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春です、春です、春ですよーーー♪
- 2012/03/01(Thu) -
春、3月。
それだけで心がうきうきしてくる
3ヶ月苦しんだ風邪が治ってから、とても元気に毎日を送れるようになって、
また私の中の悪い虫が蠢きはじめていて、何か始めたくてウズウズしている
これも春のせいだと思う・・・ってことにしよう(笑)

失敗する可能性のほうがあきらかに大きいのに、チャレンジしてみたくてたまらないもの。
市の広報でみつけた「謡と仕舞の会」

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ひとつ隣の市には小さなな能楽堂があって、そこが一般人向きに開催している能の教室なのだ。

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能を見たことは大むか~しに2度ほど。
ショボイ体験である・・・
でも、あの時感じた、なんともいえない独特の感動が忘れられない・・・
若い時に、三島由紀夫の「近代能楽集」を何作も演じたことがある。
当時の流行、だったのだろう。
その時に、少しだけ能について勉強した・・・って、もうまるっきり忘れてるけど

「近代能楽集」は、三島由紀夫作の戯曲集で、
「邯鄲」(かんたん)、「綾の鼓」(あやのつづみ)、「卒塔婆小町」(そとばこまち)、
「葵上」(あおいのうえ)、「班女」(はんじょ)、「道成寺」(どうじょうじ)、
「熊野」(ゆや)、「弱法師」(よろぼし)、の8編からなっている。
全て能の謡曲を原作とした翻案作品です。
中でも「卒塔婆小町」への評価は高く、「葵上」と並んでたびたび上演される2作品となっていますが、
例に漏れず、私たちもこのお決まりの2作品をやりました。
ホンマに、流行りものに飛びついてるんやなあ・・・

完全に、イメージだけでやりたくなっているんだけれど、
春、3月
新しいことに挑戦するのも悪くはない、と思うのですが・・・
まあ、おっちょこちょいも大概にして、もうちょっと、考えましょう・・・
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笑い話
- 2012/03/04(Sun) -
2日、3日とのんびり過ごす。
お料理で暇つぶし
午後の殆どの時間を、思いつくままに、
台所でなんやかんやと美味しいものを作りながら過ごしている。
トンでも料理も数知れず・・・
どんだけ食いしん坊なんやろ・・・わたし。

途中、娘から何度か電話が入る。
最近は、毎日電話がかかってくる。
いろんな気づきが頻発しているようだ。

先週金曜日、病院で医師と話をしていて、初めて、
父親に対する激しい怒りを覚えたという。
自分でもすごく驚いたらしく、
「わたし、自分がこんなに怒れる人やったなんて、びっくりした~
 自分はあんまり怒らない人やと思ってたし・・・
 正直、お父さんのことは、もうどうしようもない人やと思って無視してたし、
 他人みたいに感じてて、お父さんが何をしようと呆れるだけで何の感情も湧かんかった・・・
 でも、ホンマは違うかったみたい・・・
 わたし、ええ加減にしてくれ~ 子どものことをどう考えてるんや~って
 頭が爆発するくらい腹が立って腹が立って・・・
 あんなに怒ったの、生まれて初めてぐらいやと思うわ・・・
 わたし、ホンマはこんなに怒ってたんやなって、びっくりした・・・」

そうか、やはりそうか・・・
そうだと思っていた。
怒りを封印しなければ、生きていられなかったんだろう。

「重~い蓋が開いたんやね。被さってたもんが取れたんやと思うよ。
 よかった・・・ホンマによかった
 どんな感情でも、自分の中から出てくる生き生きとした感情やから、
 全~部、大事にするんやよ。
 怒っても、怨んでも、憎んでも、悲しんでも、かめへんねんからな」

わたしはどうだったんだろう・・・
わたしは・・・意味不明な、発狂しそうな苦しみを、
血を吐くようにして耐え抜いて生きていた・・・
よく、生きてこられた・・・

時々、私しか知らない昔の信じられないようなエピソードを娘や息子に話し、
お腹を抱えて涙を流して大笑いすることがある
歌の文句じゃないけれど、
どんな苦労も、大概は、後になると笑い話になるなぁ、と思いながら。

笑える日が、来たんだ・・・
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気づいちゃったのよね・・・
- 2012/03/06(Tue) -
月曜日、
本格的な降りの雨の中、京都へ。
気温、高め、13℃なり。
一気に春、だ 

出掛けに宅急便が届いたりして、慌てすぎて携帯を忘れる・・・
挙句にバスにも乗り遅れたけれど、稽古時間には十分間に合った

さすが3月。
今まで4・5人とお休みが多かったけれど、今回は1人だけ。
脚本が決まり、キャストが決まる3月。
みんな気合が入っています
大人数での稽古は、いつもどおり役を回していろんな場面を演じる。
私も、心から楽しんで踊り子やら老婆やら中年の妻やら若い妻やら・・・演じていた

そして、稽古時間残り40分ほどになって最後の場面をやっている時、、
出待ちの隙間時間にほかの人の演技を観ていて、あっと思わず声に出してしまうほど、
重大なことに気づいたのだ

「そうか老婆役は○○さんがやらないと、○○さん、ほかに出来そうな役、ないんだ・・・

あまりにも自明なことに、今更ながらやっと気づいたのだ 
これまで休む人が多くて、なかなか見えてこなかったものが、
一堂に会して舞台に立つと、霧が晴れるようにして一気に視界が開けた、そんな感じだった

私がキャスティングを切望していた「老婆」役は、恩年69歳。
○○さんは、これまでも老婆役を多く演じてきた人で、ちょっとほかの役は難しい・・・お年頃
な~んでそんなことまでうっかり忘れていたのやら・・・

稽古途中からがっくり力が抜けてくる・・・
「そうやんか、○○さんがやれそうな役、この脚本じゃあ他にないのに、ホンマ、アホやわ、私 
最後の稽古はちょっとうわの空。

そうと分かったら、キャスティングを待たずして諦めムードに自分をシフトさせる(笑)
「私はまだ若いし、先々老婆役をいくらでもやれるし、踊り子なんて笑けるくらい私にぴったりやし・・・」
実際のところは分からないが、ショックを少しでも和らげるための予防線をみすから張っておくのだ

少々気落ちしながら帰路につくが、家に帰った頃には気持ちの建て直し成功
まあ、舞台は集団創造だから、何でもやりますが基本中の基本。
舞台に立てるだけで十二分に幸せなのだから、キャスティングに文句は禁物
舞台に惚れ、演出に惚れ、脚本に惚れ、最高のものを創れるよう、精進あるのみ

さて、この結末はどうなることでしょう
しばらくはキャスティングの発表はなさそうなので、
スリルとサスペンスな日々は、まだまだ続くのであります(笑)

しっかし、えらいことに気づいちゃったものだわさ~
毎日が発見、なんだな~
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次の目当て
- 2012/03/09(Fri) -
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ちょっとボケた写真ですが、電車の座席に鎮座ましますのは・・・
横40cm、高さ30cm 奥行き30cmの大きな保冷・温バッグです。
娘のところへ料理を運ぶために買いました。
ネットプライスで880円。
お安いでしょう
とてもしっかりした生地で、作りもいい物でした
その上、ずいぶん大きいのでたっぷり入ります

火曜・水曜と料理に勤しみ、木曜日に娘のところへ行くつもりでした。
が・・・やけに体がだるく偏頭痛までしてきて断念・・・
温暖差が大きい時、私は要注意なのです
木曜日、何とか順調に行ければ、と思っていましたが、
また、午後2時ごろからお昼寝をしてしまいました・・・
起きたら夕方の4時過ぎ・・・
でも、もうこれ以は上延ばせません。
冷凍庫が一杯ですし、金曜は娘は病院です。

ぶらぶら歩いて、ガタゴト電車に揺られて、
大きな保冷バッグを難儀して提げて、娘のところへ行きました。
最近は一通りの家事は自分でできるようになって、私がすることは殆どありません。
少したまっていた洗い物をして、お米を洗って、それでお終いです。
ずいぶん楽になりました

体調が思わしくないので、迎えを夫に頼んでいたのですが、
私が着いて1時間ほどでやってきました。
また今日に限って、どえらい早いやんか~

3人でお茶を飲んでつまらない話で大笑いして
3人で過ごすのなんて、いつぶりくらいだろう・・・
お兄ちゃんが来る前は、この3人が家族だったんだよなぁ~なんて、しみじみ言ったりして(笑)
「○子、ホンマに落ち着いたなあ~
帰りの車の中で、夫がしんみりとした口調でそう言いました。
「大学行く前みたいやねえ・・・
私もしんみり答えました。
「○子、大学に復学したいって」
「そうか、まあ、試しになんでもやってみたらいいんや」
「せやね。だから今回は休学届けは半年だけ。10月から大学戻るらしいから」

私は辞める方向で考えていましたし、娘にもそれとなく、
「辞めてもいいんだよメッセージ」を送っていました。
もともと勉強の苦手な子どもでしたし、病気になってからは、
集中力や思考能力が著しく阻害されている様子で、
とても大学の勉強にはついて行けないのではないか、と思っていました。
「お母さんは高校中退やから、大学中退は大したもんや
なんて言ったりして・・・(笑)

以前は娘も、
「もう二度と勉強なんて出来ない、したくない
強い口調でそう言っていたのですが、11月に娘を保護して再治療に取り組むようになってから、
どんどん変わっていきました。
今、お世話になっている精神科の先生が、とてもよく理解してくれるのだとか。
「自分も若い時、医者になってからもずっとバンドをやっていて、
 医者はお金のために仕方なくやっているだけってずっと思っていたよ。
 君とよく似ているやろ~」
そんな話もしながらの診察は、いつも30分以上かけてくださるそうです。
「若いっていいなあ。すごい回復が早いし、君は理解力があって賢いよ」
などと、褒めてもくださるそうです(笑)
その先生が、
「一度試しに大学に復学してみたら退学はそれからでも遅くないよ」
そんな風に、軽く復学を勧めているようなのです。
今の先生を信頼できるようになってきていること、
そして自分でも、あんなに必死で勉強してやっと入った大学なのに・・・
そんな思いが残っていたこと、等々・・・
とりあえず、復学を次の「目当て」として、準備をしていくつもりでいます。

「お父さん、連休に○子の部屋を片付けて、お盆休みに引越し、になるよ」
「ああ、その段取りでちゃんとしてやろ」

帰りの車の中は妙に静かでした。
夫もまた、この何年間の出来事を、次々と思い出しているようでした
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希望と決意を胸に・・・
- 2012/03/11(Sun) -
希望と決意を胸に、数十年ぶりにデモに行く。
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今日、3月11日・日曜日、
東日本大震災から1年を迎えた。
失われた多くの命、破壊された家々、先行きの見えない不安・・・
希望を見失い、絶望のふちを彷徨うような日々・・・

今なお福島第一原発は収束の目途すら立たず、
何万もの人々が放射能汚染地区に取り残され、
放射能汚染の不安から、
食べ物や水を口にするのもためらってしまうような国へと、
日本は変貌してしまった・・・

そんな暗い瓦礫の中から、なんとか希望の光を見つけ出したい。
ただ一度だけのチャンスを与えられたのだと信じたい。

すべての原発を廃止し、子孫が二度とこのような災害を被ることのないように、
失われた命への追悼として、私に出来る最善の方法はなにか

再び原子力災害に脅かされることのない未来を、
安全なエネルギー社会を作るため、
私も行動を起こそうと思う。
新しい道を切り開く、一生に一度のチャンスが今なのだから。
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寒い寒い~
- 2012/03/12(Mon) -
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風強く、粉雪が舞っています…(*_*)

今日は真冬に逆戻りってホンマやわ…(*_*)

劇団に向かう電車のホームから見る空模様は…靄がかかってなおさら寒そうー(@_@;)
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手術
- 2012/03/15(Thu) -


娘が赤十字病院に入院・手術いたしまして・・・

といっても、お料理中の指の怪我が、もしかしたら神経を傷つけているかもしれない、とのことで、
手術前日に入院して、今日が手術当日、
明日には退院するというお手軽(失礼・・・)なものでした

結果は、神経は切断されていなくて、細~い神経が少し傷ついていただけでそのまま縫合、
切開したのは3cmほど、時間にして1時間ぐらいの手術です。
それでも麻酔が切れて、今は相当痛いんだそうです

病院の若い先生に手術を勧められたのですが、
「お母さんならどうする どうする
と何度も何度も聞いてくるので、
最初は
「自分の思うとおりにしたらいいやん」
と言っていたのですが、とうとう答えさせられました。
「お母さんは怖がりやし、痛いこと大嫌いやから、
 少しくらい痺れが残ってもいいから、ぜーーーっ対、100%手術はしない
と断言しましたが、娘は先生の勧めに応じて手術することに決めたのです。

アホヤな~
結局、何ってことなかったのに・・・
痛い思いしてからに・・・

昔はそんなことで、いちいち手術がどうのって大騒ぎなんかしなかったように思う。
相当どえらいコト転んで、膝小僧がぐちゃぐちゃになってても、
オキシドールで消毒して赤チン塗って終わりやった
何年も傷跡が大きく残ってしまってる子どもが、私に限らずそこらじゅうにいた。
今は転んで出来た傷でも病院で縫合するらしいけど、そのほうが痛いんじゃないかいさ

時代の流れ、医学の進歩・・・か・・・
私には、いい迷惑、の気が、しないでもありません。
私はそんなことで手術だなんて、ぜーーーっ対ありえない世代です
昔人間なんでしょうなあ・・・

明日、退院。
付き添いも楽ではありませんでした・・・
ご苦労様でした
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ふくしま宣言
- 2012/03/18(Sun) -
http://www.avaaz.org/jp/fukushima_declaration_pledge_mf/?cgnzaab

福島県知事は原子力に頼らず再生可能エネルギーを推進することを誓う、
歴史的な「ふくしま宣言」を発信しました。
私たちは迅速に行動を起こし、その他すべての都道府県も
このすばらしい先例に倣うよう働きかけることができます。

史上最悪の災害に打ちひしがれた日本を、
原子力に頼らず再生可能なエネルギーで発電するクリーンエネルギー社会へと導き、
他国の模範とするチャンスがあります。
各都道府県の脱原発社会を支持する声がどれだけ強いものか示すことにより、
それぞれの知事に「ふくしま宣言」と同じ公約を誓い、
原子力に脅かされることのない国にしていくよう働きかけていくことができます。

力を合わせれば、世論は聞き届けられます。
「ふくしま宣言」への支持を表明する個人的な誓いにご署名お願いします。
さらに同じ都道府県に住むお知り合いの方々にも転送してください!
私たちの地図をご覧いただければ、各都道府県から何名の方が署名したかわかります。
多くの方からのご署名を頂きましたら私たちはメディアにも大々的に取り上げるよう働きかけ、
残る46都道府県の知事にも未来の社会にとって
極めて重要な福島県知事の立場を公言するよう訴えてまいります。
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京都へ
- 2012/03/19(Mon) -
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寒いといっても春の気配を感じます…(^-^)
京都へ稽古に向かう駅のホームから。
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稽古を終えて…
- 2012/03/19(Mon) -
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全員集合の熱い稽古を終えて…

いよいよ、の雰囲気満載、みんな気合い十分でした!!
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限界ぎりぎり
- 2012/03/22(Thu) -
ここ2・3日、なんとなく体調が優れないまま、だらだらと過ごしている・・・
月曜の芝居の稽古までは相応に元気だったのだが、
火曜日、どうなっちゃったのというグッタリ感・・・
1日寝たり起きたりで、娘のところへいく約束を反故にする。
水曜になっても、体全体がボワッ~とした疲労感に覆われたままで、
家事をぐずぐずこなすだけの1日を送る。
娘は指の手術の経過は順調だが、家事をするにも難儀なことで、
私の具合が優れないので「いいよいいよ」といって、
不自由な手で何とか暮らしてくれているのだが、
退院以来、もう1週間、会いにも行かず家事を援助してやることも出来ずじまいだ。

季節の変わり目ゆえの不調だろうと思っているが、
なんとも歯がゆい気分で日々を送っていた。

木曜日、夜の8時ごろ娘から携帯に電話が入った。
最近はしょっちゅう電話がかかってくるので、いつものことと思って気軽に電話に出たが、
何の返事も返ってこない
電話を確認すると、ちゃんと通話中になっているのに・・・
瞬間、体中の血が逆流し、激しい動悸が起こる
「○子○子、どうしたの、大丈夫
必死に声をかけるも返答はない
もうこの時点で私はパニックになっていたのだろう。
悪い想像ばかりが脳裏を駆け巡り、身体はぶるぶる震え、
頭がくらくらして立っていることも出来ない
何かが起きたのだ、発作を起こして倒れたか
どんな危険な状況にいるのか、命に及ぶことではないのか
震える手で電話を切り、再度かけるも話中のまま・・・
急いで夫に電話をかける。
「○子から電話があったのに、何もしゃべらない。何かあったんやわどうしよう
たぶん私は電話口で絶叫していたと思う。
「なんでや、どうしたんや あっ、電話が入ってる
急いで切って、夫からの連絡を待つ。
その間も体の震えは止まらず、呼吸すらままならない。
頭の中はどうしたらいいのかと、対処法を求めてぐるぐる回っている。
2分後、夫から電話が入る。
「大丈夫や、電波が悪かっただけらしい。お母さんの声は聞こえるのに
こっちの声が通じなかった、って。
お母さんがもの凄い声で叫んでるから、早く大丈夫やって誰かに連絡せな、
そう思って慌てて俺にかけたんやと。もうすぐ○子からかかってくるから」

私は息も上がって声すら出せない

すぐに娘から電話が入った。
「大丈夫凄い声やったからめっちゃ焦った・・・私はなんでもないからね
やはり私は声も出ない。
涙だけが次から次へと溢れてくるだけ・・・

その後も、寝るまで動悸と息切れ、
急激な血圧上昇から来る脳味噌が腫れ上がっているような頭痛が続き、
悪夢にうなされて殆ど眠れない一夜を明かした・・・

この何年間、こんな思いを何度も味わった・・・
血圧が上がり、心電図までとられ、髪は2度にわたってごっそり抜けた・・・
もう、限界だったんだ、と思った。
これ以上こんなことが実際に起こったら、私は壊れてしまっていたのだろう、
しみじみとそう思った
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必見!「フクシマのうそ」
- 2012/03/24(Sat) -
おそらく、事実、なのだと思う。
破滅するまで、嘘をつき続けるのか。
全世界が、いや、まずすべての日本人が真実を知り、声をあげなければ・・・


ドイツZDF フクシマのうそ 投稿者 sievert311
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あのぉ~
- 2012/03/26(Mon) -
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寒いんですけど…(@_@;)
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中よりやや下。
- 2012/03/31(Sat) -
月曜日の稽古の帰り道から、なんだかなぁ~の風邪模様で、
今週も娘のところへは行けなかった。
木曜日には指の手術の抜糸も終わり、経過は順調、とのコトで安心してはいるが。

風邪模様、といっても熱はなく、またもや気管支炎っぽい咳と身体のだる痛さぐらいのもので、
大したことはなかったのだが、気分がどんどん停滞していく数日を過ごした。

芝居は、演出曰く、キャスティングに相当悩んでいる、とのコトで、
スタートするにはまだ数回はかかりそう。
いろんな役を演じる稽古にもすでに飽きていて、気分は超退屈・・・
その上、思考停止状態に陥るほど、無心にフォローしてきた娘も順調に回復しており、
フッと気が抜けてきたのだと思う。

なんだかなぁ・・・
つまらないなぁ・・・
身体もすっきりしないしなぁ・・・
そんな気分でいたら、娘にまつわる恐ろしい夢をみたり、
過去の出来事を、繰言のように思い出しては嘆いてみたり。
碌なことがない・・・

多分そうではないかと思っていたが、昨年10月に強制的に娘を連れ戻してからは、
考えることを放棄していたのだと、改めてはっきりとそう気づかされる。
なにをおいても、娘を支えることが最優先で、
そのためにはまず、何も考えず、ひたすら無心に娘と関わることが必要だった。
娘を回復の道に付け、自分の全生命をかけて、娘が生き抜いていける方向に転換させること。
すべてをそのことにのみ振り向けるために、私は自分を捨てたのだ。

娘の回復とともに、たぶん私もまた、自分を取り戻しつつあるのだろう、やっと少しは・・・
疲れとため息とけだるさと、やり場のない嘆きと諦めに包まれながら、
少しずつ、少しずつ、自分を取り戻しているのだろう・・・

だって、生きてることが楽しいことばかりの訳ないやんか・・・(笑)
人生、希望に満ち満ちているなんて、どんな世間知らずが言う言葉や・・・(笑)
私が身につけた、身体に馴染んだ思考回路に、やっと戻れるのかもしれない。

明日から4月、
新たな気持ちでまたもう一度、新たな人生を生きるつもりで、明日からを生きていこうと思う。
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