりますよ」
そう医者に叱られたそうだ。
「その報告だけ。ちゃんと通うからね。」
「あと、家のカレー、やっと食べれて美味しかった~ありがとう」
「これから1・2ヶ月に1度くらいは、届けてあげるね
何気ない会話から、娘が少しずつ落ち着いてきていることが窺えて、嬉しい・・・

思い切り眠ったからか、背中のしつこい痛みもすっかり消えた
芝居の稽古は順調だ

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月曜の京都の紫陽花は、今が満開・・・

稽古の回数が増えてから、常に全員が揃うということはなくなったが、
主だったメンバーは毎回来ている。
もちろん私も無遅刻無欠勤(笑)
稽古を重ねるほどに完成度が高くなってくるのが、肌で感じられて心躍る

チラシには、私の申し出を受け入れてもらえて、
「当公演の収益金の一部は東日本大震災の義援金とさせて頂きます」
そう明記されていた
嬉しい・・・
さっそく事務局にお礼を言いに行く。
「私個人としても、毎月僅か1000円だけど、ずっと続けていくつもりです」と話す。

批判的な意見も出ているようだが、私は先日の村上春樹氏のスピーチを、
毎日大切に思って読みかえしている。
彼がいてくれてよかった・・・
彼が同じ日本人でよかった・・・
静謐な彼の声が、いつも私の耳朶に響いている・・・
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体力勝負!
- 2011/06/17(Fri) -
ムウッとする高い湿度の京都でした
夕方6時には、湿度80%を超えている・・・
帰り道も、汗が引くことはありません・・・

それでも、京都へ行くと小旅行気分になります。

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これ、駅ですよ、駅 駅の壁画パート2

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この電車に乗り換えると・・・

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こーーーんなに、いろんなところへすぐに行けるのです

でも、現実は案内板を観るだけで満足して、一路、借り稽古場へ

そして、掃除をするため稽古場の窓を開ければ・・・

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写真じゃ全然分からないけど、この山肌に大文字焼きの「大」の字が見える
京都はどこに行っても、まさに観光名所のオンパレードです。

今日の通し稽古は、内容もかかった時間も、すべてがこれまでで最高の出来でした
「ちょっと、安心しました・・・」
そう言われて、出来の悪い私たちを決して叱ることなく、
熱心に指導して下さる演出家に、感謝の気持ちでいっぱいでした・・・

演技をしていて、自分でもはっきり分かる違いがあった・・・
言葉では言えないけれど、体が感じる明確な違い・・・
「ああ・・・少ーーーし、成長できたんだ・・・
喜びが沸々と湧いてくる・・・

7月に入ってからの2週間は、週4日、稽古が入ることになった。
劇団の使用状況の都合で、この2週間がいちばん劇場を使用できるのだ。
これまでは、公演体制に入っても週2日の稽古をとるのも難しかったらしいが、
今回、文句を言う人は誰もいない。
みんな、これまでになく必死なのだとか
私はなんてラッキーなのでしょう・・・

「これからは体力勝負ですから、しっかり休息もとってください」
最後に演出家はそう仰った。

よぉーーーし
ガッツリ食べて、昏々と寝るぞーーー(笑)
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福島原発事故から見えてくるもの
- 2011/06/19(Sun) -
小出裕章氏の札幌での講演会
2011年6月19日(日)小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)

『核・原子力問題の真実パート2 -福島原発事故から見えてくるもの-』
主催:核戦争に反対する北海道医師・歯科医師の会
http://www.geocities.jp/hokkaihankakuishi/

参加された方々の声(ツイッターから転載)

=====
ocean_kids 保科洋子
札幌に小出先生が来られた。
500人の定員だったが主催者は800人までは数えていたが・・
そのあとは・・と言っていた。
先生は「兎に角子ども達を救おう」と言っておられた。
原発を止められなかったご自分のことについて「まず謝りたいと・・」
原子力安全委員会の班目さんに聞かせたい!

そしてプルトニウムもストロンチウムもキュリウムも、
全てがウランを燃やす過程で出るものであるので、検出されたプルトニウムが、
福島からのものなのかMOX燃料からのものなのかは、
それほど問題にはならないと言っておられた。
小出先生は力強く一人一人が考えて、これからのことを自ら決断しなくてはと・・。

はっきり言ってらしたのは
「政府の出す数字はインチキです」ということ。
私と息子は小出先生の話を生で聞いて更にしっかりと
「反原発、原発全廃でなければ日本はもうダメだ」と確信しながら帰ってきた。
もちろん私達が居なくとも日本は続くかもしれないけどそれは私達の国じゃないと思った。

=====
mjyume ゆめ
小出さんの講演会に行ってきました。
講演は動画や本で聞いているお話が大半でしたが、質疑応答で現実をつきつけられた感じ。
自分の中で消化するのにちょっと時間が必要です。
世界は変わってしまったのだな…と改めて重く感じました。
小出さんは「子どもを守っていきましょう」と何度も言っていました。

小出先生@講演会
「福島や近県の農漁業の壊滅を防ぐため、放射線感受性の低い大人が福島の食品を食べるべき。
汚染度に応じて60歳以下は食べない60禁、50禁、40禁、20禁、15禁、10禁、
という仕分けをすればよい。
そうした表示がない食品を子ども用とすれば、産地も子どもも守れる。」

小出先生は「50歳以上は放射線の感受性が低くなる。
年寄りは放射線に汚染されたものを食べても大丈夫(会場爆笑)
子どもたちはそういうわけにはいかないので、子どもたちには食べさせずに
年寄りで食べて日本の農業、漁業、酪農を守りましょう」と今日の講演会でお話されました。

そうすると会場から
「大人は食べろというのか。東電や政府への追及はどうなるのだ」との質問が。
それに対し、小出先生のお答えは次のようなものでした。
「チェルノブイリ原発事故が起きた時、日本国内で
「ロシアやヨーロッパからの食料の輸入を制限しろ」との意見が出、
政府も規制をかけた。僕はそれには反対でした。
日本が引き受けなかった食料はどこへ行くか。アフリカなどの発展途上国です。
原発のない国の人々にそれを食べさせることになる。
原発のある日本は、責任を持ってその食料を食べるべきだと僕は言いました」
原発問題をこれまで見ないできた私たちの責任を考えさせられました

もちろん、小出先生は
「東電や政府は責任を持って汚染状況を公表すべき」と言いました。
そして「年齢に応じて、福島や近隣の農産物、海産物を食べて、
日本の第一次産業が崩壊しないように助けるべき」とお話されました。

もちろん、小出先生のお話は「皆がそうすべき」と言ったわけではありません。
食べたくない人はもちろん食べる必要はないと思います。

私は今日の小出先生のお話を聴いて、
「もう本当に今までの世界には戻れないのだな」と思い、ちょっと沈みました。
でも、小出先生はもうとっくに覚悟をしている。
この絶望的な現実を、来る日も来る日もお話している小出先生を目の前で見て、
私もある種の覚悟ができました。いや、しなければならない。

自分たちの問題として、しっかり向き合わなければと。
もちろん若い世代には今まで以上に自分たちを守ってもらいたい。
でも、私はもういいかな。
子どもには食べさせられないけど、原発を止められなかった責任を、
私自身も自分の問題として受け止めていかなければ。
とても考えさせられた講演会でした。

=====

「覚悟」とはどういうものなのか・・・
教えられた思いです。
私も、自分はもういいかな、と思っている。
原発に無関心で、享楽的に電気を消費し続けてきた責任は、
私自身の問題なんだから・・・
でも、子どもたちや若い世代には、なんとしても自分自身を守って欲しい。
新しい世界のために・・・
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私の判断は間違っていた・・・
- 2011/06/20(Mon) -
「浜岡原発停止を言ってきたが事故は福島で起きた。私の判断は間違っていた」
小出裕章


2011年6月20日(月)、MBS(毎日放送)ラジオの「たね蒔きジャーナル」

要約

・(今すぐ緊急で政治がなさねばならぬことは?)
幾つかある。1つは汚染水をどうするのか。今11万トンの汚染水が溜まっている。
何日後かにあふれると騒がれているが、もう既に溢れている。
一時期ピットから流れ出ていたが、目に見える場所で漏れていただけのこと。
実はトレンチやタービン建家地下などのコンクリートの構造物から
漏れ続けていることに気がつかなければならない。
まだ何日も余裕があるということではなくて、既に漏れているので
早急に何とかしなくてはいけない。これにはもう1つの意味がある。
現場で作業する人の被曝を少しでも減らすため。
私はどうにもならないからタンカーを提案したが、これをするには政治が必要。
例えばタンカーの乗組員は放射線業務従事者ではないので、
緊急で被曝を許すという苦渋の選択をする必要がある。
一度タンカーに汚染水を入れるとそのタンカーは
使い物にならなくなるのをどうするかという問題がある。
一番深刻なのは、海の上を走ること。
猛烈な放射能を積んだ船が海を走ることが国際的に認められるかどうかということがある。

・(小出先生の案では、タンカーで汚染水を柏崎刈羽原発に運び、
処理する意外にないと言っていたが?)
はい。今の装置も即席でつくろうとしていますが、そんな余裕はない。
今は戦争のような状態。何としても突破しなくてはいけない。
そのために政治が力を発揮して欲しい。
政治が果たす役割はとても大きい。やらなくてはいけない。

・(新しい事故処理の体制作りについてどう思うか?)
すいません。私は政治が嫌いです。そんな委員会をいくら作ってもダメ。
今でも原子力安全委員会という組織がある。
しかし何の機能も果たさないまま今に至っている。
これから委員会をつくるとか縫製を改正するとか悠長なことはいっていられない。
今戦争が起きているわけですから、実行力がある人が力を発揮して乗り切るしか無いと私は思う。

・(原子力安全委員会委員長斑目氏の
「(汚染水が漏れ続けているのは)間違いありません。(その量は)わかりません」
という発言についてどう思うか?)
斑目氏は科学者で、その判断しか無いと思う。私も一緒。
わかりませんというのは斑目さんは正直だし、私もわからない。
漏れているのは確実。できるだけ早く手を打たなくてはいけないのに、
あふれるまでまだ何日もあると言っている。

・(海江田経済産業大臣のいわゆる原発安全宣言と再稼働についてどう思うか?)
一言で言えば、あきれます。
原子力発電所は機械。津波でやられたところもあれば地震でやられたところもある。
その結果壊れた。機械である以上、地震でやられない、でも別の理由でやられることもある。
どんな対策をしても、すり抜けて事故は起こるのは機械の本質。
原子力発電所は事故が起きたときに本当に取り返しの付かないことになる。
(日本の電力の)2割をやってる3割をやってる、止めたら電気代があがる、
なんていう議論とは違うとてもつもないことになる。
だから原子力発電所は都会に建てないと自民党政権時代からやってきた。
今後も民主党も都会に原子力発電所を建てることなんて出来ない。

・(本当に安全かを国民に示せればという条件については?)
(条件を示すことは)できない。機械である限り事故が起きるのは当たり前。
それを認めた上で、原子力発電所は都会から離して建てるという原子炉立地審査指針も出来ている。
自民党時代から立地指針を作ってやってきた。民主党もそれを踏襲している。

・(川内博史議員の「私は絶対踏襲しませんから」)
はいありがとうございます。是非ともそうして欲しいと思う。

・(そうすると、本当に脱原発はできるのですか)
簡単にできます。今現在原子力発電所が2割を絞めているのは本当。
だが水力発電所と火力発電所は膨大にあるが、ほとんど止めている現実がある。
日本で動いている原子力発電所をすぐ止めたとしても
水力発電所と火力発電所で十分にピーク電力はまかなえる。
ただし、そのためには揚水式の原子力発電所をピークの時に動かせるように
用意しなくてはいけない。
今現在老朽している火力発電所も運転できるようにしなくてはいけない。

・(揚水式発電はコストがかかるのでは?)
はい。もともと原子雨力発電所の夜間電力を使う為だけに作られてきた発電所。
殆ど動いてもいなかった。発電単価は高かった
。今回の状況ではむしろ出番が増えるから、喜ぶべきこと。
老朽火力発電所を動かすことも、老朽原発すら動かそうとしてたから同じようなこと。
それさえ出来れば十分乗りきれる。

・(川内博史議員は「原発を全部止めても全然大丈夫」と発言したが、
 政治が動けば脱原発はできるのか?)
うれしい。川内さんがそんなふうにおっしゃったこと。是非とも政治でやって欲しいと思う。

・(小出氏が是非とも政治家に伝えなくてはいけないこと。
  中長期的な脱原発についてはどのように考えるか)
私は即刻原子力はやめてほしいと思う。
そして今、原子力村のやることはまだまだあるとおっしゃったが、本当にそうなのです。
どうにもならないほどの仕事がこれから何百年何千年何万年私たちは背負っていかなくてはなない。
何十年か、私たちが原子力発電所をやって、電気を欲しいといったがために
これから何百年何千年、あるいは本当にいうなら百万年にわたって
放射能のゴミの始末をしなくてはいけない、という仕事を作ってしまった。
私はどうしていいのかわかりませんが、ほんとうに大変な仕事が残っている。
福島第一原子力発電所の始末だけでも、どれだけの犠牲を払って汚染をしてお金を払って、
何百年やり続ければいいのかと思うと途方にくれてしまう。

・(安全な原発の基準はどのように決めるのか?決められるのか?)
私は決められないと思う。
・(安全な原発はない?)
はい。日本の原子力発電所でどこが一番危ないかとよく聞かれた。
その時は浜岡原子力発電所と発言した。
何より浜岡原子力発電所を止めて欲しいとずっと発言してきた。
言うまでもないことだが、東海地震の予想震源域のどまんなかにある。
世界中の地震学者が近い内に起きると言っている巨大地震。
そこで原子力発電所が動いているのは到底認められないので止めてくれと言ってきた。

・(一旦停止したが、また動かすと言っているが)
馬鹿げている。

・(菅直人内閣総理大臣が浜岡原発だけを止めて、自然エネルギー)
浜岡が私は危ないと思うと発言してきたが、実は事故が起きたのは福島だった。
私が判断していたことは、間違っていた。間違いは誰にでもある。
見逃していたところで事故は起きる。それが事故の本質だと思う。
これから安全を考えて動かそうといったところで、事故が起きてしまったら、
こんな事故が起きるんだと思うというのが事故だと思っていただくしかないと思う。
その時に被る被害の大きさは火力と比べても比にならない。
とてつもない国家が潰れてしまうほどの被害が生じる。
このようなものは選択すべきでないというのが私の考え方。

=====
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ごめんね・・・
- 2011/06/21(Tue) -
今は3ヶ所の稽古場を借りての稽古が続いています。
今日は劇場のすぐ近くの、もと劇団があった稽古場。
今はその劇団はなくなっていて、建物だけが残っています。
その建物を、他の劇団の公演や稽古場として貸しているのです。

1度、時間を間違えて1時間早く着いてしまった時に、
3階建ての内部をこっそり探検したことがありますが(笑)
かつての劇団創始者の写真が飾られ、この建物が建てられた歴史が記されていました。
なんともいえない気持ちになりました・・・
京都は昔から若い人たちの芸術活動が盛んな土地柄で、
まあ、私もかつて若かりし頃はその中の一人だった、というわけですが、
時の経過の無常をしみじみ感じました・・・

「むかしむかし、ある若者が芝居を心から愛し、その全生涯をかけて、 
 立派な劇団と劇場を建てたとさ・・・」


いつかはこの建物も消えてなくなるでしょう。
でも、人の熱い思いは延延と引き継がれていく、そう信じたいものです。

さて、今日は午後4時から稽古開始
2時間しかありません
ストレッチも早めに来た人だけが個々にすませ、いくつかのシーンのダメ出しを受けた後で、
後半部分の通し稽古に入りました。

どうも、みんなの疲れが目に付きます・・・
私のように、バカみたいに眠ったり、食ったり、
・・・って、なかなか普通の人にはかえって出来ないのかもしれない・・・
こんなに詰めて稽古をするのは、みんなも始めてなのです。
どうかどうか、みんな元気に、乗り越えていくことができますように・・・
今はそれがなにより大事です。
がんばれ、がんばれ、みんな
自分の体の声に素直になって、思う存分休息をとってくださいね・・・

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家の近くに咲いていた額紫陽花・・・綺麗ですね・・・

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雨に濡れてきらきら輝く白百合も咲いています・・・綺麗ですね・・・

帰り道、再び降りだした雨に打たれながら、少しの時間ぼんやりとして、
私のお気に入りの疎水を眺めていました。

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夕方の6時半を回っても、まだこんなに明るいのですから、
この地域の人たちが、力をあわせて蘇らせたという蛍は、到底観れそうにありませんが、
「ここに、蛍がたくさん棲んでいるんだ・・・」
そう思うだけで、心満たされるステキな時間でした・・・

日本が、地球が、放射能に汚染され、世界はこれまでとは全く違うものになったしまった・・・
ふとそう思うとき、「ごめんね・・・
思わず蛍たちにも、そう声に出して謝っていました・・・
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とにかく逃げるしかない・・・のか。
- 2011/06/22(Wed) -
金融ファクシミリ新聞TOPインタビューより

とても感動したインタビューでした・・・
常に「自分の子供だったら、妻だったらどうするか」
そう考えておられる・・・
「利益」とか「経済効率」とか、「名誉」に「金」に・・・
その人の原点がどこにあるのか、多くの国民は、すぐに見破るのです
ぜひ、読んでみてください

長野県松本市長 菅谷昭氏
チェルノブイリ原子力発電所事故の際に、
放射能汚染により甲状腺癌患者が急増していたベラルーシで医療活動をした過去があり、
NHKのプロジェクトXでも紹介された。
当初はロシア語も上手くなかったが、患者には常に笑顔を絶やさなかったという。
現地の放射能汚染のため、その後、胃がんになっていると話す。
また、ベラルーシの隣国であるポーランドが小児の甲状腺癌の増加を防いだのは
初期の素早い対策にあったと指摘している(ウィキペディアより)

情報を開示し子供と妊産婦を守れ
松本市長 菅谷 昭氏
聞き手 編集局長 島田一

――今や日本国民は何を信じればいいのかわからない状態だ。
チェルノブイリ原発事故の医療支援活動を5年半にわたり従事されたご経験からいかにお考えか…。

菅谷 もはや、国、東電、安全保安院の3つとも信じられないというのが一般論だ。
日本国民は、自国の政府が信じられないという一番不幸な状態にある。
また、そういった大変な状況にあるということを、政治家たちの多くが認識していないということも、
さらに日本国民を不幸にしている。
そんな中で民主党だの自民党だのといがみ合っている日本という国は、
国際レベルで馬鹿にされても仕方がない。
残念だが、海外からの日本の評価は本当に落ちてしまっている。
国家の使命とは、国民の命を守り、国を守ることだ。
確かに産業経済も大事かもしれないが、国民の命があってこそ、
その上に産業経済があり、金融があり、国際的な立場がある。
私は今のような状況を見ていると本当に残念で、寂しくて仕方が無い。

――次から次に後出しで悪いニュースが発表されている。このような政府の対応の仕方については…。

菅谷 非常にまずい。それは、誰も原発事故を身近に経験したことがないために、
何もわからないからだ。
私は、チェルノブイリで経験してきたことをもとに、
事故発生時から「最悪の事態を想定して対策を考えておくべきだ」と主張してきた。
しかし結局、今回の事故で政府や東電は何ひとつ対応出来ていなかった。
すべて経験がないからだ。
そもそも、自然災害と原子力災害が全く違うものだという認識も、今の日本人には少ないと思う。
被災者には大変お気の毒だが、地震や津波の瓦礫だけであれば、
みんなで力を合わせて片付ければ、そこは必ず復興して住めるようになる。
阪神淡路大震災の時も、日本人の皆が頑張って、その能力や財力を集中したことで
現在の兵庫県のように見事に復興した。
しかし、放射能災害では汚染された場所に再び定住することは基本的に難しい。
実際にチェルノブイリ原発事故が起きた周辺30キロゾーンは、
25年たった今でも強制避難区域が解除されていない。
それだけ土壌汚染が酷いということだ。

――避難区域にしても、徐々に拡大させるような方法ではなく、まずは50キロ圏外に避難させて、
その後、安全を確認しながら範囲を狭めていくような方法をとるべきだった…。

菅谷 私は事故当初からマスコミなどの取材に対して、
最低30キロ圏外に避難するように言ってきた。
そして、最悪の事態を想定して、放射性ヨウ素による内部被曝から子供を守るために、
無機の安定したヨウ素剤を飲ませるという放射性物質のブロック策を提言していた。
しかし、内部被曝がどういうものなのかも知らず、中央政府には、
松本という地方から発せられた声はまったく届かなかったのだろう。
暫くたってから、そういった提言が当たっているということで
報道関係等から呼び出しがかかるようになったが、
放射性物質が体内に入ってしまってからヨウ素剤を内服したところで、もう遅い。
一旦、体内に入った放射性物質は身体の中にとどまって被曝し続ける。
そういった意味でも、日本は本当に不幸な国だ。

――内部被曝の問題は、今一番の心配事だ。特にこれからの日本を担う子供たちのことを考えると、
放射能被曝基準をもっと慎重に議論する必要がある…。

菅谷 基本的にICRP(国際放射線防護委員会)では、一般の人の年間許容被曝量を、
内部被曝と外部被曝を合わせて1ミリシーベルトと定めている。
20ミリシーベルトというのは、放射線に携わる人たちが非常事態に陥ったときの許容量だ。
「非常時」と「居住する」という状況では訳が違う。
もともと原発推進派だった小佐古東大教授も、20ミリシーベルトを小学生などの基準に
認めることは出来ないとして内閣官房参与の辞表を出したが、
あの時、彼の口から「自分の子供だったら」という言葉が出た。
それが本当の人間のあるべき姿だと思う。
私は外科医なので、手術をする場合は必ず、
「患者が自分の子供だったら、妻だったらどうするか」と考え、当事者意識を持つようにしている。

――食品の安全性については…。

菅谷 原発大国日本において、これまで食品における放射性物質の基準値が
なかったというのは驚くべきことだ。
今回の事故があって初めて厚生労働省は、ICRP(国際放射線防護委員会)と
WHO(世界保健機構)とIAEA(国際原子力機関)が決めている値を参考にして、
日本独自の暫定規制値を定めたのだが、私はその時の食品安全委員会への諮問に呼ばれて参加した。
委員会のメンバーは、基本的には学者ばかりで実体験のない人たちだ。
私はそこで、「規制値は出来るだけ厳しくした方が良い」と提言した。
もちろん、私も自治体のトップという立場から、生産者の立場も理解しており、
何でもかんでも厳しくしてしまうのが良いわけではないということも理解している。
ただ、今回の場合、子供たちのためを思うならば、厳しくしておかなくてはならない。
大人については、基準値以下であれば仕方が無いとして口にするものでも、
せめて、子供や妊産婦はきちんと守ってあげなければならない。
しかし、会議では「甲状腺がんは性質が良いから命には関り無い」と、
平然と言う学者もいて愕然とした。
私はチェルノブイリで、小さい子供が癌の手術を受けて、
毎日切ない思いを抱えているお母さんたちを実際に見ているから分かる。
こういった思いを抱える人たちを、これ以上出したくないから、規制値も厳しく設定すべきだと思う。
しかし、そういった光景を目の当たりにしたことの無い人たちには、癌に侵された子供や、
その母親がどれだけつらいものなのか、どれほど切ないものなのか、
わからないから、放射線の専門家という立場で意見を述べ、それをもとに規制値が決まっていく。
日本ではこういった実体験を持たない人たちが、政府の諮問委員会に入って
色々な物事を決めていってしまうということを初めて知り、驚いた。
国民の本当の立場など考えていない。それはとても恐ろしいことだと痛感した。
私は、食品に関しては、汚染されているということが分かっているのであれば、
乳幼児や学童、妊産婦はできる限り口にしない方が良いと思う。
被曝許容量にしても、学者によって20ミリシーベルトで大丈夫と言う人もいれば、
駄目だと言う人がいるが、それは結局、放射線被曝に関して将来のことがよく分かっていないからであり、
そうであれば、厳しい基準を適用するのが当然だと思う。
「あまり厳しいことを言うとパニックになってしまう」と考えて緩い基準を推奨し、
「でも、30年後のことは私にはわかりません」というようなことは、無責任ということに尽きる。

――チェルノブイリ事故では、政府が情報を隠蔽してしまったことが一番の問題だった…。

菅谷 当時、旧ソビエト連邦の中で一番大きな祭事だったメーデー直前の
4月26日にチェルノブイリ事故は起きた。
それは国民に知らされること無く、子供たちは学校のグラウンドで、
国をあげての一大イベントのために一生懸命リハーサルに励んでいた。
その結果、被曝した子供達が癌に侵された。
放射性物質に汚染された地域と知りながら、今もその場所に住み続ける人ももちろんいるが、
そこに住む子供たちは、免疫力の低下で感染にかかりやすく、貧血の症状も出ている。
また、そういった母親たちから新たに生まれる子供たちも、子宮内胎児発育遅延で、
低出生体重児や未熟児となる確率が高くなっており、早産も多いという。
こういった現実を、日本の人たちは知らない。
政府や東電、安全保安院は、時間をかけて小出しに情報を公開していけば
国民の気持ちが収まると考えているのかもしれないが、とんでもない。
それは、放射能の怖さを知らなすぎる行為だ。
今、現実に日本で汚染された地域に住んでいる人たちは放射線を浴び続けている。
それは、チェルノブイリとまったく同じ状況だ。
先日ようやく発表されたメルトダウンという最悪の事態についても、
放出された核種が何で、どの時点で、どの程度放出したのか、
汚染状況がまったく国民にオープンにされていない。
測れないといっているが、そういうことを言っている事自体、本当に日本は不幸な国だと思ってしまう。
きちんと数値を把握して汚染マップを細かく出さなければ、日本国民は納得しない。
二度とチェルノブイリのようなことをしてはいけない。
情報はきちんとディスクローズし、とりわけ子供と妊産婦を守らなければならない。

――福島の子供たちは、皆疎開させるべきだ…。

菅谷 松本市では、市営住宅や教員住宅を利用して学童を持つ避難家族の受け入れを行っている。
こういったことは、政府が考えなくてはならないことだ。
先日発表された米国のデータをみると、福島県が広範に汚染されていて、
それはかつて私が住んでいたチェルノブイリの汚染地の値よりも高いものだ。
正確に内部被曝検査をするには高度な設備が必要で、
大人数を一気に行うことはとても難しいが、せめて子供たちには
長期にわたり定期的な健康診断を行う必要があるのではないか。

――現在、汚染された地域にいる人たちが自分の身を守るには…。

菅谷 放射能災害から自分の身を守るには、とにかく逃げるしかない。
本当に心配するのであれば海外へ、日本国内であれば西の方へ。
それも難しければ、比較的汚染の少ない場所に住むしかない。
放射性物質は大気中に浮遊し、風によって飛んでいく。そして、雨が降ることで地表に落ちる。
チェルノブイリでは、原発から300キロ離れたところまで放射性物質が運ばれて
汚染地になったところもある。
日本でも、神奈川県のお茶の葉や長野市の汚泥からセシウムが検出されたことを考えると、
放射性物質はあらゆるところに飛んでいると考えられて当然だ。
そういった国民の不安を少しでも解消するために、地域毎にセンサーを設置して
放射線量を明確にしたり、食品に安全表示を義務付けたりする必要がある。
こういったことに対して、国はもっと迅速に動くべきなのに、まったく国民の気持ちが分かっていない。
この政府の危機意識の無さは、経験が無いからなのだろうか。
日本の政治を動かしている方々が党派を超えて、今の福島の状況をもっと自分のこととして捉え、
「自分の子供だったら、自分の孫だったらどうするか」という思いで、すべてのことに、
政治屋ではなく、真の政治家として真正面から取り組んでもらいたいと、つくづく思う。(了)

菅谷昭氏……01年にベラルーシ共和国より帰国し吉川英治文化賞受賞。
      04年3月14日に松本市長選で初当選。同28日に同市長に就任。

http://www.fng-net.co.jp/itv/2011/110606.html
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むふ・・・
- 2011/06/24(Fri) -
とにかく暑い
暑くて暑くて、それだけでもグッタリしてしまうのに、
そのうえ大量の汗をかいたりしたら、体力が消耗してフラフラになってしまう・・・

そんな悩める私は、今年は「汗腺トレーニング」というものを知り、
汗をかいたら完全に拭き取ってしまわず濡れタオルで拭うようにしたら、
汗の量が驚異的に減った
お風呂も、「汗腺トレーニング」の方法で入るようにしている。
この入浴法はかなり面倒だが、効果はありそうだ
要は、しっかり汗をかき、その汗をしっかり蒸発させることなんだとか。

芝居の稽古場は暑い・・・
だらだら汗が出る・・・
しかしそのこと以上に、役者の呼吸までも直に感じ取れるあの小さな芝居小屋で、
本番中にだらだら汗を流して演技をしている役者は、観客にはどう観えるのか
観客は、芝居に集中することもできず、役者のだらだらの汗をみかねて、
ついには同情心までも起こさせてしまうのではあるまいか
「これはなんとしても本番だけでいいから、汗をコントロールしなければ
そう思って日々励んでいるわけだが、さて、本番までにどこまで行き着けるか・・・

そこで、舞妓さんがあのべったり白塗りにした顔に汗をかかないのは、
脇の下から胸までを紐でしっかり縛っているからだ、という話を聞き、
さっそくそれも取り入れることにした。

衣装の下に、それと分からぬように脇の下から胸までをぐるりと1周して縛る・・・
その紐って、どんな紐
あれもダメ、これもダメ・・・いろいろ試してみるが、いまだ模索中・・・
なかなか難しい・・・

毎回の通し稽古で、少しは心の余裕も出てきたからだろう。
演技以外のことにもちょっとは気が回るように、やっとなってきた・・・そんなところだ。

今日は、みんなの疲れが相当目についたのか、
「稽古の回数を減らしましょう」演出家からそんな提案があった。
来週は27日の月曜と、それに続いて金・土・日・月と4日間、連ちゃんの稽古で、
片道2時間半かかる私としては、相当の覚悟はしているつもりだが・・・

暑い暑い7月末の本番は、無事に公演をやり遂げる、ただそれだけで修業だな・・・
汗をふきふき、全く熱気の衰えない夕暮れの京都を歩きながら、しみじみそう思った。

むふ・・・がんばるぞーーー
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小出裕章氏の講演動画(八戸市)質疑応答動画
- 2011/06/25(Sat) -
今日は、見事に1日ダウン・・・(笑)
我輩も相当疲れておるのだと深く自覚する・・・(笑)
たくさん寝るとたくさん食べる
自分の好きなものばかり作って食べて大満足すると、また夜もぐっすり眠れる

「公演が終わったら、3~4キロは痩せるよ~
そう言われているのに、私だけ変化なし、もしくは1キロでも太ったら・・・
なんとなーーーく、情けないような気がしないでもない・・・

でも、元気が一番だから気にしない、気にしない

そんな日でも必ず原発関連の情報には目を通す・・・
もう私の日常生活の1部になっているのだ・・・
悲しい習慣だ・・・


6月25日、小出裕章氏の講演動画(八戸市)質疑応答動画もあります
2011年6月25日に小出裕章氏の講演が青森県八戸市で行なわれました。
その様子を録画した動画がUstreamに掲載されていました。

講演概要

「私たちの暮らしとエネルギー 今こそ知りたい! 小出さんに聞く わかりやすい原子力のお話」
 日時 2011年6月25日(土) 開場 14:00 開始 15:00
 会場 八戸市総合福祉会館・多目的ホール
 お話 小出裕章さん(京都大学原子炉実験所・助教)
 会費 大人 1,000円 大学生 500円 高校生以下 無料  託児あり
 主催 PEACE LAND  http://peaceland.jp 後援 青森県保険医協会ほか

講演動画



質疑応答動画

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なにがなんでも
- 2011/06/27(Mon) -
厚い雲に覆われた空・・・

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湿度52%、気温32℃の暑い暑い1日でした

いつもどおりの時間に家を出たけれど、人身事故があったとかで、
電車が何台も通過していく・・・
劇団に、遅れるかもしれない旨を連絡するも、いつも超早く行くので(笑)
遅れたのは10分ほどでした。

でも、やはり慌てていたのか、途中で左足首を捻挫・・・
一瞬、「本番前に大変なことをしちゃった」と愕然としたけれど、
ほとんど痛みは感じず、「よしよし、なかなか丈夫な骨だ
ホッと安堵して稽古場へと急いだ。

着いてすぐ稽古開始
だらだら汗をかいたまま、全身全霊を込めて演技に打ち込む・・・
いよいよ次の稽古から本番のある月に入るのだから、真剣・真剣 
みんな、ミス連発・・・
私も1カ所ミス・・・

「稽古回数を減らしましょう」
前回そう仰っていた演出家は、今日は何も言われない・・・
このままだとマジ、ヤバイ
私もそう思う・・・
今週と来週、劇団の劇場で、本番さながらに稽古ができる最大のチャンスなのだ。
これを外すと最後まで不安を残すことになる。
気合を入れなおし、この2週で完成させなければ

家に帰るまで、そんなことばかり考えていた・・・からか・・・
まったく痛みを感じなかった捻挫した左足首が、家に着く頃から痛み始める・・・
ま・ま・まずい・・・
だんだん腫れてくるではないか・・・
なにしろ、安静(患部を固定)・冷却(氷などで冷やす)・圧迫(腫脹部位)・挙上(心臓より高く)

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で、こんな格好に・・・(笑)

笑いごとではない・・・のに笑える
なにがなんでも、金曜日までに回復させる
って・・・気合で治るものかしら
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亜回復期
- 2011/06/28(Tue) -
朝起きると、足首の痛みはほとんど感じなくなっていた
足をかばっていたからだろう、左の腰に少し違和感がある。

捻挫した直後から2日目くらいまでは、腫れも痛みも残っていてあたりまえらしい。
この時期は基本的に安静にするしかない。
この時期に無理に動かしたり、お酒を飲んだりすると、炎症が悪化して、
腫れや痛みが強くなる・・・

1~3日間経過すると患部が腫れていても熱感や赤みが取れて炎症が治まってくる。
この時期は腫れを早く引かすことを目的としたリハビリテーションを、
積極的にしたほうが回復が早いとか・・・。

たとえば、お風呂に足をつけて指先を動かしたり、
タオルギャザーを行ったり・・・

nenza2.jpg
私、これはもちろん、足の指でのじゃんけんも得意って・・・自慢してます

たった1日でも足首を固定していると、痛みがとれてきた両足を並べてみると、
左の足首から先が腫れぼったくなっている。
満遍なく体を動かすことが、どれほど大切なのか実感する。

腫れや痛みのために、可動域が狭くなっている感じもする。
この時期に、しっかりと可動域を回復させることが再発予防に重要とか。
シップにかぶれて足首も赤くなっていることだし・・・で、シップも止めてみる。

明日、腫れが引いていたら、関節を保護しながら軽く動いてみようと思う。

さてさて、金曜日に間にあうのかしらん~
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わくわく・・・
- 2011/06/30(Thu) -
すっかり足は回復したみたい
ストレッチをしてみるも、痛みも違和感もなし。
ふう・・・なんとか間に合った・・・

連日の暑さに、すっかり食欲をなくしている夫が、
さらさらとあっという間に丼飯を食べてくれたおかずが、これだ

hiyajiru.jpg
簡単冷し汁

食欲が出なくてバテそうな時、ぜひお試しあれ

今日で6月も終わり・・・
1年の半分が終わったことになる。
芝居と原発、娘のことに明け暮れて、あっという間だった。
いよいよ7月は本番が控えている
今のところ過剰な緊張感やドキドキ感はなくて、平常心で稽古に励んでいるが、
今日はまた、眠くて眠くて夜睡眠6時間の上に、午前中3時間、午後からまた3時間、
合計12時間も眠ったのであ~る
さすがに夜は眠れなくなるかと思いきや、午後11時現在、すでに半分夢の中・・・
急激な暑さが体にこたえているのかもしれません・・・

さっさと寝ることにしましょう
明日から7月
なんだか遠足前の子どものようにワクワクしています(笑)

今日得た有益と思われる情報をご紹介しておきます
小さいお子さんのいる家庭は、ホントに日々、悩んでおられることと思います・・・
完全ではなくても、少しでも心の拠りどころになればいいのですが・・・
サイトを開いていただくと、詳しい説明が記載されていますよ

【イラスト】「放射能を少なくする食生活」

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